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2009/07/03
海の家
■2008/5/11
同居人と、代々木公園のタイフェスに行く。
今年は曇り。
相変わらず人は多かったが、去年ほどではないように感じた。
屋台にビールを買う人の列はなかった。
とりあえずしばらくはグルグルと、会場を歩き回る。
会場で、陽介山さんに会う。
そのまま一緒に、渋谷から高田馬場へ移動することになった。
連れられて行ったお店は、あいにく閉まっていたり無くなってたり。
しばらくさまよった後、海の家という居酒屋にたどり着いた。
最初、店のおばあさんから訝しげな表情を向けられるものの、無事に客だと理解されて、3階の和室に通された。
古い型のカラオケが置かれた畳部屋。
ダウンタウンの番組に出てくるようなおばちゃんが、頼んでないのにサービスで、次から次に料理(しじみの味噌汁、ひじき、スイカ等)を持ってくる。
(他に客がいなかったせいかも……)
熱海の旅館かと思うほど、まったりした雰囲気の個室。
タイフェスでわりとお腹は満たされていただけに、苦笑するしかなかったが、お店としては非常にいい感じ。
いろいろな意味で素晴らしかった!
次は十分にお腹を減らして、また行きたい。
海乃屋の後、バーに案内してもらった。
陽介山さんの知り合いのマスターや、飲み仲間の人たちがいた。
途中からロキさんも合流してきた。
非常に落ち着くお店で良かった。
22時過ぎに帰る。
2009/07/02
なんとも
■2008/5/9
中央線、人身事故で大混雑。
昨日、銀ちゃんから誘われた飲み会。
フタを開けてみれば、同じチームの人は、ほとんど誘われていた。
先生(しぇんしぇい)も来ていた。
……この面子って、どうなの?
思わず、内心つぶやいてしまう。
これだけ声をかけているんだったら、「内緒にしておいて」と釘を刺されるほどではなかったような気が……。
なーんだ、特に自分を選んで声かけてくれたわけじゃないのか……という、ションボリ感も相成った。
それに先生(上司)まで呼ぶんだったら、残り数人の人にも声をかけて、普通にみんなで来ても良かったのでは……。
人選の基準が、よくわからなかった。
自分が言い出した飲み会ではないので、何も言えないが。
体調不良で数人が来られなかったので、結局は少人数での飲みにはなったのだけれども。
6月末で、大泉さんまで奪われてしまうことへの不満。
新しい環境でのチームの進行状況、人間関係。
そんなことをつらつらと話した。
話している間、銀ちゃんは絶えずさっとお酒を注いだり、肉を焼いたり注文してくれたりしていた。
彼女のそういう気配りの良さには、いつも感心する。
人として当たり前のスキルなのだろうけど。
それをちゃんと身につけている彼女に、憧れる。
同時に自分がとても情けなくなる。
しっかりした理知のある女性にいつも感じる、尊敬と屈折した苦手意識。
先生は
「みんな、まだ腹を割って話をしてくれてない」
などと、酔った時特有の甘えた口調で、しきりに言っていた。
実際、銀ちゃんが本当に呼びたかったであろう、仲の良い子たちがことごとく来られなかったせいか、彼女の態度はどことなく、仮面をかぶったもののようにも感じられた。
グリーン氏も大泉さんも、その人の良さからか、本音の不満をぶちまけるようなことはなかった。
しかし……今日の飲みは、そんなことを探るのが目的の、仕事の延長の会だったのか?
古参のメンバーの気楽な飲み会……という期待が外れたうえ、さらに失望に追い討ちをかけられたような気がした。
なんだか、なんとも、なんだかなあ……という思いが残った。
2009/06/30
誘い
■2008/5/8
歯医者で銀歯3本入れ替え。
保険適用で、締めて7,850円也。
保険がなかったら、もっとかかるんだろうけど……高い。
仕事中、銀ちゃんから突然、付箋に書いたメモを渡された。
焼肉に行こうというお誘いだった。
「みんなに声かけてるわけじゃないから、内緒にしておいてね」
最近は担当が違うこと、彼女が気の会う後輩ばかりとつるんでいることもあって、話す機会は減っていた。
この誘いは特別な気がして、とてもうれしかった。
2009/06/29
谷中
■2008/5/6
14時51分
同居人の提案で、谷中に行くことになった。
荻窪で中央線に乗り換え、神田→日暮里→谷中。
16:30
日暮里で下車。
谷中の町を歩いた。
出店や人通りの多い、メインの観光通りをいつものように外し、住宅街を縫った。
初めて知った場所だったが、なかなか風情のある町。
坂と猫、あと植木を置いてる家が多かった。
17:19
千駄木まで行って、ドトールで休憩。
再び谷中の町を少し回った後、再び日暮里駅から乗車した。
新宿の高島屋に寄って、買い物して帰った。
2009/06/24
GW回遊
■2008/5/5
目黒に行くことになった。
同居人と二人、東京都庭園美術館へ。
人もまばらにはいたが、天気が悪いせいか、せっかくの庭も今日は陰鬱な表情を見せていた。
麻生十番の商店街を歩いて、オサレな本屋でちょっと立ち読み。
六本木ヒルズにも足を伸ばす。
休日のわりには、びっくりするほど人がいなかった。
けっこう旬も過ぎたのかな……。
東京ミッドタウンに移動。
駅に直結しているせいか、こちらははるかに人の動線があり、勢いがあった。
木目調に統一されたデザイン、ひとつひとつ広くとられた通路は、設計側のこだわった配慮と気合が感じられた。
フードコートは異様に混んでて値段が高く、それでいて味は普通という、物悲しさがあったが……。
19:05
高円寺で買い物を済ませ、帰宅。
中央線の見慣れた風景に帰ってくると、ほっとする。
けっこう歩きつかれた。
0:28
同居人と、飲みに出た。
西荻窪で小一時間、ウロウロ。
当てにしていたバーはGWのため、ことごとく閉まっていた。
でもいい散歩になったが。
結局、三人灯で飲んで締め。
2009/06/22
ニコ
■2008/5/3
ノア&ピコ夫婦と赤ちゃん、我が家に来訪。
14時、駅に迎えに行く。
駅前で酒類など買い込んでから、帰宅。
以前会ったのは、まだ赤ちゃんが生まれたばかりの頃。
自分は子供と接する機会があまりないので、まだ目も見えず、感情さえも芽生えていない赤ちゃんの状態がとても不思議で、印象深かったのを覚えている。
今日、再会した赤ちゃんはだいぶ大きくなっていて、もう光も音も分かるようになっていた。
笑顔も見せるようになっていた。
ちゃんと自力で座って、ひとりで袋を触って遊んでいる様子が愛らしかった。
ほとんど泣かなかったので、こんな素直な子ならほとんど手もかからないのでは……と思ってしまうが、実際にはいろいろ、ご両親の苦労もあるのだと思う。
しばし親の務めを離れて、うちでゆっくりしてもらえたら……と思ったのだが、我が家の梅酒を飲んだピコさんが具合を悪くして、寝込んでしまった。
(疲れや体調の不安定もあったのかもしれないけど……そこにアルコール50度梅酒を勧めてしまいました、すみません)
誘われるように赤ちゃんも一緒に眠ってしまったので、母子ふたりを寝かせておいて、ノアさんと同居人と三人でしゃべっていた。
ノアさんはすっかり、以前とは違ったお父さんの顔になっていた。
以前はがんがんとフェスに繰り出していた2人。
今度は赤ちゃんを連れてフジロックに行く!と張り切るのかと思ったら、今はとてもそんなことは出来ない、と言うので意外だった。
それは子供の為というより、自分たちが(世話や気遣いもあって)心から楽しむことができないから、ということらしいけど。
うーん、彼ららしいかも……。
それでも、なんかすっかり親御さんになったのだなあ……と思った。
自分に子供がいたら、どうだろう?
(最前線には行かないまでも)連れて行ってしまいそう、と今は思うけど……。
しかしライブ時うんぬんよりも、行き帰りと寝泊り時の面倒を見るのが大変なのかも。
赤ちゃんが一人でお泊りできるようになるまでは、フェスもお預けかもしれないな……。
目覚めたピコさんは、まだ少し具合が悪そうだった。
実際、まだ出産する前の調子には戻っていないのかもしれない。
ちょっとした事でも、しんどかったりするのかもしれなかった。
未婚の自分とお母さんでは、体内外のバランスもずいぶん違うのだろう。
未経験の自分は同性として、ガンバレ〜っと、応援するぐらいしかできないけど……。
元気になって、またいつでも遊びに来て欲しい、家族そろって!
三人を駅まで送る。
帰ってくると、今度は同居人はぐったり。
しばらく寝ていた。
最初はそれほど疲れを覚えていなかった自分も、徐々にしんどくなってきた。
そのまま居間で眠り込み、午前2時頃目覚めて、寝室に戻った。
2009/06/18
夏の記憶
■2008/4/30
仕事。
グリーン氏は本日で、I社の常駐終了。
今後も最低週1で通って来てくれること、本人がわりといつもと変わらず、にこやかにしていることから、あまり「お別れ」といった寂しげなムードはなかった。
帰る時も普通に「じゃあ、また」と言って、別れた。
もう同じ場所で働けない……そんな実感はあまりなかった。
たぶん、本人もそうなのではなかったろうか。
実際、働く場所が変わるからといって、彼とのつながりが切れるとも思わなかったし。
ただ今回の決定への理不尽さ、腹立ちだけが、いつまでも残っていた。
狂さんの手がけた案件に不具合があり、やり直すことになった。
もし事前に、彼女がちょっとチェックしてくれていたら……と軽く注意すると、もともと他の人が先にやったことのある焼き直し案件だから、普通チェックなんかするわけない!と、強い口調で言い返された。
狂さんは気が強く、とにかく言われると言い返さずにいられない子。
きつく言っても反発するだけなので、それ以上の言葉は飲み込んだ。
彼女の立場だったら自分もそうかもしれないし、人それぞれのやり方があるからしょうがない……とも思った。
しかし……個人的にはやっぱり、納得いかず。
こんなことを、これからは1人で、十数人近くを相手にやらなければならないのか……。
モヤモヤが払拭できなかった。
先生(しぇんしぇい)が新しくバイトの人を入れる、と言い出した。
グリーン氏がいなくなったことを受けて、彼なりに新たな戦力を育てたい、という意図があるようだった。
うーん……すごく反対、というまでもないけど……。
現状、人数的に足りてないわけではないし(というか余り気味)、グリーン氏・大泉さんがいなくなった後のチームが、安定してからでも良いのでは?……と思った。
いい人が来てくれればいいけど、また火種が投入されたら大変だし……。
それに今の仕事は性質上、量的にはもうそんなに増えない……気がするんだけど……。
チームの移管が決定する前、以前の上司から「いずれは今のメンバーを半分以下にする」と打ち明けられたことがあった。
今後はゼロから作るよりも、メンテ・修正の案件が多くなっていく。
確かにもう、それほど人手は要しないはず。
移管したからといって、その状況は変わらないと思うんだけど……。
それを踏まえてるのかな?と、ふと先生の先の見通し力を疑問に思った。
現在のチーム進行決定権は、あくまで現在の上司の先生にある。
彼はもう決めているようなので、どうせ従うしかないが……。
20:41
同居人から飲みの誘い。
西荻の戎に行った。
ビールが良く似合う店。
鰯コロッケと合わせていただくのが最強である。
昼間は動いていると、汗が吹き出した。
そろそろ夏の熱気を、体が思い出しつつある。
2009/06/16
微妙な昼
■2008/4/29
昼ごろ起床。
久々に佐藤家の食卓に行ったが、満員で入れなかったので、駅近くの韓国料理屋で昼食を済ませる。
……味は微妙。
内装も微妙だった。
……次はないかも。
帰って夕方まで、再び眠る。
起きてから、同居人と新宿の無印へ行く。
低反発マットが欲しくなった。
2009/06/15
終了宣告後、牛タン屋にて
■2008/04/28
会社。
発表があり、グリーン氏と大泉さんは、I社での常駐が終了になる、と言われた。
正確には、グリーン氏は今月まで(って、あと2日じゃん!)、大泉さんは5月いっぱいまで、という。
言われた瞬間はショックで、誰も口がきけなかった。
移管が決まったとき、真っ先に心配になったのが、二人との別離。
でも一緒に移れることになって、喜んだのはつい一ヶ月前のことだった、気がするのに……。
一度は覚悟していたことだったので、「やはり」という思いも、なくはないが。
またもや、あまりに急すぎる。
今後も週一ペースで、I社に通って来てはくれるというけども……。
上司(先生ではなく、移管元の方)が、大きな声で一言、
「俺はちゃんと、これからも来るから大丈夫!」
と叫んだ。
もちろん、誰も反応しなかった。
(この時、チームのほぼ全員が心の中で「おめーじゃねーよ!!」と突っ込みを入れていたことが後で判明する)
定時後、先生(しぇんしぇい)と少し話した。
「ちょっと荒療治だけど、こうなって良かったと思う。二人がいる限り、皆いつまでも頼ってばっかりで伸びないし」
先生は言った。
自分も、それは否めないなと思った。
このチームは初期メンバーが教師、他の人が生徒のような状態で、会社というより学校のような雰囲気で、わいわいと仲良くやってきた。
それは普通の職場にはない居心地の良さを生んでいるけれど、一方で生徒化している人が馴れ合いきってしまい、自分でスケジュールを組む、考える、仕事を創る、管理する、ということをしない。
生徒が生徒のまま。
自分たちの責任でもあるけど、この状態は良くない(結局、自分への負担となって返ってくるし)なあ、というのはずっと思っていたことでもあった。
確かに、これがチームの成長のいい機会になると思えば、いいのかもしれない……。
……しかし、当面の生徒たちを見るのは? 誰がやるの?
嫌な予感、ではなく、もう確信しかなかった。
定時後、東京に遊びに来た栗さんと、四谷の牛タン屋で飲み。
(帰って同居人に聞いて、けっこう有名な店だと知る。自分たちが帰る時も、かなり人が並んでいた)
栗さんは彼女連れで、自分はグリーン氏、大泉さんとともに再会した。
銀ちゃんも参加予定だったが、急遽体調が悪くなったとのことで、5人で飲んだ。
せっかくの水入らずを、わざわざ時間割いてもらって彼女さんに悪いなあ、とも思ったが。
しかしそんなことを気にしている様子は微塵も見せず、彼女さんは始終にこにこしているどころか、とても明るく人懐っこい人だった。
いつも盛り上げ役になる銀ちゃんはいなかったけど、それでも楽しくおしゃべりして過ごせた。
あの頃、野際さんからいつも理不尽なほど責められ、上司たちも彼女の側につき、I社では孤立状態だったらしい栗さん。
それでも彼女への不満は絶対に口にせず、服従することを決めていたという彼。
そんなストレス過多状態だったあの頃の、追い詰められたような感じは全然なくなっていた。
穏やかなオーラに包まれていた。
かつてあの宮様が、彼女が自分たちを批判するメールを大量に栗さんに送っていたことや、何かの宗教団体に入っていたらしいこと、自分たちを呪うために京都の神社に行く、と言い張って彼を困らせていたらしい、などの驚愕の後日談も聞く。
やっぱり、最後まで不思議な人だった……。
とりあえず今の幸せな栗さんを確かめられて、つくづく良かった。
昼間のショックを一瞬だけでも和ませてくれた、ほのぼのとした飲み会であった。
2009/06/11
もりもりと
■2008/4/27
髪を切る。
駅近くの美容院にて。
引っ越して以来、特に行き着けは決めておらす、今回も適当にネットで見つけたところ。
有線の「ビルボードTOP100」でかかっていそうな曲がガンガン鳴って、騒がしい店内だった。
担当してくれた男性は、物腰は柔らかいものの、無理して話しかけてくる感じが若干、つらかった。
「この後、どちらにお出かけですか?」
と、3回訊かれた。
気を悪くするほどでもないけど……次またここで、と思える決め手はなかったかも……。
家に戻って、CoachellaのWeb Castを見る。
Portisheadのライブを見る。
Beth Gibbonsの、叫ぶような歌唱に見入る。
生でライブを体験したい。
新作が非常に楽しみになる。
一転して、ポップでノリノリなYelleのライブも、見ていて楽しかった。
いいなあ……海外のフェスにも激しく行きたくなる。
同居人の買い物に付き合って、吉祥寺へ。
ヤマダ電機で、またデジカメを買っていた。
ハモニカ横丁のスパ吉へ行く。
けっこう並んで待つ。
しかし食してみて、人気なのも頷けた。
チーズのような食感の、生パスタ。
まだ17時なのに、もりもりと食べてしまった。
その後、高円寺にも寄って、買い物して帰った。
2009/06/10
雨の日、新宿ライブ
■2008/4/26
豊田道倫@新宿シアターPOO
小雨が降っていた。
豊田道倫の新宿でのライブは、不思議と雨の日が多い気がする。
今頃、コーチェラ・フェスやってるなあ、ポーティスヘッドは月曜朝だ、ストリーミング放送見たいなあ……などと思いながら、出かける。
今日はけっこう、客が多かった。
なぜかカップルが多かった。
豊田氏、なんか声が違う……と思ったら、どうやら風邪らしかった。
それを反映してか、ライブもやや精彩を欠いているように感じられた。
けっこういい感じなのに、もうあと少し上の域に達すれば……と思われるところ多々。
惜しむらくは、彼の体調。
でも、後半は良くなってきた。
彼特有の、熱のこもったソリッド感がアガってきた。
新曲の「散歩道」はすごく良かった。
歌詞にかなりじんときた。
派手な曲ではないのだが、今の彼だからこそ書ける実直な曲だと感じた。
新宿駅の成城石井で、チーズケーキを買って帰る。
2009/06/09
懐かしい人
■2008/4/14
今の仕事に就いた時に、最初に自分を指導してくれた栗さんが、GWを利用して東京に来るとのこと。
情報をキャッチしたグリーン氏らがやり取りし、彼と会うことになった。
彼女さんと一緒らしいという話もあったので、せっかくプライベートで遊びに来るのに、いいのかなあ、とも思ったけど……。
しかし栗さんとは、彼が出向の任期を終えてチームを去って以来、会っていない。
当時のチーム創世期を知る、数少ない人でもある。
懐かしいし、いろんな意味で、楽しみだ。
2009/06/08
それぞれの休日
■2008/4/12
善福寺公園に行った。
ポカポカしてちょうど良い、天気の日。
西荻の鳥一ともぐもぐで、焼き鳥やパンを買い込み、バスに乗って行った。
桜はもうだいぶ散っていたけど、人も多すぎず、散歩するにはちょうど良かった。
ボートを楽しむ人たち。
ジョギング中の人。
犬の散歩。
それぞれの休日を眺めながら、同居人とベンチに座ってまったり過ごした。
夜、駅近くの小さなカフェへ。
Tara Jane O'neilのライブ盤が、静かに店内を流れていた。
2009/06/04
夜曲
■2008/4/4-10
体調不良。
4/5
Tara Jane O'neil@町田梁田寺
体調は昨日から引き続き微妙だったが、今日は二階堂和美らも出演する希少イベント。
なので行く。
小田急線で町田へ行き、そこからバス。
しかし降りる駅を間違えてしまい、地図もないまま徒歩でさ迷うはめになってしまった……。
人通り少なく、車もあまり見えない田舎道。
開演に間に合わないかもしれない、という焦り。
体調が悪いのも重なって、かなりふてくされつつ歩く。
幸運にも、通りかかったタクシーを捕まえられたのでセーフ。
運ちゃんが神に見えた。
なんとか無事に、梁田寺に到着。
前庭には桜もまだ、程よく残っていた。
鶯の鳴き声も聴こえて、小さいけれど味のあるのどかなお寺。
いくつかイベント用に出店もあって、十二分に楽しめそうな雰囲気。
しかし今度は同居人が車酔いでダウンしてしまい、手持ち無沙汰で何となく休んでいるうちに、開演時間になった。
久々に見た二階堂和美は、調子万全ではなかったようだけど、それでも感動的な天性の歌声を聴かせてくれた。
今日は特に、仏様に捧げるように、丁寧に。
HISの「幸せハッピー」のカバーを、心の底から楽しそうに演っていた。
ラストはTaraとデュエットで、「蘇州夜曲」も披露。
Tara女史のライブは、幻想的な音世界。
繊細で静かに、流れゆくメロディー。
淡々粛々と展開されていく中、不意に現れる天性のフリーダム。
鈴が客席に投げ込まれ、二階堂和美もふたたび登場しての音霊(歌唱)参加。
最後には寺内一体になっての共鳴演奏になった。
オーディエンス参加型の芸術を、体現したようなライブだった。
ライブが終わると、余韻に後ろ髪を引かれつつも、すぐにバスに乗って帰る。
西荻の三人灯で夕食。
週末はやはり、かなり賑やか。
自分たちの後に入ってきた客も、同じライブ帰りだったらしくて、満足そうに感想を話しているのがちょこちょこ聞こえた。
途中、店内のBGMがDry & HeaveyからFishmansに変わった途端、あちこちからどよめき&反応が起こっていた。
Fishmans好きが、自然に集まってしまう店というのもすごい……と思った。
2009/06/03
タイプ
■2008/4/3
同居人と一緒に、マサキ君と会う。
西荻の焼き鳥屋にて。
一時期病気してた、ともきいていたので心配だったが、今日は大分元気そうで良かった。
好きなものを作るのに打ち込んでいる、彼の話を聞くのは楽しかった。
同居人は作る以上に、それを拡散・伝道していくことの面白さを重視するタイプ。
だけどマサキ君は、どちらかといえば自分とタイプが似ている気がして、共感するところも多々あった。
たまにそういう人と話せるのは、とてもうれしい。
2009/06/02
ミュートビート
■2008/4/2
MUTE BEAT@恵比寿リキッドルーム
幸運にも、チケットを譲ってもらうことが出来たので参加。
自分のような初心者が……といろいろ恐縮だったが、二度とないチャンスなのでありがたく行く。
一夜限りの再結成だけあって、会場にはいろいろな人が来ていた。
DJ KRUSHが前座で演っていた。
彼の音はいつも筋が通っている、と思う。
(何が?と訊かれても答えられないけど、感覚的に)
高く評価されるのが(説明できないけど)、分かる。
今日は彼のDJも聴けて良かった。
MUTE BEAT.
リアルタイムのファンでなくても、一流のミュージシャンの、一流の演奏を聴けるのは俄然、気持ち良かった。
(個々のメンバーは、昔から自分でも知っている人ばかりだけど)
追加も継続の予定もないという、本当に今日だけの音楽。
それはとても潔く、でも不思議と未来を見据えたものに感じた。
曲も代表的なものが多くて、十分楽しむことが出来た。
大満足。
2009/05/28
1日目
■2008/4/1
新しい職場での1日目。
写真を撮られたり、誓約書を書いたり。
面倒な手続きが済むと普通に仕事も始まって、チームは早々に落ち着きを見せていた。
会社帰り、川沿いの道を一駅分、歩いてみた。
小高い丘陵から見下ろせる夕映えの線路や、桜並木の風景は美しかった。
一駅先は、前の会社のすぐ近く。
高架道で立ち止まって、暮れていく空とビルディングをぼやっと眺める。
うわぁ、きれいだなー、と素直に思う。
昔も同じ光景をよく見ていたが、憂鬱なだけだった。
状況が変わっただけで、同じ景色の印象が変わるのは単純だけど……今が本当に恵まれているのだと実感できた。
ふいに、以前の職場の人に連絡を取りたくなった。
普段は人に会いたくても、自分から連絡することはまずないけど……。
浮かれた勢いでメールした。
いきなり連絡されて、迷惑だったかも……と後から冷静に頭を抱えたが……。
でも夜遅く、返信があった。
とてもうれしかった。
2009/05/27
業務移管の日
■2008/3/31
始業とともに、作業開始。
私物や業務の資料をダンボールに詰め、移管先I社の営業の車に積み込んでいった。
皆、笑いながら賑やかに作業していた。
今日でここを去るという実感も感傷も、そんな雰囲気に包まれているとあまり湧かなかった。
他のチームの人たちは、普段どおり座って仕事をしていた。
うちのチームがいなくなると、フロアの半分がいっきに空くわけだが、自分たちがいなくなったあとはどんな感じになるんだろう……。
そんなことを想像したりしていた。
合間に、今まで足を踏み入れたことのない場所(タバコ部屋=非常階段など)を見て回ったり、心残りのないように過ごした。
15時、ついにI社に移動する時間。
なじみの社員さんたちに挨拶をし、見送ってもらいながら、チーム全員で会社を出発。
電車を数駅乗り継ぎ、10分ほど歩いて、新しい職場に到着した。
新しい景色にそわつきながら、整備やセッティング。
17時前にはほとんどの作業を終えて、皆ぼんやりと席に座っていた。
今までの会社とだけでなく、チーム内でも今日で退職する人たちがいる。
紀香嬢など……。
それは本当に残念だったが、気持ちを切り替えて、前向きに引き継ぎもやった。
最大の救い、グリーン氏と大泉さんは出向という形で、これからも私たちと一緒にここI社で仕事ができることになっている。
青龍さんも残ってくれる。
彼らがいれば、とにかく何とかなる、はず。
初期から一緒にやってきたメンバーが欠けずにここでやっていけるのは、本当に大きかった。
自分たちに移管を言い渡したチーフ・ディレクター氏が、
「まあ、またご縁がありましたら……」
なんて最後に挨拶していた。
チームの場所は移るが、これからも業務は彼の指揮下にあることは変わらない、のに。
もうこのチームは自分とは関係ないものになるような言い方、上っ面の挨拶にまたもや腹が立った。
しかしチームの雰囲気は、とりあえず明るかった。
自分自身、不安も名残惜しさもあるけれど、新しい場所に座っていると、やはりこれからの環境での仕事、立場に挑戦してみたい気持ちのほうが強い。
明日から、なんだかんだでまた前向きにがんばっていくしかない。
そう思った。
賑やかな新鮮さにまみれて、業務時間は終わった。
2009/05/26
休日上野
■2008/3/30
上野の森美術館で、VOCA展を見る。
印象に残るものもあったが、個人的に今回は、圧倒的な筆致、凌駕する力をもった作品はあまりなかったように思う。
聚楽台で昼食。
生ビールを飲み干すおじさん、子供の世話に忙しい母親、飲み物だけで長時間ねばっているらしき学生、その間をぬって奔走するウエイトレスとウエイターたち。
ここはいつも気取らない人の、活気にあふれた店だ。
その様子を見たり、写生したりするのはおもしろかった。
残念ながら、4月下旬でいったん閉店するらしいが。
夕方、西荻の「三月の羊」で羊乳チーズケーキを買って帰る。
個人的には独特の濃い生乳ケーキは美味しかったが、同居人はわりと苦手なようだった。
2009/05/25
クワイエット・ブルー
■2008/3/29
清澄白河の小山登美夫ギャラリーで、福居伸宏氏の写真展を見る。
人のいない、建物だけで構成されているそれらは、普通なら静謐で無機質な様態を想像する。
しかし実際の作品には不思議な粘着性があり、再度戻ってきては、じいっと見入ってしまうものがあった。
西荻のBLUE LEAFに行く。
いつも前を通るたびに、気になっていた店。
デザートの種類はそんなに多くないが、丁寧に注がれたコーヒーや紅茶を楽しめる。
古くからある、カフェというよりは喫茶店の様相。
特別おしゃれでもなければ個性的なわけでもないけれど、とにかくいつまでも座っていられるような、居心地の良さがあった。
年配の客が多く、静かに本や新聞を読んでいる人が多いせいかもしれない。
自分好みの、静寂な空間があった。
またひとつ、好きな店が増えた。
2009/05/23
屈託のないパーティー
■2008/3/28
会社のチームで、移管前の最後の飲み会。
チームで水入らず、小ぢんまり……と思っていた。
が、上司は(最後だからこそなのか?)大々的にしたかったらしく、ちょうど部署移動する社員や、取引先の営業の人たちにまで声がけ。
飲み屋のワンフロアを借り切ってのイベントになってしまった。
そうなると、仲のいい人だけで固まるメンバーは動かないし、上司はあちこちの席を回りまくって上機嫌。
ゆっくりみんなと語る機会などなかった。
場の盛り上がりに違和感を感じつつ、しょうがないので大泉さん、スイレンさんと静かに飲んでいた。
二次会にも行こうかと思ったが、若い人たちのはしゃぎっぷりと、取引先の人たちも全員なだれ込んでいく様子に、なんとなく止めた。
その代わり、上司が普段煙たがっている、某社員さん(今回は大泉さんが気を使って呼んだ)たちと一緒に、コーヒーショップに行くことになり、1時間ほど静かに語った。
結果的には、最後は一部の人とだけでもしんみり話せたのでよかった。
表面はそう見えなくても、屈託なく済ましているように思えても、確かに少しずつ変わっていってる、人間関係。
それは確実に積もっていくさびしさとも連なる。
でも、それでも今は恵まれている状況だとは思う。
2009/05/22
ブリッジ替え
■2008/3/25
歯医者。
10年前に入れたブリッジの入れ替え。
麻酔を4本打たれ、久々の大手術となった。
トータル1時間以上に及んだ。
2009/05/21
シュウネンロール
■2008/3/23
山荘での朝。
朝風呂派の友人たちは、大浴場へ。
自分は何もする気が起こらず、部屋でダラダラと過ごしていた。
バイキングの朝食をとりつつ、外をのぞくと吹き荒れる雨風。
今日の道中は大丈夫かな、ちょっと不安になる。
ゆっくりと支度してチェックアウト。
久々に叩きつけるような大雨の中、香月泰男美術館へ行く(避難)。
前知識無しで行ったのだが、怒涛のような数々の魂(作品)の迫力に、圧倒されまくり。
ある意味、旅館時よりも興奮した。
油絵や鉄くずのおもちゃもすばらしかったが、個人的に一番心を惹かれたのは素描と、家族にあてられた一連の絵手紙だった。
作家のリアルな息づかい、その場・時代の空気を閉じ込めた線、線……。
絵を描くことが規制されていた戦時中、唯一許された家族への手紙に、一糸の機会も逃すまいとする、画家のすさまじい執念が込められているような……。
描くことでしか生まれない、”私は画家である”という自己確認への執着。
そういったものを、膨大な量の絵手紙から感じた。
美術館を後にすると、ジョイフルで昼食。
その後、解散時間も近づいてきたので、厚狭駅に向かう。
途中、U田さんが有名なケーキ屋、トロアメゾンが近くにあるらしいので行きたい、と言い出す。
30〜40分ほど、国道を往復して探したが、見つからず。
とりあえずタイムリミットのN野さん、Sallyさんを先に厚狭まで送ることになり、新幹線乗り場までダッシュ。
二人を見送った後、U田さんがどうしても再チャレンジしたいというので、ふたたびマップとにらめっこしながら、ドライブを続けた。
最後は店に直接電話して、場所を割り出すことに成功。
付き合ってもらったお礼にと、U田さんはシュウロールを買ってくれて恐縮。
新山口駅までU田さんに送ってもらい、別れた。
のぞみの自由席で帰京。
意外に満員で座れなかったので、広島まで立った。
立ったままシュウロールをほおばって、今回の旅行の余韻にひたっていた。
2009/05/20
豊潤の夜
■2008/3/22
長門市 大谷山荘へ同窓旅行。
支度をしてそろそろ出立しようかと思っていた11時頃、友人F谷さんから電話が来る。
だんなさんの体調不良により、急きょ旅行に参加できなくなったという。
今回、車の運転はすべて彼女頼りの予定だったため、あわてて他の友人にも連絡。
時間を早めて家を出ることにした。
駅まで母親に送ってもらう。
正午、駅でお金を払いに来てくれたF谷さん、長崎から参加のSallyさんと合流。
とりあえずカフェで昼食をとりつつ、だんなさんの様子などを聞いた。
昼食後、Sallyさんとともに地道にJRで出発。
新下関からは、参加者N野さんも合流した。
三人で山陽本線を揺られ、厚狭駅まで。
山口からの参加者、U田さんに連絡すると、車で迎えに来てくれるという。
U田さん待ちで、1時間ほど厚狭駅に逗留した。
小さな田舎の駅で特にすることもないが、のどかな空気を吸って、ぼんやりとベンチに座って待っていた。
こういうときこそ絵を描きたいな、と思った。
U田さんの車に乗り込むと、地図と看板だけを頼りに道程を進んだ。
湯本温泉までたどり着くと、いきなり目の前にどーんと、でっかい建物が現れてビックリ。
その建物こそ、目指す大谷山荘であった。
仲居さんが一同に並んで、お出迎えしてくれた。
山荘に入ると、ショッピングモール並みの広い空間と吹き抜け。
なんだか館内を滝が流れているし……。
部屋も予想以上にデカイ。
ここを勧めてくれたF谷さんの気持ちがよくわかったとともに、今回、彼女が来られなかったのを本当に残念に思った。
設備の整った大浴場を堪能したあと、夕食。
ふく料理を中心とした「ふきのとう懐石」(一番安いコース)。
一介の小市民の自分たちには十分すぎるほど、豪華なものであった。
美味しくて、友人は汗だくになりながらも、来られなかったF谷さん分まで平らげていた。
夕食後、エステ参加組と飲酒組に分かれる。
もちろん、自分は飲酒コースで……。
ロビー兼ラウンジのような広いリラックススペースにて、ローカルバンドの演奏を聴きつつ、友人とまったり。
カクテルを飲みながら、気の置けない友だちと過ごす夜。
とても贅沢。
屋上階に天体ドームなるものがあり、星を観察することもできた。
あいにくの曇り空だったので、たくさんの星を見ることはできなかったけど……。
部屋に戻ると先に帰っていた友人たちは皆、満足な様子ですでに眠っていた。
自分も酔いに乗っかって、すぐに気持ちよく眠りに落ちた。
2009/05/14
最終便に乗って
■2008/3/21
バタバタと退社。
帰郷するのにお金をまったく持っていないことに気づき、あわてて上野で下ろす。
東京駅で切符を確保し、新幹線に乗り込む。
めずらしく新幹線まで遅延してあせったが、なんとか北九州モノレールの最終便に間に合った。
2009/05/04
オサレなメキシコ
■2008/3/20
友人との打ち合わせに出かける同居人に、付いていく。
千駄ヶ谷駅で、友人と合流。
原宿近くの、オサレなメキシコ料理屋に連れて行ってもらった。
美味しい料理とお酒をつまみつつ飲みつつ、談笑。
途中から奥さんも合流して、とても楽しい食事となった。
23時過ぎまで。
帰宅後、明日から旅行に行くことを思い出し、2時まで準備。
2009/04/25
花灯路
■2008/3/16
起床して身支度の後、夕方まで山科の町をぶらぶら散歩する。
夜、同居人のご家族とアウェイ・マッチ会食。
東山で開催されている花灯路を勧められ、行ってみることにする。
色合い様々な行灯が並んだ夜の坂道を、時間をかけてゆっくり歩いた。
人出は多かったが、立ち止まって風情を愉しんでいる人が多く、雰囲気はゆったりとしていた。
御池通りのアイリッシュパブで休憩。
隣に居合わせた外国人の紳士が、一杯おごってくれた。
ふたりともかなり満腹だったので、コンディション的に実はつらいものが……。
しかしせっかくの心づかい。
最後まで飲み干して、京都の夜を締めくくった。
2009/04/21
オールナイト振動
■2008/3/15
大阪フィッシュマンズナイトの日。
10時半頃、家を出る。
東京駅の大丸でデパ地下弁当を買い、こだまに乗って出発。
(「ぷらっとこだま」を使うと、1時間余分にかかるけど安く行ける)
車内ではずっと寝ていた。
京都で下車。
先に行っていた同居人と山科で合流。
夜までの間、河原町三条辺りを散歩して過ごした。
趣のある、いかにも京都らしい細い路地とロケーションを歩く。
舞妓さんを見たり、途中のカフェでフルーツタルトを堪能したりする。
山科に戻ると、同居人は先に大阪へ出発。
自分はホテルで一人、弁当を食べながら休憩した。
しばらくすると、急激な腹痛に襲われる。
具合が悪くなり、ベッドにしばし横になる。
正月に大阪に来たときと、まったく同じ症状だ。
疲労だろうか、と不安に駆られつつ、うなる。
時間がたって、だいぶマシになってきたので、とりあえず自分もホテルを出た。
山科から、快速で大阪へ。
梅田の繁華街と地下道を一人で歩く怖さはあったが、なんとか迷わず、会場のShangri-Laにたどり着いた。
先刻の体調不安は気がかりだが、とりあえず今年も楽しむぞ、と意気込む。
実際にイベントが始まると、低音の振動が全身に響いて、この上なく気持ちよかった。
(けっこう音割れしていたけど)
今年のDJ同居人は、中盤で(会場の雰囲気を)落とす係をやっていた。
その頃になると、けっこう弱っている人も多かったが。
終わりの頃には、だんだん客も復活。
心配していた体調不良も戻らず、今年もオールナイトで、一睡もなしでイベントを楽しむことができた。
夜明け、イベントが終わって外に出ると、外はまだ暗く、けっこう寒かった。
始発電車に揺られて、同居人と京都に戻った。
車内は山登りらしき客ですでに混んでおり、座ることが出来なかった。
残りの気力をしぼって立っていた。
同居人は死にかけていた。
2009/04/19
目先の未来
■2008/2/28
一ヶ月遅れで、退職したS木さんの送別会。
御徒町の沖縄料理屋にて。
今回は人数が多かったので、必然的にグループが分かれた。
仲のいい人で固まってしまい、皆で仲良く話す感じではなかった。
(個人的に、飲み会の席で同じ人とばかり群れる人には、いつも違和感を感じる。そういう場こそ、いろんな立場の人と触れ合えるチャンスなのに……そう思う背景には自分がたいてい、そもそもどこに行ってもつるめるほど仲のいい人がいないから、という事情がある……)
加えて皆、S木さんと話さずに、自分のことばかり主張しているのに、少々腹が立った。
主役のS木さんをもっと立てるべきなのに、と思った。
移管問題で、誰もが目先の未来のほうに関心がいってしまっている。
こうなるのも仕方ないのかもしれないけど……。
それでもS木さんは笑顔で、最後にお礼を言ってくれた。
繁華街の四方の駅に向かって、それぞれ散り散りに解散した。
自分は一人で帰った。
2009/04/14
最終返答
■2008/2/25
会社の業務移管にともなって、I社に移るか否か、各人の最終返答を訊かれる面接が始まった。
自分は明日の予定。
移るより仕方ない、と心は決まっているけど……。
しかし、すでにNGの返答をした人も。
紀香嬢は通勤の都合上、I社には行かず、3月末で会社を辞めることが決定した。
S木さんに続いてまた、期待していた人を失うことになった……。
痛手だし、さびしい。
けれども昨年末に一度辞めると言い出し、その後「ふっきれたから」という理由で取りやめたことのある彼女。
もしかすると長く残る人ではないかもしれない……とどこかで思っていた部分もあった。
そこに今回の会社都合まで加わったのだから、仕方ない気がする。
いつかは、となんとなく覚悟していたことではあった。
豊田道倫@無力無善寺
月曜のわりに、人が集まっていた。
今回のライブは、小さなミスが目立ったり、間の取り方がうまくいってないなど、出来はそんなに良くなかった気がする。
でも選曲は好きな曲が多かった。
「仕事」「宇宙旅行」「14番ホーム」「人体実験」「牛丼屋の女」など……。
22時近くで終了。
客の間をぬって、一番先に外に出た。
(厳密には、豊田氏本人がいつも真っ先に会場を出て行くのだが)
ライブ後の余韻は心地よく、少しだけ胸も温かくなった。
2009/04/09
見学会
■2008/2/19
会社のチーム全員で、業務移管予定先へ見学に行くことになった。
15時頃に業務を終えて、地下鉄で3駅先のI社へ。
勤務予定地はI社の別館の個室で、実際に勤務することになれば、チームのメンバーだけで気兼ねなく、作業が出来そうだった。
トイレが男女共用でひとつだけなので、奪い合いになることを除けば、想像していたよりも広くてきれいだし、設備的にも問題はなさそうだった。
今日の下見を踏まえて、近々個々のメンバーが面接を受け、移管を受け入れるか否かを、回答することになる。
たった3駅先への移動でも、人によっては交通や給与、待遇面が大きく左右される。
正直、これを契機に会社を辞める人も出てくると思う。
結局、今のままではいられない現実は、変えられない……。
I社の近くには大きな川と見事な銀杏並木があり、情景豊かな景色が広がっていた。
それでもいまいち、切ない感じはぬぐえなかった。
2009/04/08
満悦
■2008/2/13
同居人の勧めで、ブタのマンガをネットにアップした。
こんなのいいのか、と思いつつ、しかしマンガを描くのはやはり楽しい……。
いつまで続くか分からないが、しばらく楽しんでやっていこう、と思う。
荻窪に買い物に行ったついでに、久々にお気に入りのカレー屋へ。
久々に食べたカレーは相変わらずの美味しさと満腹感、そして満悦を与えてくれた。
ついでに立ち飲み屋にも寄って、一杯引っかける。
2009/04/06
モーニング・コール
■2008/2/10
キャロライン(仮)の会@我が家。
朝から昼にかけて、買い物やら準備やら。
15時頃、駅へゲストの方々をお迎えに行く。
会はいつもながら賑やかに、いろいろな話で盛り上がった。
AXEのウェイクアップ・サービスが話題になり、ためしに電話をかけたところが、予想以上の技術とシステムのすごさに皆、大興奮。
文字どおり、寝た子も起こすテクノロジーと女性パワーに感心する。
宴が終わった後、駅まで皆を見送り。
その後、勢いでつけ麺を食べたい、と言ったら本当に行くことになり、同居人と食べて帰った。
帰宅して、ちょこっと片付けをしてから寝る。
2009/04/03
光と暗闇クルージング
■2008/2/2
夜、同居人の写真撮影に付き合う。
東京の方々を、バイクで走る。
同居人は時々、片手運転しながらシャッターを切っていた。
後部席で危険におののきつつも、流れて溶けていく光と暗闇のビルディングを見るのは面白かった。
帰り、近所の焼肉屋で夕食。
店内もかなり寒くて凍えた。
2009/04/01
荒れ・回復
■2008/2/1
上司がプロジェクトの進行を早めるために、件のギャルズを制作チームに入れたい、と言い出した。
当然、納得できずに反発。
それならド新人を入れられた方が、まだマシだ……。
午前中、上司からいろいろと愚痴を聞かされていた。
上の奴らは人を投入しさえすれば、仕事が進むと思ってる、でもそれじゃ回んないんだ、とか。
……それでいて、下には同じことを押し付けるのか……と内心、腹が立ってしょうがなかった。
戦慄を覚えるほど、自分の言ったことを忘れる人なので、しょうがないが……。
しかし、移管先で上司となる先生(しぇんしぇい)までも、ギャルズを入れなければ仕事が進まない、と考えていることを知って、さらにショック。
S木さんのいなくなった今、紀香嬢やスイレンさんをじっくり育てたい。
その大事な時期をかき回されてたまるか、と思う。
(すでに移管の件で、グチャグチャにされているが)
一方、それはやはり自分のわがままに過ぎない気もしたりして……また1人でモヤモヤしていた。
後日、上司と先生はグリーン氏と大泉さんを連れて、I社で何やら打ち合わせをやるという。
また現場を無視して、上の人だけで勝手に話を進めるのか。
お気に入りの2人だけを囲って、こっちはないがしろか、と、半分以上ひがみも入って、かなり感情的になってしまった。
そして、そんな自分も嫌になった……。
夜、同居人と西荻の某カフェ・バーへ行く。
4・5人も入ればいっぱいになる、駅近くの小さな空間。
ちょっと古い壁と木造りのカウンターに、CDと本がたくさん並んだお店は、荒れた気分を落ち着かせてくれた。
カフェオレを飲みつつ、まったりと過ごした。
マスターはα波に満ちたしっとりとした声の方で、話を聞いていてとても気持ちが良かった。
IDAやらRufus Wainwright、Damon & Naomi、Joanna Newsomが好きという彼女は、音楽の趣味も自分と合いそうな感じだった。
また、お気に入りの場所が増えた。
2009/03/24
それしか
■2008/1/31
会社。
S木さん最終日。
昨日、先生(しぇんしぇい)に言われたこともあり……。
いずれにせよ仕事の引き継ぎもあるので、今日こそS木さんに声をかけよう、と思っていた。
とはいえ日中の彼女は、一生懸命自分なりに引き継ぎ事項を整理していたようで、その必死な様子に何となく、近づきがたいものを感じてしまっていた。
結局、16時頃にS木さんを呼び出す。
やっぱり向き合うと、お互い泣いてしまった。
「この仕事にすごく愛着があったので、続けたかったんですけど……」
S木さんは本当に、名残惜しそうに言っていた。
彼女も他人に遠慮したり距離感を置くタイプの人だけど、やっぱりこの職場には、自分と同じように強い繋がりを感じていたようだ。
仕事でも成長めざましかっただけに、心底残念でしかたなかった。
S木さんの退社は結局、夕礼時に発表された。
紀香嬢がこっそりと、用意したプレゼントを渡しているのを見た。
こんな形でS木さんを退職させてしまうことへの申し訳なさ。
絞めつけられた。
彼女に対して、もっと何かできたかもしれない……。
後悔がじわじわと訪れた。
彼女は定時が過ぎてもキチンと、凄まじいまでに、後に残る人たちのための作業をしていった。
写真を撮っていいかと訊かれ、大泉さんと三人で並んで写した。
S木さんには、それしか残してあげることができなかった……。
2009/03/06
純然たる事実
■2008/1/30
会社。
廊下でS木さんが泣いているところに遭遇した。
紀香嬢がそばで慰めていた。
一瞬迷ったけど、やはり声はかけられず。
やり過ごしてしまった……。
どうやら辞めることを、打ち明けていたようだった。
しばらくして紀香嬢から、S木さんに(送別会など)何もしてあげないのか?と訊かれる。
S木さんは辞めることを公表していないので、むしろそっとしてあげた方がいいと思うから……と答えた。
しかし彼女の言葉は、ぐさりと胸に刺さった。
痛いところを突かれたと思った。
S木さんと真正面向きあえないことを、はっきり指摘された気がした。
先生(しぇんしぇい)からも、S木さんに声かけたら?と言われる。
自分は中途半端にしか事情を知らないから、首を突っ込むのは悪いと思う……と答えたら、
「中途半端のままでいいんだよ。そのままぶつければいいんだよ」
と言われた。
正論過ぎて、さらに落ち込む。
定時後、グリーン氏、大泉さん、青龍さんと飲んだ。
今回の移管の件、問題ギャルズ、I社のことや今の待遇、そして互いの仕事観などについて話す。
新規の仕事は探さず、I社への移管を受け入れるつもりでいることも。
この仕事を続けてさえいれば、職場は離れてもグリーン氏たちと繋がっていられるし、またいつか一緒に仕事できるチャンスがあるかもしれないから、ということも……。
皆、妙に感動してくれた。
でも本当にそれしかない、純然たるその事実しかないから、そう言っただけだった。
2009/02/26
芯に響く
■2008/1/28
上司と面接。
移管の件について予想通り、I社から出向で来ている先生(しぇんしぇい)が、I社に来てほしいと自分をリクエストしてきていることを聞かされる。
仕事自体が厭になったわけではなく、通勤も問題はない。
事態が事態なので、I社に移ることは仕方ないと内心、前向きに考え始めてはいた。
でも疑問(不安)に思うことは多々あり、それを上司にたずねた。
雇用形態のこと、先生以外のI社の社員が仕事に絡んでくることはあるのか、安定したとたん、いきなり契約が切られるようなことはないのか、等々。
上司は、万が一にも自分がI社に切られるようなことがあれば、再度この会社に雇うつもりだが、保障はできない、と言った。
(当然か)
結局、行ってみなければ、I社でどうなるかは分からないのが現状だった。
そして、S木さんが今月末で辞めることも聞かされた。
今月……って、もう三日後じゃないか。
ショック。
仕事的に、かなり大きな痛手。
それ以上に、仲間として一緒にやってきた人がいなくなることは、やはり残念で、芯に響いた。
本人の思いが優先なので、仕方はないけど……。
誰は残る、誰が辞めようとしている……お互いの探り合いや、憶測がチームを飛び交い、職場はいやな雰囲気で包まれている。
2009/02/14
アート寄りのジャーナリズム
■2008/1/27
あまりやる気の出ない休日。
図書館に行き、カフカの「城」を返却した。
(期限までに読み切れなかった……今度買おう)
新宿に行く。
先に行っていた同居人と合流し、BERGで休憩。
「いかにアート寄りのジャーナリズムたり得るか」
隣の席のおじさんたちが、そんな熱い議論を始終交わしていた。
2009/02/13
写真とブタ
■2008/1/26
知人のイベント「No Rule」にお邪魔。
広い店ではなかったが、皆が座って過ごせるくらいの、ゆったりしたちょうどいいスペースだった。
音楽と酒を楽しみながら、カウンターに座って同居人としゃべっていた。
同居人は知り合いのミュージシャンに依頼された写真のことで、ちょっと悩んでいた。
自分は最近、落書きで描いた豚の絵が意外に好評なので、ちょっと調子に乗ってさらに描いてみようと思っている。
そんなことを話していた。
2009/02/11
「予定通り」のライブ
■2008/1/25
豊田道倫@新宿シアターPOO
悪くなかったが、同居人いわく”あっさりした”ライブ。
アンコールは客がリクエストした「悪い夏」。
皆喜んでいたけど、おそらくそれも「予定通り」の終わり。
(豊田道倫は、歌詞カードが用意されていないと歌えない)
よく言えば安定しているし、一方でマンネリ化しつつある(聴く側の方も含めて)、そんな印象がある。
2009/02/09
ルーファス
■2009/1/23
会社。
昨日の話を受けグリーン氏、大泉さんと打ち合わせ。
自分の動かしているチームの業務がいつ終わるのか、どうやったらペースが上がるのかを、上司の代わって訊かれる。
そんなの、今の状況では無理。
新人を投入しても、育てるのに時間がかかる。
そこに移管作業まで入ってきては、そう簡単に終わるわけがない。
事情が急展開したせいだと解っていても、少々、感情的に答えてしまう。
尋ねた彼らの方も状況を理解しているので、むしろ同情してくれていたが。
Rufus Wainwright@国際フォーラムホール
久々にホールクラスでのライブ。
Gパンをやめてスカート(年に1回履くかどうか)とブーツを着用していたら、会社ではいろいろな人から声をかけられ、珍しがられた。
普段、よほどひどい姿が定着化しているのだろう。
ライブ中も会社のことが頭にあり、外面ほど気分は晴れなかったのだが。
しかしライブ自体は本当に素晴らしく、Rufus大好きの同居人は、裏腹にとても輝いていた。
中人数編成ながら、演奏、メロディともに圧倒的なゴージャスさ。
それでいてさらりとエンターテインしてみせるスマートさ。
長時間歌っても、まったくあせない歌声はすごい。
与えられているものが別格である。
当然、キャリアによるものだろうが、泥臭い積み重ねを感じさせない才人ぶりであった。
星条旗を象った衣装、短パンにバスローブにストッキング姿。
メンバーも皆、やたらきらきらした衣装をまとっていて、きっちり苦笑もさせてくれ、とても楽しいショウだった。
座って鑑賞できたので、手元でスケッチをしながら聴いた。
帰り、西荻のスペイン料理店に寄る。
寒いし時間も遅かったので、十分は味わえなかったけど。
店と料理は悪くなかった。
2009/02/05
移管
■2008/1/22
会社。
定時近くに突然、チーム全員で会議室に呼ばれた。
普段は現場に一切ノータッチの(というか、一度も顔を見せたことがない)、ペーパー・チーフディレクターがいて、誰もが怪訝な表情をしていた。
全員分のイスがないので、ずらずらと部屋の壁際に立たされた。
そんな状態で告げられたのは、自分たちがやっている業務が今年3月末をもって、I社に移管されるということ……。
それにともなってチームもI社に移動させるので、メンバーも移ってほしい、不満のある者は辞めてくれ、ということだった。
皆が???な状態で、言葉を発することができなかった。
「俺じゃどうすることもできないんだ」
上司が悲痛を漏らしていた。
でも投げつけられた宣告へのショックの方が大きくて、言葉だけが空しく残響した。
なんでいきなりそんなことになったのか。
いきさつを想像することもできなかった。
つい先日も、社内に新しいチームを作る計画を、上司から聞かされた。
その意気揚揚とした様子からは、今日のことなど全然予想できない……本当に、いきなり決定した話のようだった。
それにしても、すでに組んであるスケジュールを進めながら、並行して準備するには、単純に準備期間も足りない。
現場を知らない人間に、土足でチームを蹴散らされたような心地で、憤りも感じた。
混乱する頭の中で、いやな予感もした。
先日、社員に登用されたグリーン氏と大泉さん。
普通に考えると、2人はこの会社に残るのではないか。
でも2人がいなくなれば、専門色が強いこの仕事を、教えたり管理できるレベルの人間が、もう自分しかいない……。
となると、移転組で真っ先に名前が挙がるのは、まさに自分ではないか?
定時後、グリーン氏、大泉さんと話した。
彼らはすでに今朝、話を聞かされていて、1日中ダークなモードだったらしい。
しかし、その時点ではまだ決定事項ではなかったという。
まさか今日全員に言うとは思っていなかったとのことで、2人も動揺していた。
いつまで話し合っても、皆うつむいて、重い雰囲気だった。
初めて心から、仲間と思える人たちと出会えた職場。
ずっと一緒に仕事をしていきたいと、お互いに通じあえていた人たち。
そこにいきなり打ち込まれた鉄槌。
いきなり暗闇となった自分の先行きに、めまいがした。
2009/01/11
集合写真
■2008/1/13
会社の同僚・しーちゃんの二次会に行く。
年末からTo Doとして控えていたイベント。
そのための買い物やら準備やらが、何気に心の宿題状態となっていた。
朝、自分で髪のセットやらをやったが、そこそこ練習を重ねたのに出来ず。
同居人にも手伝ってもらったが、危うい感じを解消できず、泣きそうになりながら、時間ギリギリに家を出た。
大宮駅で他の同僚たちと合流し、駅から少し離れた会場に向かった。
しーちゃんは純白のドレスに、お色直しはお祖母さんから譲られたという着物を着て登場。
それが本当にとても可愛らしく、似合っていた。
旦那さんとも学生時代から付き合ってのゴールインということで、きっと末永く、幸せなカップルとなるだろう。
会社のメンバー皆で、集合写真を撮った。
皆で和気あいあいと笑いながら体を寄せてカメラに向かっているときに、ふと、もしかすると来年の今頃は、こんな風に皆で揃っていることはないかもしれない……と思った。
近々では、S木さんや紀香嬢という、具体的な懸念や問題が心に引っ掛かっている。
でもそれ以上に、状況なんていつ不意に変わってしまうかわからない、いつ誰がいなくなっても、散り散りになってもおかしくないんだよなあ、というぼんやりした不安があり、それを自覚しながら、ただ瞬間だけを残しておく行為に笑顔で向かうことに一瞬、一抹の疑問や虚しさを感じてしまったのだった。
今その時を大事にするだけでいい時に、とても不謹慎な感情なのかもしれないけれど……。
二次会が終わると、会社のメンバーは三次会は出ずに、それぞれ解散した。
2009/01/09
京都駅ビル
■2008/1/4
AM11:00 ホテルをチェックアウト。
昼、同居人のお母さんと妹さんと会い、ホテルのレストランでフレンチ10番勝負。
焼き菓子のデザートが美味であった。
会食後、京都駅ビル内を散歩がてら、うろうろした。
空中径路で展望スポットを堪能したり、地下でお弁当を買う。
16時前の新幹線に乗って、東京に戻った。
体調は一抹の不安を残しつつ、昨日よりだいぶ回復した。
2009/01/07
いつも以上に不格好
■2008/1/3
母に駅まで送ってもらって、朝9時過ぎの新幹線に乗って大阪へ。
車内で、急激に腹痛と寒気に襲われる。
昨日も一瞬、同じ波があったのだが、今日はあまり引く様子がない。
悪寒に耐えながら、大阪に立つ。
駅近のカフェで、合流予定の同居人を待った。
その間も体調はすぐれず、気晴らしにスケッチをしても、線はいつも以上に不格好に歪むばかり。
休んでいると、多少は落ち着いてきたが。
同居人合流後、予定より早めにホテルに行かせてもらう。
その後も回復傾向がないので、大阪の知人たちとの新年会は、欠席させてもらうことにした。
21時過ぎ頃まで眠って、だいぶ治る。
2009/01/05
リセット
■2008/1/2
大学時代の友人たちと会う。
駅に集合し、メンバーの提案で小倉城で行われるという、新春餅つき大会に参加。
無事に餅を、20番台でゲットする。
昼食後、下関に向かう。
現地の友人も合流し、毎年行っている「同窓旅行」についての話し合いをする。
数年前から議題に上っている、友人たちとの「東京旅行」は未だ実現せず。
それならもっと近場ででも、集まれる人だけでも、小さな旅行がしたいという意見が出た。
2月3月あたりで実施しようと、話がまとまった。
自分が学生やってた頃とは、下関はずいぶん変わっていた。
通ったモールも駅も、新しく建て替わっていた。
それはこの地域のためには良かろうと思うが、否応なく思い出がばっさりリセットされたような、それでいて抗えない洗練さを持つようになった街がまばゆいような、複雑な気持ちがあった。
小倉に戻り、鉄鍋ギョーザで夕食。
次いでドトールに行き、遅くまで友人たちと語り合った。
地元での休みは今日まで。
あっという間の正月休みであった。
2009/01/04
形式訪問
■2008/1/1
妹と妹旦那が、実家にやって来た。
ひととおり挨拶し、食べるものを食べてしまうと、あとは所作なく、暇そうにしていた。
父は酒を飲んでさっさと寝てしまうし、自分は愛想よく喋りかけたりしないし。
形式的な訪問とはいえ、かわいそうな状態にしてしまった。
反省。
2009/01/03
シフト
■2007/12/30
帰省の日。
同居人は5時起きで、親戚との温泉旅行に行った。
自分は準備を終えて、15時過ぎに家を出る。
駅に行く前に図書館に寄り、吉田修一の「パレード」を返却。
(想像していたほどインパクトはなかった。結末が推察通りだったので、逆に驚いた)
ガルシア・マルケスの「予告された殺人の記録」を借りる。
(実家にこもっている間に読もうと思ったのに、こんなに薄い本だったとは)
新幹線では、ほとんど寝て過ごした。
■2007/12/31
帰省2日目。
実家では父が買い物に行ったり、掃除機をかけたりする姿が目についた。
以前なら絶対になかった光景。
(昔ながらの、家で動かない人なので)
両親の関係も、少しずつ変わっていってるのを感じる。
ぶらっと街に出る。
学生時代によく通った市場、商店街、モールなどを回る。
マックに行ったら、店内にらせん状のパーテーションが置かれており、ずいぶん狭くて変な内装になっていた。
なんでわざわざ、こんな客の邪魔になるようなことを……と一瞬思ったが、店内をよく見渡すと、昔なら混んで賑やかだったはずの店内も、客はまばら状態。
あまり客が来なくなっているのも、要因なのかなと思った。
(単に年の瀬なのもあるだろうが)
2Fの窓から見える街の風景を、メモ代わりにスケッチした。
2008年は、こういうちょっとしたメモのようなスケッチをもっとやりたい、という思いがある。
日々の生活でも、旅行でもライブでも、その時々の瞬間を、写真を撮る代わりに絵で残してみたい。
年越しは、実家で年越しそばを食べて、紅白をダラダラ見ながら過ごした。
登場するありとあらゆる若い歌手が衝撃的に音痴続きで、心に残ったのは演歌だけという、異様な心理状態を経験する。
確実に自分も変化し、年を取っていっていると痛感した。
2008/12/30
年末締め
■2007/12/29
豊田道倫@渋谷O-Nest
開場時間より少し早めに着いて、渋谷を歩く。
この街の普段の混みつまった感じがなく、やはり年の瀬で人も少ないように感じた。
ライブは開場時間を押して始まった。
久下惠生やヤマジカズヒデ、上田ケンジ、Dr.kyOnらが参加しての、バンドスタイル。
マイクスタンドや譜面台を倒したり、本人、若干暴れモードが入ってのパフォーマンス。
普段のソロ演奏時のような、悲壮感やギリギリの緊張感みたいなものとは違う、賑やかな感じがあった。
ちょっと寂れた感のある、西荻の焼肉屋で、同居人と二人の年末締め。
店の隅で、バイトの若い人たちが賄いをもらって休憩していた。
2008/12/29
説明できる類のもの
■2007/12/28
仕事納めの日。
会議の時、大泉さんとグリーン氏が来年付けで、正式に会社の契約社員になることを上司から告げられた。
最近、二人だけ社員研修らしきものを受けさせられたりしているのを知っていたので、何となく気づいてはいたけど。
同期入社した中で、二人だけが選ばれたことに対して、正直僻むような思いがあった。
とはいえ、二人の能力は誰からも認められるものであり、その存在は今やチームにとってなくてはならないもの。
上司の判断としては、至極当然だと思う。
ただ今まで同じ立場を共有している仲間と思っていたのに……先に、本人たちから直接、打ち明けてくれてたらよかったのに、と思ってしまった。
それに以前、グリーン氏は他にやりたいことがあると言い、それによって派生したのが、今の自分の状態のはずなのだが……その話はどうなったんだろう……。
また紀香嬢が1月末で辞めることも告げられ、ショックを受ける。
彼女に任そうと思っていた仕事の調整もあるが、単純に強い寂しさを感じた。
とてもいい感じに仲良く出来ていた人だったのに……やっぱり皆、去っていってしまうんだなあ……。
もしかすると先日、私が彼女に期待するような発言をしてしまったのが重荷になったのではないか……とも思った。
夕方、納会。
皆、形だけの乾杯を済ませると、わりとさっさと帰っていった。
その感じも、またひどく寂しかった。
今、一緒に仕事をしている人たちは幸い、皆わきあいあいと、仲良くやっている。
でも、それはあくまで会社でのことで、最終的な個々のラインは皆、シビアにドライに守るんだな。
大人なのだから当たり前だが……。
誰も本音で語ることはない空間に満ちる虚しさと、そういうことをチャッチャとやりくりできない己に、やりきれない思いがあった。
紀香嬢から、謝られた。
もちろん本人が決めたことだから、何も言うことはできないし、実際そういうことを彼女に言った。
もしかしたら表情に、弱った心の状態を出してしまったかもしれないが。
帰る人たちを見送ってたら何となく帰るタイミングを逃し、最後には自分と青龍さん、スイレンさん、しーちゃんが残ってしまった。
会社を出て、スイレンさん、しーちゃんとも別れ、青龍さんと2人、途中まで連れ立って歩いた。
飲みに行こうと誘われたけど、気分が沈んでいてそういう気にもなれず。
駅で彼とも別れ、そのまま電車にも乗らず、線路沿いにずんずん歩いた。
大泉さんや、紀香嬢のこと、チームのことを考えながら、ちょい泣きしながら次の駅まで歩いた。
家に帰ると、同じく会社の納会から帰ってきた同居人が、上機嫌でTVゲームをやっていた。
今日の会社での出来事は、言えなかった。
説明できる類のものでもないが……。
2008/12/03
galgal
■2007/12/17
社内の席替えが行われた。
表向きは全体でやったが、実際は新人ギャルズ対策の為。
どうしても喋る女の子たちを強制的に引き離すためだったが、実際に実施の時になると、渋ったり文句を言い出したりする。
本当、小学生レベルかとまた内心、イライラしていた。
しかし席を離した甲斐もなく、結局は仕事中、勝手に席を立っておしゃべりが相変わらず始まるのだった。
自分の方が気にしすぎているだけなのか……。
■2007/12/18
新人ギャルズがうるさい----。
休み時間が終わっても、おしゃべりは続く。
自分の席に延々戻る気配がない。
苛立ちが募り、青龍さん、担当リーダーなんだから注意しろよッとも思う。
でも、ああいう手合いは、もう何をどうしても、有効策などない気もする……。
かえって、いちいち気にしてる自分がしょうもないというか、心が狭いのだろうか……と、だんだん鬱になってきた。
2008/11/26
くだらないこと
■2007/12/12
定時後、グリーン氏から相談を受けた。
例の新規メンバーの仕事中の私語(しゃべっている時間&内容)は、日に日にひどくなる一方……。
ついに同じチームにいる某人がノイローゼ状態になり、グリーン氏に訴えてきたという。
某人さんは、新規メンバーの子たちとは年代もノリも違う。
(ノリが同じ人は、誰もいないけど……)
周りから見ても明らかに一人、浮いている状態になっていた。
内心、気の毒には思っていたけれど……。
トライアルの時に、あの新規の子たちを入れてしまうと、チーム内に問題が生じそうなことは、最初から懸念していた。
だから、自分は正直採るのを渋った。
青龍さんがちゃんと教育する、という言葉を信じて、彼を立てて同意した。
たぶん、そうはいってもあの子達のコントロールは無理だろうな……と内心思い、でももう何も言わないつもりだった。
ただ、某人さんのような人が出てくるとなあ……。
……そう考え込みつつ、一方、やはり自分が単純に新規の子らをよく思えないだけなんじゃないか、とも思ったり……。
ちょうど上司が休暇中のため、今は問題を報告も相談も出来ない。
青龍さん、大泉さんも残って、4人で話し合った。
結局、直属のリーダーである青龍さんが、某人さんに一度声をかけてあげて(それだけでも大分、某人さんには救いになると思われたので)、上司が出社次第、事を報告しよう、ということになった。
でも、青龍さんはあまり問題を重視していない様子だった。
「そんなに重要なことなの?」
「こんなことで話し合うのもくだらない」
しきりにそう言ってて、ちょっと腹が立った。
そのくだらないことでチームが煩わされているから、よけい問題なんじゃないか。
女性だからこそ、小さいことが気になることだってあるのに。
男性だから、そういう部分がわからないのか。
そもそも、あんたがちゃんと監督しないから……etc etc.
いろいろ不満や愚痴で、いっぱいになった。
(後から見ると、やっぱり書くほどのことじゃないが……)
どうなるんだろう……。
2008/11/18
初参拝
■2007/12/10
豊田道倫@高円寺無力無善寺
初めて行った会場だったが、事前に聞いていた噂に違わぬ、すさまじい内装だった。
「悪性」「大悲」などと書かれた手書きの文字が、部屋一面にびっちり、無造作に貼り付けてある。
子供用遊具が散乱し、部屋のピンクの蛍光灯と盆提灯に照らされて、怪しく浮かんでいた。
そしてマスター……。
……で、個人的にはこういう会場は好きなのだが。
飼い猫の写真が合間合間に貼られている、キュートな面もあった。
ライブはやはり新曲が良かった。
こういうフックを持つ曲は、久々なのではないか。
ギターの激しい爪弾きも。
正直、まったく上手いとは言えない歌−−そこで多くの人がフィルターにかけられるわけだが−−の中で、でもよく耳を傾けると、声をちゃんと使い分けているところもあって、そこはやはりキャリアで鍛えてるなあと思われる部分がある。
帰り、夕食は中華料理店で済ませた。
期待したより普通な味だったが、さくっと食べて帰るには良いか、と思った。
初参拝
■2007/12/10
豊田道倫@高円寺無力無善寺
初めて行った会場だったが、事前に聞いていた噂に違わぬ、すさまじい内装だった。
「悪性」「大悲」などと書かれた手書きの文字が、部屋一面にびっちり、無造作に貼り付けてある。
子供用遊具が散乱し、部屋のピンクの蛍光灯と盆提灯に照らされて、怪しく浮かんでいた。
そしてマスター……。
……で、個人的にはこういう会場は好きなのだが。
飼い猫の写真が合間合間に貼られている、キュートな面もあった。
ライブはやはり新曲が良かった。
こういうフックを持つ曲は、久々なのではないか。
ギターの激しい爪弾きも。
正直、まったく上手いとは言えない歌−−そこで多くの人がフィルターにかけられるわけだが−−の中で、でもよく耳を傾けると、声をちゃんと使い分けているところもあって、そこはやはりキャリアで鍛えてるなあと思われる部分がある。
帰り、夕食は中華料理店で済ませた。
期待したより普通な味だったが、さくっと食べて帰るには良いか、と思った。
2008/11/16
冬冴えるライブ
■2007/12/7
toddle、ERASE ERRATA@渋谷O-nest
どちらも好きなバンドでツーマン!
ということで、会社を早々に退く。
かえって早く着きすぎたので、若干、手持ち無沙汰になってしまうが……。
でも、チャコちゃんが一人でセッティングしている様子など、眼前で見れたので良かった。
本番のライブでは、今日のtoddleはすごく圧巻、ということはなかった。
でも相変わらず、チャコちゃんがかわいかったので、良し。
チャコちゃんとアイちゃんは誕生日も近いということで、チャコちゃんの息子さんが登場し、ケーキを運んでくる、というアットホームな場面もあった。
ERASE ERRATAは、以前見たときはそんなに迫力を感じなかったのだけど、今回はかなり良かった。
グイグイねじ曲げられて展開される音。
ある意味分かりやすく、それだけに体験できて感慨できる、ど真ん中の西海岸アート・パンク。
心地よい狂奏は、エキセントリックというより、知性の香りにあふれていた。
■2007/12/9
豊田道倫@新宿シアターPOO
新曲がけっこう良かった。
ここ最近の曲は全般的にいい感じではあるが、佳曲揃いの中、今日聴いた曲は久々に飛びぬけてインパクトを感じた。
彼特有の強さと惨めさ、そして熱さを兼ね備えた曲だった。
2008/11/13
刻み煙草
■2007/12/5
会社帰り、同居人から連絡が入り、友人のマサキ君と飲むことになった。
西荻窪駅で落ち合う。
三人灯は休みだったので、近くの焼き鳥屋に行く。
マサキ君は今は、自分の好きな仕事が出来ているらしく、生き生きしていた。
とても忙しそうではあるけど、以前の休日、深夜に及ぶ仕事に比べたら、自分の思うとおりのことがあ
る程度やれる環境で、だいぶマシになったようだ。
刻み煙草を吹かしながら、独特の飄々とした調子で、マサキ君はしゃべっていた。
2008/11/12
バースデイ・ナイト
■2007/12/4
誕生日祝いをしてくれるという同居人と、新宿で待ち合わせた。
しかし連れて行ってくれるつもりだった店は満席で入れなかったので、荻窪に場所を移す。
以前、行ったことのあるフランス料理店、ブラン・ド・ミュゲへ。
テーブルマナーに疎い方なので、ちょっと緊張した。
でも料理はとても美味しくて、満足。
この店の系列のテイクアウト専門店、ル・ジャルダン・ゴロワにあるチョコレート・ケーキが好きで、何度か買ったことがある。
でも最近はメニューからなくなっているようで、ちょっと寂しい。
店を出ると、今年一番かと思われる冷え込みだった。
そういえば、去年の誕生日の頃も、激寒だったな……ということを思い出した。
行きつけの三人灯が休みだったので、駅近くまで戻り。
バーに入った。
店内はそこそこ広く、静かでそれなりにおしゃれな雰囲気だった。
でも料理を頼むと、調理場からおばさんがぴょこっと顔を出して、マスターのところにちょこっと皿を
置いていく様子が、面白かった。
家に帰ると、酔いと疲れで力尽き、そのまま寝床行き。
2008/11/11
新歓
■2007/12/3
新しく入ってきた人たちの歓迎会が敢行され、自分も参加することになった。
彼女らはチームとして、他のシマとは完全に独立した形になっているのと、いろんな意味ですでに方々と交流が断絶しているので、上司は新規の人だけで宴を催すことにした、らしいのだが……。
各チームのリーダーは強制参加と決められ、青龍さんはもちろん、自分やグリーン氏、大泉さんも行くことになってしまった。
予想通り、新規の子たちは周りの人の存在は一切無視。
仲のいい子だけで盛り上がっていた。
まあ、そんなもんかな……と思っていたので、自分も首を突っ込まず、グリーン氏、大泉さんと隅っこで話していた。
上司は張り切って2次会も行こうとしたが、肝心の歓迎会の主役たちは挨拶もそこそこに、即行で帰ってしまった。
付き合いで、自分と青龍さんだけ、残った。
ワインバーのような店で、上司の家庭の話などを聞いた。
彼の家庭はけっこう複雑だったらしい。
すごく愛想がよくて親身になってくれるのに、時折、非情な態度を広げたりするのは、そういうところからの影響もあるのかな……と感じた。
帰り、上司と2人になったとき、君にはもうワンステージ上に上がって欲しい、みたいなことを言われる。
今の自分は、いっぱいいっぱいになってるように見える、とも。
器に見合わない立場に配置されて、日々プレッシャーにもがいてるのだから、まあその通りだと思う。
でも、上司が口ではそう言いつつ、本当に期待しているのはグリーン氏や大泉さんたちの方だということも知っている。
肩書きだけもらっても、信頼がない……。
本当はそのジレンマが、素直に向上する姿勢に歯止めをかけてる……。
そういう卑屈な部分を見せるわけにもいかないから、「やりがいある仕事をもらって、これからもがんばります」的なことを、ひたすら喋りまくった。
2008/11/10
かちわりかちん
■2007/11/27
仕事で出張に来た、大学時代の友人Uさんと会う。
自分の行きつけのお店を紹介して欲しい、というリクエストだったので、荻窪の花海に連れて行く。
九州の郷土料理をベースにした、美味しくて安心しておすすめ出来るお店といったら、やはりここ。
お酒も充実しているので、アルコール好きなUさんはかなり喜んでくれた。
二人でしゃべっていたら、店の人から「九州の方ですか?」と言われた。
地元の人と話すと、やはり自然と地方の言葉が出ているみたいだ。
2軒目は、やはりお気に入りの立ち飲み屋へ。
仕事やら結婚、毎年一緒に行っている同窓旅行の話等で盛り上がった。
自分も好きなにごり梅酒とかちわりワインで、Uさんも終始ご満悦のようだったので、良かった。
Uさんを駅まで見送り、帰りのホームに立つと、同居人からTEL.
自分が帰って来ないので、夕飯を食べずに待ってたと、ひどく不機嫌になっていた。
友人と会うことは前日伝えていたので、「え?」と思いつつ、仕方がないので、最終的には折れる。
なぜ、いつも人の話を聞かないうえに、覚えないんだろう。
こちらも軽く頭にきつつ、しかし今持っている携帯の機種からして、着信に気づきにくいのも否めない
ので、いろいろと問題を感じつつ、帰宅した。
2008/11/09
ハングオーバー・パラノイア
■2007/11/23
同居人は帰省のため、朝から出て行った。
昨日の愚行がたたって、1日中、ダーク&二日酔いモード。
ほとんど寝ていた。
隣の家から聴こえてくるピアノの音が頭に響き、歪んで混濁。
煩わしさと恐怖に、日中打ちのめされていた。
夕方、やっと体は起こせるようになったが、ずっとダラダラしていた。
夜、鶏肉を調理して食べる。
意外に食べられるものが上手く出来たので、よかった。
夜中、同居人に借りた、角田光代の「対岸の彼女」を読んでいたら、ハマって一気に最後まで読みき
り、寝たのは夜中3時過ぎ。
普段、小説は女性作家ものはほとんど読まないのだが、久々に集中して読めた。
2008/11/07
酔いどれ感傷
■2007/11/22
会社の飲み会。
今回は盛り上げ役になってくれるような人がいなかったため、なぜか自分ががんばらねば、と奮起。
二次会までぶっ通しで、日本酒をあおって騒いでしまった。
それでも一見、楽しそうにしながら内心は白けている様子の女の子たちを、ふとした瞬間に垣間見てしまうと、なんだかこっちも萎えてしまう。
むなしかった。
帰り道、S木さんと一緒になった。
数日前の件があるので、お互い微妙に気まずかった。
それでもさすがに顔を合わせたら、言わないわけにいかないと思ったのだろう、S木さんは今、抱えている悩み事を話してくれた。
打ち明けてくれたのは嬉しかった。
が、さらに酔いで感傷性が過敏になってたのだと思う。
気がついたら、こっちがボロボロ泣いていた。
なぜ自分が泣くのか、後から考えてもまったく意味不明だが、その時は何だかわからないまま、感情が高ぶってしまっていた。
最後はかえって、S木さんが自分を慰める格好になった。
後から考えると、恥ずかしい限り。
色々な思いで、ぐしゃぐしゃになって、帰宅。
同居人に泣きつきながら、あれこれしゃべる。
同居人的には、もう慣れたこと。
またか、という感じで自分を寝室に引っ張っていくと、そのまま布団につっこんだ。
2008/11/05
ひがみ考察
■2007/11/19
朝、会社のトイレに行くと、同じチームの女の子のS木さんが、ボロ泣きしている場面に遭遇した。
彼女のそばで、大泉さんが話を聞きながら慰めていた。
驚きつつ、話に割り込むのもはばかられる気がして、黙って二人の横をスルーした。
その後、S木さんは1日中、落ち込んだ様子だった。
仕事はちゃんとこなしていたけど……。
でもS木さんからも大泉さんからも、朝のことを説明されたりはしなかった。
別に、不思議ではないが……。
ただ、一瞬聞こえた内容は、職場の人間関係のことのようだった……。
ので、何となく自分でも相談にのれなくはないような気がした。
しかし聞き出すのも、彼女たちにとって余計なお世話かもしれないし……。
自分に打ち明けにこないってことは、関わって欲しくないっていうことの表れかもしれない……。
いや、根本の問題は、今回のことだけじゃない。
S木さんだけでなく皆そうだけど、大泉さんのことは信用しても、自分を頼ってきたりはしない。
相談する価値もないって思われてるのか。
考えこむと、マイナス考察がどんどん拡大してしまい、自分も1日中、妙にふさぎ込んでしまった。
似たような内容で、11の時にものすごい歯がゆい思いを抱えたことを思い出した。
その頃から、このひがみ根性は直ってないってことか。
2008/11/04
定時後ミーティング
■2007/11/14
定時後、青龍さんから突然、召集を受けた。
自分とグリーン氏、大泉さんで、会社近くのカフェに集合。
呼び出される前から、内容は予想がついていたが……。
昨日、上司を交えたリーダー会議の際、トライアル中の二人の女の子の採用について、意見が分かれ
た。
彼女たちは仕事中でも、大きな声で半日以上しゃべり続けたり、挨拶をしない等、初日からけっこう問題児の様相を呈していた。
適度に休憩をとっていいことにはなっているが、堂々とフロアでマンガを読んだり、DSをやったりしている。
本格的に昼休みになると、話し声があまりにけたたましいので(ちなみに内容は必ず、俳優の悪口か
少女マンガ……)、耳をふさいでいる人もおり、他部署からもボチボチにらまれつつある……。
正直、今までの新人でそういう人はいなかったので、個人的に印象は良くなかった。
(今どきの若い子って、それでも当たり前なのか……?)
あまりに協調性もなく、自分的には採用して欲しくないタイプだった。
それで会議の時にも、ああいうタイプの人たちには入って欲しくない、とはっきり言った。
言っておきながら一方、そういう自分に気持ち悪いものも感じていた。
他人を悪く言う自分……。
以前、スイレンさんを入れるか迷った時には、「自分が人を選んだりできない」、なんて思っていたのに……。
社会人になった頃、たいていどこに行っても「お局」という人たちから冷たくされた。
その頃は、何であの人たちはああなんだろう、と思っていたが……。
あの人たちの年齢に現在、自分が達して、若い子たちの未熟ぶりや振る舞いが、単に目に付くようになってしまっているだけかもしれない……。
そう思うと、いろんな意味で、悲しいものもあった……。
そういう内面事情から、前日に会議で発言したことを少々、後悔してもいた。
一方、人一倍、他人に気を使う青龍さん。
彼的には問題児であっても、一度引き受けた子を不採用にするのは忍びない、という思いがあったらしい。
それで自分が「入って欲しくない」と言ったのを、非常に気にしていたらしかった。
その上、自分たちの意見を聞いた後の昨日の上司は、「性格に難のある人間なら切ればいい」と最初に吐き捨てておいて、最後には「問題があっても、仕事の出来る子だったらいいじゃん」と、真逆の結論付けで、会議を終わらせていた。
初めと言ってることが違う……というのは、この上司には実はよくあることだが。
それでも悩める青龍さん的には余計、混乱させられるモトになってしまったらしい。
カフェで青龍さんにおごってもらったコーヒーを飲みながら、話し合いをした。
自分は昨日の反省もあったので、もう強く反対は出来なかった。
青龍さんがトライアルの子たちに問題なし、と思うなら別に入れればいいし(採用が決まったら、その子たちは青龍さんのチームに入るので、どうせ自分の直属ではないし……)、協力する、と伝えた。
彼は一人暮らしで、普段は相当な節約生活を送っているらしい。
こうしておごってくれたのも、彼にとってはなけなしのお金だと思われる。
(同じ貧乏人の、勝手なカンだが……)
それだけ悩み、気を使っていたに違いない。
そう思うと、むしろ可哀相でもあった。
他にも、上司に対して薄々感じていた不満などが、話題に挙がった。
上司は若い人にも親しみやすく接してくれる人だが、一緒に仕事をして時間が経ってくると、嫌な面も見えてきてしまっている。
そういったことを、つらつらと皆で話していた。
普段は話せない、人間関係や上の立場の難しさ……そういったことも語り合えたので、いい機会にもなった。
2008/10/31
雨の日のデトックス
■2008/11/10
同居人がまたタダ券をもらってきたので、二人でスパ・ラクーアに行った。
浴場でさっと汗を流して、ヒーリング バーデへ。
まったり岩盤浴をしながら同居人は文庫本を読み、自分はスケッチをしていた。
帰り、外に出ると予想外の雨。
せっかくの風呂上りなのに、と思いながら、成城石井で傘を買う。
体は冷えても自分の内からの、妙にいい匂いはしばらく続いて、変な感じがした。
西荻の戎で夕食。
遅かったのでほとんどのメニューは終わっていたけど、食べたものはどれも美味しかった。
2008/10/30
ダブルバイバイ
■2007/11/2
昨日に引き続き、同居人は調子が悪そうだった。
夕食を作るのがしんどい、と言って、焼肉屋に出かけた。
(体調が悪いのに、焼肉食べる方が重い気もするが……)
早めに帰って寝る。
■2007/11/3
dcbさん夫妻が会いに来てくれた。
一緒に夕食。
dcbさんは相変わらず、容姿も食も細く、でも寒風強い中でも薄着で凛と立っていた。
人のサポートをしている彼女の仕事は、いつも忙しそうでハードに思われる。
大変なこともたくさんあるだろうけど、それでも常に変わらず動いている。
その知性と力の根幹は何なのだろう……。
会うたびに思う。
「今の仕事は天職か分からないけど、合っている」
彼女は答えてくれた。
表現することは、プロでもアマチュアでも出来るし、実はそんなに難しいことじゃない。
でも、それを人に伝えたり、世界に届けることがうまく出来ない人がいる。
自分はそれをコーディネイトしてあげる役目だと思ってるよ、と。
とても印象に残った答えだった。
2軒目の飲み屋は2階にある座敷で、自分たちしかいなかったので、くつろいで遅くまで話すことができた。
沖縄のメニューが中心で、The Slitsのポスターなどが貼ってあった。
自分と同居人どちらにとっても、夫妻は東京で初めて出来た知り合いである。
以後、出会えた人たちも皆そうだけど、普段はしょっちゅう会えるわけじゃない。
でもずっと繋がっていける……そう思える人たちばかりである。
そういった点では、自分たちは東京に出てきた当初よりずっと、環境的に恵まれているし、幸せだ……同居人ともどもよく話す。
0時過ぎまで夫妻と楽しく過ごし、最後はダブルバイバイで見送った。
2008/10/29
サイクル回し
■2007/10/31
月末なので、次月の目標を設定しなければ、と思う。
今月は引越しのバタバタで、あまり予定は達成できなかった。
月によっては、こんなふうに事情でいつもどおり動けるとは限らない時がある。
そこで落ち込んだり、あきらめるのではなくて、冷静に、どんな状況でも対応できる、達成できる平均数値を導き出すのがミソ。
日々の作業のサイクルを、地道に回していくことが大事なのだ。
■2007/11/1
同居人の体調悪し。
21時頃帰ってきて、そのまま寝ていた。
TVでは、53年ぶりの中日の優勝を報じていた。
会社で真性の中日ファンである青龍さんは、今頃涙しているかもしれない……そんなことを考えていた。
2008/10/27
マンガを描こうと思う時
■2007/10/29
仕事帰り、無印に寄ってノートを漁りに行く。
無印の文具の中でも、特にノートは絵を描くときに愛用しているので、新製品が出るごとにチェックしてしまうクチ。
単行本サイズのノートが欲しくて、数店舗回ったが、廃盤になったのかどこにも置いてなかった。
仕方ないと思いながら、用途のないA5無地ノートを買ってしまった。
そうやって、疲れて物欲に制御が利かない時に買った未使用ノートが、家にたくさん溜まっている。
(貧乏なので、高い買い物では出来ないが……)
新しい町に引っ越して、いろいろな発見や環境的に変わってしまったことがある。
それら驚きや戸惑いが、少しずつストレスになって溜まっていってるのを感じる。
自分の場合、絵を描くことで多少発散はできる。
でも今の状況では、十分に描く時間が取れない……。
代わりに、落書きチックに描き散らせるマンガでも、と思い、気軽に描けるノートが欲しかったのだが。
どうせだから、新しく越してきた町をネタにしたマンガでも描こうかな……。
2008/10/24
苛解き
■2007/10/28
昼近く、喉の痛みで目が覚めた。
昨日の荷解きの続き。
途中、同居人は元の家の清掃と引渡しのため、先に外出した。
自分も後から出て、合流する。
目覚め時の予兆は進んで、心身ともに調子が少しずつ、下降しているのを感じていた。
途中、駅前で薬を買う。
元の家に向かう道を歩いていると、今までは当たり前に通っていた帰宅コースが、もう自分とは無関係の、見知らぬ場所を通っているように感じられた。
清掃を終え、やってきた不動産屋に鍵を引き渡し。
大家への挨拶も済ませると、そのまま同居人のバイクにまたがり、今度は吉祥寺に向かった。
電気店や無印をうろつき、新居用の買い物。
一気に数万ほど飛んだ。
家に戻った頃、体調はだいぶ悪化していた。
精神的にも参っており、癇癪を起こしているうちに同居人に促され、布団に転がる。
しばらく横になっていると、だいぶ気分も静まってきたので、再びモソモソ動いて作業した。
日常使う、物の位置がまだ決まっていない。
そういった小さなことも、苛立ちに連なってしまう。
(冷蔵庫の物の位置が変わっても、イラつくタイプなので)
早く、通常の生活に戻りたい。
2008/10/23
引越し当日
■2007/10/27
台風到来予報の中、引越しの日。
8:30 引越しセンターの人が来る。
評判が良く、料金も安かったので頼んだ業者。
見積もりの際にはなぜか家族の血液型と、どういう作業員が好みか訊かれていた。
かくしてリクエストどおり、やってきた作業員の人たちは黙々と仕事をこなすタイプの人ばかりだった。
急遽、今日は大口の予定が入ったらしく、当初数回に分けて運ぶ予定だった荷物も、2tトラック3台で一度に持っていってくれることに。
加えてさすがプロの運び屋、てきぱきと作業をこなし、1時間半ほどで部屋の荷物は全部なくなった。
同居人は今度は新居で荷物を迎えるべく、先に出かける。
自分は残って、後始末。
入れ替わりでやってきた、リサイクルセンターのおっさんの応対。
不要になったウッドカーペット、パソコン机、ダイニング・テーブルなどを引き取ってもらう。
外まで持って来ないと処理しないと言われ、か弱い自分ひとりで上記三点を不本意ながら運ぶ。
荷物が完全になくなった家で、しばらくぼーっとしていた。
明日、もう一度来て掃除と、不動産屋へ鍵の引渡しをする予定。
でももうこの家で眠ることはないのだなあ、と思うと、ちょっとしんみりもした。
家具がないと、自分の小さな物音も怖いほど響く。
光回線の業者が、ケーブルを回収しに来たので応対。
それでとりあえず、この家での今日の自分の役目は終わった。
鍵を閉めて外に出た。
すると、玄関の門が豪快に外れていて、驚き。
かなり重い、鉄製の門なので、自然に外れるとは考えにくい。
いったいいつ? 誰が?
ちょっとパニックになりつつ思い起こすと、そういえば先ほど来た光回線の業者の人が出て行った直後、ものすごい音がして、何?と思った記憶が……。
もしかして、そのままバックレ?
憤慨しつつ、このままでは不動産屋に引渡しできない、とあわてて直そうとした。
しかし、持つのも厳しい重さな上、バランスとタイミングを要する作業なので、一人ではかなり難しい。
加えて台風の近づく風雨の中、傘も差せない作業は辛かった。
ずぶぬれで何度かトライしたが、無理だとあきらめる。
とりあえず同居人に相談して明日、何とかしようと、仮な感じで置いていく。
予定よりだいぶ遅れて、同居人と合流。
門の件を話すと、さすが行動派の同居人、その場で光回線の会社に電話してくれた。
何度かやりとりの上、壊したのはやってきた人ではない、という先方の主張だったが、門は直してくれたらしい。
ちょっと安心した。
遅い昼食を、トンカツ屋にて。
とてもやさしい味の、あっさりした定食でおいしかった。
新しく住む町は、おいしい飲食店がそろっているらしく、これから開拓していくのがちょっと楽しみでもある。
新居に戻って、ガス会社の人への対応も済ませると、掃除道具等を買いに、ふたたび外出した。
今まで住んでいたところは、駅から十数分かかっていたが、これからは5分以内には駅前に出られる。
高架下の道があるので、雨の日も途中まで濡れないルートを通れる。
パン屋、魚屋、八百屋、本屋、クリーニング屋……便利な店も密集している。
これまでの最寄駅は地下にあって、その前には大きな道路が通っていた。
反対方向のエリアに行くには、かなり遠回りしなければならなかったので、気軽に行き来できなかったが、今度の駅は周辺の道がつながっているので、分断されることもない。
いろいろ便利になった点を考えると、やはり引っ越してよかった、と思う。
台風が強まっている中、家に戻って、しばらくはひたすら荷ほどきに集中した。
夕食は、同居人が調べてくれた、駅近くで評判がいいという創作料理店へ。
うわさどおり、かなり美味しい気合の入った料理ばかり。
店内にはたくさんの本もあって、時折ライブなども行われるという、落ち着いた雰囲気の良い店。
店長の流す音楽も、かなり自分たちと趣味が近く。
いっぺんで気に入った。
引越しの騒動と疲れも癒され、同居人と幸せをかみ締めつつ、台風が去った後の雨上がりの夜道を歩いて、新しい家に帰った。
引越し当日
■2007/10/27
台風到来予報の中、引越しの日。
8:30 引越しセンターの人が来る。
評判が良く、料金も安かったので頼んだ業者。
見積もりの際にはなぜか家族の血液型と、どういう作業員が好みか訊かれていた。
かくしてリクエストどおり、やってきた作業員の人たちは黙々と仕事をこなすタイプの人ばかりだった。
急遽、今日は大口の予定が入ったらしく、当初数回に分けて運ぶ予定だった荷物も、2tトラック3台で一度に持っていってくれることに。
加えてさすがプロの運び屋、てきぱきと作業をこなし、1時間半ほどで部屋の荷物は全部なくなった。
同居人は今度は新居で荷物を迎えるべく、先に出かける。
自分は残って、後始末。
入れ替わりでやってきた、リサイクルセンターのおっさんの応対。
不要になったウッドカーペット、パソコン机、ダイニング・テーブルなどを引き取ってもらう。
外まで持って来ないと処理しないと言われ、か弱い自分ひとりで上記三点を不本意ながら運ぶ。
荷物が完全になくなった家で、しばらくぼーっとしていた。
明日、もう一度来て掃除と、不動産屋へ鍵の引渡しをする予定。
でももうこの家で眠ることはないのだなあ、と思うと、ちょっとしんみりもした。
家具がないと、自分の小さな物音も怖いほど響く。
光回線の業者が、ケーブルを回収しに来たので応対。
それでとりあえず、この家での今日の自分の役目は終わった。
鍵を閉めて外に出た。
すると、玄関の門が豪快に外れていて、驚き。
かなり重い、鉄製の門なので、自然に外れるとは考えにくい。
いったいいつ? 誰が?
ちょっとパニックになりつつ思い起こすと、そういえば先ほど来た光回線の業者の人が出て行った直後、ものすごい音がして、何?と思った記憶が……。
もしかして、そのままバックレ?
憤慨しつつ、このままでは不動産屋に引渡しできない、とあわてて直そうとした。
しかし、持つのも厳しい重さな上、バランスとタイミングを要する作業なので、一人ではかなり難しい。
加えて台風の近づく風雨の中、傘も差せない作業は辛かった。
ずぶぬれで何度かトライしたが、無理だとあきらめる。
とりあえず同居人に相談して明日、何とかしようと、仮な感じで置いていく。
予定よりだいぶ遅れて、同居人と合流。
門の件を話すと、さすが行動派の同居人、その場で光回線の会社に電話してくれた。
何度かやりとりの上、壊したのはやってきた人ではない、という先方の主張だったが、門は直してくれたらしい。
ちょっと安心した。
遅い昼食を、トンカツ屋にて。
とてもやさしい味の、あっさりした定食でおいしかった。
新しく住む町は、おいしい飲食店がそろっているらしく、これから開拓していくのがちょっと楽しみでもある。
新居に戻って、ガス会社の人への対応も済ませると、掃除道具等を買いに、ふたたび外出した。
今まで住んでいたところは、駅から十数分かかっていたが、これからは5分以内には駅前に出られる。
高架下の道があるので、雨の日も途中まで濡れないルートを通れる。
パン屋、魚屋、八百屋、本屋、クリーニング屋……便利な店も密集している。
これまでの最寄駅は地下にあって、その前には大きな道路が通っていた。
反対方向のエリアに行くには、かなり遠回りしなければならなかったので、気軽に行き来できなかったが、今度の駅は周辺の道がつながっているので、分断されることもない。
いろいろ便利になった点を考えると、やはり引っ越してよかった、と思う。
台風が強まっている中、家に戻って、しばらくはひたすら荷ほどきに集中した。
夕食は、同居人が調べてくれた、駅近くで評判がいいという創作料理店へ。
うわさどおり、かなり美味しい気合の入った料理ばかり。
店内にはたくさんの本もあって、時折ライブなども行われるという、落ち着いた雰囲気の良い店。
店長の流す音楽も、かなり自分たちと趣味が近く。
いっぺんで気に入った。
引越しの騒動と疲れも癒され、同居人と幸せをかみ締めつつ、台風が去った後の雨上がりの夜道を歩いて、新しい家に帰った。
2008/10/21
引越し前夜
■2007/10/26
引越し前夜。
この一週間、平日が忙しかったために、あまり準備は進んでおらず。
午前4時過ぎまで、梱包作業に追われた。
食洗機のために分岐していた水道を、同居人と2人がかりで元に戻すのに、かなり苦労。
ストレスのせいか、このところずっと口内炎が出来ている。
治る気配はない。
明日は早朝から、引越屋が来る。
見知らぬ人たちとも、たくさん会わなくてはいけない。
気が滅入るばかりだが、しばらくは慣れない、落ち着かない日々を送るしかない。
絵を描きたいなあ、と思う。
それもちょっと休憩か。
東京に出てきて、最初の三年を生きたこの部屋。
明日が最後。
新しい生活。
新しい生活。
2008/10/20
しあわせのイメージ
■2007/10/20
豊田道倫、Tigerfakefur、七尾旅人「秋の三人会」@青山月見ル君想フ
三組とも好きだから、とても楽しみにしていたイベント。
前回見たときは、パフォーマーとしての危うさすら感じられた七尾旅人。
今回はだいぶ回復の兆し(!)が見られたような……。
彼の十八番とも言うべき七変化する声色も、ピッチの素晴らしさもしっかりと感じ取れた。
おぼつかなくなっていたギターも、ちゃんと弾けていた。
目が逸らせない、聴き入らずにはいられない、そんなオーラをもっともっと感じさせて欲しいと思う。
川本真琴率いるTigerfakefur。
演奏自体にもちろん落ち度はないが、バンドとしては発展途上だと感じた。
あくまでまだ、スタジオミュージシャンたちのそつのないセッション。
バンドとしてのスパーク期は、迎えていない気がした。
とにかく「続ける」という、実は最大の関門を、地道であっても越えていけば、それはいつか来るはず。
もっとキャリアが成熟したときの彼らのライブを、ぜひ体験してみたい。
今後にガッツリ期待のバンド。
それにしてもカワマコさんは、相変わらず細くて小さくて、華がある。
企画者、豊田道倫。
若干、ふっくらしたように感じるのは、ライブ前に見かけた、息子さんを抱きしめる姿に起因する印象か。
しかしパフォーマンスで見せてくれた彼の緊張感は、そんなしあわせのイメージからは想像できない、非常に鋭く、激しいものだった。
最近では珍しい、テレキャスを使ったライブ。
ホームグラウンドの(?)シアターPOOでは、たまにダレを感じることもあるが、その悪い部分もなく。
音響の良さも相成って、強烈な吸引力を持った歌詞もエッジがくっきりとして、初めて聴いた人たちにも十分なインパクトを与えたようだった。
久々に、会心のライブを体験できたと思った。
ライブ後、深夜まで開いていて、よく通っている居酒屋に行った。
ここも引越すと、そう寄ることはなくなる。
名物の板そばを食べた。
同居人は最近、某ミュージシャンから写真提供の依頼が来たが、断ったという。
写真を単なる素材として見られていると感じ、嫌ったらしい。
彼らしい話だと思った。
世間的にはうまく立ち回っていないことになるのかもしれないが。
そういう同居人の性質は、嫌いではない。
明日はもっと引越しの準備をがんばろう。
2008/10/16
準備
■2007/10/13
新居の正式な契約。
コテコテと鮮やかなアクセサリを付けたおばちゃんから、1時間強ほどの説明を受ける。
誓約やら、いろいろと細かいマンション規約など。
けっこう面倒。
■2007/10/16
大好きなカレー屋、フェリス・フーでの食べ納め。
今後、来れる機会は減るだろう。
でもチャンスがあれば、また寄りたい。
2008/10/15
condo
■2007/9/27
同居人が風邪をひいたらしく、帰ってきてからずっと寝ていた。
0時近くになった頃には、だいぶ容態も落ち着いていたようだが。
不動産屋から電話があり、先日の物件をいくらか値引きしてくれるという連絡がきた。
しかし、同居人の断りの決断は変わらない模様。
■2007/9/28
先日の物件は、結局断ってしまった。
また一から出直しである。
■2007/10/6
同居人が新たに探してくれた不動産屋から紹介を受け、これまでとは別の駅の物件を見ることになった。
実際に2件、内見し、そのうちの1件が、2人の条件に合致。
一度、不動産屋の人と別れた後、西荻の「佐藤家の食卓」で昼食をとりつつ、同居人と話し合い。
おおむね二人とも納得したので、その場ですぐに不動産屋に折り返し連絡。
その部屋で決まりになった。
丸一ヶ月の探求で、ようやく新居が決まった。
やっと一安心できた一方、これからの準備と生活への不安に、改めて沸きあがる緊張もある。
これまで暮らしてきた間取りとも大きく変わるので、同居人との生活ペースがどう変わるのか……。
しかし始めてみないと、それも分からない。
やってみるしかない。
2008/10/14
価値観の違い
■2007/9/25
会社の飲み会。
ビール3杯、梅酒2杯。
久々に飲んだせいか、気がついたら帰りの駅のベンチでしばらく寝ていた。
家に帰った後も、風呂の中でウトウトしていた。
体を運んで、なんとか寝る。
■2007/9/26
目標管理の立て直し。
この数日、作業量の多さに翻弄、惑わされていたので、整理する。
引越しの件。
同居人が先日の物件は断りたい、と言い出した。
理由はいつもの「気分が乗らないから」らしい……。
駅近だから気に入っていた自分と違い、もともと同居人はあまり積極的ではなかった。
キレイな建物ではないのが、気に入らなかったようだ。
自分はロケーションさえ良ければ、多少の汚れはどうでもよく、プライオリティの低いことだったが。
思えば今の部屋を決めたときもそう。
家探しの時には、互いの価値観の違いが如実に出る。
住むところに求めるものが、自分たちはあまり一致するほうではない。
他人と同居する際には、どうしても避けられないことだと思うが。
ただ今回の物件は、自分も予算的に厳しいかなあ、と思っていた。
思い切ったほうが、互いのためにもいいのかもしれない……。
なんとなく、あきらめムードが漂った。
2008/10/13
分相応
■2007/9/24
内見ふたたび。
駅から徒歩8分の物件を紹介される。
部屋はかなりきれいだったが、間取りが微妙だったのと、やはりバイクが置けないらしくて×。
その後、先日見たアパートの近くにバイクの駐車場が借りられそう、ということで見に行った。
場所はアパートのすぐ隣の敷地で、わりと近い。
ただし駐車場代は、部屋代と別にとられる、ということだった。
同居人はどうしても手元にバイクを置くことにこだわっていて、結局、やはりアパートの敷地内にバ
イクを置かせてもらいたい、と交渉した。
結果は不動産屋の回答待ちになったが、条件がいい分、敷金も礼金も安くはならない。
無事にそのアパートに住むことができても、当初の予定より、かなり予算オーバーである。
はたしてその物件、本当に自分たちの分相応なんだろうか……という不安が沸き起こってきた。
いずれにしても、回答結果がだめだったら、さっさと次に行くしかない。
2008/10/09
干渉.dat
■2008/9/23
不動産屋に予約していた物件の内見に行く。
前の人が出て行ったばかりで、まだリフォームの業者が入っておらず、部屋は汚れていたが間取りは悪くなかった。
ただし、やはり敷地内にバイクが置ける可能性は低いかもしれない、ということだった。
ついでにもう1件、駅近のマンションを紹介される。
商店街にも近く、ロケーションはかなりいいが、微妙な間取りであった。
しかも、階下に大家が住んでいるという。
今の家を引っ越したい理由のひとつが、大家の干渉がわずらわしい……なので、ちょっと無しかな……と思う。
さらにもう1件、紹介されるものの、やはりしっくりは来なかった。
2008/10/08
秋の物欲・もの思い
■2007/9/18
新宿の世界堂に寄る。
欲しい絵具があり、手のひらサイズ、12色で八千円くらい。
明らかに、今の自分には割高で不相応なのだが……サイズも軽さも好みで、物欲でグッとくる。
悩む。
■2007/9/19
新宿のタワレコで、Dot Allisonのニューアルバムを買う。
イベント参加券をもらう。
■2007/9/20
三人会@青山月見る君想うのチケットを買う。
■2008/9/21
買い物帰り、そういえば通ったことのない、高円寺−阿佐ヶ谷間のJR高架下を歩く。
ひたすら1本道。
たいてい誰かしら歩いているので、夕方以降でもそれほど不安感はなかった。
高架下に建設された店やら会社やら、ひっそりと並んだ駐車場の車、周りの寂れたアパート、風化した落書きなど、見慣れない光景は、それはそれで面白いものがあった。
10分くらいで阿佐ヶ谷の飲み屋街に着く。
頭の中で、会社での人間関係を組み合わせたり、より分けたりしていた。
相変わらず自分には、女の同僚で仲の良い人はいないな、と思った。
2008/10/07
Intact Female
■2007/9/14
同居人と待ち合わせて、映画「童貞をプロデュース」を見に行く。
池袋駅で待っている間、「キャッチ撲滅」の札を掲げてしつこく署名を迫ってくる人がいたり、北朝鮮の某書記に似ている男が近寄ってきたりした。
とりあえず頭がおかしいフリをしたら、離れていった。
上映最終日だったので、人は多かった。
座布団が配られ、床に座っている人たちもいた。
映画はかなり面白かった。
誰しも若い頃に持っている妄想や勝手な理想。
上手くいかない現実、代償行為、エネルギーのベクトル。
それらは心から共感できるものだったし、現在進行形でがんばっている主人公たち(「童プロ」はノンフィクションかつドキュメンタリー)は皆、ある意味素直で、本当に真面目だった。
何より、自分側の人たちの現実だったから。
ジャポニカ学習帳に切り抜きコレクション、皆通過してきていることかと思ったら、同居人に否定された。
2008/10/06
Noise Anachronism
■2007/9/13
The Dresden Dollsの2ndを試聴。
風変わりで、面白いアーティストだと思う。
ただ悪くはないが、もう少し、何かが足りないような……。
1stは聴いたことがないので、今度聴いてみよう。
PoeやImogen Heapが好きな人は気に入ると思う。
会社の女の子たちが、上司と飲みに行くらしかった。
社内で仲良しグループの女の子たちが、飲みに行く姿をよく見る。
自分はあまり誘われるほうではない。
誘われたところで、どうせ上手くしゃべれず、気を使ってばかりになるだけだ。
それでも、賑やかに退社する彼女らを尻目に残業していると、それはそれで寂しいものがある。
2008/10/04
理想値(仮)
■2007/9/2
あまり何もする気が起きず。
同居人ともども、昼間はダラダラしていた。
16時過ぎ、同居人は出かける。
17時ごろ、自分も気晴らしに図書館に行く。
横に隣接している公園で休む。
一人で素振りをしているおじさんがいたので、蚊にプクプク喰われながらスケッチをした。
家に帰ると、同居人から迎えに来て欲しいと電話があったので、また駅前まで出る。
最近、自分のやりたいことをなるべく具体的な数字に落とし込んで、それに対する達成率を目に見える形で出すことにしている。
今月の達成率は、40%にも満たなかった。
まだ目標自体が仮の理想値なところもあるので、今後、実情や可能性に合わせて修正を重ねていくつもり。
続けることで、行為が習慣化し、目標値が伸びていくところもあるので、それを狙いたい。
2008/10/03
キープ
■2008/9/1
家探しのための不動産屋訪問、2回目。
駅から徒歩3分の、けっこういい物件を紹介される。
現在が駅から徒歩10分以上なので、かなり魅力的に思える。
ただし、当然お高い。
そして、バイクの駐輪も可能か、不明。
部屋にはまだ前の人が住んでいて、中を見ることもできなかった。
あと二十日ほどで空くらしいので、その後優先で内見させてもらう、ということでキープをお願いする。
帰り、散歩がてら街を歩く。
家々に置かれている緑や、飼われてる犬、猫などがのんびりしているのが目に付く。
住宅街が多いせいか、お店も多くて便利そう。
実際、住むことになったら、悪くなさそうな街である。
カフェで休憩してから、高円寺に寄って、買い物して帰る。
2008/10/02
ACT
■2007/8/31
会社。
悩んだ挙句、スイレンさんをチームに残すことに決めた。
結局、いくら悩んでも自分から答えは出せない。
最終的には、スイレンさん自身の気持ちと姿勢に聞いてみることにした。
何気なく仕事について尋ねてみたところ、
「面白いです」
という答え。
ああ、この仕事に興味があって、前向きにやる気持ちがあるんだったら、このまま続けてもらって構わないなー……と思った。
上司に最終判断を聞かれたときも、そのまま言った。
その代わり、入れた以上は責任を持って、彼女を教えていく、とも。
上司はあまり納得していないようだったけれども。
でも、仕事が出来ても周りとのコミュニケーションが図れない人や、モチベーションがない人を入れるよりは、よっぽどいい、と自分には思えた。
この先、しばらくは自分にも負担がかかることにはなっていくだろうけど……。
決めた以上、前向きにやっていくしかない。
2008/10/01
スイレン
■2007/8/30
定時後、上司とグリーン氏、大泉さんと残って話し合い。
内容は、新人でトライアル期間中のスイレンさんを、残すか否か。
スイレンさんが初めて面接に来た時、自分は上司とともに応対した。
同時に他にも何人か面接を受けに来て、その中から自分が指名させてもらい、彼女をトライアルに進めてもらった。
資格保有やキャリア的には、他にもっと有能な人はたくさんいたけれど、スイレンさんは控えめで感じの良さそうな人だったし、教えるのに苦労しないかな……という、個人的な見解があった。
果たして、スイレンさんは素直でまじめで、人柄的には一緒にやっていくのに何の問題もなさそうだった。
ただ仕事面では正直、期待したほどの知識や技術のある人ではなかった。
初めからある程度出来る人を想定しての増員話だったので、会社的には彼女を残すのは意図とずれてしまう。
今後も残ってもらうとなると、自分が引き続き教え、面倒を見ていくことになる。
自分の仕事や、チームの状況にも影響を及ぼす可能性がある。
単に個人的な思いだけで、彼女を残すのは良くないのかも……。
上司から、日数が経つほど情が移るから、切るなら早めの方がいい、と言われた。
しかし……。
人の進路を、簡単に断ち切りなんて出来ない……。
末端の平社員なのに、そんな重要なことを自分が決めるのにも、ものすごい抵抗があった。
でも、明日中に結論を出せ、と言われた。
どうするか……。
会社を19時半過ぎに出る。
2008/09/30
Looking For Our Empire
■2007/8/26
25日
家探し開始。
前々から引越したい、と同居人と言ってて、夏フェスシーズンが終わったら動き出そうと決めていた。
阿佐ヶ谷の不動産屋に行く。
杉並区の、とある物件を見せてもらう。
部屋は悪くなかったが、中央線に隣接していて、窓をあけるとものすごい轟音とともに、電車が目の前を通り過ぎて行く。
これは鉄ちゃん以外、無理そう……。
その他にもいろいろ紹介してもらったが、いまいちピンと来ず。
前回も同様だったが、最大のネックはバイクの駐車場。
その条件を付けるだけで、選択肢が5分の1くらい減ってしまう。
今回も根気よく、探すしかない。
26日
ヘッドフォンを修理に出すという同居人に付き合って、BOSEのショールームに行く。
その後、恵比寿のオサレな映画館に行った。
「インランド・エンパイア」を鑑賞。
「見た人は苦虫を噛み潰したような顔で、映画館を出る」
「すっきりしたくない人におすすめ」
などの前評判を聞いていた。
果たして、予想以上のイカれた内容と展開……というか、内容や展開という言葉がそもそもはまらないのだが。
1時間半過ぎた頃から、フラッシュバックの多い画面になのか、混乱からの内なる作用なのか、気分が悪くなってきて、映画が終わるころにはぐったりとなってしまった。
しばらくは立って帰るのが無理だったので、外のベンチに座って、夜風に吹かれた。
思いがけない自分の反応に、同居人もどうしてよいか分からなかったらしく、
「なんか、すいません」
と、繰り返していた。
2008/09/29
都市から都市へ
■2007/8/20
札幌滞在最終日。
11時、ホテルをチェックアウト。
荷物を駅のコインロッカーに預け、モエレ沼公園へ向かった。
イサム・ノグチ設計の都市公園。
いくつかのモニュメントもあるが、ほぼ芝生と木立が広がるのみの場所。
その何もない空間が、心地よかった。
設計された何もなさ。
ほっこり出来た。
17時頃、札幌駅にモドリ。
帰りのバスで酔ってしまった同居人。
休憩に入ったカフェで、ぐったりしていた。
自分もだいぶ疲れが回っていた。
駅隣接の大丸で弁当を買い、再び快速エクスプレス、新千歳空港。
その後、飛行機に乗って予定通り、東京に戻った。
想像していたよりはマシだが、それでも東京の街は空気がむうっとしていた。
夜の混んだ中央線で、クタクタになりながら帰った。
2008/09/25
忘却のサングリア
■2007/8/19
ぐっすり眠って、15時起床。
有名なスープカレー屋Yellowに行こうと出かけたが、道に迷って結局着かなかった。
仕方がないので、通りがかったカフェで落ち着く。
付近は新興住宅地のようだった。
広くて洒落た建物が多かったが、空き部屋ばかりだった。
駅に近いわけでもなく、周りにお店もなさそうだったので、人が入らないのだろう。
風に揺れている植物が、寂しそうにも、のびのびと好きに生きているようにも見えた。
いったんホテルに戻って、再びすすきのの町に出る。
夕食に、海鮮料理の店へ行った。
北海道の海の幸を、たっぷり堪能。
その後、スパニッシュ・バーに行く。
サングリアとシェリー酒を楽しみながら、同居人とエゾの思い出を振り返った。
ベストアクトを問われても、あまり浮かばない。
思い返せば、今回は遠巻きに見ていたステージが多かった。
行動もほとんど同居人と一緒だったし。
もう少しにじり寄って、自分の好きに見た方がよかったかな、とも思う。
バーを出た後、同居人は脳の錯覚を起こして、ラーメンを食べに行く、というので、自分は一足先にホテルに戻った。
コンビニで、自分用のデザートを買って帰った。
部屋のTVで「情熱大陸」を見る。
ひとつのテーマをひたむきに追う写真家の姿勢に共感しながら、気づいたら眠っていた。
2008/09/23
白々と羽
■2008/8/18
RSR、二日目。
11時頃、起床。
デパートの地下の回転寿司屋で朝食。
辛くて吐いた。
14時過ぎに会場へ。
入口をくぐった初っ端から、スーツにでかいタオル掛けのリーゼント。
永ちゃん目当てのおっさん連合が、目に飛び込んでくる。
若者たちが、おもしろがって、周りで写真を撮りまくっている。
一種のコスプレか。
前方のSUN STAGEでは、The Pillowsの演奏が始まっていた。
まずはRED STAR FIELDで、オルケスタ・デ・ラ・ルス。
年季の入った、完熟のラテン・ミュージックを楽しんだ。
屋台のスープカレーを食べて、V∞REDOMSを聴きつつ、休憩しているうちに、夜がやってくる。
SUN STAGEの矢沢永吉をのぞきにいくと、人の海、海、海。
周辺は、後方も座るスペースがないほどごった返し。
行き来も出来ずに立ちっぱなしの人もあふれていた。
永ちゃん、人気あるなあ……と思いきや、タイムテーブル的にも当ステージ以外、演っているところがほぼなく、明らかに永ちゃんのためにすべてが用意されているようだった。
花火もバンバン打ち上がり、(予定どおり)アンコールも3曲。
まさに永ちゃんオン・ステージ。
貫録も声量もあって、とりあえず在るだけでオッケーな人。
クサく派手な演出も、わかりやすく似合うなあ、と思った。
UA@RED STAR FIELD。
ホーンセクションでデコレートされた楽曲を、後方でまったり聴く。
途中で抜けて、THE CORNELIUS GROUP@MOON CIRCUS。
先に見に行っていた同居人と合流。
彼の興奮ぶりで、ライブの良さが存分に伝わってきた。
真夜中のRUMIまで、再びテントで休憩。
今年は休み休みで動いているが、おかげでだいぶ疲労を感じずにいる。
GOTH-TRAD×RUMI@GREEN OASIS
GOTH-TRADのかける音に合わせて、刺青の入った兄ちゃんや、髪を編み上げたお姉さん方が、体を揺らす。
RUMIは3曲のみだったけど、見た目の細さとは裏腹の、貫禄のあるパフォーマンスで良かった。
その姿は、HIP HOPでがんばっている女性、ではなくて、ジャンルを牽引する凄まじさと迫力をもったゴッド姉の様相。
それでいて、同時代に生きる女性が共感できるリリックも発信できる人である。
再び休憩してから、THA BLUE HERB@SUN STAGE
時間帯的に、正直観客が多いとは言えなかったけど、Bossのパフォーマンスはそんなことに関係なく、これまで以上に熱を帯びていた。
何度もオーディエンスへの感謝を繰り返し、最後に「ここまで来たぜー!!」と叫んだ様子は、まるで「ついに紅白出れました!」と喜ぶ歌手と変りない、無邪気さがあった。
地下から這い上がってきた彼にとって、RSRのメイン・ステージに立てたことは、よほどうれしいことだったのだろう。
そのまま、SUN STAGEにてCocco。
真っ白な、たっぷりドレープのあるドレスをまとった動きは、優雅だった。
ひたすら穏やかで、包み込む感じ。
ちょうどこの時に夜が明けて、白々と空が羽根を広げた。
彼女の目にも、その光景は留まっただろうか。
Cocco後、フードエリアで慣例のダンピング祭りを堪能。
その勢いでテントの片づけをした。
会場に置いていたシートや荷物も、今年はほとんどが夜露でグシャ濡れになっていた。
朝7時、会場を後にする。
今年はゆったりしたペースで過ごしたせいか、それほど疲れることなく、引き揚げることができた。
RSRは来年、10周年。
また来れたらいいなあ、と思う。
2008/09/16
ボヘミアン・ノイズ
■2007/8/17
エゾロック初日。
地下鉄に乗って、シャトルバスの出ている麻布まで行った。
駅にはすでに、恒例の長蛇の列が出来上がっていた。
11時過ぎ、バスに乗り込む。
会場に着くと、目を疑うような、ものすごい数の人の列が形成されていた。
窓の外のその光景に、「何コレーッ」という言葉が口々に漏れる。
結局、降りて再び開場の列に並ぶことに。
入るまでに1時間近くかかった。
そういうのは、今年初めてである。
入場すると、まずテントを張る予定のMOON CIRCUSに向かった。同居人と二人がかりで、自分がフジでも使ったテントを建てる。
初夏、自分一人で練習して建ててきたあれらは何だったのだろう、と思うほど、今までで一番シャンとしたものが張れた。
まずSAKEROCKからスタート。
リハーサルの時からフルで演奏していて、客もノリノリ。
伊藤大地氏のドラミングが、やはりとてもかっこいい。
GREEN OASISでは皆座って、まったりと中山うりを聴いた。
ログハウス風のステージで、なかなか良い空間。
メインのSUN STAGEを抜けて、物販エリアに行った。
去年より、けっこう遠い場所になっていた。
会場自体が全体的に大きくなっており、テントエリアも拡大されている。
やはり去年より、参加人数が増えているのを感じた。
その他にも、ライジングサンの象徴である風船が、これまでよりやたら低い位置に下げてあったり(風の影響もあるのかもしれないが)、ステージの位置も少しずつ、今までとは違っていた。
RED STAR FIELDで、Kahimi Karie。
ちょうど夕暮れ時で、いい雰囲気でKahimiの歌声が響く。
大友良英やJim O'Rourkeなどのサプライズ・ゲストもあった。
そのままSOUL FLOWER UNION。
踊りまくる人や、藁に埋もれて寝る人、撒き散らす人、皆好き好きに過ごしていて、まさに祭りの様相であった。
テントで1度休憩。
寒さが厳しくなってきたので、サバイバル・シートに包まる。
それでも眠れなかったので、聴こえてくるSOIL & "PIMP" SESSIONSに耳を傾けていた。
dj KENTAROのかっちょいいスクラッチには、この日一番心躍る。
三年目にして、はじめてBOHEMIAN GARDENにも足をのばす。
静かな林に囲まれたエリアは、環境がいい。
ここにテントを建てて、月を見ながら眠るのもよさそうだった。
実際、目の前ではSun Pauloの猛るノイズが繰り広げられていたが。
DJ KRUSHで締め。
変わらず、ストイックなパフォーマンスには、存分に楽しまされるが、同時に心をすっくと引き締められるような心地もする。
虹色の照明と夜に包まれた幻想的なエリアで、ノリノリになっている人たちを見るのも面白い。
1日目終了後、タクシーに乗って帰る。
ライジングサンの出演者や、日ハムの選手を乗せ続けてきた、と自慢げに語る運ちゃんは、自身もキャロル時代からの永ちゃん(明日の大物出演者枠)のファンらしかった。
気前よく北海道の穴場的店などを教えてくれた。
ホテルに着いたのは夜中3時頃。
寝る。
2008/09/03
夕涼みのゴロワーズ
■2007/8/16
エゾロックに向けて、出発する日。
午前3時、暑苦しさと蚊の羽音に悩まされ、地震もあって眠れないまま、朝を迎えた。
12時過ぎに出発。
宅配便を使わなかったので、荷物はフジロックの時より重い。
子泣きじじいを背負っているような心地で、駅に着くまでに早くも汗で、どしゃ濡れになる。
余裕を持って家を出たはずが、空港に着いた頃には時間ギリギリで、何も食べないまま飛行機に飛び乗った。
機内では早起きのおかげで、爆睡した。
16時頃、到着。
例年のごとく、耳がひどく痛む。
快速エアポートで札幌に行き、そこからすすきのまでタクシー。
肌に触る風は、涼しくて心地よい。
北海道も昨日までは30℃を超えていて、今日になって急に気温が下がったのだという。
ホテルに荷物を置いて出かけた。
同居人お目当ての、ジンギスカン屋へ行く。
評判だけあって、その店のラム肉はさらさらして癖がなく、柔らかかった。
アスパラ、マイタケ、タマネギ……野菜も甘く、みずみずしい。
尋常ならぬ美味さを堪能した。
食後、外を散策。
夕涼みに入っている街。
広い道を歩くのは気持ちがいい。
立ち並ぶ風俗店も、ここでは自然に、風景にとけて見える。
シャトルバスの駅からさほど遠くない圏内で、買い物にも困らない。
フジロックのような非日常感はないのだけど、やはり楽だし、環境的に恵まれていると思う。
カフェに入って、少し休憩した。
同居人も開放的な空気に誘われたのか、久々にゴロワーズを吸っていた。
夜、ホテルに戻り。
2008/08/29
原風景
■2007/7/16
東京に帰る日。
朝、大きな地震があった。
宿は古い家屋なので、さすがに大きく揺れ、ひやっとする。
以前、新潟で大きな地震が起きたときも、こんな揺れ方だったなあ、と思った。
(このときの地震は、後に新潟中越沖地震と命名される)
地震の影響で、電車のダイヤも大きく乱れていた。
フロントから電話があり、電車が復旧するまでチェックアウトを延ばしてくれるという。
ありがたく申し出を受けて、しばらく宿に留まることになった。
休憩しつつ、家の中をしゃこしゃことスケッチなどして過ごした。
昼食に行川庵という、この辺で評判らしい蕎麦屋に出かけた。
宿の近所はこの三日間、ほとんど歩いていなかったのだけど、最終日にして晴れわたる田んぼ道を進むと、昔ながらの美しい、日本の田舎の風景が広がっていた。
昨日、電車で遠出しなくとも、この辺りにも十分、いい場所があったんだなあ、と知る。
朽ちた家屋や伸びる水田。
山々、鳥の声。
日本人の心に響く、原風景が在った。
蕎麦屋は、昔の財閥のお屋敷を改築したという建物。
かなり人気らしく、こういう田舎でも車で乗りつける人たちがひっきりなしだった。
出された野菜の天ぷら盛りが最強に美味しく、日本酒と一緒にいただくと何も言うことはない。
満足、満足。
宿への帰り道、再び山の景色を楽しみながら歩いた。
またいつか、ゆっくり訪れたい場所だと思った。
電車が復旧した後、特急に乗り、日光を立った。
つくばエキスプレスで、秋葉原まで戻り。
総武線に乗って、家へ帰った。
2008/08/26
雨の遊歩道で
■2007/7/15
朝6時、光とともに自然に目が覚める。
朝食後、宿の人が車を出してくれたので、野菜の直売所とスーパーに、買い出しに行った。
台風の影響で、けっこうな量の雨が降っていた。
日光杉が両サイドに生い茂る緑の道を、盛んにワイパーを切りながら車は進んだ。
晴れていたら、この景色もずいぶんまばゆいものになっていたと思う。
昼食後、1人で外出。
とりあえず、東武日光まで下ってみた。
駅周辺を軽くうろつくが、あまり感ずるところはなかった。
ふたたび電車に乗って、今度は上り。
途中の無人駅で下車。
遊歩道に沿って歩いてみた。
沿線には、緑の田園風景が広がっていて、一見のどか。
一方、空き部屋となっている無人アパートも多く見受けられて、物寂しさもあった。
遊歩道の先は、アジサイの群生する公園に通じていた。
雨にぬれた彼らの咲きっぷりは見事で、しばしそれらに見とれた。
近くには大きな、錆びた水車が数台あった。
現役のものも、固く鎖で縛られて動いていないものもあった。
雨除けの屋根のあるベンチに腰かけて、何となく駆り立てられるような心地で、しばしスケッチをした。
目の前にある風景は、とても貴重なものに思えた。
小一時間ばかり取り組む。
……結局、最終的には全体的な統合に失敗して、モノにならなかったけど。
今の自分の未熟さが露呈して、落ち込んだ。
他の風景にも向かったものの、消沈してその後も描けずじまい。
雨が次第に強くなってきたので、あきらめて宿に帰ることにした。
夜は昨日同様、酒と音楽を愉しみつつ過ごす。
男性陣はステレオタイプな話題で、ずっと盛り上がっていた。
2008/08/13
日光合宿
■2007/7/14
日光へ合宿に行く。
発端は同居人が見つけた、日光インという宿泊施設。
観光ではなく、滞在型というコンセプトが良い。
同居人はいつものように写真目的。
自分は日光の田んぼ道を歩きながら、絵でも描ければいいな、と思っていた。
同じく、ちょうど仕事で合宿をやりたかったという陽介山さん、けんきちさんと一緒に、4人で敢行した。
ちょうど台風が来ているらしい。
天気予報も雨三昧で、今回は日光の晴天は拝めそうにない。
行動範囲はどうしようかな、などと考えていていた。
待ち合わせをきっちり決めていなかったので多少モタつくが、北千住から無事、特急に乗り込む。
目的地に近づくにつれて、だんだん緑深くなっていく景色と古い家並みにトキメく。
日光インに到着。
まだチェックインに時間があったので、同居人はフロントでチャリを借りて、野菜の直売所へ出かけて行った。
残った3人で、東武日光まで再び、電車で買いだしに行った。
20分ほどの乗車中、窓の外をうかがいながら、明日はどの辺をうろうろしようかと、あれこれ考えていた。
東武日光に到着。
一時間に1本の電車を逃すまいと、さっと三手に分かれて買い物を済ます。
帰り、けっこう雨が降ってきたので、大急ぎで駅に走った。
再び宿に戻ると、すでに部屋は開いていて、同居人も戻っていた。
日本伝統様式の建物。
しかしトイレやキッチンは新しいものが備え付けられていて、無線LANも完備。
iPodを持ち込めば、天井に設置されたスピーカーで、柔らかい音響を楽しむことができる。
男性陣は皆、さっそく持参のノートPCに向かって、作業を始める。
古い家屋に広がるその光景は、ある種異様だったが、おもしろくもあった。
夜は酒を飲みつつ談笑。
天から降りてくる音楽は、木造の温かみも含んで、耳に馴染んだ。
0時ごろ、自然に眠りに落ちる。
2008/07/18
ピリ辛のモツ
■2007/6/15
会社の同僚とモツ鍋を食べに行く。
辛いものが苦手な自分には少々ピリ辛だったが、しょうゆベースの、九州伝来柔らかモツに満足。
若い女の子たちはよくしゃべる。
そのノリとテンションに圧倒される。
楽しいけれど、多少奮起して己をアゲる。
たぶん考えないでしゃべれば、きっといい。
2008/07/11
はなみ素描
■2007/6/9
荻窪北口にある、「はなみ」という店にいく。
九州の郷土料理が中心で、全体的に味は優しく、あっさりめ。
素材をしっかり生かしつつも、料理人の腕が遺憾なく発揮された、ヘルシーで本当においしい料理ばかりだった。
お酒のそろえもいいし。
店の雰囲気も落ち着いており、かなりいい店を見つけたと思った。
何枚かスケッチを試みたが、横で同居人がいろいろ口出ししてくるので、途中で描く気が失せてやめてしまった。
駅前の立ち飲み屋「金魚」で飲み。
にごり梅酒をあおりつつ、同居人に先刻言われたことを考えていた。
対象をすばやく、乱取りでとらえて早く描く。
言われることもわかるが、今の自分では圧倒的に力不足。
むしろいい加減な描き飛ばしになってしまって、それ自体がストレスになる。
じっくりしっかり描きこみつつ、スピードをあげていければ良いのだが。
そもそも今は、スピード以前に対象に圧倒されて、手も動かない段階なのだけど……。
指摘された課題は、いつかは克服したいけど……。
こればかりは描き続けることでしかたどり着けない。
それしか今はわからない。
2008/07/10
遊駿
■2007/5/27
同居人と日本ダービーを見に行く。
取り立てて競馬に興味があるわけでもない2人。
目的はいつものように、写真やスケッチ。
同居人は場内で売られている、きねうち麺もお目当てらしかった。
自分は実家が競馬場の近くなことや、父がけっこう好きであること、昔はいくつかの競馬漫画を愛読していたので、まったく未知というわけでもなかったけど。
日本ダービーといえば、年に一度のお祭りみたいなもの。
さすがに人は多かったが、東京競馬場は思っていた以上に広くて、ギュウギュウというほどでもなかった。
わりときれいだし、フードコートも充実。
ただ、おびただしい量の新聞や馬券がいたるところに散らばっており、皆がそれを平然と踏みつけて歩く。
一方、屋内のあちこちで座り込んでいるのも当たり前。
おっさんたちが耳に赤ペンを差して、がっつりと予想と向き合っていた。
ベクトルは違えど、深夜そこら中に座り込んでいるWIREの若者や、ところかまわずタイムテーブルを広げて、目的地を定めているフジロッカーと、それほど大差はない気がする。
奇妙なおもしろさがあった。
圧倒的に、おっさんのメッカではあったが。
(でも、たまに見かける女性は、なぜかやたら美人が多かった)
雄大な芝生の上でスケッチをしたり、青空をぼんやり眺めたりしながら、まったりと過ごす。
けっこう前の方に立って、天狗の鼻みたいに伸びに伸びた望遠レンズが付いたカメラを構えたおじさんたち(はじめ記者かと思ったら、どうやら単なる趣味人たちらしかった)を見物しているうちに、例のファンファーレが聴こえてくる。
TVだと、いかにも決戦をあおるドラマチックなナレーションとともに高々と響くところだが、あら、生で聴くと意外に小さいのね……あれ、もうスタートしてる、あ、なんか遠くで走ってる……わ、通り過ぎていった(目の前の望遠レンズたちがいっせいに動く、すげー)……という感じで、気づくとレースはあっさり終わっていた。
……こんなことなら、馬券舞うゴール付近で見てたほうが、もっと面白いもんが見れてよかったかな……。
二人とも馬券は買っていたが、無論外れた。
即行、思い出袋行き。
レースが終わった後も、しばらく場内を散歩した。
日常ではなかなか出会えない、広大さを誇る場所。
歩いてみるだけでも、けっこう楽しいところだった。
またGTの頃、遊びに来るのも(競馬抜きでも)いいかな……と思った。
2008/06/27
クロス・オーヴァー
■2007/5/13
タイフェスティバル@代々木公園
ピーカンの中、ものすごい人出の中を、かいくぐりながら歩く。
元来、辛いものが苦手で、食べられるものが限られるのだが、やはり独特の食材の匂いにけっこうむせた。
ただただ人のクロス・オーヴァーするエネルギーを感じ、それは音楽フェス同様、内面を猛らせるのであった。
■2007/5/24
会社のグリーン氏、大泉さん、そして青龍さんと飲む。
新体制でのリーダー同士の、初の集まり。
定時後、人がはけたのを見計らって、青龍さんを除く3人で、近くの焼き鳥屋に入る。
青龍さんは有給をとって仕事を休んでいたので、職場の人に見つからないよう、恐る恐るやってきた。
もともと今日の会は、自分や大泉さんにきちんと挨拶をしたい、という律儀な青龍さんの提案で計画されたものだった。
しかし先日、すでに青龍さんとは飲んでしまったので、当初の予定よりはるかに早く、気軽に和気あいあいと4人で話すことができた。
仕事やメンバーのこと、お決まりの恋愛論にいたるまで。
なかなか楽しい集いであった。
2008/06/24
頓狂の夜
■2007/5/12
夜、同居人と待ち合わせ。
駅近くにある居酒屋で夕食。
70〜80年代のヒットメドレーが延々と流れており、皆総じて外れ調子な歌であった。
当時はプロツールで編集したりできなかったろうしなあ……。
しかし、それら頓狂な歌唱は、妙にかわいらしくも感じられるのであった。
二件目は、前から気になっていた、近所のバーで。
雰囲気は悪くなかったが、とり立てて特徴のない、普通の店だった。
なんとなく、沖縄で行ったいくつかのバーを思い出した。
土地の持つ力なのか、それぞれ明確に個性があり、夜の時間を存分に楽しめるところばかりだった。
沖縄また行きたいなあ……と思い募らせながら、飲んだ。
2008/06/23
顔合わせ
■2007/5/11
定時後、ちょっと仕事がこぼれたので、大泉さんと2人、フロアで残業していた。
そこに上司がやって来て、いつの間にか3人で、長いこと話し込んだ。
新たに始まるUS版Webチームのこと。
I社との関係や思惑。
そして、この1年のチームの変遷…。
時期ごとに関わったメンバーの写真を残して、プロジェクト○のように歴史をまとめておくといいかもね、といったことを談笑していた。
気がつくと、21時頃まで。
そのまま夕食を食べに行こうか、という話になり、やはり残業で残っていた青龍さんも一緒に、4人で会社近くの中華料理屋に行った。
グリーン氏はアントアネット嬢が去った後、校正チームリーダーも兼任していた。
今回、辞職を言い出した彼に代わり、青龍さんが正式に、校正チームリーダーに昇格することになっている。
それは以前よりにらんでいた通りで、引き継ぎもわりとスムーズに進んでいる。
しかし、青龍さんとは事務的なやりとり以外、これまであまり話したことはなかった。
本日の食事は、彼と顔を合わせる良い機会にもなった。
帰り、同居人と待ち合わせ。
駅近くの立ち飲み屋で飲む。
2008/06/16
新リーダー
■2007/5/10
会社で上司の呼び出しを受けた。
話をきくと、グリーン氏から、そろそろ今の仕事を辞めて、次のステップに進みたい、という申し出があったという。
野際さんが去った後、全体リーダーを務め、チーム創世期からともにやってきたグリーン氏。
少し抜けた部分もあるものの、それがまた愛嬌で、皆に慕われている人でもある。
彼が辞めるというのは、自分にとっても少なからずショックだった。
しかし以前、
「このチームにいるのは楽しいけど、ずっと腰を据えるつもりはない、もっと自分の技能を生かせる仕事がしたい」
と言ってるのを聞いたことがある。
ああ、ついに動き始めたんだなあ、と、なんとなく納得はできた。
加えて、仕事に関する大きな話もあった。
自分は今、会社のWebページ作成をやっているが、その英語版を請け負っているのは現在、常駐で来ているまっつと先生(しぇんしぇい)が所属するI社。
そのI社が新規の仕事を抱えたことから、うちの会社のWeb作成を今後、請け負うことは難しくなったのだという。
早急にI社からプロジェクトを引き継いで、社内にUSAのWeb制作チームを結成しなければならない事態になっているとのこと。
あらまあ、大変ですねえ……と、そこまでは他人事で聞いていた。
しかし自分に、USAのチームリーダーとしてプロジェクトを進めてくれ、と言われたときは、唖然とした。
人に教えるどころか、小心者でろくに話せない。
そんな自分が、責任重い役回りなんてできるわけない。
以前、アントアネット嬢とのやり取りで、けっこう苦労したし……。
上司に以上を訴えた。
でも結局終いには、とりあえずやってみよう、といったノリで言われるのを、断り切れなかった……。
人に押し切られると、弱い。
だから、そもそもリーダーなんか向いてないのに……。
唯一の救いは、仕事探しであまり動けなくなりそうなグリーン氏と入れ替わりで、大泉さんが全体リーダーに昇格するらしいこと。
彼女なら、能力も人柄も上に立つ人として申し分ないし、自分のことも助けてくれると思う。
けど……。
気が重くてしょうがない。
また、新しい展開が襲ってきそうで、こわい。
2008/06/10
浅草ハンティング
■2007/5/5
同居人と浅草に行った。
数日前に会社の人が行ったらしく、話は聞いていたのだが、かなりの人混みで辟易した。
水上バスに乗ろうか、という話もあったが、恐るべし長蛇の列に、あきらめ。
結局、歩き回っただけでどこにも寄らず、疲れた。
ただ、昨日の反動からか、今日は歩きながらもすいすいとスケッチが進んだ。
けっこう楽しかった。
自分も動き、対象も動いていく。
一瞬で形をとらえて、さっと早描きできるかの勝負。
言わばハンティングするような心持ちである。
折々、こんな形の描画もやっていこうと思う。
同居人はあまり、撮影が進まなかったようだ。
あまり結びつかないが、ベトナム料理を食べ、休憩してから浅草を後にした。
2008/06/04
荒川
■2007/5/4
荒川の土手に行く。
不法投棄されているゴミがたくさんあるらしい、と聞いた同居人が、いつものように写真目的で出かけるのに付いていく。
広く続く土手を、ひたすらてくてく歩く。
ホームレスの家や野良犬そのペット、血気盛んにドラムのレッスンをしているおっさん、駆け回る野球少年らが目につく。
大股でずんずん進んでいく同居人。
途中からついていけなくなり、土手の上で1人、自主休憩した。
そばに、カラスの死骸があった。
一面の緑を見ながら、ふと、この風景でも描き留めようかな……と思った。
でも延々と広がる自然に圧倒されて、結局手は動かなかった。
まだまだやな……。
奥まで分け行っていた同居人が戻ってきたので、来た道を戻る。
さっきはドラムを叩いていたおっさんが、トランペットを吹いていた。
マルチプレイヤーだったのか……。
途中、巣鴨に寄って、新宿経由で帰った。
荒川
■2007/5/4
荒川の土手に行く。
不法投棄されているゴミがたくさんあるらしい、と聞いた同居人が、いつものように写真目的で出かけるのに付いていく。
広く続く土手を、ひたすらてくてく歩く。
ホームレスの家や野良犬そのペット、血気盛んにドラムのレッスンをしているおっさん、駆け回る野球少年らが目につく。
大股でずんずん進んでいく同居人。
途中からついていけなくなり、土手の上で1人、自主休憩した。
そばに、カラスの死骸があった。
一面の緑を見ながら、ふと、この風景でも描き留めようかな……と思った。
でも延々と広がる自然に圧倒されて、結局手は動かなかった。
まだまだやな……。
奥まで分け行っていた同居人が戻ってきたので、来た道を戻る。
さっきはドラムを叩いていたおっさんが、トランペットを吹いていた。
マルチプレイヤーだったのか……。
途中、巣鴨に寄って、新宿経由で帰った。
2008/06/03
解ける島
■2007/4/29
江の島へ行った。
天気のよい日。
休日で人は多かったけれど、混雑しているというほどではなかった。
自分と同居人はいつものように、メインと思われる通りを外して、裏の住宅街に侵入お邪魔する。
食事処で地元料理を堪能したり、随所随所で多く寝そべる猫を愛しんだり。
海岸まで歩いて、同居人と2人、水平線や波打ち際にいる人々を見つめながら、休憩した。
心が景色に解けていった。
この瞬間を、いつか表せるようになりたいと思った。
江の島は、日帰り旅行にちょうどよい距離と場所だった。
また行きたい。
2008/05/29
ナマで。
■2007/4/28
ツジコノリコ@渋谷HMVインストアライブ。
印象はこんな感じで、昨日とそれほど変わらず。
インストアなので、本格的なパフォーマンスは望めないのかもしれないけれども……。
ギター一本でもいいから、生音での彼女の歌を聴きたかったな。
最近は、スケッチが好きだ。
ほかの人のスケッチを見るのも楽しい。
今までは空想のイラストばかり描いてきた。
実物を見て、形を、その場の光景を写し取る行為に、それほど興味がわいたことはなかった。
でも好き勝手に描くのと違って、現実と向き合って描いていくことには、これまで知らなかった、ナマならではの楽しさがある。
リアルタイムに、感情を線に乗せられること。
じっと観察することで見えてくるあれこれ。
下書きなし、一発勝負であることのドキドキ感、挑戦。
時とともに、対象が動いたり移り変わっていく場合もあるし、それをすかさず描いていくスリル感や、ともなう出来事があったり……。
スケッチとは、単に絵そのものだけでなくて、その場に一時とどまって描くによって派生する、いろいろな展開や気づき、時には事件そのものを丸ごと体験し、楽しめる行為なんだな。
(その辺は、瞬発力型の写真を好む、同居人の嗜好やリズムとはまるで違う感覚だと思う)
一方で、それなりの厳しさも。
誰にも邪魔されない、室内で安穏と描くのと違い、人の目もあれば、思った以上に場所や天候にも左右される。
描きたい対象そのものに圧倒され、気持ちばかりが先行して、結局なに一つ描けない……なんてことも。
そして出来上がったところで、本物はこんなんじゃないのに……と、己の下手さ加減にヘタることもしょっちゅうである。
自分の内部と外的要素とのバランス、タイミング。
両方を図りながら、満足な結果にたどり着くことは難しい。
じりじり焦りもあるのだけれど、それも含めてしばらくは数稽古を重ねていこうと思う。
量をこなすことで見えてくる質と楽しさは、きっとあるはずだから。
2008/05/21
桃色オートグラフ
■2007/4/27
職場。
今日付けで退社する人が数人おり、そのうちの一人から、帰り際に絵を描いてほしいと突然、色紙を差し出された。
自分が仕事中の気休めに、メモの端などに落書きしたりしているのを、見ていたらしい。
びっくりするやら、やら。
しかしいきなりだったので、今日は用事があり、その場では渡せないことを告げると、後日、取りに来てくれることになった。
思わぬ出来事だったけど、もちろん悪い気はしない。
で、会社の人のお願いを断って行ったのが、ツジコノリコ@秋葉原ヤマギワソフト。
人が集まるのだろうか……と少し心配だったものの、開場時間になる頃には、60人くらいの人が列をなしていた。
セミナーでも始まるかのような、会議室っぽい部屋に通され、パイプ椅子に座らされる。
そんな会場に、かなり場違いに華やかなオーラをまとったピーチ姫が現れる。
子持ちと思えない、コントラストの強いメークに(海外在住者なので、別に普通なのかも)、ノースリーブのワンピース姿。
ライブはこんな感じで、ノートPC一台のライトなセッティングで行われた。
正直、カラオケを聴いているような催しではあった。
でも、アキバ、会議室、レクトロニカ……と、絡む要素のことごとくがチグハグであるのも、また面白くはあった。
終わった後はサイン会には参加せず、サクッと帰る。
2008/05/19
春の二次会
■2007/4/22
友人のゆみたさん、結婚。
二次会にご招待して下さったので、同居人と2人で出席した。
コバヤシさん、ロキさんも来ていた。
ちらっとうわさだけは聞いていたけど、ダンナさまとはお会いしたことがなく。
元気なゆみたさんのイメージから、体育会系なのでは……と想像していたのだが、むしろ知的で優しそうな人。
ゆみたさん、いい人と出会えたのだな〜と、勝手に感慨にふけった。
ご友人、同僚の人(もっさん含む)、サッカー仲間、音楽仲間、ロボコン仲間……2人の人柄を表すような、バラエティーに富んだ人々が集まり、催された会は、まったく格式ばったところがなくて、手作り感あふれる暖かいものだった。
一方、職場仲間の方たちが作られたドキュメント映像などは、さすが仕事の技能が発揮されており、凝りつつも素敵な、心のこもったものだった。
「結婚式は(当人の)究極のエゴ」
最後にそうスピーチで述べたゆみたさん。
でもそれは許されてしかるべきエゴだと思う。
とてもいい会に参加できた、ほんわかとした余韻にひたったまま、帰路に着いた。
2008/05/13
ジントニック・マザー
■2007/4/14
ノアさん、ピコさん夫婦に会いに、国分寺へ行く。
24℃に達した陽気は、すでに初夏の輝きを放っていた。
夏に赤ちゃんが生まれるピコさん。
もうお腹がだいぶ大きくなっていて、少し歩きづらそうな様子だった。
つい先日(といっても、去年の秋だが)、一緒にRAW LIFEに行った時の、元気に走り回る姿ばかりが印象にあって、なんだか不思議な感じがした。
沖縄料理屋で昼食。
有線のJ-POPがうずまく中、料理を食べている自分たちのそばでは、ダーツをやっている若者がたむろっているという、変な取り合わせの店。
けっこう笑えた。
その後、夫婦の宅へお邪魔。
ピコさんの手料理をご馳走になる。
お腹が張ったピコさんは、時折苦しそうな様子も見えて、少し心配だった。
「今まで当たり前に出来ていたことが出来ない。その部分での辛さはある」
ピコさんの言葉が、心に残った。
自分には、まだまだ実感としてちゃんと理解できているものではないだろうけど。
自分なら、もしかしたら耐えられない状況のような気がする。
でもそんな苦しみや不調を超えて、彼女は生命を抱えていくんだな。
女性はすごい。
母とは、すごい。
共通の友人の話や音楽の話で、ひとしきり盛り上がり。
夕方までお邪魔。
その後、夫婦の家をおいとました後、ノアさんと同居人と3人で、国分寺の飲み屋に場所を移して、しばし語り合った。
山梨のおいしいそば屋やJリーグのこと、どこそこに行きたい……夢をふくらませる男性陣をほほえましく見つめつつ、ジントニックをあおっていた。
2008/05/03
渚にて音楽祭 07の2とノマディック
■2007/4/8
渚音楽祭2日目。
に行く前に、ノマディック美術館へ行く。
予備知識無しで、同居人に連れられていったのだけど、圧倒的な映像美と世界に圧倒された。
インドや、ミャンマーの砂漠地帯、森林、高山……そこに生きる、見も知らぬ民族と動物たち。
自分の生きている日常とは当然かけ離れた、別世界を体験した。
しかもそれらはCGなどで作られたものではなく、同じ地球上に確実に存在する物象なのだということに、さらに驚かされた。
寄り添うライオンと子供。
言葉を解して従っているかのような鳥。
水中を舞う人間とゾウ。
そんなことが、現実にありえるのだろうか……。
神秘的でもあり、エロティックやら刹那やら、野生の驚異やら……あまりにたくさん迫ってきて、なんともいえない気持ちだった。
お台場の会場に入ると、初日とはうって変わった客層に、この日2度目の驚き。
ダンスホール・レゲエや、クラブミュージックに焦点を当てられたアクトからして当然なのだが……。
肢体をむき出したギャルや、この人、普段どうやって生計を立ててるんだろう……と素朴な疑問を感じる人たちがいっぱいいた。
音楽よりも、人間観察に終始してしまった2日目であった。
絵的には、非常におもしろいものがあったけれど。
それを同居人のように、即座に形にできる術をまだ持っていないのが、悔やまれる。
しかし、歩き回るのもやがて飽きてしまったので、昨日よりもずっと早く、会場を引き上げてしまった。
かなり疲れた……。
2008/04/28
渚にて音楽祭 07の1
■2007/4/7
渚音楽祭、1日目。
昼過ぎに会場に着く。
ちょうどクラムボンが演っていた。
会場の雰囲気をつかむため、しばしウロウロ。
フェス文化定着の表れか、シートや椅子を持ち込んでいる人たちがたくさんいた。
休憩するところがないので、自分も折りたたみ椅子を持ってくるべきだった、と思う。
コンクリートの埋め立て地帯に作られた、都会のフェス。
同居人の言葉を借りれば、「スポンサーのついたRAW LIFE」といった様相である。
Sly Mongoose
メンバー全員のハイレベルな演奏に、オーディエンスは前のめりにつめかけ。
自分の横にいたピンクの髪の兄ちゃんは、完全にメディテーション状態に入っていた。
酒やら、それ以外のものも入っているのか、完全にキマっていた。
途中から異様にハイテンションな禿の外人が割り込んできて、柵の上に昇ったりして目立ちまくり。
非常に目障りであったが、それだけライブは盛り上がっていた。
ステージのサイドに設置された、スピーカー群の高い柵によじ昇っている者もいた。
出演者かと思ったら、どうやら単なる客らしい。
当然、基本は禁止だが、皆カメラで撮りまくっていた。
セキュリティゆるゆるである。
Rebel Familia
以前より遥かに進化を遂げ、バキバキに研ぎ澄まされた音。
とてもかっこ良かったが、ちょっとしか見れなかったので残念。
こだま“echo”和文 from DUB STATION
トラッドヘアの兄さんや、露出度高めのギャルのお姉さん(たまに皮膚が服からはみ出して、ボンレスハム状態になっている人もいたが)などが、大量に押しかけていた。
若い人への影響力のすごさを感じる。
わりと語り部分が多かったけれども、エゾロック時同様、すてきな音楽を楽しんだ。
キャンギャルのお姉さんがいて、ハイネケンを広告しつつ、立ちっぱでがんばっていた。
すらりと伸びた足が仕事とはいえ、かなり寒そう。
今日のメインアクト、石野卓球。
会場中の大量のオーディエンスが集合。
人海を避けて、離れたところでノった。
わりと楽しく踊り倒した1日目であった。
2008/04/24
春のチキチキパン祭り ’07
■2007/4/6
恒例の”春のチキチキパン祭り”こと、会社の飲み会。
端っこでなじみのメンバーと固まって、あまりしゃべらなかったが、ビールとワインをけっこうあおった。
帰りは同じ路線の銀ちゃんと、初めて一緒に帰る。
自分と真逆の、プラスオーラ全開の彼女とは普段、あまり気圧されてしゃべれないんだけど、たまに投合できたときは、うれしい。
この会社に入って、初日に最初に話しかけてくれたのも、彼女だった。
帰宅後、しっかりツケが回って、気持ち悪さに苛まれる。
2008/04/23
The SAKURAS are in full bloom.
■2007/4/1
予報に反する良い天気の日。
桜も満開、いうことで、同居人と吉祥寺の井の頭公園に行く。
シーズン盛り。
ものすごい人混みの中を、ちょっとずつ進む。
途中、知り合いのマサキ君がビールの売り子をしていたので、声をかけた。
こんな日は、売上も上々のようだ。
シートを広げている人の間を縫って、池の周りを歩いた。
水際までしなだれている桜に見とれたり、ヨットを楽しんでいる人々を見て、今まで何人の人が落ちたんだろう……などということを考えたりしながら、花見を満喫した。
園内を一周した頃には、2人ともだいぶ満足、というか飽きたので、帰ることにした。
吉祥寺の駅近くで、真剣に大声でケンカしているカップルを横目に見つつ、電車に乗った。
2008/04/21
スパ
■2007/3/30
東京ドーム近くの、スパ ラクーアに行く。
同居人が会社から、割引き券をもらってきてくれたので。
水道橋で待ち合わせ。
その辺りは、以前勤めていた会社の近くでもある。
知った人に会わないように、柱の陰に隠れていた。
もし見つかったら、と思うと、全身に緊張が張り込めて、硬くなる。
まだ当時を振り切れていないようだ。
「何でそんなところにいるの」
と同居人が声をかけてくるまで、安心出来なかった。
ラクーアに着くと、入り口で同居人と分かれて、更衣室へ。
人気があるらしく、仕事帰りと覚しきOLたちが次々に入ってきた。
大浴場にもたくさんの人がいた。
整備された巨大な施設と華やかな女体の群れに、やや落ち着かない気分で、そそくさと入浴を済ませる。
男女共同スペースで、同居人と落ち合う。
数種類あるサウナの部屋を、ハシゴして回る。
ゲルマニウムの岩盤の上に寝転がっていると、身体の奥底に溜っていたモノが、じわりと浮き出てきた。
サウナはわりと苦手な方だけど、ここは低温でじっくりと温めていくせいか、長時間でもわりと苦にならない。
普段、かかないタイプの汗が大量に発現し、流れた。
夜景の見えるガラス張りのスペースに転がって、休憩するのはとても気持ちがいい。
心地良すぎて、大きなイビキをかいて寝ているおっさんもいたが。
期待した以上に、快適な体験だった。
また来てもいいかな、と思えた。
ただ、手持ちぶたさになってしまうのがネック。
携帯電話をいじっていても、"癒し"の場所柄のせいか、すぐに疲れて嫌になったし。
次回は本でも持ってきて、もっとのんびりしよう。
そう思った。
2008/03/22
Pig Waveやって来た
■2007/3/24
同居人と上野動物園に行った。
数いる動物の中でも、私たちの目当ては、ブタ。
さして珍しくもないその動物を、わざわざ入園料を払ってまで見に行った理由。
それは昨年から2人の間で勃発している、ブタブームに端を発する。
同居人は普段、私のことを「ぶたくん」呼ばわりしている。
(それにも理由があるが、Webでは控えておくことにする)
それが高じて、ブタという生き物に、2人ともいつのまにか格別の愛着が湧いてきた感じだ。
動物園に着くと、他の動物は適当に流し、即行ブタのいる「ふれあいコーナー」を目指した。
ヤギや羊も多数放し飼いにされていて、そこら中に糞と尿が巻き散り、遠慮なく臭いを立てていた。
動物嫌いな人には、かなり耐えがたい環境だろう。
その中をずいずい進んだ。
数匹(頭)いるブタは、すべてオリに入れられていた。
柵が低いので、容易に触れる。
たいていの子供たちが群がっては、すぐに飽きて他に移っていく中、我々はしつこくブタに触り続け、写真を撮りまくった。
柔らかそうなイメージと裏腹に硬めの皮膚や、でもかっちりと詰まった脂肪、惰性でモシャモシャ動かす口、ショボンだ瞳など、堪能した。
途中、開放時間があって、オリに入れられていた動物たちが、いっせいに放たれた。
直接、客がエサを与えることの出来る時間。
動物の方もとっくに承知しているのだろう。
先程までおとなしくしていたものも、興奮し、けたたましい鳴き声を上げる。
糞、それを踏みつけて追い回す子供、エサの草……あらゆるものが入り乱れての、ちょっとしたカオス。
しかし、それもまた面白い一時なのであった。
ふれあいコーナーを後にすると、その他のオリはおおむね流し見で終える。
パンダは後ろを向いて寝ており(それが習性なのだけれども)、いちいち文句をつける同居人。
たしか昔は「動物は興味もない」と言っていた気もするのだけれども。
ブタに関して話すその顔は、心から嬉しそうで、自分以上にやたら輝いているのだった。
動物園を後にすると、同居人の買い物に付いて途中、紳士服の店に寄ったりしながら、神田まで歩いて帰った。
かなりグッタリコースだったけれども、昔に比べると、だいぶ体力はついたように思う。
生ブタを見たことで、すっかり充足感を得た1日なのであった。
2008/03/19
彼の家族
■2007/3/18
昼過ぎ起床。
なか卯で軽く昼食を済ませた後、同居人の実家に行く。
山科の彼の実家は、山すその閑静な住宅街にある。
到着すると、家族はウェルカムモードで接してくれた。
山に少し入ったところに、おすすめの料亭があるということで、15分の山道を歩いて、連れて行ってもらった。
そこは確かに通な方が好みそうな、木造の屋敷だった。
客も自分たちだけで、完全な貸し切り状態だった。
かなり豪華なフルコースで、量もたっぷり。
けれどほとんど油を使わない和食料理ばかりということで、満腹になった後も、いやな感じで後に残らなかった。
さすがお金持ちグルメで育った同居人ファミリーが、おすすめしてくれるだけの店である。
自然なのか意図的なのか、突っ込むようなことは終始訊かれなかった。
代わりに大半は、骨董品など、自分の育った環境とはおよそ無縁の、ハードレベルなお話が続いた。
こういう違和が、後々どう響いてくるのかは、まだわからない。
懐中電灯が必要なほど暗い山道を、再び15分かけて帰った。
疏水に沿って、自然の立てる音を聴きながら歩いた。
お腹いっぱいになった体を休めるにはちょうどいい散歩であった。
同居人の実家でお茶をいただき、少し休憩してからホテルに帰る。
2008/02/28
大阪三月熱帯魚群
■2007/3/17
大阪フィッシュマンズナイトの日。
大丸でデパ地下弁当を買い込んだ後、昼過ぎの新幹線に乗って、東京駅を出発。
新幹線の中では英語の勉強をしたり、文章を書いたりして過ごしていた。
一方の同居人。
飲んだヘルシア緑茶が効果てきめんだったらしい。
寝られなくなったうえに、別段することもない様子。
かなり退屈そうに、DSをやっていた。
夕映えの京都に到着。
ホテルにチェックイン、数時間休憩。
20時頃京都を立つ。
21時、大阪でDJ陣と合流。
食事を済ませて22時頃、会場のShangri-Laに入った。
毎回のことながら、部外者の自分は付いて行くのを遠慮しようと思いつつ、結局同居人に引っ張られてしまう。
関係者が忙しそうにセッティングをしている間、せめて邪魔にならないように、壁に張り付いておく。
開場が近づいた頃、いったん外に出て入りなおした。
今年は少ないかも?と思っていたけど、実際蓋を開けてみると、客はけっこうな入りであった。
同居人のDJが終わるまで、適当に踊ったり飲んだりして過ごす。
今年も2階ラウンジが開放されていた。
そこでDJのマツオさんらと話したりしながら、しばらく滞在していた。
年々、休憩時間が増えている気がする。
それも良しと思えてしまうのは、やはり年のせいだろうか。
再びフロアに戻ると、シャボン玉が飛び回ったりして、ちょうど最高潮に盛り上がっていた。
このイベントでやはり久々に再会出来たカナさんらと肩を組み、跳び跳ね、朝5時まで歌い踊りまくった。
イベント終了後、DJ陣の後処理を待ち、タクシーを飛ばしてスカイラークに行った。
毎年、皆で休める場所がなく、疲れた体に混み混みのファーストキッチンしかなかったので、今年はちょっと移動してみたのだが、かなり空いていて正解だった。
急激に襲ってくる眠気。
DJ陣と別れ、早朝のJRで京都に向かった。
同居人はすでに限界が来ており、立ったままガクガクしていた。
自分もかなりヤバかったけど、2人とも尽きるのは無しにしようと、必死に努めた。
ホテルに着くと、シャワーを浴びて即効寝っちぎる。
2008/02/22
ポップタイム
■2007/3/14
二階堂和美@自由学園明日館講堂。
重要文化財にもなっているという建物は、古い教会の様相。
レトロ感があり、ニカ嬢にとても似合った、良い感じの会場であった。
高いステージ。
編成は自前のギターと渋谷毅のピアノのみ。
相変わらずのたどたどしい弦だったけど、シンプルな分、剥き出しになった歌声はゾッとするほど柔らかく、高く響きわたる。
外国人の客もけっこう来て来ていた。
始めは黙って鑑賞していたのが、ニカ嬢の常人離れした、圧倒的な歌唱に比例して、口がアングリと開いていき、大満足の笑顔に変わっていく様子にニンマリ。
渋谷氏のピアノとは、もはや相思相愛の風体。
ノリノリのニカ嬢。
こぶしも腰も入ったパフォーマンスで、聖なるポップタイムを彩った。
心から楽しめた、最高のライブであった。
2008/02/20
ダイナーで
■2007/3/2
会社帰り、同居人から連絡が入る。
阿佐ヶ谷のVillage Vanguard DINERで合流。
ゆっくりマンガを読む時間が欲しかったらしい。
自分も彼の持っていた「大阪ハムレット」を借りて読んだ。
独自の世界観とキャリアに裏打ちされた、圧倒的な筆致力があって、面白い作品だった。
こんなマンガを、自分も描けたらなぁ。
■2007/3/12
豊田道倫@新宿シアターPOO
今回はセイキ君、セイキ君の彼女さおりさんと同行。
さおりさんとは初対面だったが、彫りの深い顔立ちと、エキゾチックな雰囲気を持った美人さんであった。
デリケートな面があるから、と、セイキ君からよく聞かされていたが、全然話しやすい人だった。
むしろセイキ君のしゃべりに
「…それ違うじゃん」
としょっちゅう突っ込む場面が見られたあたり、剛気でオーバーアクションなセイキ君の話は、受け流すくらいでちょうどいいかも…と確信したり(笑)。
まあいい案配で、お似合いのカップルであった。
もともと、豊田道倫は、常連以外はそれほど客は多くなかったりするのだけど、今日のライブは一段と客が少なかった。
かなり閑散としていた。
初めてきたライブでこんな状態では、さぞ引くだろう…、と思ったが、2人は存外平気な様子で、さおりさんはフリーペーパー「ロック自身」を、熱心に読んでいた。
普段あまりやらない曲をやったり、カバー曲(佐野元春「情けない週末」)を歌ったり、アレンジを変えていたり、ライブはわりと楽しめた。
同居人はグダグダだと言ってたけど。
ギターの響きが心地よく、情景は心象に映え、いつも以上に曲の世界に入り込むことが出来た。
帰りは阿佐ヶ谷のVillage Vanguard DINERに寄り、4人で夕食。
大振りのセイキ君。
彼を冷静に刺していくさおりさん。
息の合ったカップルと過ごす時間は、とても楽しかった。
明日は二階堂和美のライブ。
木曜は歯医者で、金曜は大阪フィッシュマンズナイトに向けての準備をしなくてはならない。
ハードスケジュールな一週間だが、体力に気を付けてがんばろう。
2008/02/14
ワーオ!
■2007/2/25
Joanna Newsom@渋谷O-West
余裕を持って家を出る。
まず、同居人の携帯電話の機種変更に付き合った。
けれどショップは人が多くてままならず。
あきらめて、人混みのなかを適当に徘徊して、時間をつぶした。
O-West前には、長蛇の列が出来ていた。
そこに連なっていると、会場の中から顔見知りのカメラマンのM島さんが出てきてバッタリ。
今日の撮影を担当されるのだという。
事前情報など、ちらっとうかがったりした。
ライブは最前列で見ることが出来た。
Joannaは変わらない、愛くるしい姿で、客を完全魅了した。
先日のライブ同様、以前受けたような強烈なインパクトは、正直感じられなかったのだけれども。
去年はもう少し小さなハコで、眼前で指先の動きまで見える、恵まれた状況だったのが大きいからかもしれない。
今回は肝心のハープの音が聴きとりづらかったのも、残念だった。
生ハープの音はイメージ以上に柔らかい。
よほど音響設備が整っていないと、その繊細な音色を拾いきれないのかもしれない。
また、5曲入り55分に及ぶ新作からたっぷり披露され、Joannaの世界にどっぷり浸される反面、前述の条件の中、意識して懸命に耳を傾けなければならず、精神的体力も必要なライブとなってしまったこともあった。
むしろ彼女が珍しく演奏をミスった時は、かえって会場の空気も緩み、一瞬ホッとした。
(出だしの、あまりにはっきりとわかるミスに「ワーオ!」と小さく叫び、しかめた表情も、ちゃんと可愛かった)
目の前でカメラを回していたM島さん。
今回は立って撮影するのはNGとのことで、始終中腰。
かなり辛そうだった。
終わった後はグッタリしていた。
でも別れる時は笑顔で挨拶を返してくれた。
彼女はライブが終わった後も、仕事が続くのだ。
Joanna自体のパフォーマンスは満足だったけれども、できれば次回は少し小さなハコで聴きたい。
そんな風に思ったライブだった。
2008/02/07
便利な街、楽しい街
■2007/2/24
今週は自分も同居人も体調が悪く、パッとしなかった。
それを慰める意味も込め、高円寺のベトナム料理店に行く。
シェフはなぜか中国人だったが。
骨ばった体格と顔が、印象的だった。
夕食後、高円寺をてくてく散歩する。
昔ながらの商店街や雑貨屋、古本屋の立ち並ぶ通りは、味わいがあって落ち着く。
なんとなく、住んで便利なのは高円寺、楽しいのは西荻窪のような気がしている。
2008/02/06
テント アンド チャペル
■2007/2/18
同居人が携帯電話の機種変更をしたいというので、新宿のビックカメラに付き合う。
結局、悩みあぐねて決められなかったみたいだけど。
そのままアウトドアショップを回り、フジロック用のテントを見てみる。
シーズンオフのせいか、ほとんど売ってなかった。
早すぎか。
■2007/2/21
Joanna Newsom@初台近江楽堂
同居人を誘ったが、昨日からの熱が引かないらしいので、1人で行った。
マリア像が飾られたチャペルは、想像以上に小さかった。
けれども厳かな雰囲気の会場は、Joannaのライブにとても合っていた。
アコースティックで行われた演奏は、圧巻の渦だった昨年に比べると、少しおとなしいかな、とも感じたが、時が経つにつれて次第に熱を帯びていき、最後はやはり空間を贅沢な感動で埋めてくれた。
来週、再び行われる公演も楽しみである。
2008/02/05
パーティーにお呼ばれ
■2007/2/17
セイキ君が、友人たちと数ヵ月に1度開いているという、パーティーにお呼ばれ。
同居人も自分も、心身ともにいまいち調子が良くなかったのだが、塞いでいてもしょうがないので、改善のためにも行く。
それぞれの友達や知り合い、総勢50人ほども集まるというパーティーは、彼らの自宅兼職場となっているビル数階が会場となっていることから、実現していた。
スペインで建築修行をしてきたセイキ君の人脈らしく、スペイン語圏の外国人がたくさんいた。
女性も自分とは明らかに違う人種の方たち(国籍だけでなく、ギャルやらOLやら)もいて、おののきつつも、いろいろ面白かった。
初対面で会った女の子と、流れでしばらく話した。
本屋で働いているという彼女は、仕事が大好きという、きらきらと前向きなオーラを放っている、可愛らしい人であった。
華やかな空気に触れ、来た時より晴れ晴れとして帰った。
2008/01/31
まっつと先生
■2007/2/11
同居人の撮影に同行して、亀有に行った。
古い商店街や住宅街、イトーヨーカドーの周辺を歩く。
昨年、上京した友人とわずか5分間、滞在した町。
……であったことを思い出す。
■2007/2/15
昨年より会社に、別会社I社から、2人のメンバーが出向して来ている。
福岡から出張してきた女の子、まっつ。
まっつと組んで仕事している、先生(しぇんしぇえ)。
I社は、かつてリーダーだった野際さんが在籍していた、件の会社である。
今の自分の仕事は、簡単に言えば会社のホームページを作ること。
そのアメリカ版をI社の福岡営業所で作ることになり、まっつと先生はここでノウハウを学びながら、福岡チームを遠隔指導することになったのである。
初めて会ったころ、まっつは若いながら、ばりばり仕事をこなすキャリアウーマンに見えた。
その印象は当たっていたが、実際、登山やボードが趣味で、単身赴任中に全線制覇すると言って、毎日のように友達と出かけては、東京ライフを楽しんでいる、思った以上に好奇心旺盛な女の子であった。
自分と違って、博多弁丸出しの明るく、人懐っこい性格。
あっという間にチームの中にとけこんだ。
一方の先生(しぇんしぇえ)。
かつてはあの野際さんの上司でもあった人物。
最初から、鋭く的確な質問を投げては、リーダーのグリーン氏をたじろがせることもしばしばだった。
この方、すぐに仕事を覚えて、自分たちよりもよほどシステムに精通した人になるんだろうな……と思っていたが、果たしてそのとおりであった。
ただ、初めは野際さんのように、怖い印象があったのだが……。
やり手の理論派には違いないものの、実はメンタル面がけっこう弱く、突き詰めすぎる自爆型。
ボサボサの頭で、昼休みはヤングサンデーを愛読しているような、ほほえましい人でもあった。
先生もあっという間にメンバーと馴染んでしまい、今では若い人と区別なく、仲良くやっている。
USAチームと我々日本チーム。
仕事上の関わりこそ、今はそれほどないものの、ひとつの場所で、うまく回転進行しながら日々が過ぎている。
2008/01/30
東京の友達
■2007/2/8
友人のセイキ君、同居人と、西荻で飲み。
セイキ君は国家試験の受験勉強中なのだが、忙しい中を来てくれた。
東京で出来た友人の中で、セイキ君は特に同居人のお気に入りらしい。
豊田道倫のライブや沖縄旅行に一緒に行こうと、しきりに誘っていた。
(沖縄に関しては、最近会う人ごとに誘っている気がするが)
夜、タクシーで帰る。
2008/01/29
萌の歯ではなかった
■2007/2/6
前日、餅を食べている時、歯の一部が音を立てて割れた。
びっくりするやら慌てるやら。
一昨日、同居人が電動歯ブラシを買ってきた。
それを使った時、かなり自分には刺激が強すぎて、耐えられなかったのだが…その時に、ヒビでも入ったのだろうか。
割れたところが風に吹かれても痛いので、やばいと思って、歯医者に行くことにした。
もともと、ずいぶん長いこと歯医者に行っておらず、診てもらいたいと思っていた。
東京でかかりつけを持つ、いい機会でもあった。
退社後、ネットの口コミで調べたところに行ってみた。
しかし、さすが評判が良いだけあって、患者が多く、時間帯的にも混んでいて、飛び込みでは断られた。
どうしよう…と思いながら、駅からの道を引き返し。
会社近くまで戻った。
その時、たまたま歯医者の看板が目に入ったので、意を決して入ってみた。
そこは古ビルの一角。
夫婦2人でやっているような小さなところだったが、いきなりの自分でも受け入れてくれて、診療時間を過ぎてもちゃんと診てくれた。
当たりの良い歯医者で良かった。
割れた歯は、クスリで埋めてもらって済んだ。
しかし診察結果、口内の状態は予想以上にひどかった。
痛みこそなかったが、今まで定期検診を受けてこなかったツケが、しっかりと溜っていた。
「まず歯をキレイにして、歯磨きの仕方を直して、治療はそれからですね」
と言われた。
「廃墟をぶっ壊して更地にして、権利関係もきれいにして、マンション建てたいなんて言うのは、それからだよ、アンタ」
と言われた気分であった。
家に帰り、もらった診断書を同居人に見せたら、
「うわー、ひでぇー」
と、かなり引かれた。
しばらくは、腰をすえて歯医者に通うことになりそうである。
2008/01/28
日だまりをぶっ壊す
■2007/2/3
先日、愛用していたHDDレコーダーが突然事切れ。
修理に出していたのが直った連絡がきたので、同居人とバイクに乗り、カスタマーセンターに取りに行く。
保証期間があやふやだったのだが、同居人が適当に答えたら修理費無料になったので、ラッキーだった。
いったん家に戻った後、再びバイクを走らせる。
調子が悪かったので、バイク屋に預ける。
待っている間、近くのロイヤルホストで休憩。
ファミレス自体、久々に入った気がする。
直ったバイクで、下北に行く。
周辺を回った後、町を徒歩でぶらぶら。
同居人はいつものように、あちこちを撮って回る。
以前からもそうだったけど、沖縄旅行以後、彼の出先でのシャッター率はますます多くなってきている。
いい傾向じゃないか。
うらやましいとも思う。
自分もそのくらいの場数の必要性を感じる。
ものの。
それは彼のペースや速度とは違っている。
自分は自分なりに作業に没頭したく、また考える時間も欲しい。
じっくり練る空間も欲しい。
好きな人と一緒にいる、単純で日だまりのような幸せの中で暮らしていますが、たまに(ウソ)それを含めたいろいろを、ぶっ壊さないと、自分にとって必要なものをどんどん手に入れ損なっていってるんじゃないか…という焦りを、いつもどこかに感じている。
2008/01/24
曇天に降りたブルードラゴン
■2007/2/2
アントアネット嬢が辞めて以降、会社では全体リーダーのグリーン氏が、校正チームの進行管理も担当することになった。
けっこうテンパる人なので、見ていてすでに危ういところもある。
が、持ち前の人徳で、なんとか乗りきっていけるだろう。
加えて、明るい材料も。
今年の頭に校正チームに加わった、青龍さんという男性。
物腰柔らかく、かなり気配りができる人で、すでに皆からの信頼は厚い。
そして実力もある。
最近は仕事面でも、少しずつグリーン氏のサポートに回っている。
そのうち、校正チームを表立ってまとめる人物となるんじゃないか。
往く人あれば来る人ありで、チームはまた、新しい展開を見せつつある。
2008/01/22
想いの珠
■2007/1/31
こちらが察していたとおり、アントアネット嬢の勤務が今日で終了。
日中はいつにもまして、豪速の処理能力を発揮していた。
定時間際には悲壮感さえ漂わせ…。
結局、最後まで本人の口から打ち明けてはくれなかった。
夕礼時、上司が彼女の退職を発表した時、一瞬の沈黙があり、それを呑み砕けないままに、メンバーの間に動揺と驚愕が沸き起こるのが感じられた。
知っていた自分は、どういう反応をしたらいいのか、わからなかった。
帰り際一人一人、各々アントアネット嬢に別れを告げていく。
自分も当然挨拶しないと…やはり一応知らなかったフリしないとダメだよな…などと思いながら、彼女の前に立つ。
すると、彼女がボロボロ泣いていたので、驚く。
そんな姿を会社で見せるのを、何より嫌っていた人だった。
いつも気丈で自分にも他人にも厳しい。
与えられた仕事はどんなことでも、100%以上の力で望む。
ブランドもので身を固め、腰まであるストレートヘアは常に完璧な梳き。
不眠症を抱えているらしく、体は丈夫でないらしいが、発熱していても他人に悟らせない。
精神的な落ち込みを絶対に言い訳にしない。
それが自分の知っている、アントアネット嬢。
でも今、目の前の女性は泣いていた。
職場で弱みを出すのを、あれだけ嫌っていた人が……。
自分もそれで泣いてしまった。
もっとちゃんと前から話してくれてたら…という、モヤモヤした思いは、どうしても残ってしまったけれど…。
去年の宮様といい、アントアネット嬢といい、職場の終わり方ひとつに、人間性が出る。
今回も仕事に感傷は持ち込まない、アントアネット嬢らしい決断ではあったわけだ。
たいした思慮なくやっている勤め人。
そんな自分のはずが、職場での別れにはいつも動揺し、うろたえてしまう。
帰り道の茜空は、今日も無駄に身にしみた。
心の整理がつかないまま、オフィス街を茫然と歩いた。
後日追記:
アントアネット嬢は、会社で自分のあだ名をつけてくれた、初めての人でもある。
どこの職場に行っても孤立するタイプの自分にとって、実はなかなかない出来事。
そんなことでも、でかい思い出として残っている。
以後これを書いている今日にいたるまで、自分は職場で、彼女がつけてくれた名前で呼ばれている。
2008/01/16
線描ヘッド・エイク
■2007/1/30
昨日に引き続き、微熱。
時間が経つにつれ、頭痛の狂奏がどんどんひどくなった。
夜、ガンガン苦しむ。
自分は今まで好きに絵を描いてきた。
専門の勉強を、ちいともしたことがない。
それで別段、疑問も不安も感じてこなかった。
それが最近、模写やデッサンの練習をしようかな…という思いが沸き起こりつつある。
想像に浮かぶものを適当に自由に描いて…ということしか興味がなかった自分的に、これは小さくない変化である。
上手くなりたい、というわけでもなく…。
その時々の思いを随時残していける方法をつかみたい、という常日ごろの欲望の延長に、フッと出てきたわけだけど。
やったからといって、確実に上昇できる保証もないが。
いつもの思いつきで、なんとなく、今までやってこなかったことが必要な気がしてる。
2008/01/15
微熱職場
■2007/1/29
微熱気味。
会社では、アントアネット嬢の働きっぷりが猛烈化している。
フロア内のわずかな空間を、宅急便の社員のように走り回り、全身を高速稼働させている。
休憩時間も取らずにやっている時がある。
他の追随を許さないが、遅れることも許さない。
そんな壮絶な彼女の態度。
批判も出ている。
けれど、辞めることへの責任感がそうさせているのだろうという内情を、自分は密かに知っている。
彼女の口から、事情は一切語られない。
今月末、あと数日で終わるはずなのに…。
メンバーに話すそぶりはない。
仲のいいほんの一部の人(大泉さんとか)とは、こっそり食事に行ったりしているようだけど。
自分はアントアネット嬢とは2日違いの入社で、同時期に入ったメンバーはけっこういる。
こっちは一緒に今までやってきた、連帯感みたいなものがあったのにな…。
そう思うと、簡単に呑み込め得ない寂しさがある。
豊田道倫@新宿シアターPOO
風邪ひきかけだったけど、年末の時よりはだいぶマシな感じ。
なんとか体は持ちそうだったので、ライブに行く。
新曲が多く、けっこうよかった。
心に訴え、刺さって来る音楽の全て。
荻窪で馴染みの、カレー屋に寄って帰る。
2007/12/29
年始初動
■2007/1/10
会社。
丸一日、資料のプリントアウトとホッチキス止め。
単純だが、リミットは遠慮なく迫りくる。
考える前に、ガシガシとひたすらやる。
トイレでアントアネット嬢と遭遇し、軽く年始的な挨拶。
なんとなく歯切れの悪い、表相的な返事が返ってきた。
不思議な違和感を感じつつ過ごしていると、彼女が休み時間に、転職サイトを見たり職歴シートをプリントしているのに気づいてしまう。
上司と個人的に話しあっている姿にも。
ああ、そういうことか…。
彼女が日記を公開しているアドレスをこっそり知っていたので窺うと、やはり転職に向けて動いている旨が書かれていた。
会社内の誰よりも仕事に前向きだし、鬼早の処理量と回転を誇るアントアネット嬢。
そのぶん、他人に厳しく主張も激しい人だが、確実にチームを動かしている主力メンバーである。
そして上司のお気に入りだった。
その人の年明け早々の動きには驚いた、けれども。
納得はできた。
人並み外れた向上心を持つ、彼女らしい…。
すでに新天地を見据えて、現在の場所を発とうとしている。
一日中、頭が痛かった。
休み明けで生活ペースを変えてしまったせいかもしれない。
徐々に慣らしていくしかない。
2007/12/28
幸せいっぱいの絵馬
■2007/1/7
東京に帰る日。
両親連れ立って、弟の車で駅まで送ってくれることになった。
乗ろうとして、車内の凄まじい汚れっぷりに驚く。
菓子を食べたあとのゴミやら缶ビン、パチスロの雑誌等が散乱していた。
それらをどけないと、座るスペースもない。
ちょっと乗りたくない様相だった。
学生時代に借金を作り、大学を4年の終わりに中退、以後、傍目にもロクな生活をしていない弟である。
一応、仕事を続けているだけマシだけど、相変わらずの荒れた生活がうかがわれた。
窓際に
「このまま2人で幸せいっぱいでいられますように」
と、彼女が書いたらしき絵馬が飾ってあった。
書いた彼女も飾る弟も、まだまだ向上を期待できそうな気配がない。
(だいだい帰省するたび、相手は変わってるようだけど……)
新幹線で、東京にモドリ。
同じタイミングで帰ってきた同居人と、秋葉原で合流。
家に帰って、録画していた「人志松本のすべらない話」等を見、笑い転げながら寝る。
2007/12/22
なき稼ぎ
■2007/1/5
母と2人、太宰府天満宮へ初詣に行く。
久々の福岡の街を懐かしく見ながら通る。
人出のピークは過ぎていたので、交通は思いのほかスムーズだった。
■2007/1/6
伊勢丹で同居人用の土産を買う。
帰省のたび、地元の美味いものを買って来いという。
ラーメンや明太子は飽きた、という贅沢者のための品定めは難しい。
(福岡のそれ以外の名産が思いつかんのだけど)
スポンサー(母)がいたおかげもあり、ふくちり、うにの瓶詰めをゲット。
カフェで休憩。
母に、気になっていた家の財政事情のことなど訊く。
わが家は父がニートをこじらせているので、余裕が一切がっさいない、はず。
案の定、状態はよろしくないらしかった。
できうる限り助けてやりたい、と思う半面、今の自分ではほとんど力にならない事実も。
本質的な意味合いでの”稼ぎの構造”とやらを、自分もつかむ必要がある。
同窓メンバーから連絡。
案の定、旅行を辞退したいという人が出てきた。
やはり全員の都合を合せるのは難しい。
それなら行ける人だけでやれば、という意見もあれば、皆そろってこそ意味がある、という思いも交錯する。
それらをなんとかまとめ、形と答えを作んなきゃいけないのが、今回の幹事の我。
……嗚。
2007/12/20
正常な老い
■2007/1/2
帰省。
新幹線で帰る。
久々に立つ地元。
買い物したかったので、家に向かう前にあちこち寄り道する。
ガシガシ歩く。
昔はちょっとした道のりでも、すぐに疲れていたし、面倒くさいし、寄り道なんて生活で嫌いなことベスト5に入っていたのに。
(今はベスト10内あたりに後退)
これも都会で生活ペースが変わったせいかなあ、と思う。
■2007/1/3
地元の友達と会う。
小倉駅で待ち合わせ。
学校卒業以来続いている、恒例の旅行の打ち合わせが目的である。
今回は自分が幹事なので、皆をまとめなければならない。
カフェで夕方まで話し込む。
社会人になっても、年に1回はみんなで旅行しよう。
お金を貯めて、いつか外国行こう!
そう語り合って数年。
各人の生活環境の変化、年齢、財政事情、体力……にともなって、計画はどんどん先延ばし&変更。
今では目的地も、東京観光まで落ち着いてしまった。
(自分を含め、すでに住んでるんですけど……というメンバーもいる)
それすら、全員の足並みをそろえることは難しくなってるけれど。
昼から夕方まで、店に居座って話し合い。
個々の姿勢の違いを感じつつ、一方、その中でやりくりして続けていくことの難しさも大切さも、内心モアモアッと混ざって散り散りになっていく。
夜、下関に移動。
「特攻服でのご参拝はご遠慮ください」
という張り紙が妙に安堵感を感じさせる、赤間神宮に到着。
ここで山口在住メンバーと合流。
田舎の学生時代のノリが、盛り上がってきた。
海沿いのジョリーパスタで話し合い。
最終的なスケジュール調整をし、熊本にいるメンバーの都合待ち、というところまで話を決める。
深夜12時過ぎ、友人の車に送られて帰る。
容貌も感情も、自分を含めて、なんだか皆老けたなあ、という気がした。
うすら寂しい気分。
けれど、それはしごく月並みで真っ当で、どこにでもある正常な時の流れなんだろうけれど。
2007/12/19
2006
■2006/12/30
昨夜、寝床になだれこんでから、しばらくうなされていたが、なぜか朝になったら8割方回復していた。
何だったんだろう……と思いながら、出しそびれていた年賀状制作で1日過ごす。
夜、昨日のおわびもかねて、同居人と高円寺の焼き肉屋で夕食。
■2006/12/31
1日中、大掃除。
同居人と2人、たまりに溜まった家のほこりを掃き出し。
夕方、買い出し。
いつも行っているそば専門の居酒屋で、年越しそばを買う。
いつものように、店内に客はいなかった。
料理もそこそこおいしくて、駅前で夜遅くまでやってる利便性もあるのに、こんなに知られてないなんて、もったいない……。
だからこそ穴場なんだが。
駅前の西友はうって変わって、まさに大晦日のにぎわいを見せていた。
いつも以上に魚屋の呼び声は高々。
大入りの客で店内は混みあい、師走の具合の良いテンションで、空間はむせかえっていた。
往く年の時間は、TVと年越しそばでまったりだらだらと。
これで2006年はおしまい。
2007/12/14
バッド・コンディション
■2006/12/29
体調悪し。
朝から腹痛に襲われる。
あまりない事態なので、めずらしい。
電車ではいつも立ちっぱ族だが、つらくなって今日は座ってしまった。
そんな時にかぎって、仕事は忙しい。
自分の制作したサイトがテスト公開され、校正が入ることになったので、その資料作成にかからなければいけなかった。
校正リーダーのアントアネット嬢から、おびただしい追い立てと指摘を受け、心身ともにしんどさが肥大していく。
でも、投げ出せぬ。
とにかくやり遂げよう。
自分をハイにして、ムリクリ乗り切る。
反動で、終わったときには、かなりグッタリとなった。
帰り道、たまたま途中までアントアネット嬢、大泉さんと一緒になった。
愛想を振りまく余裕もなくて、暗い顔で応対。
2人には、仕事の苛立ちから、ふてくされているように見えたかもしれない。
つらい身体を、豊田道倫@渋谷0-Nestに運ぶ。
会場に着くまでの外の寒さが、痛みとしてゾクゾクと刺さってきた。
やばい、風邪か……。
ライブは前半がゆったりモード、後半が盛り上がり状態。
しかし座っていられた前半の方が、体勢を動かせないせいか、苦しさは大きかった。
(ライブハウスの床って、たいてい硬いので、直座りだときつい時が多い気がする)
かなりしんどくなってきて、途中からうずくまって下を向いていた。
他人から見たら、ライブ中に居眠りしているような姿だったろう。
感覚はモワッとベールに包まれているようで、良し悪しの判別もできなかった。
帰りは年末の締めに焼き肉食って帰ろー、などと言っていたが、とても無理。
同居人に支えられながら帰宅する。
駅から家までの遠い道のりが、いつも以上に恨めしい。
来年は引っ越したいなあ……と、狂っていくコンディションの中で、思った。
2007/12/13
liquid sunshine
■2006/12/25
沖縄滞在3日目。
10時頃起床。
ホテルをチェックアウト後、ゆいレールに乗って、空港近くのジャスコへ向った。
自分たち用の土産には、名物より地元で日常的に食べられているものの方がいい。
そば麺やジーマミー豆腐等を買い込む。
保冷材必須なので、そのまますぐ空港に行って、クール便で送付。
本当は昼の桜坂で、昨夜のバーのマスターに教えてもらったお店に行ってみたかった。
残念ながら、雨がだいぶ降っていたので断念。
けれども買い物が終わった頃には、雲の切れ間からぽつぽつと、光が地上に射し降りていた。
この地特有の、晴れわたりながらも雨が降りそそぐ、美しい光景が広がっていた。
この瞬間を、なにひとつ留めることも伝えることも、この小さな紙切れの記録だけではできない。
悔しさをともなった個人の落ち込みも、沖縄の海は簡単に飲みこんでしまう。
空港のそば屋で昼食。
天候の影響で時間がだいぶ空いてしまったので、予定を早め、15時の飛行機で帰る。
2007/12/12
南の島の雨やイヴ
■2006/12/24
朝。
昨日の疲れと残り酒、そして空腹で、かなりダウナーなモード。
多少の回復を待って、昼過ぎに動き始めた。
公設市場で沖縄そばを食べる。
その後バスに乗り込み、北へ向かった。
海沿いの街で降りた。
まばゆい日差しの照りに、帽子を持ってこなかったことを後悔しながら、同居人について回る。
海や晴れわたる空。
南国の珍しい自然が目を引く。
しかしやはりそちらに同居人の興味は無いよう。
壊れた倉庫や、寂れたカフェなどを盛んに撮っていた。
自分はビーチの彼方に重たく整えられた新興住宅地と、すぐそばの廃れた風景との対比を、ただぼんやりと眺めていた。
地元のハンバーガーショップで休憩後、バスでふたたび那覇市内に戻る。
路線を間違えて、途中で降りたついでに、AWバーガーでも飲食。
ホテルに戻ったときには、かなり疲弊が溜まっていた。
数時間の休憩後、夕食のため身体を起こす。
行きずりの小料理屋で黙々と食事。
外は雨がかなり降っていた。
その中でも変わらず、写真を撮り続けている同居人の後に続く。
昨夜同様、桜坂まで来て、バーにふらりと入る。
島ならではの広さと、豪奢なインテリアで飾られたそこは悪天候のせいか、イブでも他に客はいなかった。
その分、非常に贅沢な時間を過ごせた。
大音量でかかるクラシックから戸川純、フォークソング、UA等を聴きながら、ゆっくりまったり。
マスターの女性が地元のおすすめの店やイベント、好物の"ばくだん"について教えてくれたりして、興味深くきいた。
雨模様、沖縄……一般的なイメージとはちょっと違うけど、こんなクリスマス・イブも、なかなか乙かも。
帰りはさすがに徒歩はつらく、タクシーで帰った。
2007/12/09
沖縄時間
■2006/12/23
沖縄に行く。
写真に集中出来る時間と空間を求めているらしい、同居人の希望に同行する形で。
昼に家を出る。
羽田でチェックインと昼食を済ませたりして、16時頃、離陸。
飛行機の中で本を読んだり眠ったりしている間に、沖縄に着く。
ゆいレールに揺られ、予約したホテルに向かう。
チェックインを終え荷物を置くと、本格的に街を歩き始めた。
モノレールに沿って、数駅の道を歩く。
あたりはすでに薄暗い。
夜に包まれつつある沖縄を、同居人は撮りまくる。
いつもより、シャッターを切る頻度が多い。
琴線に触れるものに、恵まれているせいもあるだろう。
が、今回は特に"数"を意識してるようだ。
目当てのお店にいくと、客が多く、しばらく待つことになった。
外の椅子に腰かけ、ゆるりと流れる沖縄の時間に身をひたす。
そばでおじさんが、三味線を鳴らしていた。
「来年は東京の丸の内に出店するんだー」
といった話が聞こえてくる。
足取りのおぼつかない老犬が、ふらつきながら歩を進めている。
街猫もしばしば見かける。
順番が来て店のなかに通されると、久々のジーマミー豆腐つつきながら、座敷で足を伸ばした。
夕食後、夜の沖縄をぐるぐると。
2時間近く歩いた。
住宅街をわざわざ探索する観光客も地元の人も、当然いない。
静かだ。
相変わらず、同居人はシャッターを切りとばしていく。
店じまいした後の、まとめられた廃物。
干しっぱなしの雑巾。
色あせたポスター類。
昼の様々を残したままの公園。
時には人の家の庭にひっそりと不法侵入お邪魔して、捨てられた鉄くずなどを撮っていた。
桜坂の隠れ家的バーで、休憩がてら飲む。
さらに近くのつけ麺屋で、満足満足。
モドリはさすがに徒歩の気力なく、タクシーで帰った。
2007/11/09
やさぐれ後退
■2006/12/16
友人のマサキ君と吉祥寺で飲み。
前会ったときは会社に忙殺されていた時期、かなりくたびれた様子の彼だったが、以前よりやさぐれ度も後退していた。
忙しさは相変わらずだけど、仕事を変え、それにやりがいを感じているようだった。
夜中1時頃、タクシーで自宅最寄り駅までモドリ。
飲み中心で、まだ軽くお腹が空いていたので、洋食屋に入ってオムライスとチキンを食べた。
おじさんが一人で切り盛りしていた。
なかなか美味であった。
2007/11/08
TOKYOブックス紀行
■2006/12/8-9
山口の友人Uさんが、仕事の出張で上京してきたので会う。
某書店に勤めているUさんの目的は、東京の本屋めぐりをすること。
(ただし彼女の好きなジャンルは、かなりマニアックなオタク寄り)
事前に行きたいとこある?と訊くと、
「亀有、豊洲、神保町、東京」
という、見事にバラバラな答えが返ってきた。
たぶん回りきれないから、じっくり楽しむためにも絞った方がいいんじゃない?と促すが、
「でも行く」
と言う。
遠いところからやって来る、彼女の希望を優先するのが大事なので、付き合う覚悟を決める。
<1日目>
仕事帰り、神田で待ち合わせ。
ゴットリとイルミネーションが飾りたてられた東京駅で降り、丸の内オアゾの丸善に行く。
デカい本屋自体、入るのは久しぶり。
まして流行の本はほぼ網羅している、本の虫の彼女に会うたび、もっと本を読まなきゃだなあと思う。
先日、アウトプットの足りなさを嘆いたけど、インプットの量不足も深刻たるもの。
アウトプットを偏重しても、インプットに焦ってもマズイ。
限られた人生、どうバランスをとって生きるかも課題。
彼女が熱心に店の配置やらポップやら新刊、溺愛している甥っ子用の絵本をチェックしている間、自分は画集や音楽雑誌などをめくっていた。
ひと通り回って戻ってきた彼女は、自分を見るなり、
「相変わらずそんなのばっか見てんの? 芸術とかって分からんわー」
Uさんは音楽や絵画にはまったく興味がない。
自分とは趣味嗜好が全然違う。
時々、彼女と友達縁が続いてるのを、不思議に思ってしまう。
(でも、こっちも解ってるんじゃないんだよ、感じるだけ)
食事も休憩もすべて同ビル内で済んだので、初日はわりと楽なスケジュールで進んだ。
<2日目>
早朝の飯田橋で待ち合わせ。
神保町に行く。
時間が早すぎて、ほとんどの店が閉まっていたので失敗した。
彼女の一番行きたがっていた、古いビルの書店も開いておらず、断念。
(行けば自分など、どこに目をやってよいやらわからんジャンルのとこだったので、内心ちょっとホッとしたけど)
ららぽーと豊洲へ行く。
新興マンションの立ち並ぶなか、スーパー、アパレル、レストラン、映画館などが一体化した、わかりやすい複合施設。
ここの紀伊國屋書店を見学。
彼女はキッザニアにも行きたがったけど、予約も子供も当然ないのでアウト。
「今度は甥っ子と来る!」
と息まいていた。
昼食に食べたインドカレーは、辛いもの嫌いな自分には少々つらかったけど、さわやかであっさりした口あたりがおいしく、けっこう良かった。
雨が強くなる中、亀有へ行く。
ここのブックスキディランドが目的。
なかなか探し当てられず、けっこう歩き回ってしまった。
Uさんの帰りの飛行機の時間が迫っており、かなり焦る。
ようやく着いたときにはタイムリミット。
滞在時間は5分で終了。
バタバタの駆け足で、駅に舞い戻った。
常磐線から山手線に乗り換え、浜松町まで送っていった。
ヒールで1日歩きづめ、その後も飛行機に乗るまで走りっ放しとなってしまったUさん。
案内役として、自分ははなはだ段取り悪く、申し訳なかった。
それでも帰ったあと、とりあえず目的地は全部回った達成感で、おおむね満足した様子の彼女からメールが届く。
少し安心した。
自分も、こんなことでもなければ行かないような場所ばかりだったし、けっこう面白い体験であった。
2007/11/07
new window
■2006/12/3
誕生日が迫ってきたので、同居人が予約したイタリアンレストランに連れて行ってくれた。
昨年も同じ店だったけど、ここの釜焼きピザはわりと美味しく、店の豪奢すぎない雰囲気も合っている。
今年あったこと、来年はどうしたい……とか、そういうことを話す。
今年は仕事を変えたことが、大きな変動。
ボコボコ大小のライブに行きまくれたことも、幸いだった。
グンと恵まれた環境になったと思う。
一方、外側はいろいろ変わったけれど、自分の内から外への提示は、相変わらず出来ていない。
くすぶり、不全感を抱えたまま。
来年は新しい窓を一枚でいい、見つけ開きたい。
帰り道は木枯らしが強く、吹き荒れていた。
鋭利な寒さに身を縮めながら、暗い街を歩いた。
■2006/12/4
同居人が腕を振るって美味しい料理で祝ってくれた。
思わぬうれしいメッセージをいくつかもらい、至福をかみしめた。
2007/11/06
クオンティティ
■2006/11/25
豊田道倫@新宿シアターPOO
毎月のように行われるこの集会ライブも、来年は本数をセーブするという。
いつものように、本人は冗談とも本気ともつかない調子で話すので、本当なのかどうかはわからないけど。
今年のライブ中心の活動は、彼にとって強靭な血肉になっただろう。
黙々とひとつのことを続ける。
一回ずつ重ねていく量稽古。
ただそれだけのことが、継続の果てに厖大な力になる。
音楽のみならず。
帰りに、このところ足の向かなかった方の居酒屋に、あえて行く。
相変わらず寒いのと、有線でたれ流しのJ-POPは覚悟の上として、騒ぐ学生客との遭遇率の高さには辟易する。
やっぱりやめとけば良かった……と思いつつ帰る。
2007/11/05
君想フ雨ノ
■2006/11/19
古明地洋哉@青山月見ル君想フ
大きな月の装飾が印象的な会場。
久々のライブ。
一聴して驚いたのが、コメイジ氏の声が、以前とまるで変わっていたこと。
単に声量が増えたこともあるのだろうけど。
歌唱の修飾感が消えて、パフォーマンスも以前よりずいぶん自然に、しなやかになったと思う。
力強さも熱さも増した。
経験値の蓄え、持続しているゆえに見えてきたもの。
地道な日々の繰り返しのなかで、着実に彼なりに、手に入れているものがあると感じた。
dcbさんにも久々会えた。
相変わらず細い体に軽やかな服装。
本当は体調が良くなかったみたいだけど、そんな様子はちっとも見せず、高雅に立つ三日月のような存在感のまま、くるくると動いていた。
ライブ後、雨模様でいろいろな色彩の濡れ混じる青山に、想いを反射させながら帰る。
2007/10/24
ひぐらし
■2006/11/5
日暮里へ行く。
昨日に引き続き、同居人の写真撮影にくっついて。
神田と違って、日暮里はまだ工事中途の、出来上がっていない建物が多かった。
それが同居人には、かえってよかったよう。
昨日より俄然やる気の構えで、シャッターを切っていた。
途中のモスバーガーで小1時間休憩。
この数日、自分はただ同居人だけを追って撮って、それ以外はひたすら歩き回っただけだけど。
まあいいか。
秋葉に行き、ヨドバシとタワレコに寄り道。
ストリート・アイドル(呼び名が分からない……)に合わせ、彼女たちよりもはるかにキレよく、完ぺきな振り付けを披露している男性ファンたちを鑑賞。
TVでしか見たことない光景を生で体験できて、ちょっとうれしかった。
2007/10/23
SHOOT SHOOTER
■2006/11/3
西荻へ行く。
買い物をしながら、シャッターを切る同居人。
そんな同居人を撮る自分。
知り合いの花屋へ寄る。
看板犬の葉っぱちゃんは、ひっきりなしに部屋を走り回っていた子犬の頃よりは、だいぶ落ち着きが出てきていた。
もう成人(犬)なのかな、大きさは予想より変わってなかったけど。
それでも大きな犬が店に来ると、全速力で奥へ走りこんだりする姿が可愛らしかった。
■2006/11/4
同居人の撮影に同行し、神田に出かける。
オフィスと飲み屋以外、目立つ表情のない街。
夜の神田をひとしきり行き来しながら、寂れたビルや川辺りを、同居人は黙々と撮り続けていく。
その姿を追いかけ、写真を撮っている彼自体を、カメラに収め続ける自分。
ただ付いていくだけでは手持ちぶたさだし。
こういう時間を、自分なりに何かしらの形で残したいと、いつもながら思うので。
それでも写真という方法は、自分にはやっぱりムズく、かつシックリこないなあ、と思う。
同居人というそばにいるプロと比べるので、なおさらかもしれないけど。
しかし、では自分には何ができるのかというと、今だに方法を見つけられずにいる。
もどかしい。
たまにすれ違う人々は、何ひとつ目新しいものなどない光景にわざわざ焦点を合わせている同居人と、それを後ろで撮っている自分を、訝しそうにチラ見していた。
2007/10/21
他人事
■2006/11/2
宮様がいなくなって以降、掘れば出てくる残務の山に、阿鼻叫喚しながら。
職場はまた、新しい流れを形成しつつある。
宮様の一件で、一時は落ち込んでいた大泉さんも、だいぶ落ち着いた様子。
それはアントアネット嬢と仲良くなったことが、大きな一因になっているようだ。
大泉さんを目立って励ましたのが、アントアネット嬢。
二人ともリーダーという同じ立場なこともあって、急接近した模様。
同時にアントアネット嬢は、教えていた自分とは、あまり口をきいてくれなくなった。
こっちより大泉さんの方が仕事はできるし、教え方もうまい。
信頼に足る方にいくのは、当たり前であろう。
なんとなく釈然としないながら、一方ホッとした部分も。
はっきり物を言うアントアネット嬢に正直、苦手意識を持っていた自分。
まして人を教えることのプレッシャーに、おののいていてばかりだった。
これで、指導係から解放される……。
己のヘタレっぷりを克服するよりも、相変わらず安易な安心に乗っかってしまってるなあ……と書きながら他人事のように思う。
2007/10/20
Rock! Rock!
■2006/11/1
Smoosh@渋谷O-Nest 2日目
いつものように会場へ行く途中で、買った食べ物を流し込みながらダッシュ。
客の盛り上がりはさほどでもなかったが、姉妹の方はだいぶ雰囲気にも慣れたのか、昨日より笑顔が多かった。
Asyaはスタッフに細かく指示しながら、曲が終わるごと後ろを振り返り、妹と目を見合わせながらタイミングをはかっていく。
Chloeの方もじっと姉をうかがいつつ、しっかりと息を合わせる。
その姿がとてもいじらしい。
Asyaのしなやかな指からあふれ弾き出される音が、会場を包む。
強いて難を言えば、ドラムとキーボードのみの編成に、聴きやすい……単純なメロディが乗せられている曲が多く、淡泊な印象も免れないというところか。
自分のノイズで、勝手にベースやギターを添えた音に変換して聴いてしまう。
以後、加入予定の妹たちも含めて、早くアンサンブルで聴いてみたい。
ただ、この音数だから保たれる緊張感の存在も拭えないけれど。
いずれ「大人顔負けの」という代名詞も使えなくなる。
以後フツーになってしまう可能性も、大いにあるけど。
彼女たちの足元に置かれたセットリストの「Rock!」と書かれている文字を見ながら、ぜひともこのピュアなままに、伸びやかに成長していってほしい……と思う。
体調が良くなかったので、Smoothが終わるとすぐ帰ることにした。
バーのあるフロアに上がると、出口のエレベーターで、スタッフに送られながら帰る姉妹と遭遇。
そのまま、ファンに囲まれて写真を撮られているところから、道玄坂を降りてタクシーに乗り込むところまで、こっそり後を追いながら見守っていた。
お母さんと三つ編みの妹の姿も見えた。
次に会えるのはいつかしら……。
しんみりした気持ちで、喧騒の渋谷をトボトボ歩いた。
ライブが終わった後はいつも、わけの分からない空白感に襲われるのは何故だろう。
2007/10/18
The Girls Like Electric
■2006/10/31
Smoosh@渋谷O-Nest 1日目
若干、体力セーブ気味で行く。
目当てのバンド、Smooth.
イベントのメインとはいえ、登場は法に基づいて、早い時間の2番目だった。
すでにこちらの身長など、とっくに越えている姉妹。
ぱっと見、17、8歳くらいにも見える。
お姉さんのAsyaは、もう大人の表情も備えていた。
しかし長すぎるほど伸びた手足は、勝手に成長していく体にはまだついていけていない、少女の違和感を表しているようにも思えた。
子供バンドにありがちなキャンキャンしたところもなく、憂いを内包した歌声は、思春期のリアルな感性を、聴く者に投げかけてくる。
演奏は突出して巧いわけではないけれど、ちょっと緊張している様子が、かえって初々しく微笑ましい。
一方、時々姉妹で目を見合わせて、ニコニコ笑いあうのも印象的。
左右前後の客は「可愛いー、可愛いー」と皆いちいち一様に口にする。
いや、可愛いって言いだしたら、この姉妹に関してはキリないから!
それくらい本当に可愛くて、スター性は十分であった。
「ワンモア・ソング!」をコールする客の願いに応えられることはなく、アンコールは行われないまま、ライブは終わった。
やはり時間厳守。
ちなみにステージ袖口には、ぴょこんとはねた三つ編みがまたもや可愛らしい、小さな妹の姿も。
「おお、あれが未来のベーシスト!(現在8歳)」
ちょっとおまけ的な感動があった。
その他、Karenは予備知識がなかったので、ギター弾いてる青年がまあまあかな……と現場でぼんやり見ていて、木下君とはまったく気づけなかった。
ベースがエフェクター多重使いで、スペイシーかつ肉厚なサウンドが印象的なavengers in sci-fiも、わりと耳に残った。
個人的にはシンプルな音を、鍛錬された手裁きで聴かせてくれる方が好きだけど。
終わった後は即行帰宅。
2007/10/16
塔
■2006/10/29
東京タワーに行く。
某レコードのジャケットに同居人が写真を提供することになり、その撮影に付き合って。
始め、同居人は出かけることにあまり気乗りしない様子だった。
企画はいろいろ意に沿わない部分も多いらしい。
自発的なモチベーションが薄いと、他人から見れば恵まれた仕事でも、すぐにやる気を失くしてしまうのは、同居人らしいところ。
それでも仕事云々は置いといて、アウトプットと機会は多い方が良いというのは、自分も彼も共通して承知していること。
促して一緒に出かけた。
昼間の東京タワーには行ったことがあったが、夜は初めて。
電球で包まれたそれは、光の塔と化していた。
中はカップルだらけ。
シチュエーションがお決まりすぎて、自分だったら萎える……と思いつつ歩く。
(そもそも、そんな機会はないけど……)
広大で、美しさなどいくらでもあふれた夜景の中から、しかし己にしか拾い得ない視点を見つけるのに、同居人は苦労していた。
ポストカードで売られてそうな、ただきれいなだけの夜景写真など面白くない。
そんな風にむしろ対峙するような姿勢で、ガラスの外の空間へカメラを構えている同居人の背中を見ながら、自分はそんな彼の姿を捉え、収め続けた。
2007/10/15
自殺しなかった芥川龍之介
■2006/10/28
豊田道倫@新宿シアターPOO 2日目
昨日より客は多かった。
今日のゲストは評論家の一條和彦氏。
「豊田道倫は自殺しなかった芥川龍之介」
「(オフィシャルサイトの)日記は彼の遺書」
インパクトある表現を使いながら、文筆家らしく、実にうまく客の心に引っかける言葉を放つ。
見た目は人が良く、穏やかそう。
しかし中身はやはり、ヤバそうな匂いを感じさせる人だった。
(いい意味で)
豊田道倫自身は、めずらしく歌詞や演奏をトチる場面もあったが、新曲も多く、よいライブであった。
ライブ後は、自宅の最寄り駅近く、地下にある居酒屋へ。
地下、という一見分かりにくい場所柄のせいか、いつも人が少ない。
その分、落ちついて過ごせる場所でもある。
真夜中まで開いているので、ライブが終わってからでも行ける、貴重な店でもある。
唸るほど料理が美味しい、というわけではないけど、もともとは蕎麦屋で、名物の板蕎麦はけっこう美味しい。
あと、どこかうらぶれた雰囲気を持つこの店で、日本酒をちびちび飲むというシチュエーションが、自分にはしっくりくるのである。
もう、いろいろと後悔を重ねるのがおっくうなのと、冒険心を失いつつあるので、深酒することはあまりないけれども。
2007/10/14
Rockself
■2006/10/27
豊田道倫@新宿シアターpoo
客は20人強と少なめ。
ゲストは関西で某音楽フリーペーパーをハンドメイドしている編集長。
大汗をかき、フウフウ息継ぎしながらのライブ。
ギターの弦が途中切れると、演奏を中断して、あたふたしながら客の前で張替えする。
かなりの天然キャラだった。
そういう人を愛する傾向を持つのが、豊田道倫なのだろう。
その後に演った豊田氏は、今日ばかりはめちゃめちゃプロに見えた。
すごい、この人はこんなに上手い人だったんだ!と思わず錯覚することが出来た。
(いや、ギターと曲作りはもともと文句なく上手い人なんだけど)
大きなステージではあり得ない、味のある楽しいライブだった。
2007/10/13
轟音の秋
■2006/10/22
RAW LIFE '06 2日目
回復した同居人とともに、会場に行く。
ノアさん、ピコさん夫婦とも無事に合流できた。
さすがにノアさんは昨日の勢いはなく、毛布にくるまって座り込んでいた。
それでも同居人とビールで乾杯はするのであるが。
着いて真っ先に見たのはZAZEN BOYS.
RAW LIFEだと、わりとメジャーすぎて浮いてる感もあったけど。
今回は穏やかに後ろで見守っていよう……と思いつつ、気がつくと前で男達と踊り狂っている自分。
約30分ずつの、短くも濃縮された各ステージ。
イルリメ、ECD、にせんねんもんだいと、大いに堪能した。
ステージ後、一人でフェスを回っている向井も目撃できたし、キャッチボールで遊んでいる松下敦とカシオマンの姿も見れた。
(ボールが途中、自分の方に転がってきたけど、面と向き合う勇気はないので、とりあえずダッシュして逃げた……)
夜、少し雨が降ったものの、土埃が押えられて、かえってちょうどよかった。
ゆったりめにとられた空間で、心地よい轟音とノイズとともに、過ぎ行く秋の日を送った。
2007/10/12
埋立地フェスにて
■2006/10/21
RAW LIFE '06 1日目
昨日から体調悪く、仕事もあったため結局、同居人は参加できず。
1人で出かける。
途中、ノアさんからワインの差し入れ願いが来たので、リュックにボトルを放り込んで、会場入り。
今年のRAW LIFEは@新木場空き地。
客の入りが増えて、屋台も充実。
学祭のようなノリと、ピースフル感満載。
良くも悪くも、成熟した趣があった。
閉塞し、物資もスペースも空気も不足していた、去年の気違いパーティとは大違いである。
環境的には良くなったが、正直、他フェスとの差異がなくなり、面白味に欠けた感もあった。
興行的には成功と言えるんだろうが。
インディーズのアーティストばかりの出演。
知らない人も多かったが、気にいった音が拾えれば、飛び込んでいける。
途中、ノアさん、ピコさん夫婦と合流。
ワインのボトルを抱えたまま、踊りまくるノアさん。
気になる音楽があると、すぐに最前線に走るピコさん。
2人とも楽しんでくれているようで安心した。
某女性パフォーマーのステージを見ようと最前列で待っていると、目の前で待機していた女性カメラマンが、私好みの美人さんだったので、じっと見ていた。
すると向うもこちらをジーッと見てくる。
ん?やけにまっすぐ視線を投げてくるなあ……と思ったら、近寄って来て、
「Oさん(同居人)さんと一緒にいた方、ですよね?」
そう言われてはたと思い出すに、先日の二階堂和美のライブの際もカメラを回していて、同居人から紹介されたM島さんであった。
M島さんは同居人の取引先の人。
それは音楽とは関係ないところでのつながりなんだけど、ライブやPV撮影も手掛けるM島さんと、同居人はすぐに話が合ったらしい。
それで先日、彼女の撮影していたライブにたまたま2人で行った時に出会い、紹介されたのだった。
自分のことを覚えていて下さったらしい。
出会いの輪廻は本当に面白い。
砂埃立つ、埋め立て地でのフェス。
それはどこか、エゾロックの風景を思い起こさせるものがあった。
ギターウルフの途中で抜けて、帰ることにした。
見ると、空になったワインボトルを下げて、ヘベレケ状態のノア氏。
え、1本全部いっちゃったの?大丈夫か??という心配のもと(当然、ビールやら他の酒も入っていた)、果たして大丈夫でなかったノアさんは、身体ぐったりグダグダ。
でも顔はニヤケっぱなしの、非常に危険な状態であった。
ピコさんが促して電車の座席に座らせるも、左右にブレまくるので、近くの乗客はかなり怪訝そうな顔をしていた。
折しもディズニー帰りの客とガチり、車内も混雑。
わー、やだなあ……と思いつつも、RAW LIFE帰りの客の方が、奇抜な格好をした者も多く、奇異な珍客なんだろうけど。
先に電車を降りて、2人とお別れ。
ノアさんをかいがいしく介抱するピコさんの、良き奥さんとしての印象が、しみじみと胸に残った。
その後のノアさんの悲劇を、翌日聞くことにはなるのだけど……。
2007/10/11
ロウ・ライフ
■2006/10/18
友人のノアさん、ピコさんと吉祥寺で飲む。
今年のRaw Lifeに一緒に行こう、と話していたのだが、開催日間近になっても詳細が何も発表されず、不安になったノアさんから経験者の同居人と自分に、緊急召集のメールが来た次第。
手作り感あるRaw Lifeのこと、詳細が出ないというより、主催者側でも何も決まっていないんじゃないかと思われた。
そこが他の大規模フェスと違う、Raw Lifeのおもしろいところではあるんだけど。
(代わりに大怪我することも多いが)
打ち合わせといっても結局、情報がないので何も決まらず。
しかし楽しく飲めたので、これはこれで良し。
■2006/10/20
昨日から同居人の体調悪し。
昼間、会社から電話してみると、非常に弱々しい声。
心配だったので今日は早めに仕事を切り上げて帰った。
グッタリしていた。
明日、一緒にRaw Life行けるかな。
2007/10/10
Fiona Apple
■2007/10/14
Fiona Apple@東京国際フォーラム 2日目
今日でまたしばらく、生のFionaを見られなくなる。
NYのでのライブもいつか行きたいけれど、これが生涯最後かもしれない、という覚悟を持つようにして、会場に臨んだ。
今日のFionaは疲れもあるのか、昨日より声が出ていない気がした。
それでも命を振り絞るような、凄まじい歌いっぷりは変わらず。
若干の機材トラブルもあったが動じず、パフォーマンスを遂行していた。
アンコールでなかなか現れず、ふたたびステージに立ったときには、泣きはらした顔で登場したので、少し心配したが。
最後はスタンディングオベーションが起きたほど、日本のファンに大きな感動をもたらした、来日公演締めくくりとなったのであった。
割れるような拍手の鳴動のなか、すぐに舞台袖へ踵を返していった彼女の残像は、いつまでも留めておきたい、という未練むなしく、すぐに消えてしまった。
また行きたい、と願い続けてきたFionaのライブ。
念願叶ってその壮絶なステージを体験できて、多くの人がそうだったように、自分も大きく強く力づけられた。
それはまた、「生きる」ということに、否応なく向き合う時間でもあった。
出会うべき音楽に出会えるということは、なんと恵まれたことなのだろう。
今後も愛しい音を聴いていける幸せを肝に刻みながら、自分の1日1日をもっと大切にして生きなければいけない、と思った。
大好きなFiona Apple、美しい音楽をありがとう。
2007/10/08
破れたストッキングのまま
■2006/10/13
Fiona Apple@東京国際フォーラム
有楽町はすっかり秋の装い。
その中を、場違いな白い服を着て、会場に向かって歩く。
全身全霊でパフォーマンスするFionaを眼前に見上げながら、こちらはじっとおとなしく、座りこけての観賞。
とても不自然に感じた。
一方、彼女のストッキングが破れたままになっていて、それをいっこうに気にする様子もない、相変わらずな彼女の気性に、ちょっと笑みもこぼれた。
多少期待したセットリストは名古屋、大阪と変わらず。
1時間半弱でライブは終了した。
2007/10/05
この世界が今しばらく続きますように
■2006/10/10
Fiona Apple@名古屋クアトロ
会社を休み、昼前に出発。
名古屋に着くと、すぐに会場近くまで移動し、場所を確認。
その後、同居人希望のみそカツ屋へ行く。
甘く濃いタレを堪能した。
開場までだいぶ時間があったので、カフェで休憩して時を潰す。
早くもヒマを持て余し出した同居人は、移動の疲れも出てかなり眠そう。
自分は、6年来待ち続けていたライブを前に、じれったい時の流れ具合に焦ったり、ファンのデモ活動が起きたほど、これまで音楽業界から隠遁していた彼女が、本当にこの先の現実に現れるのか不安だったり(Fionaの Appleのライブ途中中断、ドタキャンは有名である)、気持ち大いに高ぶりそうになっていた。
しかし全身全霊で彼女の音楽を聴きたい、そのために今日ばかりはライブ以外は余計な体力と精魂を消費したくない、と、あらゆる感覚をなるべく伏し、控えるようにしていた。
開場時間が近づいて、ふたたび会場へ。
列に並んで待っていると、リハーサルで「Way Things Are」を熱唱しているFionaの歌声がはっきりと聞こえてきた。
全身の血肉が凝固。
来日決定を聞いてもどこか夢の中のことのようで、この耳で聴くまでは、確信してしまってはいけないような気がしていた。
でも実際に音を聴いてしまって、うわー、本当に6年ぶりに生で彼女の歌が聴けるんだ、と一気に緊張が走った。
しかし、イヤイヤ、本番で披露されるパフォーマンスこそが本来なわけだから、ここで盛り上がるのはダメなんだッ、とうっかり怒膨した感情をあわててなだめにかかる。
一人で勝手葛藤していた。
実際にライブが始まると、むしろ不思議と冷静に立ち返って、彼女の音楽に向き合うことができた。
Fiona Appleは音楽的追求をするタイプではない。
初めて見る人には衝撃かもしれないが、これまでと比べて、頂点を超えた、広がりのあるパフォーマンスとは思えなかった。
しかしその不器用で無骨とも思える真っ直ぐさが、彼女の魅力でもある。
そして、生で彼女の聴く音楽は、やはり美しかった。
詳細な感想はとても日記枠には収まらないので、別途まとめてしまっておく。
6年前のあらゆる混乱と失敗、夢中、渇望、喜びとともに、必死に聴いた。
ライブは1時間ほどで終了。
新幹線の時間があるので、すぐに会場を後にする。
帰りの車内、マンガを読んだりDSをやっている同居人の横で(そういや、この人と初めて会ったのも、6年前のFionaのライブの時だった)、自分は壮絶なライブ後を到底切り替えられないまま、黙って車窓に見入ってばかりいた。
これから数日間続く、動揺と抑揚。
その合間を、ロール運動しながら自分は飛行していくことになるだろう。
(墜落する可能性もあるが)
幾度も唾棄し諦念したこの世界は、皮肉にも面白く。
今しばらく続くようにと、甘えた祈りを抱いた。
2007/09/21
阿佐ヶ谷のかおる集会
■2006/10/8
キャロライン(仮)の会@阿佐ヶ谷ピッキーヌ
以前、同居人と行って以来お気に入りの、タイ料理店に集合。
店が普通のアパートの2階にあり、人の家にご飯食べに来てる感覚になれるのがおもしろい。
待ち合わせに遅れ、携帯電話も忘れて連絡つかず、場所も知らなかったのに、見事店を探しあてて現れたロキさんの第六感に感服。
2軒目は小さなバーで。
男性マスターにちょいちょいソフトタッチされまくっていたロキさんに、またもや笑みがこぼれた。
「いいねー阿佐ヶ谷住みたいねー」と同居人と言いながら、久々に友人たちと楽しく飲めた夜に、たらふく満足して帰る
2007/09/19
ぜったい言わない
■2006/10/7
同居人とケンカした。
我々は普段、争うことはほとんどない。
でも物分かれたときも、口論したり手を出したりしないので、すべてが暗黙のうちに始まり、進む。
起点はたいていこちらだが。
今回も、自分が先に腹を立てたのが始まりだった。
私は相手に思うことがあっても、一切言葉で言わない。
「言ったら終わり」な言い方しか出来ないから。
争うこと自体も面倒くさいし。
あと、言ったら負け、言われなくても解れよ、というひねくれた性根の持ち主なので。
いつものように黙ってムカつきオーラだけ出していたら、相手も逆ギレしたらしく、互いに口をきかないまま、1日が過ぎた。
だいたい、2人とも翌日には回復してるけど。
そうやってやり過ごしていくのも、あんまし良くないかなあ、という気がする。
でもやっぱり、ぜったい言わないけど。
2007/09/15
六本木カーニバルの夜
■2006/10/1
七尾旅人・二階堂和美・トクマルシューゴ@六本木SuperDeluxe
何やらセッティングに手間取ったらしく、1時間以上遅れての開場。
待つことが嫌いな同居人は半ギレ状態で、それをなだめたり、あやしたりしつつ。
トップの七尾旅人。
ポロ、ポロンと弦をはじきながら、歌よりもつぎはぎのMCと語りが延々と続く。
説法を聞くような感覚。
抑揚もないので正直、ファンでなければライブとしては絶望的につまらない。
「キツイな〜」
とつぶやく客。
寝る人、席を外す人続出。
「アーティストとして終わってる」
「二度とライブは見たくない」
いつにもまして、辛辣な同居人の酷評。
自分もグッと心が震えたのは、ワンフレーズだけの「コナツ最後の日々」のみで。
なんだか悲しかった。
イメージの力と音楽を信じきって、七尾君は天空高く昇っているのだが、客は取り残されまったくついていけない。
七尾君の描く物語の弧線を見上げるのではなくて、彼自身の背に乗り共に飛び、羽ばたき鳴きたいのに。
ただ、彼のなかに芽生えつつある天文図の一端が予感できたところもあり。
それがどんどん拡大していって、ますますついていけなくなるのか、呑みこまれてメタ打ちされてしまうのか。
よい意味で不安、不安、期待。
七尾君で会場のムードがアレだった分、今ノリにノってる二階堂和美のライブは大いに盛り上がった。
分かりやすく旬な人のパフォーマンス。
彼女もまたひとつの頂点は達したと思うので、次の展開に注目していきたい人である。
トクマルシューゴ。
まだまだ未熟な部分は多いが、これから伸びるであろう若い芽の勢い。
端正なルックスのせいか、やたら女性ファンが多かったが。
自然に人が集まり協賛する、不思議な祝福にあふれた音楽だった。
見事に違う個性の三者による、六本木カーニバルの夜。
さまざまな想いが去来しては、音楽に抱かれ、とけていった。
2007/09/12
Like a Melted Ice-Cream
■2006/9/30
中野へ行く。
部屋の契約のため、不動産屋へ赴いて以来である。
中古CD屋を漁り、中野ブロードウェイで8段ソフトクリームをなめ、ボケっとベンチで休憩したりする。
昨日の宮様の件に、休日も心はまだ引きずられており、時々、同居人にグチる。
いつものことなので、彼はテキトーに聞き流してくれていた。
2007/09/10
焼け野原
■2006/9/29
宮様が会社から消えた。
朝、職場の席に着くと、隣の宮様の机の上は書類や資料の本が乱雑に散らばり、残され
ていた。
それを見た瞬間、すべてを悟った。
「昨日付けで退職になりました」
上司から簡単な形だけの発表があった。
おそらく、昨日自分が帰った後、なにか「嵐」があったのだろう。
皆、一様に口を閉ざしたまま、かつてない重苦しい空気が流れていた。
「何があったか」きく勇気はなかった。
グリーン氏が宮様の机の上を片づけ始めた。
「こんなの残飯処理だよ……クソッ」
書類をごみ箱に投げ捨てながら吐いているそれは、普段やさしい彼の口調ではとてもなかった。
その後、ヒソヒソと聞こえてきた噂をつなげると、起こった出来事を多少知ることはでき
た。
クビになったショックでおかしくなった宮様は最後、異常な被害者モードに入ってしまっ
た模様。
上司に
「グリーン氏や大泉さんにイジメを受けた」
と、いきなり事実無根な話を訴えにきたらしい。
しかも大泉さんには
「あなたのせいで辞めさせられる」
といった、非難のメールを送りつけたらしかった。
大泉さんは今まで誰よりも、宮様の世話を焼いてあげていた人。
むしろ宮様のほうがベッタリ寄りかかっていて、目に余るほどだった。
大泉さんはわきまえた人なので、感情で言動を左右することはほとんどない。
が、今日ばかりは相当落ち込んでいるのがわかった。
親切にしていた人からこんな仕打ちを受けたのだから、当然である。
宮様が残したこの結果には、残念というかガッカリだった。
彼女がいるだけで職場の雰囲気は明るかった。
皆、彼女と接するのが楽しく、好きだった。
職場なんか変わったって、仲良くしていられることはいくらだって出来たのに。
チーム全体が、そんな失望感に満ちていた。
職場の終わり方ひとつとっても、人間性は表れる。
やむを得ない事情の人や病気の人は仕方ないとして、そうでないのにいい歳して最後をきちんと終えられないのは、見ていて気持ちのいいものじゃない。
宮様みたいな個性的(というか特異)なタイプの人は、もちろんその感性は貴重なんだけれども、一方、自分の世界だけで凝り固まっている場合が多い。
その世界が揺らぐと、途端にもろくなる。
まして宮様は人一倍繊細だったから「可哀相な被害者の私」にならないと、精神的に持ちこたえられなかったのかもしれないが。
だからといって、それは人を貶めていい理由にはならない。
(実際、全然事実と違うし)
今回の宮様の離脱は、職場に痛烈に嫌な後味を残した。
自分も、いろいろなことを考えさせられた。
(思えば全然、当事者ではないんだが)
大きな喪失感ともどかしさ。
そして寂しさが、この日のチーム全体を覆い続けた。
2007/09/09
尺取り焔
■2006/9/28
宮様の様子、さらに悪化。
自分の作成した資料の場所がわからなくなり、
「今、私が更新したファイルって、どれですか?」
と席の離れた人に訊きに行ってしまったり。
いきなり目に涙をいっぱいためて、トイレに駆け込んでいったり。
「今(手を上下に振って)こうなっちゃってるからねー。クビになるのがイヤだったら、自分で頑張るしかないのに。どうしようもないよ。こっちだって明日はわが身なのにさ」
若い銀ちゃんは吐き捨てるように言う。
厳しいけど、彼女の意見は正しい。
何もしてやれない。
どうしようもない。
入社してきた人は皆驚いて言うが、この職場は嫌な人も全然おらず、みんな仲がいい。
居心地が良すぎて、他に行けなくなる、という人もいる。
まして、これまで社会人としては成立し難かったであろうと推察される宮様。
かなり温かい目で皆が自分を可愛がってくれる場所で、彼女はこれまでで一番恵まれた状況だったと思う。
(自分も同様)
本当に、この職場が好きだったんだろうな。
その分、クビのショックも並みのデカさじゃないのだろう。
このまま、契約の終わる10月末まで、彼女もつんだろうか。
宮様のことは気になりつつも、豊田道倫のライブ2日目だったので、定時ですぐに退社。
よろよろとカップを洗いにいく彼女の後ろ姿が何となく目に残ったまま、会社を出た。
2007/09/08
火種
■2006/9/27
会社に、狂さんという新人の女性が入ってきた。
校正メンバーとしての入社だが、ゆくゆくは制作チームに加勢させるつもりだと上司が言った。
やはり、宮様の後任なのだろうか。
狂さんはけっこうシャキシャキしたタイプの人。
初対面でも最初からタメ口で話してきて、ちょっとビビった。
でもその気質が江戸っ子タイプの銀ちゃんとは合ったらしい。
早々に仲良くなっていたので、その点は安心したのだが。
加入した新人と不穏な宮様の動向に、職場では落ち着かない空気が流れ続けている。
豊田道倫@新宿シアターPOO
意図せず常連客化している気がする……。
今日は新曲が多かった。
弾き語りを基調とした中に、鋭がった音が混ぜ合わされ、実験色を帯びたアシッドフォーク。
SEでかかっていたJane Birkinのベスト盤に、なぜか吸い込まれ、聴き入った。
2007/09/06
炎色反応
■2006/9/25
昨日に比べれば多少落ち着いていたが、引き続き宮様の顔は真っ青。
調子悪そうだった。
またエレベーターで会ったので、大丈夫か訊いたところ、
「沙香さんは今日の髪形が一番いいと思うんです」
と、相変わらずというか、いつも以上に脈絡のない返事。
(今思えば、このように会話が成立しない時点で、彼女の精神状態を察するべきであった……)
仕事でも、宮様は自分が何をやっているのか、たびたび分からなくなっていた。
左右の席の自分とグリーン氏で、ちょいちょいサポートに入るものの。
彼女の作ったファイルを開けたとたん(ただ数字を入力しておけばいいやつに)、使用可能色を全色駆使したようなグラデーションテーブルが現れ、これはCGアートかひし餅か?といった具合である。
とってもヤバイ臭いを放ち始めた宮様。
完全にいっぱいいっぱいになってしまっていた。
途中、上司に呼ばれたので行く。
「実は10月末で、宮様には辞めてもらうことにしたんだよね」
……やはりそうか。
「彼女の場合、仕事が遅い以前に、理解がちょっとね……」
上司は宮様を昼食に誘うなど、かなり可愛がっていた。
仕事はできなくても、そのキャラクターを買っているんだと思っていたが。
さすがにそうもいかなくなったのか。
「で、先週末に本人に言ったんだけど……あんな風になっちゃったんだよね……」
宮様の激変&不審ぶりは、他のセクションでも噂になっているらしかった。
上司、相当困っているようだ。
「彼女の様子でヤバそうなことがあったら、教えてくれないかな」
すでにかなりヤバイ気がするが……。
それにしても、ほぼ同時期に入社し、激動のチーム創世記を一緒にやってきた人が辞めさせられるというのは、少なからず自分にとってもショックだった。
とくに宮様は、そのぶっとんだ人間性で、皆に可愛がられてきた人だったのに。
今回のケースは決して他人事ではなく、明日はわが身なんだけど……。
席に戻った後、引き続き宮様を手伝った。
いつもならミスしても、無自覚にのほほんと、無邪気に笑っている宮様。
今日は魂が抜けた表情だった。
「沙香さんと同じ時期に入ったのに……何やってるのかしらねえ、私……」
放心状態でブツブツつぶやく宮様。
フォローすることもできず、自分は無力な傍観者でいるしかなかった。
2007/09/05
炎上
■2006/9/25
朝、会社の前で、宮様とばったり会った。
普通に挨拶をしてエレベーターに乗ろうとした時、彼女がボロボロ泣いているのに気づいた。
びっくりして理由を聞くも、
「『どうしたんですか?』って訊くくらいなら、あなたは大丈夫」
「沙香さんは負けずに言い返すのよ!」
などと言うばかり。
いつも以上に会話に脈絡がないので、さっぱりわけが分からない。
その後も、宮様の炎上は続いた。
いつもはおっとりと、皇室スマイル&ズレた言動で、皆を和ませる彼女が、今日はめずらしくイライラしているのが見てとれた。
「イジメです!これはイジメですよッ」
と、いきなり不可解にグリーン氏を罵倒しだしたり。
温厚なグリーン氏は黙っていたが、さすがに内心キレそうになっているのがわかった。
一瞬、先週末に宮様が上司に呼び出しを受けていたのを思い出す。
”もしや、雇用のことで何か言われた……とか?”
チラッと思ったが、普通はそれくらいで職場で泣きはしないよなー……。
結局、宮様は体調不良ということで早退していった。
彼女の一連の挙動不審が、本当に体調から来た混乱だったのかは、不明のまま。
何にせよ、己の混乱に引きずられて他人にぶつけたり、迷惑をかけるのは、醜いしイカンよなあ、と思った。
その点、自分は激しく人のことを言えんのだが。
2007/09/04
池袋の送別
■2006/9/22
多岐にわたる作業も、個々の処理に集中し、つみ重ねていくことで、こなしていくしかない。
集中力を養いたい。
しかし、日常では相変わらず日々、優先順位に悩み、あれこれを取りこぼしている。
じりじりと焦燥ばかりしてしょうがない。
■2006/9/24
同居人の友人、サカイ君と飲む。
地元関西で就職が決まり、そのお祝いと送別をかねて。
同じ関西上京組で仲の良かったサカイ君とのお別れに、
「東京で気軽に一緒に飲める友達が、またいなくなるなあ……」
と、ちょい寂し気だった同居人。
ともあれ、本人が希望し、それが叶っての進路だから、我々はただ門出を祝うのみ。
池袋の飲み屋で、静かに彼を送る。
2007/09/03
コンクリ固めにするぞ
■2006/9/15
家に突然、業者がやってきて、庭にコンクリートを敷くので入らせてくれ、と言う。
前々から庭の手入れが出来てない、出来ないならコンクリートで(雑草が生えないように)固める、と大家から言われていた。
オーナーとはいえ、住んでる者にちょいちょい口出ししてくるので、うるさいなあと思いながらも放置していた。
せっかくの土の庭にセメントを流し込むなんて、と思う一方、庭があっても趣味で菜園やるわけでもなく。
虫がわくだけなので、正直ないほうがいいかも……とか、いろいろ揺れつつ、面倒くさいので何もやっていなかった。
大家もとうとう、腹にすえかねたらしい。
実際、自分たちじゃ管理できんのだから、仕方ないか……と業者に適当に相槌を打ち、部屋に引っ込む。
ちょうどだらだら昼寝していた時で、半分眠かったこともあり。
ふたたび横になっていたが、その姿を見た同居人、私がふてくされていると思ったらしい(全然違うのだが)。
すぐに不動産屋に電話し、連絡のない業者派遣に対してきっちりクレームを入れてくれた。
こういう時は、彼がいてくれて助かるし、頼りになる。
結局、今回の業者は見積もりに来ただけだったことが判明。
庭をコンクリートで固める話も、とりあえず停止となった。
しかし、庭はちゃんと何とかせねば……。
午後、同居人が前から気になっていたという、青梅街道沿いのカフェへ。
落ちついた店内でゆっくりランチ。
そのまま西荻窪に行く。
アンティーク、古書、露店が並ぶ夕暮れの町を散策。
以前、引越しするときに、西荻窪も候補に挙がったのだけど、いい物件に会えず、住めなかった。
こうして歩いて見ると、やはり一度はここで暮らしてみたくなる。
2007/08/16
合っていると思います.xls
■2006/9/10
<最近の宮様記録>
・「森に迷ったら、遠慮なく私に言ってください」
・宮様からメール添付されてきたファイル名「先ほど送ったファイルは間違いです。申し訳ございませんm(_ _)m。ご確認ください。たぶんこれです。これで合っていると思います.xls」
■2006/9/11
いろいろ思うことはあれど、やるべきことをやり、精度の高い仕事をしよう。
2007/08/15
素敵なイベント@吉祥寺STAR PINE’S CAFE
■2006/9/9
友人ノアさん、ピコさんの結婚記念イベント@吉祥寺STAR PINE'S CAFEに出席。
DJ参加の同居人に付いて、早めに会場入りする。
セッティングに明け暮れる関係者の間を邪魔オロオロしながら(毎度のことだが、この時間が一番困る……付いていかなきゃいいんだが)、開場を待った。
格式ばった宴より大好きな音楽を、という2人の意向にそって、イベントでは親交のあるバンドマンたちによるライブが行われた。
またご友人方「よろこび組」のダンス、本人たちによる初の共同作業「組み体操」なども。
皆が心から2人を祝福しながら、自分たちも大いに楽しめるという、とても温かい、素敵なイベントだった。
彼らの人徳そのものを表したような空間だった。
ノアさんのノリノリっぷり、ピコ嬢の花嫁の涙が、とても印象に残った。
二部にわたり行われたイベントは長丁場だったので、丸1日DJを務めて疲れきった同居人とともに、二次会には参加せずに帰宅した。
2007/08/14
ハードに難解
■2006/9/1
仕事上の疑問に捕らわれていたところ、宮様が
「私が会議の時に訊いてみます」
と請け負ってくれたので、ありがたくお願いした。
が、実際会議になったとたん、お休みになられる宮様……。
周囲が引くほどバレバレなのだが、堂々というか、ナチュラルな睡眠モード。
しょうがないので、自分で議題を出して進めた。
休み時間、自分のところへ言い訳に来た宮様。
宮様「……舟こいじゃって。他の会社じゃ怒られちゃいますね」
私「……(ここでもダメだっつーの)」
宮様「お昼近くになると、妖精が降りてきちゃうんです」
宮様語録は、難解である。
それが面白くもあるのだけど。
わざと嫌味っぽく、
「まー、今日は妖精降りてくるの、遅かったほうじゃないんですか」
というと、
宮様「褒めてくださって、ありがとうございます」
……宮様語録は、ハードに難解なのである。
2007/08/07
盛夏
■2006/8/18-19 RISING SUN ROCK FESTIVAL 2006
詳細はここに書いたとおり。
エゾはゆったり楽しめるのがいい。
会場内の移動も楽だし、食べ物もおいしい。
日程が許せば観光も楽しめる。
来年も行きたい。
夜明け前に突如、会場に流れたFishmansの「LONG SEASON」が、今でも強く印象に残っている。
■2006/8/21-22 豊田道倫@新宿シアターPOO
エゾ明け。
思ってたよりキツくなかった。
(だいたい座れるし)
日々の変哲のない生活からつむぎ出される歌詞。
個人の日々の積み重ねの結果が、表れているだけなのだろうけど。
飾り気のない、生活の食べクズを撒いたような独白は、なまじ己が机上の文学を展開しているシンガーソンガーよりも、聴く者に実に迫り、問うてくる。
(でも、MCは相変わらず大阪の悪戯っ子テイスト)
もっと絵を描く時間を増やしたい。
もっと日常に組み込んでいけないか。
そう思えるということは、いい傾向なのだろう。
■2006/8/24
会社で日々、アントアネット嬢の指導に四苦八苦している。
彼女は物事をはっきり言うタイプなので、わりと自分の苦手なタイプの人である。
一方、頭の回転が早く、仕事もできる彼女に、憧れも感じる。
頭がいいって、いいよな。
頭良くなりたいなあ。
■2006/8/25
友人のノアさん、ピコさんと飲む。
今年結婚した二人は音楽好きで、式よりもライブイベントをやりたいと計画しており、同居人がDJをやるのでその打ち合わせのため。
途中からイベント幹事&バンドマンのホシさんも合流。
自分はフジロックの時に、ノアさんから紹介を受けていた。
彼もいろんな意味で豪快な人なので、なかなか楽しい集まりとなった。
人と人がつながる場所を作っていきたい。
今回のイベントをそのきっかけにしたい。
そんなノアさんの熱意にとても感銘した。
そういう人だから、彼のまわりにはいつも人が集まるんだろう。
■2006/8/26
高円寺阿波踊り祭りに行く。
同居人から電話がかかってきたので、駅で待ちあわせ。
心なしか去年よりは人が少ないように感じた。
(駅に人の動けるハバがまだあった)
テクテクあてもなく歩く。
浴衣を着た女の子の群れに見とれながら、ショボショボ歩く。
韓国料理店で夕食。
新高円寺から地下鉄に乗って帰る。
2007/06/30
盆
■2006/8/15
12〜16日 お盆休み。
同居人は親戚のいる香川へ。
自分は帰省もせず、東京で1人、家に閉じこもって過ごした。
夏フェスへのぶっこみ、滞納していた保険料などを払ったら、一気にお金がなくなる。
体力ともに、しばらくおとなしくしていなければ……。
(エゾまでは……)
どんなに有効なノウハウを手にしても、当事者意識がなければ何も達成できない。
そんなことをグダグダと考えたりしている。
2007/06/29
七夕と女心
■2006/8/9
阿佐ヶ谷の七夕祭り(旧歴らしい)に行く。
仕事帰りに同居人と駅で待ちあわせ。
お祭り、といっても実際は商店街のバーゲンセールの延長、といった規模だった。
気持ち程度にピロピロと揺れる飾りはあるものの、七夕は単なるついでのこじつけっぽく、ちょっと拍子抜け。
浴衣を着こんでめかした女の子を見るにつけ、
「わざわざコレに、気合い入れなくても……」
と思うが、
「そうやって着る機会を作ってんだよ」
という同居人の方が、自分よりよほど女心を理解しているようである。
商店街を外れ、ちょっと歩いたところにある、豆腐料理屋に入った。
落ち着いた雰囲気で、ゆばなどはとても美味しかった。
お土産に豆腐ももらい、ほくほくしながら帰る。
2007/06/28
帰路の果て
■2006/7/31
早め起床。
集団ざこ寝部屋の女性陣も、多くがチェックアウトしてしまっていた。
宿の人へのお礼の一筆を残して出発。
湯沢駅に、ノアさんが迎えにきてくれていた。
彼の車で東京に戻る。
フジ明けの身体はグッタリ。
晴れあがった空の下、カクカクなりながら、隣で同じく疲労をこらえ運転してくれているノアさんに申し訳ないと思い、グッと己を奮い立たせていた。
奮い立ちながら、またウトウトするのだった。
今回は本当にノアさんにいろいろお世話になり、助けてもらった。
あらためて思い出すと、かなり迷惑と手数もかけた。
心から多大な感謝を。
途中の駅で降ろしてもらって、そこから電車。
世間は平日。
周りはいつもと変わらぬ日常を生きている。
それらにまだ同化できない、浮かれた違和感バリバリの中、ぽやっとしながら帰る。
家の玄関にたどり着いてから、そういえば家のカギを持って出なかったことに気づく。
繁忙期の同居人は、深夜まで帰ってこない。
大家も普通に仕事らしく、不在だった。
前に同じようにカギを忘れ、玄関前に座り込んでいたら、同居人に怒られたことがあったので、とりあえず駅前までクタクタと戻り。
カフェに入ってうなだれていたら、自分の泣きのメールを見た同居人から(怒りの)電話。
同居人の勤務先まで、電車と地下鉄を乗り継いで行くことになった。
トイレ休憩もはばかられるほど、多忙をきわめているという彼は、仕事を抜け出してきた。
自分にカギを突きつけると、ふたたび小走りで戻っていった。
後に彼に聞いたところによると、真っ赤な「I'm Fish」T シャツを着て、リストバンドを着けたままの自分を見、ただでさえフジに行けない悔しさでいっぱいなのに、多忙時に呼び出された怒りも加わって、2、3発引っぱたいてやりたい衝動にかられたそうである。
フジロック’06に関する自分の記憶は、以上。
……いろいろなことが風化してしまっていて、肝心のライブ等に関する記述がほとんど書けないのは、やはりだめだな。
来年、またフジに行けたら、今度は反省を踏まえて、もうちょっと思い出が残るようにしたい。
2007/06/27
サバイバルの帰路
■2006/7/30 フジロック3日目。
昼頃起床。
この日はシャトルバスの運行がかなり遅れていた。
1時間近く、炎天下の下で待ち。
残念ながら、Likkle Maiを見逃した。
やっと乗れたバスの中で、気もそぞろ。
こんなことなら、来年はテントだな……と思う。
(近場のホテルは予約に奔走するのが大変そうだし、知らない人と部屋をシェアするのは、小心者の自分にはきびしい……)
隣の席に座っていた、仕事で今日がフジ初日だという男性とちょっと話した。
「フィッシュマンズとゆら帝を見たら、僕のフジロックは終わりです」
そんな弾丸ツアーを敢行する彼に幾分感化され、どうしようか迷っていたフィッシュマンズを結局、見に走った。
(うわさで入場規制がかかるとも言われていたので)
個人的には昨年のAX公演を見ていたこともあり、大きく心動かされることはなかったけど。
楽しみにしていたpokopenの歌も、今回は期待したほど響かなかった。
フィッシュマンズの後、1度ノアさんと生存確認をしようと、PA裏で待ち合わせをしていた。
そこで同居人の友人、カズキ君、アリさんとバッタリ会う。
「やっぱりフィッシュマンズのPA裏には何かあるで〜」
と言いながら、2人はうれしそうにしていた。
(後日、同居人あてに「コロボックル見つけたよ」との報告が為されていた)
ノアさんとも別れ、しばしヘブンをウロウロ。
そこで昨日会ったA見嬢とふたたび出会う。
そのまま一緒にゆらゆら帝国をちょっと見て、WHITE STAGEに移動。
BUFFALO DAUGHTERを鑑賞。
A見嬢はムーグ山本氏と知り合いらしく、ライブを終えてやってきた彼を紹介された。
なぜかサインをもらった。
SUPER FURRY ANIMALSを途中まで見たあと、MOGWAIまで流れるというA見嬢とお別れ。
THE STROKESの客にのまれる前に、会場を後にした。
シャトルバスの乗り場に着くまで、キラキラと瞬く会場各所の光、音と人の喧騒の中を黙々と歩いた。
昔、フジ開催を聞いたときは、行ってみたい、でも田舎に住んでて、一緒に行けるような友だちもおらず、とても遠い夢のように思っていた。
地元のライブの帰路、楽しい音楽を聴いても、たいていは1人での参加。
感動を共有できる人がいないと、行く前よりもかえって孤独を感じたりした。
今年、やっと想い叶って、苗場に来れた。
感慨深い半面、当時とたいして変わらない一人の帰りに寂しさがあり、達成感と混濁した奇妙な感覚が存在した。
初めてのフジロック、会場での思い出はこれでおしまい。
2007/06/26
フェスティバル、サバイバル
■2006/7/30 フジロック2日目。
目を覚ますと昼過ぎ。
誰もいない温泉をゆっくり堪能。
シャトルバスもスムーズに運行していた。
着いた頃から、雨が本格的に降り始めた。
リュックも中身もビニール(ごみ袋)に包み、ゴアテックスの上下を着こんで戦闘準備完了。
昨日、ノアさんから
「雨のフジはヘコむよ〜」
と聞かされていた。
が、
「これこそフジロックのサバイバル!」
とむしろ、一人勝手に盛り上がりの高まる自分なのであった。
後日エゾロックに行ったときは、過ごしやすい大地に立って、いかにフジのぬかるみがすごいか、あらためて思い出すのだが。
なぜか女性ものの下着も散らばっている泥沼の中、GREEN STAGEでねばり、SONIC YOUTHを前方で観戦。
股引肌色タイツにミニスカートのKim Gordonを観察。
終わると猛ダッシュでWHITE STAGE。
YEAH YEAH YEAHSを最前列で。
Karen Oはもはや、女David Bowieといった風格のステージを披露してくれた。
あたりはとっぷり暗くなり、GREEN STAGEまで戻ると、人間の海がうねり、広大な荒波がうごめいていた。
それはRED HOT CHILI PEPPERSのステージと相成って、巨大なエネルギーの塊と化していた。
それらを遠まきに眺めつつ、持参の椅子に腰かけて、しばしぼんやりとしていた。
人民大移動にのまれないよう、レッチリが終わる前にRED MARQUEEに移動。
会場はRYUKYUDISKOのアゲアゲビートで大盛り上がり。
わかりやすいリズムに、自分もノリノリ。
今回のフジには、前の会社で仲良くなったA見嬢やS田さんも来ていた。
フジのオフィシャルスポンサーでもある、前勤務先の某ブース前で、2人と再会。
社交的なA見嬢は、彼氏や大勢の友達と来ていた。
なんだかいろいろな人を紹介されつつ、ちゃっかりテキーラショットに参加する。
そのままラストの2MANYDJSまで、REDで夜通し踊り明かす。
午前5時頃、ズタボロながら何とかシャトルバス乗り場までたどり着き、乗り込む。
昨日に引き続き、朝帰り。
2007/06/22
おぼつかない記憶のフェスティバル
■2006/7/28
FUJI ROCK FESTIVAL'06
初めての参戦!
……によほど浮かれていたのだろう。
記録魔の自分が、びっくりするくらいメモも写真も絵も残していないことに、帰ってきてから気づいた。
なので、おぼつかない記憶(妄想含む)をたよりに、覚えてることだけ書く。
今年のフジは、仕事の忙しい同居人は参加できず。
初心者なのに、1人で行くことにした。
そんな自分を気づかってくれて、同居人の友人ノアさんが、車で一緒に連れていってくれることになった。
(同居人が依頼したのかも)
朝5時に待ちあわせ。
その朝5時に、目を覚ます。
跳ね起きて、ノアさんに謝罪のメール&TELを入れると(前日のうちに荷造りを済ませていたのは、不幸中の幸いだった)、荷物を引っ付かんで、家を飛び出す。
起きて10分経っていなかった。
ゴアテックスの靴&キャリーの音を響かせながら、早朝の住宅街を半泣きでダッシュ。
テントの場所取りの予定が狂うであろうノアさんだったが、いやな顔ひとつせず、待っていてくださった。
車に乗り込んで出発。
途中、何度か道に迷いながらも、思ったより早く、苗場に到着した。
リストバンドを交換してもらうと、ノアさんは初心者の自分を連れて、会場をひと通り案内してくれた。
THE STRING CHEESE INCIDENT、SAKEROCK、ザ・クロマニヨンズ、アラヤヴィジャナらのオープニングを、さらさらと気持ちよく聴きながら歩く。
ノアさんと別れ、いったんシャトルバスで湯沢駅まで戻った。
バス停すぐ前の宿をとっていたので、荷物を置く。
普段は宴会場なのを、フェス用ざこ寝場として解放している宿だった。
わりときれいで、温泉も入りたい放題。
申し分なし。
ただフジロック期間中、自分が帰る時、部屋の人たちはいつも全員寝ていた。
そして目を覚ますと、誰一人いないのだった。
よほど他の女の子たちとは、音楽の趣味が違っていたのか……。
そもそも夜通し会場で飲み踊り、早朝帰ってくるような独り者の女子が、自分しかいなかったようだけど。
おかげで宿では、部屋を一人で使えていたようなものだった。
初日に朝帰りしたときに、
「うわ、まだ遅いのがいるよ!」
と宿のおじさんにあきれられ、以後朝帰りするたびに、苦笑とともに迎えられた。
会場に再びモドリ。
ORANGE COURTの矢野顕子をじっくり拝聴。
個人的には、今フジのベストアクト。
このときは以前、ZAZEN BOYSのライブも一緒に行ったYANさんとも再会することができた。
これまでフジ現地からメールを下さったこともあり、苗場で彼にまた会うことができたのは、個人的に感慨深いものがあった。
「生きのびていたら、GREEN STAGE前の木の下で」
と約束していたノアさんを待ちあわせ場所で見いだしたとき、やはり一人でウロチョロしていることの不安があったこともあり、思わず固い握手をかわし、とび跳ねて再会を喜んだ。
ノアさんは夜のフジも案内してくれた。
ふたたびノアさんと別れると、RED MARQUEEへ。
会場は大人数でごった返していた。
AFRA & INCREDIBLE BEATBOX BAND、TUCKERを立て続けに最前列で。
B-BOYたちにもまれながらも、大いに暴れる。
早朝、シャトルバスに乗って、ふたたび湯沢の宿までモドリ。
2007/06/18
スルー
■2006/7/20
職場が1駅分、移転することになった。
新しい場所の下見に、上司に連れられていく。
建物は新しいが、特に珍しくはない雑居ビル。
が、今まで会議室の中で囲われていた我々にとって、”フロア”はとても広々と、明るく感じた。
「会社みたいだ!」
と言いながら、皆で大はしゃぎ。
帰りはそのまま飲み会に。
用事で来れなかったグリーン氏に宮様が惚れているという噂(ネタ)を肴に、盛り上がる。
真っ赤になって必死に打ち消そうとしている宮様がかわいらしく、余計いじって遊ぶ。
大いに楽しみつつ、今までの職場ではこんなことなかったなあ、今はいい人たちと環境に恵まれてるなあ、と思う。
一方、状況に甘えて、今の自分は何もしていない。
今、この時間のうちにしかできないことをすべきではないか。
内心、自問と焦燥を感じつつ、結局享楽のうちにすべてをスルーして、1日を終える。
ゆるむ歩行
■2006/7/16
横浜滞在2日目。
山下公園に行く。
ちょうど花火大会と重なっており、一面に広げられた場所取りのシートが、存在を閃かせていた。
炎天下の元、夜までの時間を粘る人たちもいた。
寝てる人。
本を読んでる人。
マージャンにふけるグループ。
刺青の入った方々も、ジリつく暑さのなか、がんばっていた。
公園の名所という「赤い靴の女の子像」は、イベントの騒害から守るためらしく、四方を柵で覆われていた。
囲いのなかの彼女は、全身で光を強く反射させながらも、無言で海を見つめていた。
中華街に移動し、客入りの少ないレストランで昼食。
お土産を物色してから(月餅以外で探すと、びっくりするぐらい選択肢がない)、再び東京に戻る。
東京駅まで、母を送る。
疲労のためか、母の歩行は遅かった。
何度かこちらが動向をゆるめて、合わせなければならなかった。
たまにイラつきつつ、実家にいた頃はこんなことなかったのにな、と思う。
自分のペースも、決して早くはないんだけど。
母も確実に歳をとりつつあるせいか。
自分が都会のリズムに慣れていってるせいか。
いずれにせよ、仕方ないことだけど。
妙にさびしかった。
駅の改札口で、母を見送る。
彼女の姿が人ごみに埋もれて見えなくなっても、しばらくわびしさは続いた。
一方、一つスケジュールを終えて、次の予定に気持ちを向けようとしている自分も、確実にあった。
帰り道、駅のコンビニでフジロックのチケットを発券。
2007/06/17
東京・横浜・母娘
■2006/7/15
仕事の同居人を送り出した後、母と外出。
昨日行けなかった居酒屋がランチもやっているので、そこで蒸篭ざる等をすする。
渋谷でやっているエミール・ガレの展覧会へ。
5月頃から母が待望していた美術展である。
ガラス工芸に造詣の深くない自分でも、その技巧と美しさに見とれた。
気づくと一番見入ったのは、ガレが構図やアイデア等を描きとめた素描の数々だった。
時に驚くほどのディテール細かく描かれた絵は、工芸品に起されずとも十分に美しく、強さにあふれていた。
メインの工芸作品よりも、がぶり寄って見入ってしまった。
最近は絵への自信や愛情みたいなものが、自分には欠けてるんやないかな、と思い、ちょっと逡巡してしまっているところがあった。
無意識に絵に反応している自分の発見は、己で驚くものがあった。
外に出ると、射す日差し。
その下で露出している女の子たちの肌をうらやましく眺めつつ、紫外線におののきながら進む。
横浜に向かう。
横浜駅からシーバスに乗り込み、夕暮れの港町を眺めながら、赤レンガ倉庫に到着。
ひとしきりウロウロし、ガイドブックに載っていたオサレ・ダイニングで夕食。
デカ寝台みたいなのに寝転がったり、足を伸ばしたりして食事するスタイル。
キャンドルなんか灯っちゃって、周りはカップルばっか。
母娘2人、場違いを感じつつも、出された料理はおいしかった。
バルコニーに出て、夜景を楽しむ。
これは完全に観光カップル用だな、でも同居人と来ても時間を持て余すだろうなーと、ぼんやり思う。
(ライブならありえる)
赤煉瓦倉庫を出ると、散歩がてら15分ほど、夜の横浜の街を歩く。
予約していたホテルに着いたときには、1日の疲れもピークに達していた。
24時間TVの中居正広の歌唱もものともせず、寝る。
2007/06/11
熱帯夜で母子
■2006/7/14
母、上京。
退社後、東京駅まで迎えに行く。
自宅の最寄り駅まで帰り、同居人と合流。
昨日、わざわざ寄らずにおいた行き着けの店が、満員で入れず。
急きょ、別の店に行く。
ロフトの2Fの座敷に通される。
刺身が普通においしいところだったので安堵。
料理があまり得意でなく、出来合いのものや冷凍食品に頼りがちな母には、たいていの外食は満足できるものになるんだけど。
(それに育てられた自分も、食(だけではないが)には無頓着な感覚で出来上がっている。が、同居人と暮らしはじめてから、下手においしいものに慣れつつあるのが、良くも悪くもネック……)
遠路やってきた母を気づかい、タクシーで帰宅。
お風呂に入れて休ませる。
熱帯夜の東京。
久々に母子、床を並べて眠る。
2007/06/06
のたうち
■2006/7/13
豊田道倫@NHKスタジオ505
NHK-FM「ライブビート」の公開収録に、同居人と参加。
おおむね選曲もよく、楽しむことができた。
対バンはあふりらんぽ。
ピカさんがギターをやったりと、以前よりも芸のハバ(?)が広がっていた。
しかしながら、途中ダレる。
やはり好きでないと、あののたうちを終始聴くのはツライ。
ライブ後、駅近くの居酒屋へ行く。
いつも行きつけのところは、明日、福岡から上京する母を連れて行く予定なので、別の所。
……美味しくなかった……。
「もうないね」
と同居人とこぼしながら、ちょっとしょんぼりして帰る。
2007/06/04
魚民の昼下がり
■2006/7/8
Fishmans Afternoon@東高円寺UFO CLUB
会場は副流煙が充満し、酸素薄状態。
これ、倒れる人出るんやないの?と思うくらいの盛況ぶりだった。
去年の倍以上の客の数に思われた。
円陣を組んだり、酒を持ったまま踊る人々。
(途中、跳ね飛ばされたり、液体を引っかけられたりしたワタクシ)
先日のOsaka Fishmans Nightを彷彿とした。
DJ の方々とも久々の再開。
小林さんは、いつもながらのオサレ・スタイルでキメていた。
ロキさんは髪を切って、ますます若返っていた。
陽介山さんはかなり楽しそうな様子だった。
客を一番アゲていたイザベル嬢の笑顔は本当に素敵で、同じ女性でも自分と真反対のオーラにあふれた姿にホレボレ。
ゆみたさん、ミホさんとも再会。
この後、SPARTA LOCALSのライブにも行く、という相変わらずの体育会系行動力に脱帽&感嘆。
ひととおり満喫してから、途中で帰宅。
快い今夏のアフタヌーンであった。
2007/06/01
謝罪バースデー
■2006/7/6
同居人の誕生日。
駅近くの小さなフランス料理店で祝杯をあげる。
本場のシェフがやっている店は、当然サービスも良く、人もあまりいなかったので、くつろいで過ごすことができた。
テーブル・マナーを知らず、ウェイトレスに黙って食器を取替えられたのを、同居人に指摘されて、途中たじろぐが。
2人でワイン1本空け、かなり酔っ払った。
家に着いたらそのまま、部屋に転がりバタンキュー。
同居人が用意してくれた寝床に移って、そのまま寝っちぎる。
なかなか良い店だったので、また行きたい。
ただ、大事な人の誕生日に酔いつぶれ、布団まで敷かせちゃイカンな。
もっと耳を傾けて、話を聞いてあげればよかったと思った。
反省。
すまん……。
2007/05/31
ニュー・プレッシャー
■2006/7/4
新しいフェーズになってから、職場はいっきに人数も減り、さびしげな感じ。
10畳くらいの部屋に十数人つめこまれていたのが、7人ほどになったので、それも当然なのだが。
それでも少人数なりに、新しいグループの雰囲気が出来つつある。
【グリーン氏】
前フェーズより引き続き。
野際さんの後を引き継いで、全体リーダーに昇格。
基本、いじられキャラ。
それも人柄の良さゆえ。
【大泉さん】
前フェーズより引き続き、制作チームメンバー。
チームリーダーに昇格。
いつも控えめ、しかし抜けのない仕事ぶりに、はじめの頃からただ者ではないとニラでいた自分の勘は、間違ってはいなかった。
【宮様】
前フェーズより引き続き、制作チームメンバー。
いろいろな意味で、常人(俗世)超越タイプ。
手元に残った記録をもとに、
彼女の足跡もたどってみたい。
【姫】
前フェーズより引き続き、制作チームメンバー。
自分よりもかなり後期に入ってきた人。
しょうゆ顔、きっちりとカットされた前髪、掛け持ちでピアノ教師をやっているという優雅なふるまいが、平安朝の姫君を思い起こさせる。
仕事は早い。
が、意外な穴も持つ……。
【ギンちゃん】
出力チームから制作チームに新たに加入した女の子。
江戸っ子気質。
威勢がいい分、仕事は早いが大雑把なところも。
それが後に、吉と出るか否か。
【アントアネット嬢】
校正チームリーダー。
腰まであるロングヘアが特徴。
全身をブランドブツで固め、外国の女優のような印象。
校正者らしい、白黒はっきりつけたい性格。
仕事は鬼早だが……。
今は新たなWebページを作るための、準備的なことをしている。
ページがないので、校正するものもない。
アントアネット嬢は勉強もかね、今は制作チームで一緒に作業している。
彼女に付いて教えるのが、今の自分の仕事のひとつでもある。
女優、ブランドなど、自分の無縁かつ弱点キーワードを多分にまとう、アントアネット嬢。
加えて、けっこうメリハリ際立った人なので(野際さんほどではないにしろ)、あきらかにこちらが貫録負けしている。
要領がよく、覚えが早いので、教えるのは楽なんだけど。
自分は数カ月、この仕事をやっているが、まだまだわからないところや不安も多く、あやふやだらけ。
生来の小心と彼女の有能ぶりが、かえってプレッシャーに拍車をかける。
一度、上司に「ムリ」と訴えたが、
「まあ、やってみて」
とスカされ、結局教える側をジリジリ続けている。
ひとつ救いなのは、前フェーズではそれほど接触のなかった大泉さんとのやりとりが、少しずつ増えてきたこと。
ワイワイにぎやかに、時にトラブルで騒ぐ皆の中で、1人冷静に、黙々と対処している大泉さん。
その仕事ぶりは確かで、彼女の作ったサイトは校正する意味がないと言われるくらい、ミスがない。
野際さんも明らかに自分の2倍以上の量を、大泉さんにはふっていた。
また元公務員、そしてパソコンインストラクターという経歴を持つらしく、人に教えるのも上手い。
人並みにも仕事がこなせてるとは言いがたい宮様の分まで引き受け、公私ともども面倒も見てあげている。
宮様も大泉さんにはベッタリ甘えている。
大泉さんが制作チームリーダーに抜擢されたのもうなずける。
その大泉さんに、
「私が仕事のことを相談できるのは、もう沙香さんしかいないですね」
と言われた。
とてもうれしかった。
心なしか大泉さんは自分に、とても信頼を置いてくれている気がする。
(うぬぼれかもしれない)
ただ、たぶん自分を買いかぶりすぎているとも思う。
それはそれで、恐縮してしまう。
”just running in the new pressure”である。
2007/05/30
第一フェーズ、終了
■2006/6/30
仕事が正式に区切りを迎える。
今日で野際さん、栗さん、さっちんとはお別れになった。
野際さんと栗さんは、出向元の本来の会社に戻る。
さっちんは資格受験など、目標に向けての前向きな退社だった。
栗さんは久々に、スーツ姿で来ていた。
制作リーダーとしてハンパない仕事量を担当し、チームをまとめる責任感を振られ、休み時間中も皆の前で野際さんにどなられたり、ハタから見ていてただただ、キツそうだった彼。
今日は不思議なほど、穏やかな顔をしていた。
お世話になったお礼とあいさつをし、今後の進路などをきいてみる。
「さあ、何しましょーかねえ。これから上司と相談するとこですわ」
栗さんは名刺を渡してくれながら、故郷の関西弁丸出しで言った。
後日、彼はすぐに会社を辞め、地元に戻ってしまったときいた。
野際さんにも最後のあいさつ。
「お時間あるときは、また顔を出してください」
と言うと、
「あなたの方からいらして。家を知ってるのはあなただけなんだから」
と返された。
笑ってそれを流しつつ……たぶん、彼女の方もだろうけど……お互い、もう会うことはないだろうな、と思った。
期間の区切られた特殊な箱の中での、火花とぶつかりあいだった。
誰もがこのたった数カ月で、劇的に伸び、学んだ。
その多くが、野際さんの叩き上げに起因していた。
おかげで1つのプロジェクトを成し遂げられた。
が、あきらかに長くは続けられない。
それは野際さんの方も、わかっていたと思う。
結局、たいした言葉を交わせないまま、彼女とは別れた。
それでも、黒のスーツを着て、すっくと立った彼女の姿は印象強く、いつまでも自分のなかに残っていくのだった。
後日のことだが、野際さんもその年のうちに、会社を辞めてしまう。
その後、某ホテルのマーケティングの仕事を始めたらしい。
個人的な予想だが、彼女ならそのうち、起業してもおかしくはないだろう。
なかなかアクの強かった創世記を終え、仕事は次のフェーズへと移る。
2007/05/29
ぶっこみ
■2006/6/27
最近、ネット上の会ったことのない人とのやりとりが増えてきた。
自分から言葉を投げたことがきっかけで、始まった縁もある。
以前、それなりに痛い目を見て、人と言葉を交わすのを断絶していた時期もあった。
今はだいぶリカバリしてきて、興味や共感できた人とのコメントも、わりと楽しんでやれている。
心がけているのは、あまり人の領域に踏みこまないこと。
適度な距離をキチンと保つ。
謙虚に、誠実であること。
ぶっこんでも、ぶっこまれても、だめ。
自分校正と間引きは、大前提である。
2007/05/08
ダラ生キル
■2006/6/25
いろんなことをやりたい。
でも、時間は限られている。
リストを削ったほうがよいか。
一方、まだやれることがあるんじゃないか、そして自分はまだ何もやっていないんじゃないか、とも思う。
これまでボンヤリと彼方に思っていた中年期も、もうあっという間にやってくる。
このまま何ひとつ生み出すこともないまま、ダラ生キルつもりなんか。
2007/05/05
定型の別れ
■2006/6/23
仕事のプロジェクトが終わった。
慰労の飲み会が催される。
先日の痛い記憶が根強く残っている自分は、いっさい酒に手を出さなかった。
おかげで、たいした火傷もなく、今回は過ぎた。
時にぶつかったり、叱られたり、疲弊したり。
ひと通りいろいろあったものの、終わった今は、皆がひとつのチームのように、けっこうまとまっている。
メンバーの仲がよく、今まで通過してきた会社の中では、一番居心地もいい。
逆にそんなこと慣れてない分、優しくされるとぎこちなく、まっすぐに受け止められないときもあるが。
先日、上司に呼ばれ、7月以降の次フェーズの仕事のメンバーとして、残ってほしいと言われた。
なぜ、自分?と思った。
特にアテのない身なので、OKしたが。
野際さんたちがいなくなる分、新しいメンバーが投入される。
自分は、その人たちを指導する側に回されるらしい。
言われたこともロクにこなせんのに、人に教えることなどできるんだろうか。
新たな不安も生まれ始めている。
野際さんとは今回の宴の席で、特にからむことはなかった。
プロジェクトに一応の区切りがついて以降、今までメンバーを追い立てていた彼女は、この頃驚くほど、鳴りをひそめている。
新フェーズからはグリーン氏が全体のリーダーになる予定で、その引継ぎはやっているが、私たちに口出しすることは、ほとんどなくなった。
グリーン氏と野際さんは以前、会議で怒鳴りあいになったという。
強引に皆に作業を進めさせ、足りなければ自分が勝手に手を出す。
そんな彼女のやり方に、グリーン氏がキレたのだが(彼はめずらしいほど温和で優しい人なので、そんな彼が怒ったというのもかなり驚きである)、野際さんは、
「仕事を完遂できるなら、私はどれだけ嫌われようがかまわない」
と放ったという。
そこまで仕事に入れ込んでいた彼女が本望を遂げ、その後は静かに身を引こうとしているのは潔い、と思う反面、なんだかさびしくもある。
特に自分は、個人的にも迷惑をかけているし。
別れる日が近いと思うと、皆の盛り上がりから離れたところで、一人黙ってお酒を飲んでいる彼女の姿を物悲しく感じる。
職場という定型の箱での出入りなんて、いつでもどこでもよくあること。
……と分かっていても、だ。
2007/05/01
封印を解け!
■2006/6/12
同居人の幼なじみ、Mキ君が家に来る。
高円寺で待ち合わせ。
帰りの電車はサッカーW杯の影響と思しき退社ラッシュが、かなり激しかった。
同居人手製のキムチ鍋を突きながら、まだあまり見ていなかった「Directors Label(第二弾)」を観賞して過ごした。
オーストラリア 3-1 日本で、ジーコ・ジャパンは大負けしていた。
■2006/6/15
Fiona Appleの来日決定。
5年間貯め続けた「Fi貯金」の封印を解く時が来た。
やりたいことが一向に遂げられない。
アウトプットの時間がとれない(とっていない)ことが、最大の悩み。
変化を恐れず、計画は常に改善していくこと。
挫折。。。
そんなの味わっている暇はない。
自己の立て直しを図っていこう。
2007/04/29
ベソと優しさ
■2006/6/8
仕事で大ポカをやらかす。
5月末で終える予定だった作業がずれこんでおり、ただでさえピリピリしたムードの中、犯したミスは痛恨だった。
野際さんは、もはや怒りを通りこして、呆れているようだった。
「もういいです」
と言った彼女の声は、諦念の域に達していた。
自分の要領の悪さを再認識。
激しく落ちこんだ。
引きずってはいけない、前に進まなきゃ、と気持ちを起こそうとしたが、さすがに今日はこたえた。
そんな中、隣の席のグリーン氏がこっそりと
「大丈夫?」
と声をかけてくれたのは、大きな救いだった。
ベソりそうなのをギリ堪えられたのは、彼の何気ない一言のおかげだ。
自分の情けなさと人の優しさが、同時に強くしみた日。
2007/04/26
ヤバイライブに現れる人
■2006/5/28
小谷美紗子@新宿タワーレコード
インストアライブ。
予想していたが、ものすごい人だかり。
残念ながら自分の身長では、一片の姿すら見ることができず。
しかしライブはかなり本人の気合が伝わる、すばらしいものであった。
玉田豊夢、山口寛雄と組んだトリオは、抜群の相性の良さ。
最高のリズム隊を従えた彼女の歌は、翼を得て高低自在、自由にはばたいていた。
聴く者の胸を切なく、ぎゅっとわしづかみにして、高鳴らせる。
曲が終わるごとに、驚喜の混じった、ものすごい拍手と歓声。
アンコールで久々に聴いた「エリート通り」はリアルタイムなメッセージとして、強烈に胸に響いた。
タワレコライブが終わると、その足で東大の学祭ライブへ。
目当ては降神。
先に行っていた同居人と合流。
青空の下、彼らの織りなす白昼夢を体験。
この日の降神は、残念ながらあまり良い出来ではなかった。
学祭ならではの騒々しさ、機材のトラブルも原因のひとつではあったけど。
マイクなしの生声で、必死に叫ぶ場面には同情もした。
が、先日のライブでも感じた、展開の間延び、勢いの薄まりは、今回も強く影を落としていた。
正直、期待はずれ。
同居人ともども気分が盛り下がったので、その後のイルリメは見ずに東大を後にする。
ひとつ特記事項として、東京のライブでよく見かける某おじさんが、今回も来ていたのが妙にうれしかった。
あるときは女性SSW、あるときはヒップホップ、レゲエ、その他音楽イベントなど、ジャンルレスでやたらよく見かけるおじさん。
見た目インパクトが強いので、記憶にもよく残るのだが。
ウワサでは、東京近郊のヤバイライブによく現れることで、有名な人なのだという。
自分も早く”ヤバイライブに必ず現れるチビのおばさん”の称号を手にしたい。
新宿に寄り、ふたたびタワレコにて同居人の買い物に付き合ったり、スタバでコーヒー飲んだり、Book1stに行ったり。
あちこち歩きまわって、けっこう疲れた1日だった。
2007/04/25
成功の定義
■2006/5/19
引き続き、仕事に追い立てられる日々。
それでも前の仕事に比べたら、苦労と(野際さんへの)緊張を皆で共有し合えている分、ずっとマシだけど。
今は数稽古の時期。
そう思いながらやっている。
今日は豊田道倫のライブだったが、残業で行けなかった。
行った同居人と、終わったあと待ち合わせ。
立ち飲み屋で飲む。
七尾旅人が奥さんと客で来ていたらしい。
すぐ側に座っていたという同居人をうらやましがる。
同居人は豊田道倫を聴き始めて以来、
「他の男性SSWが陳腐に思えてしかたがない」
という。
そこまで特定のミュージシャンにのめりこむとは、彼にしてはめずらしい。
(しかも特に「歌が下手」なシンガーは、ほとんど受けつけなかったのに)
「20年後に20代の青年に共感をもって聴いてもらえたら、豊田道倫の音楽は成功と言えるんじゃないか」
「名声、芸術の極め、個人的満足……いろいろあるけれど、成功の定義はたくさんあった方が楽しいと思う」
今日の同居人はやけに饒舌で、帰り道も帰宅後も大胆かつ上機嫌だった。
よほど楽しかったらしい。
2007/04/21
営業成績
■2006/5/15
仕事が忙しい。
インプットもアウトプットもできていない。
要調整、だが。
”考える”時間を取れないでいる。
職場の壁には野際さん作成のグラフが貼りだされ、各自がどれだけ仕事を進めたか、明確化されるようになった。
営業成績を計られているようだ。
ぶっちぎりで進んで進んでいるのは、やはりさっちんと大泉さん。
当然、自分は落ちこぼれ組である。
毎日、野際さんに日々の出来高を報告しなければならない。
その際、次回のリミットを言い渡される。
しかし、彼女の要求は当然厳しく、必ずしも達成できない。
恐々と、予定がこぼれてしまう旨を伝えると、彼女は苛立ちを押し殺した表情で、
「じゃあ、目標はいつですか」
と、すかさず問うてくる。
自分のような、仕事ができない者には、ものすごいプレッシャーである。
久々に、テンパりまくりの日々が続く。
大丈夫、大丈夫と何度も己に唱え続けている。
2007/04/20
落日のない街で生きている
■2006/5/11
東京は東日本なので、夕暮れ時がさほど長くない。
仕事を終えたのち、夜がやってくる前、実家にいた時分に見ていた、あの燃え落ちるような落日を、この都市ではほとんど見ることがない。
東京で歩きながら、肌身で感じる違和感、リズムの狂いについて考えていたら、いつも浴びていた西日の欠落に思い当たった。
夕暮れはものを思い、自己への問いを繰り返していた時間だった。
怒り、情熱、狂気、喜び……朱く塗りたくられた空は、生きたあらゆる感情の塊のように思えた。
落日はすさまじい迫力で胸に迫り、否が応にも様々な考察をもたらした。
高い建物とうごめく地下街、せわしない時間にあふれた今の場所で、胸揺さぶられる自然に出会えることはあまりない。
ただ、お決まりの憂鬱、安易な感傷を繰り返し、お手軽な絶望を散らすくらいなら、それがない時期、空間を生きる時があってもよいか、とも思う。
2007/04/18
緑のイルカ
■2006/5/10
GWが明けると同時に、仕事が忙しくなった。
事前に通達があり、しばらく残業の日々が続きそう。
今までが恵まれていたので、それも仕方ないかと思う。
野際さんの態度が、日に日に強硬になってきているのを感じる。
あくまで納期絶対で、誰に対しても情はいっさい抜き、といった具合。
今まで栗さんチームにいた自分は突然、グリーン氏の下に付くよう、指示を受けた。
仕事の都合上での配置換えらしいが。
心なしか、野際さんの栗さんに対する当て付けも感じられたが、邪推か。
新しいリーダーのグリーン氏は、非常に気さくで、一緒に仕事するにはやりやすい人である。
ただ、本来は校正者で、PC操作は苦手らしい。
見た目はやり手の編集者っぽいのに、こちらの画面をのぞきこまれて、
「わあ、ウインドウって複数出せるんだ」
と言われたとき、ズッコケそうになった。
Ctrl+Fで、ExcelのOfficeアシスタントのイルカを一生懸命探すグリーン氏。
Excelの関数からWindowsの基本操作まで、教えているうちにだんだん、こちらの方が師匠のようになり、仲良くなった。
同居人の帰宅も、最近遅い。
5月は忙しいらしい。
お互い、眠るのは夜更けになっている。
2007/04/17
意気地なしのエージング
■2006/5/9
6年前に一度ぱらっと触れて、その圧倒的な世界に潰されそうになり、以来ずっと聴けなかった音楽を聴いた。
こわごわとスピーカーから鳴らした歌は、時間の経過とともにぐいぐいと自分を引っぱってくれて、最後までストップボタンを押すことなく、心身に響かせることができた。
確立された強さの印象は、少しも変わっていなかった。
けれども、シンガーの感情やインパクトばかりひろいあげていた自分の耳に、曲はもっと純粋に高潔で、凛と響いた。
単純に、ソングライティングが素晴らしく、評価すべき作品だった。
自分にとって、愛しい音楽であると再確認した。
2007/04/16
GW06メモより抜粋(後半)
■2006/5/5
昼、父母となじみの定食屋で昼食。
最近の母のお熱は、エミール・ガレというガラス工芸家。
ネットで調べてやると、7、8月頃に東京で展覧会をやるらしい。
それを聞き、ウキウキしている母を見て、これは夏、東京で彼女の相手をすることになりそうだと予感した。
■2006/5/6
母と門司港レトロ街へ行く。
あいにくの雨模様。
風もわりと強めだった。
それでも女2人、地ビールと黒焼きピザを堪能。
商船学校の航海練習帆船「海王丸」が、一般公開されていた。
すべる甲板に気を払いながら見学。
客を誘導している若き学生たちのエネルギーを、肌身で感じる。
遊覧船ボイジャーに乗る。
けっこう疲れたので、船内の座席ソファーにぐったりもたれかかる。
窓の外で流れていく景色を、ぼんやりと見ていた。
鉄くずが散乱したような色をした街並。
巨大要塞のように建ち並んだ造船所。
労働者のイメージを濃く立ち上らせる工場。
小さい頃からいつ見ても、印象は変わらない。
「裏門司」と呼ばれる場所で、退屈な日常を変えることも試みず、ダラケて生きていた……社会人になったばかりの頃の己を思い出す。
夜、妹夫婦と一緒に韓国系焼肉屋で夕食。
永井大似と聞いていたが、実際会ったら土田晃之だった……以来、心の中で「ツッチー」呼ばわりさせてもらっている妹のダンナとは、今回もあまり話せなかったが。
上機嫌に酔っ払っている父の顔色が、どう見ても不健康で、少し心配になった。
■2006/5/7
東京に戻り。
2007/04/14
GW06メモより抜粋(前半)
■2006/5/1
GW帰郷の準備を、午前3時まで。
夕食で飲酒すると、後がどうにもガックリしてしまい、結局本格的に寝るのは遅くなる。
もう少し控えるべきかとも思う。
去年のエゾロックで出会ったY明さんが、東京に来ていると連絡をくれた。
が、今回は自分の帰省と重なっているので会えず、残念。
次回に期待。
■2006/5/2
退社後、新幹線に乗り込む。
伊豆で地震があった影響で遅れ、到着したときには、実家までタクシーを利用するしかなかった。
見上げると、名所とは比べるべくもないけれど、夜空の星々が美しく瞬いていた。
福岡に帰ってきたと、実感した。
■2006/5/3
実家でひたすら、ダラダラと過ごす。
■2006/5/4
17時ごろ、起床。
近くのダイエーに買い物に行く。
長年馴染んだ、夕暮れの街並みを歩く。
やたらとセンチメンタルになる。
父の就寝後、深夜まで母の話を聞く。
父に関する愚痴がほとんど。
少々うっとうしさもあったけど、子供が皆外に出て、普段話せる人がいない彼女の環境を思うと、こういう時くらいしか、そばで聞いてやれないのだから、これも親孝行と思う。
(一応、家には残念な弟がいるが、まったく親の頼りにならないので)
自分は物事を深く考えない父に似たが、神経質な母の血も確実に継いだ。
激昂は、陥った状況よりも、状況がきっかけとなり、過去の記憶が一度に呼び起こされることに起因する場合が多い。
でも相手は
「またヒス起してる」
くらいの認識しかない。
母の歯ぎしりするような気持ちは、自身の経験と照らし合わせてもよく分かる。
相手との関係。
あきらめ、教育。
自分が変わる(妥協?)するか、関わり自体を絶つか。
年齢に関わらず、根強い課題である。
2007/04/13
いい目をした青年
■2006/4/30
同居人の友人、Sイキ君と初めて会う。
3人で上野で待ち合わせ、近くの焼肉屋で乾杯した。
建築家で今年、スペインから帰国したというSイキ君。
数年前にネットを通じて同居人の写真を知って感銘し、メッセージを交わしたのがきっかけらしい。
同居人もヨーロッパに行ったことがあり、その話で二人盛り上がっていた。
なかなかワイルドな見かけとは裏腹に、Sイキ君は非常に好青年であった。
途中、秋葉原のバーに移動してからも、Webや同居人がDJをしているフィッシュマンズナイト、Sイキ君が参加した映画イベントのこと等、話は尽きなかった。
とても親しみやすい雰囲気を持っている人だった。
また皆で一緒に飲みたいと思った。
Sイキ君は別れ際、
「2人ともいい目をしている!」
と熱く言ってくれた。
「また東京で、いい人と出会えたね」
同居人と良い気分で、電車に揺られて帰る。
2007/04/12
チキチキ春のパン祭り(後編)
■2006/4/27
夜明け前に目を覚ます。
意識が肉体に合致してからも、しばらく横たわったままでいた。
起きるのが怖い……。
しかし、いつまでも寝転がっているわけにもいかない。
思い切って起きると、まず目に入ったのは、野際さんが枕元に書き残したメモ。
・シャワーを浴びること
・近くのコンビニ、コインランドリーの地図
・○時過ぎたら、自分を起こしてほしい
以上のような指示が、達筆な文字で書かれてあった。
ビニール袋や水、タオルなども、用意されていた。
恐縮するばかりだったが、同時にやはり、彼女の処理能力のすごさを思わずにはいられなかった。
平日の、深夜過ぎの帰宅にも関わらず、これだけのことをきちんとやれる方なのだ。
(それとも、私がダメすぎるのですか?)
彼女を起さないよう、ビクビク注意を払いながら、浴室を借りた。
少し落ちついてから、そっとあたりをうかがう。
カッチリときれいに片付いた、ワンルームマンション。
玄関やトイレにびっしりと(でも整理して)置かれた、本の山。
部屋の脇にたたまれている、英語、中国語の新聞。
ベッド、テレビ、テーブル、収納棚……それ以外の余分な家具はほとんどない、シンプルな部屋。
職場での彼女の印象が、ママ住んでいる場所に表れていた。
スキがない感じ。
隅に置かれている観葉植物、サプリメントなどは唯一、彼女の女性らしい面を忍ばせていた。
音を立てるのを恐れて、外には行かず、部屋でじっと正座して、野際さんが起きるのを待った。
彼女が起きた瞬間の寝起きの顔は、おそらく当分、忘れられない。
服を借り、乱れた容姿をなんとか取りつくろった。
野際さんはパッパと支度を済ませると、いつものキャリア・ウーマンになった。
まだ余裕のある時間に、彼女の家を出た。
2人で駅前のファーストフード店へ行く。
ほとんど食欲はなかったが、これからいつもと違うことなく、仕事をちゃんとこなさなければ、と思いを走らせながら、紅茶とトーストを流しこむ。
向き合って食事しながら、昨夜の惨事をあらためて聞いた。
とにかくひたすら「すみません」「大丈夫です」をくり返していたらしい。
また、話すことによって、じわじわと己の記憶もよみがえってきた。
帰る道すがら、
「前の職場はつらかったんです」
「やっと楽しくお酒が飲めるようになって、つい……」
と泣きながら、あれやこれやと彼女に訴えてしまったことも、思い出した。
最悪である。
犯したことは取り消せない。
仕事をやり抜く、それ以外で返しようはない。
何度も己に言い聞かせながら(言いかえれば救いが欲しかったのだが)、彼女に頭を下げ続けた。
仕事の話も交わした。
6月末の納期が定められている今プロジェクトを完遂するには、膨大な作業が必要なこと。
こなす自分たちも大変だが、全チームをまわす彼女も、相当な手腕が要求されていること。
(でも、彼女はやりこなしちゃうんだろうけど)
「大変ですね……」
ありきたりなセリフしか吐けなかった。
「いいのよ。どうせ私、6月末で終わりだから」
さばさばした口調で出てきた言葉に驚く。
彼女は業務委託を受けている会社から、派遣されて来ている。
6月末で、その会社に戻るのだという。
ここの正社員以上に仕事をこなし、取り仕切っている彼女がいなくなったら、今のチームは大丈夫なんだろうか。
一方、あと数ヶ月でこの人と離れられる……という思いも、正直よぎった。
(その前に、自分が消える可能性もあるが)
会社に着くと、昨日関わった人々に謝罪して回った。
皆が体調を気づかってくれ、うれしい半面、申し訳なさで消え入りそうな心地だった。
野際さんは何事もなかったように、いつものごとくバリバリと指示を出していた。
やはり、彼女はすごい。
自分もとにかく、仕事だけはちゃんとやらなければ。
そう思いながら、必死に動揺を打ち消し、作業に没頭した。
「わあ、そのウサちゃん、可愛いですね〜」
いきなり話しかけられ、驚いて顔を上げると、目の前で宮様がニコニコしている。
いったい何のことを……と思ったら、自分が野際さんに借りた服に、ウサギの絵がプリントされていたのだった。
小さく水墨画風に描かれたもので、大人が女性が着ていてもおかしくない感じの、確かに可愛らしい柄。
しかし借りた服をじっくり見たわけではなかったので、自分のことを言われたのだと、すぐに分からなかったのだった。
他人のものなので「そうでしょ〜」とも言えず、答えにとっさにつまる。
すると野際さんが、
「それ、中国にいたとき見つけて、可愛いなと思って買ったのよ」
わけが分かっておらず、目をパチクリさせる宮様。
すると普段、もの静かな大泉さんが
「……野際さんの家に泊まったんですか……」
ズバリ指摘されて、皆の前で小さく
「ハイ……」
と答えるしかなかった。
なるべく伏せておきたかったのに……。
この日1日、関係者以外の好奇の視線も、いっせいに浴びる羽目になってしまった。
仕事が終わると、改めて野際さんに謝罪をしてから、帰路に着く。
いつもどおりの混雑した中央線に乗りこむ。
たった1日ぶり。
にも関わらず、妙になつかしさと、着慣れた服をまとったような安堵に包まれた。
家に帰ると、即行でクリーニング屋へ。
野際さんに借りた服と汚したジャケット、己の無残な衣を出した。
再び家に戻ると、湯を張った浴室でひたすら、心身の疲労をほぐしにかかった。
「またやらかしたな、お前」
帰宅後、開口一番そう言った同居人に、昨日の経過を報告。
同時に自分の電話口での酔狂ぶりも聞き、ふたたび打ちのめされる。
しばらく、この記憶に苛まれる日々は続くと思われる。
2007/04/08
チキチキ春のパン祭り(前編)
■2006/4/26
先日、いつも仕事で使用しているホワイトボードに、「チキチキ春のパン祭り参加者募集」と記載があった。
なんのことやら、と思ったら、会社の飲み会のお知らせだった。
宮様が
「参加します?」
とたずねてきたので、
「まだ決めてませんけど……」
と答えると、
「そうですか……で、どうします??」
重ねて、1日に何度も訊いてくる。
なぜに?と思いつつ(自分の話しやすい人が、一緒に行ってくれるかどうかを探っていたようだ)、あまりのしつこさに、軽くうっとうしくなってきたので、徹底的に答えをはぐらかす。
飲み会には参加することにした。
わりとなごやかな職場なので、文字通りいい親睦になるのでは、と思ったので。
宮様は結局、来なかった。
しかし思いのほか、他の参加者も少なかった。
女性は自分をのぞけば、さっちんと野際さんのみ。
その時点で、己の配分と制御を考えるべきだった。
連れて行かれた居酒屋は、上野の地下にある、こじんまりとした居酒屋。
地下にあり、平日のせいか他のお客はいなかった。
料理はわりとおいしく、のんびりとした雰囲気の店だった。
この日の話題の中心は、宮様について。
彼女の、常人とちょっと変わった動向は、やはり他の人にとっても気になるらしい。
昼休み、いつも地下鉄の時刻表を読みふけっていること。
(てっちゃん疑惑あり)
他の人が休み時間に見ているサイトをのぞきこんで、興味があると「私も家で見ます!」と言って、URLを一字一句メモ。
そのノートをしっかり、職場の机に置いて帰ること。
あらゆる人の発言を日付入りで記録していて、何かの折にたずねると、人力検索エンジンとなって示してくれること。
しかし数分前に教えた仕事は、しょっちゅう忘れてしまうこと。
ミーティングの最中、普通にぐっすり寝ていること。
ひとり言が多い。
数時間前に終わった話題について、いきなり主語抜きで話し出し、他人を困惑させる、等々……。
上司は若い世代のサブカルに妙に詳しい人で、彼の話もかなり面白かった。
ただ自分の席は、苦手な野際さんの隣だったこともあり、ほとんど萎縮して黙っていた。
おとなしくしていよう。
そう思う一方、横の威圧はかなりのもので、それから逃れたい一心で、無言で酒をあおった。
日本酒○杯目を過ぎたとき、あ、ヤバイ、と感じてトイレへ。
少し飲みすぎたかな、と後悔しながら、洗面台に軽く寄りかかった。
……というのが、自分の記憶。
他の人いわく、トイレで大きな音がし、かけつけると私が床に倒れていたらしい。
その後のことは、記憶違いもだいぶあるかもしれない。
気がつくと、自分はさっちんにトイレで介抱されていた。
何度も彼女の前でおう吐。
恥ずかしさと申し訳なさと情けなさで、死にたさフルオープンになった。
次に気がついたとき、店の座敷に寝かされていた。
いろいろな人の顔が、心配そうに自分をのぞきこんでいる。
……ああ、また失敗を犯してしまった。
皆に申し訳なく、みじめさいっぱい。
なお自分は吐き散らし、挙句に野際さんのジャケットを汚した。
恐怖感に支配された。
「どうする?どうしたらいい?」
オロオロしながら、上司が野際さんに相談していた。
彼女は無表情で
「帰った方がいいんじゃないですか?」
と、さらりと指示していた。
しばらくして意識が戻ったとき、まわりはさっちんと野際さんのみになっていた。
自分はさっちんに膝枕されていた。
若い女の子にそんなことまでさせ、ますます小さくなる。
何度か起き上がろうと試みるが、まわりからとめられた。
「寝かせとけ」
そう言った店のおじさんは慣れたふうで、私の口にソルマックを突っこんだ。
終電近く、野際さんから家に泊まるよう、すすめられる。
店から近いのだという。
他人の、しかも野際さんのお世話になるとは、気を使うことこの上ない。
(人に迷惑かけておいて、ひどい書きぐさ……)
そう思ったが、もう体力的にやばいのと、まともな判断ができなくなっていたこともあり、結局うながされるまま従った。
とにかく同居人に連絡だけは入れようと思い、TEL。
「飲みすぎちゃって帰れそうにないから、会社の人のとこに泊めてもらうわー」
と伝えた。
の、はずなのだが、翌日、同居人に聞いた話では、
「すみません!!申し訳ございません!!」
となぜか敬語で謝りまくっていたらしい。
(まったく記憶にない)
同居人に言われ、野際さんと電話を代わる。
「飲ませちゃいました」
と、冷静に同居人と言葉を交わす彼女。
プライベートもバレバレである。
タクシーに乗り、野際さんの家へ。
途中、何度も吐き気をもよおし、車を停めてもらいながらの道程。
彼女宅に着くと、野際さんはテキパキと寝床を用意してくれた。
自分はボーっと突っ立っているのみだった。
こんな大迷惑をかけてしまって。
明日以降、ますます野際さんと接しづらくなる。
己の罪過の重さを痛感する。
それに潰されながらも、疲労困憊の脳と身体は、一国も早い現実逃避を欲していた。
慣れぬ床に倒れこみ、むさぼるように眠った。
2007/03/28
鈍感な恵み
■2006/4/25
日々の進捗にもっと力を入れたい。
努力が足りない。
甘えが多い。
もっと真摯に生きること。
考え抜くこと。
仕事はガツガツ、かつ丁寧にやろう。
自分は現状への不平、不満にはすぐ心を囚われる。
けれども、恵みには極度に鈍感。
もっと感謝をすべきであり、見つけなければ。
己からどれだけのものを引き出すことができるのか。
日々の環境は、以前よりずっと楽になった。
なのに、今だ焦燥してしまうとは。
己の毎日のやり残し、停滞にすべて起因しているのだろう。
2007/03/27
贅沢な悩み
■2006/4/22 キャロライン(仮)の会@わが家
久々に友人を家に招いて楽しみたい、という話が同居人との間で沸く。
延いてはキャロライン(仮)のメンバーに声をかけたところ、皆さん快く参加してくれた。
じっくり近況など話したかったけれど、わが家のHDDレコーダーにため込んだ、初期スカパラの映像、「ガキ使」「めちゃイケ」が意外にウケ、ハマってしまう。
大いに皆で笑うが、その分あまり話せなかったのが残念。
鑑賞会以外のときは、あまりTVつけちゃいかんね、と後で同居人と反省する。
いつも遊びに行くのは2人きりor自分の行きたいライブに、一人で勝手に行くばかり。
出てきたばかりの頃に比べれば、東京での知り合いもだいぶ増えてきたけれど、普段はなかなか友人と会う機会はない。
だから今日のように人が集まってくれるのは、うれしい。
贅沢な悩みを言えば、みんな気を使ってお酒やらお土産やら持ってきてくれるのだが、たいてい余ってしまう。
2人きりだと、以後もそんなに消費しないので、友だちが家に来るたび、たまっていく一方になっている。
それらを早く片付けるためにも、次回を早いうちにまた企画しないとね、と同居人と話す。
2007/03/24
熱り上がった諸行無常
■2006/4/20 ZAZEN BOYS@SHIBUYA-AX
退社後、会場めざして猛ダッシュ。
途中、JRがトラブルで止まり焦るが、なんとか間に合う。
久々のZAZENワンマンは、やはり熱気が噴きあがっていた。
オープニング近くになると、男子どもが割り込み乱入。
ムッとしつつも想定内なので、こちらも踏んばる。
開演すると、ハコはすぐさま狂乱状態。
チビの自分は周りのいい支柱代わりにされ、あごやひじでのしかかられる。
前に入りこんできた男の服を引っつかみ、とりあえず倒れるときはこいつを道連れに、とガムばる。
肉体のごった煮。
頭上を、何人もの野郎がゴロゴロ転がっていく。
彼氏の趣味につき合わされたのか、「もうヤだぁ〜!」と近くで泣き叫んでいる女の子。
口を押さえ、気分悪そうに逃れ出る人。
(この日、気絶者が5人ほど出たらしい)
外れっぱなしのドラ声で、わめきまくる心酔者。
いろいろ覚悟のうちだったので、何度もメガネを飛ばされつつ、生死の境も必死に耐える。
途中、肉体サンドイッチにされ、両サイドの耳をふさがれた状態になり、激昂。
自分はノリや盛り上がりより、曲そのものと対峙、真剣勝負したいので、音が聴こえないのは一番ツライ。
姿が見えないのは、仕方ないけど。
後半は正直、ライブの楽しみの原点が殺がれてしまった感じだった。
とはいえ、先日NHKでのライブを体験できていた分、欲求不満も幾分ガマンできた。
やはり行ってよかったと思う。
見慣れぬ向井の鍵盤演奏はかっこよかったし、リズム隊最強。
練磨されたアンサンブルはハガネの震動。
久々に聴けた生「半透明少女関係」では、我を忘れて踊り叫んだ。
バンドのキャリアは現在、ひとつの頂点に達したように感じた。
MATSURI SESSION春の陣は、熱り上がったドンチャンのうちに終わった。
終了後、見知らぬ男子に指摘され、ハッと背中を見ると、背負っていたリュックの口が開き、荷物がなにひとつない。
ロッカーに預ける間も惜しく、会場に持ち込んだのがアダとなった。
大あわてで、紙コップ、チラシ、こぼれたビール、タオルなどが踏み散らかっている地面を這いつくばり、そこら中探す。
奇跡的に、失くすと致命的な財布など貴重品は周りの人が拾ってくれ、失くさずに済んだ。
(みなさん、ありがとう!)
が、
「このカメラ、誰のですか〜」
と手を振っている女の子の声に、もしやッと駆け寄ると、そこにはボディが傷だらけのズタボロになった、4日前に買ったばかりの私のW-ZERO3……。
(それが携帯電話であるとは当然、ほとんどの人にはわからない……)
壊れなかったのは、不幸中の幸いなのだが。
カーディガン、弁当箱、ポーチ類なども、どこかへ行ってしまった。
すぐ清掃が入ったので、しつこく探し回ることもできず、まあいいかとあきらめ。
しかし自分の馬鹿さ加減に、晴れやかな顔をしている周りのファンとは対照的に、落ち込みモードの帰り道。
夜の渋谷は会場とはうって変わって、初春の冷え込みが深く。
全身、汗でびしゃびしゃの上、ノースリーブ一枚の自分。
上に引っかけるものもなく、震えながらコンクリートを歩く。
空腹、疲労、落し物のショック、連れのいない寂しさに混濁状態。
呆然自失でフラつきながら、違和感バリバリのまま帰る。
帰宅すると、全身ずぶ濡れの自分を見て、
「汚ねー、寄るな」
と罵った同居人。
それに反論する気力もないまま、風呂をこなして床に倒れこみ。
2007/03/23
こんな職場
■2006/4/18
新しい職場に入って、2週間ほど経った。
仕事はおおむね、自分に合っている感じ。
一方、新人特有の混乱や、思ったほど進まないことへの焦りなども、出てきだしている。
それは、どこに行っても共通してあることだし、この時期を耐えなければなあ、と思う。
今の仕事は一言で言うと、Webに載せるカタログを作ること。
それを遂行するためのチームが3つ、編成されている。
Web制作を行う「制作チーム」。
制作チームが作ったWebを校正する「校正チーム」。
校正チームのためにWebをプリントアウトする「出力チーム」。
自分が所属しているのは、「制作チーム」である。
日数が経つにつれて、だんだん各人の特色がはっきりしてきた。
以下、主な人物を仮名で記録。
【野際さん】(女)
3つのチーム全体を統率しているリーダー。
実は業務委託を受けている他会社から、出向してきている。
【栗さん】(男)
野際さんと同じ会社から出向している、制作チームのリーダー。
野際さんの後輩。
関西出身でいつも話の笑い、オチをとろうとする。
が、実は根が暗く、どこかムリヤリ感がただよう。
でも優しい人。
【グリーン氏】(男)
もとは校正者だが、人手不足の制作チームに請われて参加。
制作チームのリーダー。
非常に人当たりがよいので、みなから慕われている。
【宮様】(女)
入社初日に自分を案内してくれた女性。
ひと目で感じられる、一般人とは何かが違うオーラ、恐るべき処理能力の遅さ独特なテンポ(言語、理解、対応、etc.)が特徴。
人柄は大変優しい。
【さっちん】(女)
システムエンジニア出身で、制作チームでは目立って仕事が早い。
キーボードを叩く音が異常に早く大きく(後に数回、壊した)、席を立つとかならず何かに大きな音を立ててぶつかる。
以前の会社でのあだ名は「破壊王」とのこと。
若く明るい女の子。
【大泉さん】(女)
いつも黙々。
あまりしゃべらない。
愛想がないわけではなく、しゃべると親しみやすい感じ。
実はチーム内で一番仕事ができるのは彼女なのでは、と個人的にニラんでいる。
「TVガイド」を常に持ち歩き、半年先のドラマも把握している。
面接のとき、野際さんと会って「この人の下で働くのはきつそう……」と感じたのは、間違いではなかった。
もともとは営業畑の人だという。
数ヶ国語ペラペラで、今年の始めまで中国に出張していたというキャリアの持ち主。
仕事の効率、早さをとことん求めてくる。
手を止めることをいっさい許さず、目ざとく指摘する。
ミスに関しても、過ちそのものよりも、そのことによって仕事に遅れが出ることを大幅に嫌う。
自分は仕事が出来る人間ではないので、やり手の人からすると相当いらだつのだろう。
日が経つに連れ、ため息をつかれる回数、「もういいです」と一言ばっさり切られるケースが増えてきた。
自分が悪いのだから、怒られるのは仕方ないと思う。
それはまだ良いが、私のミスが栗さんのせいにされ、皆の前で彼を詰問する場面があるので、それがツライ。
私は栗さんに付いて、仕事を教えてもらっている。
だから教えている彼が責任を問われる、という流れもわからなくはないけど……。
なぜか野際さんは、栗さんにはことさら厳しい。
同じ会社から出向して来ているので、とくにそうなのかもしれない。
栗さんも優しい人だけど、自虐ムード満載の人。
本当に己を責めて落ちこんでしまう。
こちらが謝ると、よけいに気落ちしてしまうので、ちょっと接し方が難しいところがある。
そんなこんなはありつつ、総じて、以前とは変わった、おおらかなムードのなかで働いている。
最初の数日は、あまりに優しい人ばかりなので、逆にビクビクしていた。
「どうしていやな目で私を見ないのだろう」
「どうして無視しないんだろう」
通常よくあることがここではないので、逆にオロオロし、恐怖感に苛まれるときがある。
不信症を軽くこじらせすぎか。
新しい環境のなかで、少しは己をリカバリできるだろうか。
2007/03/22
私の新ツール2006
■2006/4/16 Janet Klein@HMV渋谷
オールドタイムから現代にやってきた歌姫、Janet Kleinを生体験。
しぐさのひとつひとつが本当にキュートで優雅。
それでいて知的な匂いにたっぷりあふれている、素敵な女性だった。
静かに横でサポートしていたIan Whitcomb氏。
何気ない爪弾きのようでいて、構築された長年のキャリアと貫禄を十分感じさせる大物であった。
新宿のビックカメラに寄り、念願の携帯電話(PHS)の機種変更を行う。
一般女性よりはるかに通話の機会がなく、メールもゲームもあまりいらない自分は、普通の携帯電話を持ったことがない。
むしろモバイルシステムを欲しているので、金額と携帯性を吟味し、シャープのW-ZERO3を選択した。
思っていたより、あっさり手続き終了。
ホクホクしながら、早く帰って同居人に自慢しようと思い(他に見せれる友だちがいない…)、駅に向かう。
たまたま間違ったホームに出たら、外出中の同居人と偶然バッタリ。
テレパシーが通じるって、便利だな。
(ウソ)
駅近くのファーストフードで2人、休憩しながら、新アイテムをいじりまくる。
2007/03/15
NHK猫町へ
■2006/4/9 向井秀徳@NHKトップランナー公開収録
参加権が抽選で当たったので、行く。
抽選率20倍。
己が身の幸運をかみしめる。
集合場所に行くと、はじめは明らかに毛色の違うおばちゃんたちが大量にいたので惑う。
違う番組の収録だったのか。
向井のソロライブがある、というのは聞いていたけど、控え室の前を通ったとき、名札が「ZAZEN BOYS 様」となっていた。
もしやッと胸躍らせたら、やはりサプライズでZAZENが、バンド形態でライブを演ってくれた。
自分はステージ向かって右、カシオ前。
真横には山本太郎や本上まなみちゃんもいたけれど、かまわずギャンギャン騒ぐ。
あっという間の4曲。
久々に間近で(といっても、行けば毎回、前線に飛び込むのだが)120〜150人限定の、ばりラッキーなライブを体験できた。
後半は向井トークとソロライブ。
正直、彼は話が上手い人ではないと思った。
司会の2人も的はずれな質問ばかり。
あまりゲストの引き出しを開けるようなテクはなかった。
(プロのインタビュアーではないのだから、当たり前だけど)
それでもモニターに映し出された、ドアップのお地蔵さんと化した姿や、スタイリストに化粧直しされ、硬直している向井を堪能できたので、ファンとしては良し。
後日、オンエアされなかった部分では、複数の活動をしているベース、町田のヤンキーを「彼のスケジュールはすごいことになってますが、色々やりたいことがあるんでしょう。立派!」とほめていた。
アコエレの弾き語りライブは、もろ眼前だったので大満足。
オンエアで自分は豆粒大しか映っていないけど、目ざとく見つけた同居人が、私の動きを何度もリプレイして、ゲラゲラ大笑いしていた。
2007/03/12
雑音ドーナッツ
■2006/4/8 mas@渋谷O-Nest
2度目の体験となった、masのライブ。
期待していた以上に良かった。
バンドのアンサンブル、グルーブは格段にレベルアップしていて、強靭になっていた。
DCPRGを彷彿とさせた。
胡弓奏者のキヨミさんはとてもきれいな人で、華があり、見とれてしまう。
彼女の音はmasの重要な要素だと思う。
これからも注目していきたい。
その他にも、今回のイベントにはいろいろなアーティストが出演した。
まだ未熟やね、と感じる人もいれば、「手クセで曲作ってる」と同居人にバッサリ切られる人も。
mas同様、楽しみにしていた降神は、ハイクオリティでしなやかなライブを披露してくれた。
ただ攻撃的な部分は影をひそめ、もの足りなくも感じた。
MCとして(わざとかもしれんが)発声がこもり、リリックが聴き取りづらくなっていってるものどうか。
雑音をぐるぐるさせつつも、おおむね楽しんで帰宅。
2007/03/10
日本のダニエル・ジョンストン
■2006/4/1 豊田道倫@新宿シアターPOO
50人未満と思われるキャパに、70人くらいがつめかけた。
男子率多し。
古い喫茶店の様相を持つハコは、雑多な匂いにまみれているが、個人的には好み。
「日本のダニエル・ジョンストン」
と、同居人が呼称する豊田道倫。
彼という人生が、驚くべき克明さで刻まれた音楽。
1曲1曲が日記を読むような、生々しさと日常感にあふれている。
しかし悩める三十路の男性像と、目の前で快活に大阪弁のMCを飛ばし、客を笑わせている人物は、あまり結びつかない。
小さな目に不ぞろいな輪郭。
猥雑な雰囲気。
衝撃的に、常に半音ずれつづける歌唱。
お笑い芸人、と言われた方が正直ぴったりくる。
けれども、やはり歌詞とメロディのマッチングは素晴らしく、美しい。
外れる声が、逆に不思議と胸に突き刺さる。
人柄と感覚、そして生活そのものをダイレクトに表現化できる、類まれな才能。
(そこそこ歌えるよりも、ここまで徹底して不恰好だからこそ、インパクトが強大という部分もあるかも……)
ライブが終わったあと、駅近くのラーメン屋で夕食。
背脂の浮いたとんこつラーメンは、わりとこってり系。
まあ普通、という感じで少しがっかりした。
福岡を出て以降、なぜかとんこつ以外のラーメンの方が、おいしいものに出会える場合が多い。
2007/03/04
新しい職場
■2006/3/30
新しい仕事の初日。
先日見学した、会議室のような職場の一員となる。
(実際、そこは他部署から一時間借りしている会議室だと、後日判明するのだが)
2年間いた前の職場との大きな違いに、すべてが新鮮に感じられた。
上司となった人はとてもユニークで、若い人たちが次々に相談にやって来ては談笑している。
人望のある人だということがすぐわかった。
初日なのでまだ未知数だけど、まわりの人も優しく、部屋は朗らかなムードにあふれている。
今までは、殺伐として常に険悪な空気が日常だったせいか、逆に違和感を感じてしまうほどだ。
休み時間の苦手な女子談合もない。
仕事は基本、定時まで。
大企業から一転、おおむね自分に合った、のほほんとした平和な職場である。
ただ、今回の仕事はある一時的なプロジェクトであり、ルーチンワークのごとく、ずっと続くものではないのだけど……。
社内を案内してくれたのは、先日、妙にこちらに熱い視線を送ってきた、あの女性だった。
実際に話すと、温容で接しやすい感じの人であった。
……ただ。
皇族出身なのか?と思うほど、異様に動作、言葉づかいがゆったりしている。
近くで見ると、正直、年はかなり上のよう。
一方、変に少女っぽいところが全身にはびこっていて、なんだかアンバランスさが強烈に不思議な人である。
そしてなぜか案内している彼女の方が、緊張しているのか、プルプルと小刻みに震えていた。
彼女「先日、見学に来られてましたよね……」
私「はい」
彼女「……思わずチラ見してしまいました……」
私「はあ……(ガン見だったと思うが)」
8階ある建物の非常階段を、2人で昇り降りした。
私「エレベーターは、使えないんですか?」
彼女「あー……そうですね……その方が良かったですよね……」
私「……」
……やはり、変わった人のようである。
そんな感じで、仕事初日は終了。
2007/02/25
巻かれる貝殻
■2006/3/24
気の進まなかった案件を断った。
電話口の女性はプロなので、もちろんあからさまには出さないものの、不快感が伝わってきた。
いた仕方ない。
代わりに一社、面接が決まる。
前向きに這うしかない。
■2006/3/27
仕事の面接を受ける。
古い小さなビルの一角に通された。
先方は2人。
部署の主任の男性と、リーダーを名乗る女性。
説明された内容は、自分のスキルにもマッチしているように思われた。
女性は非常に印象的な人物だった。
一言も話さず、無表情であまりこちらを見ることはないのだが。
全身から発する威圧感が、何とも強烈なのである。
ショートヘアに切れ長の目。
似てないけど、反射的に野際陽子を思い出した。
凛としたたずまいで、バリバリ仕事が出来るキャリア・ウーマン。
でも、自分にも他人にも厳しそうな……。
この人の下で働くことになったらキツそうだなあ、と、何となく感じた。
面接の後、現場に案内された。
職場の雰囲気を直接見ることができるので、その配慮はありがたかった。
(……というのは建前、見学はむしろ会社の人々に私を見せ「あの子どうよ?」とうかがうのが目的だったらしいことを、後日知る)
部屋に入ったとたん、独特の雰囲気に圧倒された。
10畳強くらいの会議室スペースに、15、6人ほどの人間(8割は女性)がズラズラズラ〜ッと、ひしめき合い、長机に張りついている。
皆、書類やパソコンに向かい、一心に作業していた。
一日中座って、黙々とこなす仕事……自分の得意分野ではある。
(誰とも口をきかなくていいならね……)
派手さともアクティヴとも無縁。
だが他社とのやり取り、鳴りかかってくる電話、責任、そういったものが希薄そうなこの仕事は、やはり自分には魅力的に映った。
あとは、この独特な(?)雰囲気のなかで(特に女性と)うまくやっていけるか、という不安のみ。
それは入ってみないとわかんないもんなあ……。
瞬時にカタカタと脳電算しながら、部屋をあちこちチラ見していると、妙に熱い視線とぶつかる。
見た目30代後半〜40代、総務事務などやってそうな女性。
大きな瞳をむっちり見開いて、こちらをガン見している。
……なんなんだろう、あの人は。
疑問に思いつつも、見学終了。
会社を出て、電車を乗り換えている最中に、先方から電話がかかってきた。
採用。
仕事がやっと決まった。
手放しでうれしい……かと思っていたが、実際は不思議とそうでもなかった。
やはり、不安のほうが多い。
しかし不安や恐怖など、今回に限らずいつだって付きもの。
それを打破……というより、うまく付き合っていくしかないだろう。
同居人に報告。
あまり、いい顔しなかった。
「もっとキャリアにつながるような仕事のほうがいいんじゃないの?」
スキルやステップアップにつながらない就労に、なんの価値があるんだ、と言いたいらしかった。
その考えは正しいだろうなー……。
しかし、そのキャリア志向が自分にはない。
仕事でやりたいことも別にないし。
絵を描き、音楽を聴く……それらを心身・時間・環境ともに邪魔されない、ほどよく生ぬるい仕事。
それが自分にとっては第一条件。
向上心がないこと自体も問題だし、批判されてもしかたがない。
でも無理やりひねり出そうとも思わない。
人より劣った構成品ばかり。
できることなど何もなくて、そんな人間がなるべく波風を避けて静かに生きたい、と願ったって、いいではないか……。
言い訳しつつ、この選択が正しかったのかどうか、自分でも断言はできずじまい。
来たる就業への不安の波に、結局変わらず巻きとられている。
2007/02/21
呪文コンベヤー
■2006/3/23
派遣の登録に行く。
新宿の巨大なビル。
たくさんの若者が流れ作業で説明を受け、一括でスキルチェックへ回されていた。
今回登録したところは、コーディネーターの対応も良く、エントリーした仕事も自分には合っている気がした。
どうか。
家に帰ると、先日面接を受けたところからも案内があった。
悪い条件ではなかったけれども、あまり気乗りがしない。
断るなら早めのほうが無難かな。
仕事が決まるまでは、落ちつかず気疲れする日々が続いている。
仕方ないけど。
焦っても妥協したり選択を急くのはダメだ。
……同じことを何度もしつこく、己に唱えている。
2007/02/16
静穏の大阪で
■2006/3/20
11時起床。
梅田のうどん屋はがくれで食事。
昼食後、江坂で知り合いのお墓参り。
喧騒の街中で、墓所はいつもきれいに清掃され、静穏を保っている。
時が経つにつれて、眠る人への想いも変わっていく。
手を合わせている時間は、相手へ呼びかけつつも、自分との対話のようにも感じる。
ホテルに戻り、平日の人少ない大浴場を堪能。
18時過ぎの新幹線に乗る。
車内でガッツリ寝る。
東京に戻り。
行きつけの居酒屋で食事して帰る。
2007/02/15
神戸の宵っぱり
■2006/3/19
昼遅く、ホテルのベッドで目覚める。
梅田に向かい、同居人希望のインデアンカレーで昼食。
大人用歯磨き粉も厳しいくらい、辛いものが苦手な自分には、即答で「無理」な味だった。
ヨドバシカメラをうろついた後、神戸に向かう。
今年は残念ながらDJ参加出来なかったM尾さんと合流。
元町エビスで乾杯しながら、今年のフィッシュマンズナイトの模様などを話す。
店を変え、魚料理のおいしい店へ。
疲れのせいか、酒の回りはいつも以上に早く、酔っぱらった。
トイレと間違えて壁をしこたま叩き、店員の制止を受ける。
酔い覚ましにカフェでコーヒーをすする。
途中、M尾さんの彼女Mホさんが仕事帰りに合流してくれて、30分くらい話すことができた。
最近は遅くまで働いているというMホさん。
いろいろやりたいことがあり、今は勉強期間のようだ。
今年はフェス行けないなあ……という、音楽好きの彼女には複雑な思いもあるようで、大変だけれどもがんばってほしいな、と思う。
終電近く、二人に送ってもらって、三宮駅でお別れ。
2007/02/10
OFN’06
■2006/3/18 大阪フィッシュマンズナイト
13時半出発、16時頃現地入り。
大阪は雨だった。
濡れながら、ホテルに直行。
荷物を置いて、梅田に向かう。
夕方、DJ陣の合流。
カフェで食事をしながら彼らが打ち合わせしているのを、自分はいつものように座敷わらしスタイルで、黙って聞いていた。
だんだん強くなっていく雨の中、会場のShangri-Laに到着。
前のバンドのライブが押していた。
モニターから会場の様子をうかがうと、大量に押しかけた客がこぶしを振りあげ、跳びまわっているのが見えた。
箱の中でごった煮返っている、エネルギーの躍動。
そんなに有名でもない(たぶん……。私が知らないだけかも)インディーズの某バンドを、うら若い子たちはどうやって知り、情熱を傾けるにいたるのだろう。
(他人のことはまったく言えないけど……)
素朴に
「売れてんの?」
と、思わず疑問を口にした。
後から同居人に、まわりのファンの女の子たちから、殺意に満ちた目でにらまれていたことを知らされる。
ライブがはけて、DJや店の人が準備している間は、所作なく会場内をウロウロ。
時折、人の邪魔となりながら、開場を待つ。
オープンの時間となり、ちゃんと客として入りなおそうと入り口に行くと、ずらずらと長い行列が見えて、びっくりした。
今年は前売りの段階で、すでにノルマ分はクリアしていると聞いていたけど。
今年は本家の活動もあったせいか。
関心を持って来た人が多かったようだ。
最初からキャパいっぱいで、けっこう盛り上がった。
一晩中、踊ったり酒を飲んだり。
音に耳を傾け、ゆらめいたり。
今年も一睡もすることなく、楽しく過ごせた。
皆で輪になって飛び回るおなじみの光景も、たいへんピースフルに、ほほえましく見た。
話したことはないけど、毎年必ず来てるなあという女の子の来場を確かめ、勝手に安心したり。
日本の(濃い)音楽大好きという外国人R氏も、ガッツリ来ていた。
最後、近くにいた見知らぬ女の子にいきなり手をとられて一緒に踊った。
とても楽しく、トリップした。
行きずりの人と、一瞬の幸福を分かち合う。
この種のイベントならではと思う。
それは日常に続くものではないけれど、心に刻まれて、その後を生きていく糧になる。
イベントが終わった後、同居人たちが片付け、清算などを済ませるのを待って、朝日の中へ。
DJ陣とともに近くのファーストキッチンで、朝食代わりを押し込む。
夜通し動き回った体に、ファーストフードは重い。
朝帰りの若者も大量にいるので、仲間で一緒に座れたことがない。
本当は皆で打ち上げできるような場所があるといいのだけど、時間帯と場所柄、なかなか難しい。。
疲れと眠気、日常への回帰に見舞われるメンバーたちは、うって変わって言葉少なくなり、それぞれのタイミングで別れを告げ、散り散りに帰って行く。
自分と同居人もタクシーをつかまえて、ホテルに戻った。
カーテンで日差しをシャットアウト。
「ドント・ディスターブ」でぐったり寝込む。
2007/02/02
Shirley Manson
■2006/3/17
仕事が決まりそう。
前進したような、妥協してしまったような……。
本当にこれでよかったのだろうか?
モヤッとしている。
Yeah Yeah Yearsのニューアルバム、リリース前の音源を入手することができた。
これまでのガレージな音色は後退し、わかりやすいメジャー・ロックサウンド。
今までと同じことをしていたのでは、しょうがないし、この方向性もありだと思う。
しかし全体的に感じる「ありきたり」なメロディ展開が気になるが。
Karen OはよくCourtney LoveやPJ Harveyを引き合いに出されるけれど、個人的にはShirley Mansonのたたずまいに似ていると思う。
2007/01/27
ダラケ
「真綿で包まれたピアノ線みたいな人」
ある人を称した同居人の言葉。
上手い比喩だと思った。
一見もろいようで、でも表面を燃やされても絶対に残る。
繊細だけど芯は強く、どこまでもピーンと張りつめて、リアルを歩いて行く人。
真綿で包んだ真綿の自分には、ずっと憧れの存在でありつづけると思う。
■2006/3/15〜16
つかの間のニート生活が続いている。
一人の時間をまとまって持てる今の時期は、とても貴重だ。
できるかぎりの時間を、絵や漫画の執筆に充てている。
さいわい今は、描いている間はとても楽しく、満ち足りている。
どんどん、手を動かしたくなる。
いい感じ。
一人暮らしであれば、風呂も食事も削ってしまいたいところである。
こんなのんびりダラケられる時は、そう長く続けられないけれど。
某作家の画風に似ていると言われた。
好きな作家だったから、言われた時はうれしかった。
しばらくたって、何だか複雑になった。
「○○に似ている」というのは、けっしていいことではなかろう。
言われることはかまわずとも、そこで満足して安住したら、終わりだ。
たぶん体を動かせなくなるときまで、模索と数稽古をずっと続けていくことが自分には必要。
それしか、今は思いつかないけど。
あとは絵や音楽で、いつか誰かと交流できるようになれたらいいなと思う。
2007/01/26
老婆心イレース
■2006/3/11
同居人の友人、Mキ君が彼女を連れて家にやってくる。
相変わらず仕事は忙しそうだけど、出会いがあって良かったねえ、と老婆心がにじむ。
彼女は初めての顔合わせに緊張しているようだった。
福岡の人、ということで地元の話を振ると、ほっとしたような表情を見せる。
博多弁なので、同居人は可愛い可愛いと気に入っていた。
(大昔、自分も言われたけど。覚えてなかろう。自分は地元以外で、方言は出ないが……たぶん)。
行政書士という、自分にはまったくの未知の世界を目指して勉強中だという彼女。
その奮起ぶりを聞いたり、料理上手な同居人お手製のピェンロー鍋をつついたり、適当にお笑い番組を見ながら過ごした。
2人が帰った後、Erase Errata@渋谷Deseoのライブに行く。
個人的には、まだ未熟な部分も感じられたけど。
若いアメリカン・ギャルたちは、見ているだけでも可愛らしく、ほほえましい。
女性のロックバンド自体が久々だったので、それだけでわりと楽しめた。
イベントはオールナイトだったので、Erase Errataが終わってすぐに会場を出たものの、時間は真夜中。
終電も過ぎていた。
迎えに行くと言ってくれてた同居人も、Telしてみると案の定、睡眠真っ最中。
電話口から非常に面倒くさそうな声色が返ってきたので、ダメだこりゃ、とあきらめて、迎えは辞退。
深夜の渋谷をうろつく勇気も元気もないので、こんなこともあろうかと、前もって目星をつけておいた漫画喫茶へ向かった。
その某店は、値段は少々お高めだけど、評判通りなかなか広くてきれいなところだった。
設備も充実していて、プチ家出の若者だけでなく、わりとOLやサラリーマンの利用も多いみたいだ。
こりゃ、起きたらいろいろ遊んでみよう……と思いながら、疲れていたので個室で即行落ち。
目が覚めると、終了ギリギリの時間になっていた。
なんだ、寝るだけだったらもっと安いとこ行きゃよかった……。
外に出ると、すでに大通りは朝日に照らされていた。
夜の狂騒の果てを思わすゴミの山も、新鮮な空気の中で鎮座していた。
人影のまばらな早朝の渋谷をめずらしく見ながら、JRに乗って帰る。
2007/01/17
膝折り模様
■2006/3/8
就職活動。
ばっくりそびえ建つビルディングに圧倒されながら、飲み込まれる。
広いオフィスの天井を走る電灯を見上げ、ビビリと苦い気分が胸の内に広がる。
またこういうところに戻って、あくせくしようとしているのだな。
簡単なスキルチェックをされる。
ささいなことでも、問題として問われると全然答えられない。
余計、小さくなる。
終わった後に、面談を受ける。
先方はとにかく話を推し進めてこようとする。
職歴も見ていない様子。
相手はノルマごなしと、手駒にカウントできるか否かの判断を事務的にやっているだけのようだ。
一方、一般的社会人なら当たり前の業務も「無理です」と拒否る自分。
仕事でしたいことも出来ることもほぼ無いが、やりたくないことは盛りだくさん。
相手の腹立ちがよく伝わってきた。
正直、自分の精進と周りの助けがあれば、少々仕事はきつくとも乗り切れる、と思う。
ただ、とくに前回の職場で、目に見える部分から圧力を受けたこともあり、すっかり他人……とみに同性が怖くなってしまっている。
結局、そこで膝を折っている自分がいる。
「女性のいない職場がいいです」
というのが、本当の最大の希望。
でも、そんなこと面接で言えない。
そもそも理解されない。
そして、そうそう希望どおりの場所など行けないし、つまづいていたら、いつまでも職は
決まらない。
だったら仕事上の条件はある程度妥協して、とりあえず前向きにチャレンジするか?
人間模様など、どこに行ったって、入ってみなきゃわかんないことだし。
しかし、もっと前向きに生きる時間を生み出す、そのため今度は条件に限りなく合う仕事を探したい、という意気込みだったくせに……。
現実にぶち当たって焦り、弱気になってることへの、自分への言い訳をしている。
つまるところ。
悩ましいまま、日は落ちる。
2007/01/11
ゆずれない
■2006/3/6
日々ライブに行ったり、好き勝手に過ごしている。
あまりのんびりするつもりはないんだけど。
というより、経済的余裕もパトロンも無いので、したくともニトれん。
職探しは退職直後からやっていて、そろそろ本格的に決めなければ、と思う。
一方で、行動を起こす際に、分かりやすく湧きあがってくる不安感。
ビルディング、壁、稼働する電子器具の音……あれらを思い出すと始まる、胃痛と妙な脅迫観念。
パクパクと動く唇とファンデの匂いが怖い。
しかしだらだらと、あるいは停止することへの恐れも在るのは事実。
だとすれば大丈夫と自分に言い聞かせ、騙くらかしても進むしかないわ。
何がゆずれない部分なのか、しっかり考えよう。
2007/01/10
花冷えの季節のように
■2006/3/4
S田さんの家へお呼ばれし、遊びに行く。
同居人も込みで、誘っていただいた。
退職後の職場の様子を聞いたりしながら、2時間ばかりお邪魔。
彼女の飼い猫、ちよちゃんを無理やり抱こうとして引っかかれるけども。
とても楽しい時を過ごした。
S田さんのお宅を後にすると、にかスープ&さやソース@浅草花屋敷のライブに向かう。
花冷えの季節のように、夜はかなり寒かった。
S田さんの持たせてくれたカイロを、ぎゅっと握りしめっぱなしだったけれど。
終わった後は、ほのぼのと温もりの残るライブであった。
自宅の駅に戻ると、最近お気に入りの駅前の立ち飲み屋へ。
酒はあまり強くない自分だが、この店の梅酒とワインはとても美味で、お気に入り。
女性客も多い。
写真について、Web2.0の何たらについて……カクカク語る同居人。
よい加減で1日を通せたせいか。
めずらしく長居をして、2人で話し込んだ。
2006/12/28
ポップバンド
■2006/3/1 Deerhoof@渋谷o-nest
Deerhoof来日公演最終日。
さすがに立て続けに聴くと、少々間延びも感じたが。
客の盛り上がりは一番だったと思う。
大きな瞳から鋭光を放ちながら、客をグイグイ引っぱっていたSatomi嬢。
ミュージシャンとしてというより、人として惹かれる女性だった。
この日が初見のオシリペンペンズ。
うわさは聴いていたけど、やはり衝撃のステージング。
うなり声ならぬ人力SEにはじまり、全身の痛みを引きずりながらの咆哮。
地べたを這いずり、照明にぶらさがり、客席でのたうちまわるモタコ氏。
面影はどことなく、銀杏BOYZの峯田君を彷彿とさせるが。
「銀杏ってポップバンドだったんだ……」
と思わず錯覚しそうになるほど、お腹いっぱいのパフォーマンスを見せてくれた。
(でも、たぶん今日はソフトな方だったと思う……)
SPEEDILLではイルリメのリズム感と二階堂和美の歌声の溶けあいが素晴らしく。
54-71の川口氏のゴリ太ベースが相変わらずかっこよくて、惚れなおす。
先日、好きな俳優について訊かれ、小1時間考えた。
結果、生まれてこの方、好きになった俳優が1人もいないことに気づく。
惚れる男性ミュージシャン(ミーハー)は、わりと増えているのに。
この差異はどこから来るんだろう……。
2006/12/26
侵入者
■2006/2/28
昨晩、居間兼同居人の部屋がやけに寒いと思ったら、ガラス戸が割られていた。
はじめは近所の子供が割らかして、逃げたのかと思ったが。
鍵に近いところがやられていることから、不審者がやったのではと、同居人が言い出す。
言われれば、だんだん怪しく思えてきた。
部屋を点検したところ、とくに荒らされた様子も盗られたものもなかったけど。
気になるのは、いつやられたかということ。
現在、自分は職ナシのため、昼間ずっと家に引きこもっている。
ガラスが割れた時、我ながらまったく気づかなかったのだろうか。
部屋を閉めきって音楽を聴いていたので、物音が聞こえなかったのかも。
(逆に侵入しようとした奴が、音楽で人の気配に気づいたのか)
それとも夕方に1時間ばかり買い物に出かけたが、その時発生したのだろうか。
下手すると、不審者とはち合わせた可能性もあったと思うと、少し怖い。
とにかく朝になるのを待って、大家に連絡した。
するとびっくり。
大家も昨日、同じ被害に遭って、警察に通報していたらしい。
そちらもガラスを割られたものの、盗られたものはなかったそうだけど。
さっそくうちも、警察を呼ぶはめになった。
(不幸中の幸い、同じ被害だったおかげで、ガラス代は大家があっさり持ってくれた)
やってきた警察のおっさんは慣れたふうで、調書作成のための質問口調もわりとノンキ。
一方、大家のおばあちゃんがやって来て、
「昔ここはねー、自慢のアパートだったのよー」
と何度も(通勤時につかまるとけっこうツライ)同じ話を横で繰り返すのも意に介さず、検察官はさっさと現場検証を進めていく。
早々に指紋採取を済ませ、庭に残った足跡もすぐさま見つけ出した。
昨晩はあまり寝つけなかったらしい同居人。
不測の事態が起きると、決まって神経質になる彼は、警察が来るのが遅いとイライラしたり、不機嫌状態。
もー起きちゃったことはしょうがないし、同じ家にまた来ることもそうそうないじゃん、とあまり深く考えない自分には、そのほうが面倒くさい。
ま、彼の方が、一般的な社会反応なんだろうが。
とはいえ、同居人は午前中、仕事を休んでくれた。
寒空の下、警察やらガラス屋やら、全部対処してくれた。
自分一人では絶対、パニック状態で何もできなかったろう。
やっぱり頼りになる人がいるのは、ありがたい。
当分、部屋に閉じこもって爆音で音楽を聴くことは、許されそうにないが。
2006/12/20
ミーハー・モード
■2006/2/24 Deerfoof@新宿ロフト(MOSTNOTORIOUS Vol.22)
昨日に引き続き、会場に早く着きすぎる。
「開場30分前まで、周辺でたむろわないでください」
とスタッフに追い払われた。
結果的に、そんなに早い整理番号でなかったにもかかわらず、最前列で見れたけど。
さすが無職。
途中から、となりの見知らぬ男子がやたら話しかけてくる。
得意の人見知りと恐怖が萌芽。
後半、バンドの入れ替えの間は、ひたすら下を向いて携帯電話をいじり倒していた。
そんなこんなでも、ライブは全体的にとても楽しめた。
目当てのDeerhoofは、個人的には来日中、この日のパフォーマンスが一番良かったと思う。
眼前で見たMostのPhewさんは、年を重ねても変わらず、クール・ビューティであった。
活動を休んでいる山本精一の代わりには、あぶらだこの大國氏が参加。
一歩控えた感じながら、サイケデリックかつテクニカルな爪弾きでバンドをがっつりサポート。
惚れた。
とってもミーハー・モードのまま、帰路に着く。
2006/12/17
The Runners Four
■2/23 Deerhoof@NHKスタジオ505
NHK-FM「ライブビート」の公開収録に行く。
会社帰りと違い、かなり早く到着。
集合場所に人1人おらず、一瞬日時を間違えたのでは、と不安になる。
開場時間が近づくにつれて、外人が集まりだしたので、安堵したが。
Deerhoofのパフォーマンスはとてもすばらしかった。
アルバムからイメージされるようなポップ感や実験性よりも、単純にバンドのアンサンブルがとても鮮烈で凄まじい。
いい意味で予想外、ライブアクトとしての強さを見せつけられた。
その他では、mooolsが良かった。
Voの酒井氏は、子供のように無邪気に音楽を楽しみ、突飛なことをナチュラルにやってしまう。
いかにもCalvin Johnsonの"お気に"になりそうなタイプ。
重要だけど誰もが簡単には持ちがたい才を有している人に感じられた。
まだ発達途中だけど、なにかのきっかけで爆発するとすごいかもしれない。
久々にゆっくり愉しめた日。
2006/12/15
さよなら、MBS
■2006/2/22 会社を辞めた
ジャスト・タイミングで朝礼当番。
皆の前で最後の司会をつとめた後、チラッと上司をうかがったけど、いつもと変わらず何もなし。
しょうがないので、自ら退職の挨拶を切り出す。
部署の人々はまったくこちらを向かず、適当に手を叩いていた。
最後の挨拶メールを、関係者へ送信。
思った以上に、返信があった。
何度連絡しても対応してくれなかった営業マンからの謝罪。
(一応、悪いと思ってたのか……)
「実は、自分ももうすぐ辞めるつもりです」
という、ぶっちゃけメール。
中には、
「沙香さん以外の、そちらの部署の人は苦手なんで」
というカミング・アウト、などなど。
(うちの部署の人と合わないのは私自身の問題ゆえ、と思っていたが、やはり他の人もそうだったのか……もちろん、前者の理由も大きいけど)
最後ならではの、面白メールが多々あった。
協力して一緒に業務に取り組んできたすべての人たち----電話やメールでしかやり取りしたことがない人も多く含まれる----との別れが惜しまれた。
S田さん、Aさん、Iさんから呼び出しを受け、途中、席を抜け出した。
3人から思わぬ記念の品を受け取る。
びっくりしたけど、本当にうれしかった。
3人と仲よくなれたのは、ちょうど会社を辞めると決意した頃。
今日まで、彼女たちには、たくさん励まされた。
入社して、はじめて明るい気持ちで接することができた人たちだった。
出会えてよかった。
彼女たちに、心からありがとうを言いたい。
昼休み。
一応、部署の女性たちが送別をかねた昼食会を、会社近くのレストランで開いてくれた。
……ただし、私本人に直接口で伝えられた事項はなく、女子たちのやりとりメールを、CCで転送されただけだけど……。
しかも会の間、自分は一言も発する機会がなかった。
話題は終始、新人男性の悪口だった。
私がいようといまいと、彼女たちは変わらない。
この先もずっとそうやっていく人たち。
最後まで、私たちは互いを認めることはなかった。
15時過ぎから、方々へあいさつ回り。
「まじめに働いてくれて、本当に皆から惜しまれつつですよ」
と言ってくれた人。
「あそこの部署の人って、態度の裏表がすごいんだって?」
と、鋭い感で探りを入れてきた人。
最後までにこにこと手を振ってくれた人。
いろいろな人に、頭を下げた。
時間がどんどん経っていく。
夕方、いつも疲れた目を投げていた、窓外の風景をカメラに収めた。
定時を過ぎ、人が少なくなっていくフロアで、席を外している上司を待った。
一応、最後にあいさつをしようと思い。
が、食事に行ったという彼は、数時間待っても帰って来ず。
仕方がないので結局、メールで最後の挨拶を残した。
「こちらでの日々は、自分にとってすべてが勉強でした」
メールボックスも使っていたフォルダも、ロッカーもすべて空にして、ビルを出た。
帰り道は奇妙な感じだった。
ずっと望んでいた退社。
が、不思議とあまり解放感はなかった。
以前、務めていた会社を辞めた時は、わりと重荷から逃れられた感が強かったのだけど。
年を重ねてきて、こんなの、しょせん通過点にすぎない、ということが分かっているからだろうか。
解放感を求めてるんじゃない、もっと前向きに生きる時間を生み出すため……というのは、成長したからか、甘えを隠すための都合のいいすり替えか。
いずれにせよ、自ら書いた「勉強の日々」は、これからも起伏、退屈、深い穴、そしてノイズをともないながら、続くのみだ。
闘いがまた始まる。
2006/12/06
上昇する弧線
■2006/2/20
上司が突如(さすがに何もしないのは負い目を感じるのか)送別会を開いてくれることになった。
と言っても、私のすさまじい人間関係を察知しているらしい。
部署内の女子には声をかけず、部長やおじさん社員のみの参加。
……それはそれでキツイ。
ので、急きょS田さん、Iさんにヘルプを求めて、参加してもらった。
個人的には久々に落ちつける、会社での飲み会となった。
「やりたい仕事がある」
という自分の嘘理由を信じている部長から、いろいろ励ましや慰労の言葉をもらった。
心が少し痛む。
キャリアを上げるべく誰もが上を目指すけれど、たいてい、その動きは一直線にならず、くるくると旋回する。
それでも弧を描きながらも、上昇していかなきゃならないんだよ。
……というようなお話をされる。
帰り道、S田さんが今度家に遊びにおいでと誘ってくれた。
心から浮かれる。
2006/12/02
義理堅くない
■2006/2/19
退社前、最後の休日。
西荻窪のお気に入り、佐藤家の食卓へ行く。
油をあまり使わないという料理は、相変わらず美味しい。
身体に優しく入っていく味である。
全部いただく。
吉祥寺に出て、会社で配る用の菓子を買う。
所属部署用(義理)、お昼を一緒にしている人用(義理)など。
同居人に「そんなのいいんじゃねーの」と言われる。
確かにそうだが、こんなんで縁が切れるなら安いもの、と思う自分は、義理堅いのではなく、根性がクサクサしているのである。
2006/11/27
観覧車
■2006/2/17
会社帰り、S田さん、Aさん、Iさんらと急きょ、東京ドーム側にあるムーミンベーカリー&カフェに寄り道することになった。
数日前から私の送別をかねて、飲み会やろうといってくれていたものの、なかなかスケジュールがあわず、実現してなかったのだけど。
本日ふと話が出たら、みんなの都合がピッタリだったらしく、私にも声をかけてくれて、行くことになった。
ムーミンをモチーフにしたそこは、オムライスがこんな形だったり↓

(目つきがアレなのは何故だろう……)
食器もキャラを型どったものだったり、壁にセピア色の原画のような絵が掛けてあったり、女の子が喜びそうな、わかりやすくファンシーなお店だった。
みんなで写真をとったり、グッズ売り場をのぞいたりして、楽しい時を過ごした。
店を出て、ラクーアの観覧車に乗った。
2月の夜はそれなりに寒さも強かったが、冬特有のクリアな空気の中、チカチカ発光している東京の夜景に、みんなではしゃいだ。
途中、自分は皆が見ているライトアップした都市とは別方向の、真っ暗闇に沈みこんだ空間ばっか見ていた。
先の見えない今後、日々塗りつぶしてくる不安、このところとみに強い、理由の有無を問わない焦燥……そういったものにとりつかれてしまっている自分には、黒い光景のほうがリンクした。
そして、ちょっと泣いているのも、見られたくなかったから。
もうすぐ、彼女たちともお別れだ。
2006/11/26
餞別
■2006/2/15
営業部の女性は総じて厳しい人が多い。
が、Gさんはいつも明るく、にこにこしていて接しやすい。
昨年入社したばかりなので、質問してくることも多かったが、うちの会社は尋ねる時点で煙たがる人も多く、新人さんには厳しい環境だと思う。
それでなるべく相談にのるようにしていたせいか、彼女の方も自分によく声をかけてくれていた。
ろくに連絡してこないうえ、抜けていることが多い営業マンとの仲介をしてくれる、貴重な存在でもあった。
そのGさんに用があったついで、もうすぐ会社を辞めることをメール。
すぐに彼女から返信があり、慰労の言葉をいただいた。
それだけでも、とてもうれしい出来事だったのだけど。
数時間後、普段は別の階で勤務している彼女が突然現れ、餞別を手渡しに来てくれたのだった。
メールの後、わざわざ休み時間に外出したらしい。
(しかも贈り主は彼女個人でなく、営業女子一同名義となっていた)
思わぬ贈り物に、すっかり感激。
幸いなことに、ちょうど部署の面子が全員席を外していたので、見られずにすんだが。
常に多忙で厳しいセクションにいるGさん。
彼女ならきっと、持ち前の明るさと気づかいの良さで、乗り切っていけるだろう。
そして彼女のような心づかいと優しさを、自分も持とう。
己の人間性を見つめ直すとき、そこにはいつも素敵な人との出会いがある。
2006/11/14
聖バレンタインのストップ高
■2006/2/14
会社のS田さん(もちろん女の子)から、バレンタインの手作りお菓子をもらう。
毎年恒例で、友達に配っているんだそう。
気さくで(会社でいつもジメジメしている私のような者にまでいつも声をかけてくれて)お料理もできて、スポーツマンでもある彼女。
同居人いわく、私から彼女の話を聞くたび、彼の中で彼女の株はストップ高になるんだそうである。
そういう女性を求めているんだな。
とにかく、S田さんは本当に優しくて、素敵な人である。
泣きたくなるほど。
会社で飲み会が行われる。
が、当然参加せず、即行ビルを出る。
寄り道して、いちおう同居人に買っていこうと思って、ワインを選ぶ。
自分はあまり酒に親しまず、知識もないので何がいいのかさっぱりわからないけれど、人気どころらしいやつを選ぶ。
直接渡すのもアレなので、そっと冷蔵庫に入れておく。
後で気づいていたけど、思ったほど好反応でもなかった……。
2006/11/12
可愛げがなくてごめんね
■2006/2/13
一緒に暮らしていれば、相手に苛立つ時だってある。
自分たちの場合、たいてい私のほうが先ず不機嫌になる。
時間が経つと、今度は同居人が逆ギレ。
でもお互い言葉に出さず、黙々と時間に任せていくので、よくない傾向だと思う。
気に入らないことがあるなら、相手に直接伝えるのが一番なんだろうけど。
「言われたって直す気はない」と言われたことがある。
以来、言葉に出すのをやめた。
代わりに懸命に働くこともやめさせてもらい楽になり、それに慣れきってしまった。
それに、自分の子供であれば、何度同じ文言でどなりつけることになっても、徹底的に付き合うけど。
相手が血の繋がっていない、いい年した他人なら。
いちいち言うのも何だし、事を荒立てるのも面倒くさいと思ってしまう。
自分はわりと細かいことが気に障る方だが、それをすべて相手に合わせてもらうことはできないな、とも思うし。
世の恋人や夫婦も、同じような経験をしているんだろうか。
恋愛は勝手に自然成長などしない。
それなりの努力も忍耐も要り、工夫や改善をこらして培っていって、二人に見合った形ができていく。
愛は想像だけではダメ、創造してこそ。
……なんて字面のいい建前を吐いても、いざムカつけば簡単に消し飛ぶ。
女なんだから、お前の方が合わせろ、という人もいる。
相手を変えようとするのではなく、あなたが変わればいいんですよーという類の教えを、自分に刷りこもうとしたときもある。
でも次の瞬間には、なんで毎回私が「思い直してあげ」なきゃならないんだよ、と思う。
相手に合わせたり尽くすことが、犠牲、妥協としか感じられない。
一方、日記に書かれたり何だりすると、「お互いさまじゃん!」と怒りつつも、どつぼにヘコんだりもする。
相手を愛しているのではなく、好きだと思い込もうとしているだけなのかなあ、という方向へいったり。
もうあきらめて、とことん従属的で無気力な助手に成り下がってやろうか、とふてくされたり。
そういうことを淡々と沈殿させながら、また日常を送る。
結局、それこそお互いさまなんだろうけどな。
適当に、ただ好き好き言っときゃあ、可愛げもあろうに。
2006/11/09
温かな画室
■2006/2/12
さかなのギタリスト、西脇一弘氏の絵画個展へ行く。
小さなギャラリーに並べられた作品の数々。
見ている人のイマジネーションに、手をさしのべて来る線。
温かみのある、人柄がそのまま表れたようなイラストたち。
ご本人がいて、お茶を注いでくださった。
同居人が絵を買いたくて尋ねてみたが、すでに完売とのこと。
今回は購入できず、同居人はちょっと残念そうだったけれども。
素敵な絵を見ることができて、ほんのりと心がぬくもった日だった。
さかなのライブもまた行きたい。
2006/11/07
vacillating evolution
「ウェブ進化論」(梅田望夫 著)を読み終える。
・「世界政府……そこで開発しなければならないシステムはすべてGoogleで作る」
・情報自身が淘汰を起こす
・「Google Maps」APIの公開後、一週間で出来上がった「はてなマップ」
・米国人の「人と違うことをする」ことへの強迫観念
・「全体」を意識せずに行う「個」の営みが集積され、生み出される「自動秩序形成シス
テム」
エンドユーザーの自分でも、読みやすかった。
日常で接しているWeb世界にある潮流、今後の期待事項などについても考えることができた。
IT業界の競争、システムの話などは読み流すこともできるが、個の行為に落とし込むことで、考えさせられた部分もある。
「真っ先に自分が変化しなければ淘汰される」
「常に個としてのスキルを磨き自分を客観的に凝視し続ける姿勢が、いかに個を強くするか」
自身もなお新しい世代と積極的に関わりながら、開拓を続けている著者の言葉は、深く心に刺さった。
とにかくこれで、同居人から半年以上、借りっぱなしだったのが返せるぞっと。
■2006/2/8
どうにも仕事の引き継ぎが、十分できそうにない。
ので、会議室で上司と話し合う。
が、残る人に任しちゃえばいいよ、というノリで、彼の問題認識は希薄。
他のメンバーを一人ずつ呼んで話し合うも、実際、特に困った様子の人もいなかった。
後の心配をしてるのは自分だけ。
結局、こちらが思ってるほど大きな事でもないのか。
誰に引きとめられているわけでもないし。
そんなわけで、自分の退職日は22日と決まった。
会議室を出て席に戻ると、部署の人たちが集まって大騒ぎしていた。
話し合いの時は淡々としていたけれども、時間が経つにつれて、ようやく事の大きさに気づきはじめたらしい。
あらら、もう終わりの日は決まっちゃったよ……と思いつつ、非難の視線を背にうつむいたまま、黙って座っていた。
自分で決めたことなのに、残すものの心配をしたり、未来への不安が増大している。
何をいたしておるのだろう。
2006/11/02
誰か感動の歌を聴かせておくれよ
■2/2
サンボマスター@品川ステラボール
TVの公開番組収録の参加が当たったので、行く。
品川は今の会社からだと、けっこう不便。
前日(迷子予防のため)いつものように、ライブ会場の下見に出かけておいた。
電飾で飾りたてられた景色とカップルまみれのなか、居心地悪く歩く。
会場は、いかにもサンボフォロワーな男子と、普段本当に聴いているのだろうか?と思しき小綺麗な女性客が、たくさんいた。
収録は普通に楽しかった。
30分だけ、ライブもあった。
想像していたほど轟音鳴らし倒しではなく、拍子抜けしたくらい。
よくも悪くも、わかりやすい3ピースだと感じた。
山口君のMCでほとんど塗りつぶされている曲があり、個人的には残念だった。
もっと音楽だけで、いいんじゃないかしら。
……と思う自分のような者はおそらく極少で、ライブはとても盛り上がっていたが。
若者がそこら中で跳びまくっていた。
2006/10/31
Viva! La Women
■1/25
進んでは打ち止め。
はい上がっては、撃墜される日々。
仕事の引き継ぎをしていると、相手とのPCスキルの段差にしょっちゅうつまずく。
学生時代、数学劣等生だった自分に比べればスペシャリスト、頭の回転も早いのに、エクセルの簡単な関数が使えない人。
それも覚えてしまえば、別になんちゃない、というか、覚えずともコピー&ペーストすれば一瞬で終わることなのだが、紙ベースやりたい、と言い張ってくる。
とことん自分のアナログ・ソロバンしか信用しないのか、私の言うことに倣うのが嫌なのか。
どっちでもいいが、単純に仕事に差し支えるので困る。
もー、だからビバ、公文式!世代はイヤなんだよ……と、グジュグジュしながら、1日プリントばかりしていた。
2006/10/29
氷上のフォトグラフ
■1/23
会社の帰り道、駅前のホームセンターに寄る。
そこでバッタリ、同居人と遭遇。
雪の残る帰り道を、連れ立って帰る。
コンクリートの路上は、すっかり氷結していた。
そこに電柱の灯りが射しこんで、道を青白く浮かび上がらせていた。
突然、同居人がカメラを取り出して地面に置き、無造作にシャッターをきりはじめた。
人気のない、雪の夜。
幸い車も通らず、彼がカメラを動かす音だけが、あたりに響く。
自分はそばで、ぼんやりと様子を見ていた。
鋭角、そして異質な視点を表示してくれる、彼の写真。
同居の特権で、私はその制作裏の一部を時折、垣間見ることができる。
世界にアンテナをめぐらす彼は、視界にも残らないような瞬間を、時に思いもよらない仕方で、とらえてゆく。
その感性を、自分はとても愛する。
同時に彼の写真は、側で無為に過ごしているこちらに、焦燥を突き立ててくる。
学生時代の同居人(その頃は赤の他人だったが)は、ほとんど写真はやってなかったと思う。
CGや文章をよくHPに載せていて、鮮やかで人を刺すようなそれらの作品も、心に焼
きつくものだった。
そのうち彼は、外国へ行った。
そして帰ってきた頃、ミューテーションを起こしたように、その活動も生み出すものも、変化を起こしはじめた。
いろいろな可能性を見せていたのが、よりダイレクトに、よりシンプルな形でのリリースに……写真に集中されはじめた。
それまでも彼の写真は何点か見ていたけど、帰国後のものは格段に凄みを増した。
実際、海外での体験がきっかけになったのかどうかは知らないが。
傍目で見ていて、その時期の彼の変化は、大きなものに感じられた。
どうして、写真にシフトしたのか。
後に同居人に訪ねたところ、それが形にするのにもっとも速い手法だから、ということらしい。
「CGは結局作りこみの世界だし。君が絵にかける時間とは比較にならない速さ、切り取った世界をすぐ形にできる速さが、自分には重要」
それが彼の答えだった。
言葉にいきづまり、過ぎていく日々に己を打ち出していけず、悶々。
そんな自分にとって、彼の言葉は脅威だった。
「形にする速さ」
それは自分にとっても大きな課題だし、欲しいものである。
己の感情や弱さ、受けた衝撃、ノイズを……表せるものが欲しい。
情けないほど欲しい。
けれども、じゃあ同じように写真でやるか、というと……やれないと思う。
明確な説明はできないけど、自分にできることは写真ではないという気がする。
だから、効率が悪くても下手でも、みっともなくて笑われていても、不快感を与えてしまっていても……今、自分が持っているもののなかで、やりくりしていかなくちゃと思う。
でも、彼が写真を撮っているそばにいると、やはり次々にアウトプットできている姿を、うらやましく感じる。
畜生。
自分はこんなところで、何してるんだろう。
焦るし、虚しくなる。
羨望と敵対心と敬愛の想いを抱えて、彼のそばに在る。
帰宅後、同居人が撮った写真を見せてくれた。
そこには人の思惑など介在しない、静寂で幻想的な時間が切りとられていた。
ただただ凍てついて美しい、現実そのものが。
2006/10/12
OL
■1/19
関連部署の女性Hさんに、やりとりがあったついでに、担当が代わること、退職する旨を伝える。
Hさんは仕事が出来る分、他人にも非常に厳しい人であり、恐れられている。
自分も彼女と関わり出した頃は、かなりピシャリとやられたし、相手にされなかったこともあった。
が、とにかく彼女の下に下に出、要求はひたすらのんできたら、最近はわりと心を許してくれるようになっていた。
そんなHさんも、私の退職話には驚いた様子。
で、用件を伝えて、くるりと彼女に背を向けたとたん、
「衝撃告白ぅ〜!」
と、まわりの女子とワイワイ言い合っているのが聞こえてきた。
噂話は、せめてこっちが去ってからにしてくれよ……と思いつつ。
辞めるまで、こんなこといくらでもあるんだろうなあ、と少しゲンナリする。
引き継ぎも始まった。
なるべく丁寧に、しっかり渡すことを心がけてやっているが。
引き継ぎ相手は、分からないことがあっても、あまり私に聞こうとしない。
お局さまや、まわりと相談しながら、ウンウン首をひねっている。
よほど私と口をききたくないらしい。
あつかましく割って入って、教えた方がいいだろうか、とも思うが。
相手も選択してのことだから、わざわざ口を出すこともないか……と逡巡。
仕事にいちいち、私的感情を持ち込むなんて。
そう思っていても、思い通りにコントロールできないことも多々。
そして自分はやりくりできても、相手がダメな時もある。
それらをひっくるめた環境で、私たちは労働していかなきゃならない。
難しいな。
しかしどこの職場にいっても、同性に毛嫌いされてしまうこの性。
……あきらかに、自分に原因があるんだろうけどな。。。
2006/10/11
If winter comes, can spring be far behind?
■1/16
会社でミーティングがあり、自分の退職が部内全員に通知される。
計算どおり(?)、前もってとっくに話は伝わっていた模様。
とくに驚きも起きず、誰もが無表情のまま、淡々と話は進んだ。
ようやく、退職に向けてのカウントダウンが刻めるようになった。
担当量が一番多いだけに、引き継ぐのも大変だが。
しかし、これも仕事、というか責任なので、しっかりやり遂げよう。
問題に絡めとられている暇があるなら、未来に集中しよう。
これを、ちゃんとやり遂げて、春を迎えよう。
……来るのか?
2006/10/06
唯一のお守り
■1/13
はっきり話が出たので、意を決して部署内のメンバー2人に、退職することを告白。
どっちにせよ、週明けになれば通達されるが。
いきなりの発表で、より非難と攻撃が強められるよりは、伏線は張っといたほうがいいか……という、己のズル計算を働かせた結果である。
たまたま、ほかの面子は外出で帰って来ないという、内勤の部署にはめずらしい状況だったこともあった。
普段、口を開くことがない私から話し掛けられたので、彼女たちはかなり驚いたようだった。
が、思ったよりとりあえず表向きは、わりと同情的に話をきいてくれた。
むしろ上司の印象が悪いせいか、そっちの批判のほうに話題は集中していた。
とりあえずこれで、発表前に話は流布されるだろう。
戦々恐々としながら、それでも状況を少しずつ動かしていかなくては……。
他部署の女の子が、マンガ「みよりの森」を貸してくれた。
その小さな出来事が、今日の自分が行動を起こすための、唯一の大きなお守りになった。
2006/10/04
欺きの記録
■1/11
時間が経つにつれて、昨日のことがムカムカ度を増してくる。
とうとう、上司に直訴。
部署の人間に聞かれたくないので、メールを打つ。
「くだらねえこと抜かす前に、やるべきことやれよ、ボケッ!」
という旨を、とってもやわらかい口調にエンコードしてのち。
が、この日はなんの反応もなかった。
■1/12
仕事中、たまたま席を立った折りに、上司とはち合わせ。
「例の件はK(部下のおっさん)にちゃんと、スケジュール立てさせるから」
と、ボソッとつぶやかれる。
は? それって、あんたがやるんじゃないの?
何、人に押し付けてんだよ〜と、内心思う。
こちらから言わなければ、おそらく動きもしなかったんだろうと思うと、また憤りが募る。
気が弱いのが難点だけど、上司よりはフットワークのマシなKさん。
すぐに自分を呼び出し、週明け、皆に話して今後のことを話し合いましょうと言ってくれた。
ようやく退職に向けて、話が動きそう。
安堵したのと同時に、新たに強烈な緊張と不安に襲われはじめる。
自分の退職通知はまた、部署内であからさまな非難と中傷を起こすだろう。
そして、それらをくぐり抜けた後に持つべき、明確なビジョンもまだ、なにも描けていない。
恐怖で心臓がつぶれそうだが、自分で望んだことなのだから、しょうがない。
不安などいつだって、あって当たり前。
それを含めつつ、未来に集中しよう。
思い込ませるように、欺くように、何度も自分に言い聞かせる。
自己内洗脳に明け暮れながら、この日もフロアで一人、残業。
2006/09/29
スモール・パーソン
■1/10
会社の所属部署で、新年会があった。
最近とみに、人々との関係が絶対零度をきわめている自分は、不参加を申し出ていたけれども。
もともと担当している仕事の関係で、日程的にもかなり厳しいということもあった。
定時になると、部署のメンバーはいつものようにかき消え。
自分は人が少なくなったフロアで、キーボードを叩き続けていた。
すると、この日は上司が近寄ってきて、
「遅くまで残られると、迷惑なんだよね」
と釘を刺しに来る。
上司はフロア内でたいてい、真っ先に帰る(趣味の吹奏楽クラブに熱中)ので、よく陰口を叩かれている人。
私はこれまで、たいして気にしていなかったけれど(正確にはドウデモヨイ)。
上層部から、下の人たちの方が、上司より遅く残っているのを問題視されているので、あまり残業しないでほしい、といったことをゴニョゴニョと言われ、思わずカッとなる。
ようは己の保身かよ、と非常に頭にきた。
今年に入って以降、昨年秋から申し出ていた辞職について、上司からなにひとつ指示がないのが、気になっていた。
退職希望は2月。
今の仕事は、引き継ぎに最低でも2カ月はかかるので、今の時点で始めていないのは、すでにヤバイ。
忘れているのではないか、よもや期限を引き延ばされるんじゃないかと、不安でしかたなかった。
それなのに、今さら残業云々(しかも自己都合)で指摘されるとは。
定時過ぎて働くことがいいとは、全然思わない。
むしろ帰れるものなら、真っ先に帰りたいタイプだし。
でも今の仕事は、取引先の都合がからむので、繁忙期は相手待ちで、予定がずれ込むこともざら。
そして体調を崩していても、ライブがあっても、休日を自主的につぶしても、なるべく仕事優先を心がけてきたのだが。
それらは結局、意味なかったってことか。
「そんなことより、引き継ぎどうなってんだよッ」
思わず叫びたくなった、のは後になってからで、このときは怒りに我を失うばかり。
なにひとつ言葉を撃つことは、できなかった。
彼が新年会に出かけたあとも、その場を放り出す勇気もなく、やはり黙々と目の前の山積みの仕事を処理するしかなかった。
小さき我。
2006/09/24
廻海(後編 - 風化 -)
・1/1
ホテルの朝食のおせちを食し、泡盛の振る舞い酒をいただく。
早めにチェックアウトするか否か迷うが、サービスにケーキセットが付くというので、それもきっちり受けていく。
同居人に教えられ、田淵ひさ子似というウエイトレスを観察したりして、時を過ごす。
(たしかに似ていたけど、あまり愛想はなかった。ご本人もすごく愛想がいいかといえば、アレだけれども……)
ホテルを出た後、あと那覇で行ってないところ、いうことで、首里城へ行くことになった。
ゆいレールに乗って、街を流れる。
滞在3日目にして、陽の照りはじめた沖縄。
ところどころに丘があり、その超えた先に、きらきらと光る海が見える。
そして多くの白い石造りの建物が、まぶしく印象に残った。
駅を降りると、首里につづく道を歩く。
正月とは思えないほど、汗ばむ陽気。
南国独特の、大きな肢体を揺らす木々。
初めて見る土着の建築物を、ものめずらしく見ながら進む。
首里城にて、展示物や建物を見学。
琉球装束を着た監視員のおっさんたちは皆、顔が真っ赤で、かなり眠そうな顔をしていた。
やはり年超しの宴会明けか。
島を一望できる丘に建てられた城。
そこから見える風景は、内包する問題を感じさせないほど美しく澄みわたっていて、不思議となつかしさをともなっていた。
牧志まで戻る。
ギネス・ビール好きの同居人(いずれギネス・ツアーをやりたいらしい。参加者募集中)に連れられ、アイリッシュ・パブで昼食。
市場、商店街をブラブラと歩き、おみやげを買う。
銘菓等よりも、沖縄の日常に根差したものがほしいと物色するが、運搬のことを考えると、なかなかムズい。
今回、沖縄で食べたもののなかで、ジーマーミや島豆腐などがかなりお気に入りとなったのだが、それを長時間かけて持ち帰るのは、やはりためらわれた。
夕映えに島が染まりはじめた頃、ゆいレールで、那覇空港に戻る。
空港は思いのほか、閑散としていた。
時間に余裕があったので、展望フロアでしばらく、暮れていく滑走路と、まわりに広がる海原を見ていた。
はじめて来た沖縄は、想像していた以上に美しいところもあれば、いい意味で雑多な部分もあった。
彫りが深くて、きれいな眼をした人が多く、街は今まで行ったどの日本の都市とも違う、独特の表情と匂いを立ちのぼらせていた。
目の前の海も空も、落日に燃えている島も、強く心に射しこんでくる。
でもどんなに記憶に刻んだつもりでも、きっと思い出など風化させてしまう。
この次、ここを訪れることができるのはいつだろう。
飛びさっていく飛行機と、輝きを増す滑走路に向けて、カメラのシャッターをきり続ける同居人の横、しだいに同じ色に溶けあっていく沖縄を見つめていた。
A&Wバーガーで軽くお腹を満たしてから、19時頃の飛行機に乗る。
離陸してから振り返ると、暗闇に赤い光が点在しているのが見えた。
東京は青い光の散らばりの印象があり、それもふたつの場所の差異をあらわしているように思われた。
島の形は夜に沈みこんでまったく見えず、赤い光を目で追っていたが、それもすぐに遠ざかって見えなくなった。
いっきに14℃下がった東京着。
家で動く気もないので、夕食を外ですませることに。
が、元旦から開いている店自体がほとんどなく、駅前のチェーン系のラーメン屋に収まるしかなかった。
先ほどまで食べていた、沖縄料理との落差に愕然とする。
沖縄で食したものは、いずれも美味しかっただけに、よけいその差をガツンと痛感する。
セブンイレブンにて、普段ならけっして手を出さぬ、340円のプリンパフェをカゴに放りこむ。
せめてもの贅沢(自分にとっては)で、むりやり舌を納得させつつ、長旅の最後を締めくくる。
2006/09/19
廻海(中編 - 琉球シンドローム -)
・12/31
昼すぎに起床。
どこに行こうと言いつつ、同居人とホテルの部屋でずっと、ダラダラ過ごしていた。
わりと軽いノリで選んだ沖縄。
どうしても行きたい場所もしたいことも特になく、いつものように重い腰をしばし転がすばかり。
長々と無為な時間の煙をふかした後、ようやく室内を出て、国際通りを歩いてみる。
公設市場、タワレコなどに寄る。
東京では入手困難な盤が、無造作につみあげられていたりするのに、鼻息を荒くする。
国際通りの端から端まで歩きとおすと、もう那覇で行きたいところがなくなってしまった。
海に行ってみようか、という話も出て、バスターミナルまで行ったものの、天気が悪いこともあって、結局ホテルに戻り。
その後、同居人はふたたび出かけ、自分は部屋で1人、2005年のあれこれに思いを廻らせていた。
同居人が帰ってきて後、「男祭り」に見入っていたが、彼が夕食に行ってみたいというので、アグー豚の焼き肉屋へ行く。
イメージとはちがって、今まで食べたことのない、優しい味であった。
散歩がてら通りを歩き、年超しに宮古そばの店に入る。
店内で放映されていた「Dynamite!!」曙戦をつつき、永ちゃんの熱唱をボンヤリと見る。
沖縄の地にも、カウントダウンのムードがただよいはじめる。
アイリッシュパブにて、「琉球シンドローム」という名のウイスキーをあおりつつ、同居人と飲み明かして、2005年は終わり。
新年に入って数分たってから店員が気づき、あわてて「おめでとうございまーす!」と音頭をとりはじめる。
いきなり祝賀ムードとなったので、隣にいた知らない人と乾杯。
勢いあまってグラスをガチンコしすぎ、ウイスキーをぶちまける。
店内に軽くシンドロームを起し、あわあわした。
新年早々、またやらかしてしまった。
同居人と'06年の抱負について語りあう。
2人とも共通しているのは、もっとアウトプットを増やしたい、ということ。
ホテルにモドリ後、同居人はソッコウ寝。
自分も連日の外出で疲れていたので、ここらでキチンとお肌のお手入れでもしようと思い、パックをして転がっていたら、そのまま睡眠。
気づいたときには、明け方だった。
顔がカピカピとなった。
2006/09/11
廻海(前編)
■12/30〜1/1 沖縄旅行
・12/30
昼過ぎ、同居人とともに出発。
めずらしく1時間ほどの余裕をもって、羽田に到着する。
空港は暖房がガン効きしていた。
沖縄でも使わないだろうから、東京に帰って来るまでもう必要ないなと思いつつ、コートをしまう。
およそ2時間半の空の旅。
冬の早い暮れ。
見渡すかぎりの雲海は、すでにあかね色に染まっていた。
まばゆい落日の反射を浴び、その美しさに見惚れつつも、となりで延々と日航機墜落事故の話をBGMってくる同居人におののく。
自分は普段から何やかやと思考を動かしているので平気だが、同居人は待ち時間を苦にするタイプ。
機内映像も延々と沖縄名所のCMが流されるだけなので、かなりヒマを持て余しているようだった。
なに気に機内ラジオを聴くと、茂木欣一がナレーションをやっていて、プリテンダーズやビーチボーイズなどを紹介していた。
そんな仕事もしてるんだな、と知る。
沖縄に着陸。
ゆいレールに乗り、まっすぐ予約したホテルに向かう。
荷物を置いてから、街に出た。
Tシャツ1枚では肌寒いが、12月末でも軽く上に羽織る程度で過ごせる、快適な気候。
ちょうどこの日、「キャロライン(仮)」の会で知り合ったY介山さんも、沖縄に来ていた。
待ちあわせて合流。
Y介山さんは今まで30回に及ぶ、沖縄・離島訪問歴を持っておられるという、強者なお方。
翌日も5時起きで奄美行きの船に乗るという、たくましいスケジュールの最中。
それでも、わざわざ私たちに付き合ってくれたのだった。
Y介山さんにおすすめしてもらったお店は、残念ながら年末休みに入っていたけれど、3件ほどハシゴしつつ、夜の沖縄の街を案内してもらった。
知らない街に行くと、下調べ不足でウロウロしまくる同居人と、まったく人任せなのに疲れると不機嫌になる我のコンビで、険悪ムードをムダに捻出するのがパターン。
だがこの日は、Y介山さんのおかげでサクサクと、非常に楽しく過ごすことができた。
同居人にとっては、同じIT業界で仕事をしているということと、音楽をふくめ、おもしろく話ができる人ということで、東京で出会った貴重な繋がりとなっているようである。
本当に感謝。
Y介山さんと別れると、タクシーに乗りこんでホテルに戻る。
即、寝っちぎる。
2006/09/05
End Of Dates And Moment In My Life
■12/28
年賀状書き終了。
毎年、年明けてからパタパタ返事しているのが常。
今年は早い方だと思う。
帰路に通るお店の多くで、門松が見受けられるようになった。
年の瀬が否応なく、ジンワリと迫り来る。
■12/29 仕事納め。
ギリギリまで業務に追われながらも、やっつける。
納会があり、いつものように端っこに滞在していた。
途中から、S田さんとA見さんがそばにやって来て、少し話をする。
彼女たちと一緒に過ごせるのも、あとわずか。
来年、私はどこで、どんな思いを持って年末を迎えているだろうか。
(迎えられればよいが)
自分の管轄を整理し、頃合いを見計らって、年末の挨拶まわりをした。
案の定、同部署の人々には無視されるが。
彼女らとも来年にはサヨナラなので、こっちのけじめとして頭を下げる。
高円寺の焼き肉屋にて、同居人と忘年会をした。
ゆく年を今年も2人で納めることができるのは、幸い。
帰り道は死ぬほど寒く、萎えていく気力を、家まで持ちこたえさせるのに苦労する。
帰宅後、残りカスの余力で、明日からの沖縄旅行の準備。
2006/09/01
悪癖のかたまり
■12/23
一日中、こたつにもぐりこんで、ダラダラしていた。
テレビをつけ放したまま、なにもやる気が起きず・起こさず。
夕方、同居人が友人を呼ぼうと言いだした。
後輩のMキ君と、高円寺で待ちあわせる。
買い出しをした後、わが家へ。
同居人が通販で買った、イベリコブタ肉にて鍋。
フランス料理でも菓子パンでも、腹が満たせれば基本どっちでもOK(というか、食べる行為自体がめんどくさいので、日常から無くしたい)、の自分と違って、食材や道具にこだわる、ヤツ。
価値観の違いから、たまに
「えー、○×※▽◆……」
と内心思う時もあるが、それだけに彼の料理は、やはり美味し。
3人でビデオを見たりしながら、まったりしゃべったりして過ごした。
Mキ君には、かなりなごんでいただけた模様。
2人で住むには、わりと恵まれた広さの現住まい。
引っ越しのときはいろいろ苦労もしたが、こうして人が来たとき、役立てていただけるのは、うれしい。
終電近くに、Mキ君は帰る。
そのまま2人とも居間で眠ってしまい、気づいた時には4時だった。
今日は丸1日、能動かつ生産的なアクションをなにも起こさなかった。
時間をおろそかにする、悪癖のかたまり。
2006/08/27
考察とブレーク
■12/21
日々のなかに挿みこみはじめた、或る一点。
強制と拘束を自分に課す。
代わりに持つ、考察とブレークの時間。
取りこぼしていくあれこれ。
抜けない甘え。
すぐにパンパンになる恐怖心。
なあんにも、生まない自分。
いろいろなことがガッツリ相乗作用して、なんかもう、どうしようと、焦燥してばかりいたが。
今は少しずつ、落ち着きが回復の芽を見せはじめてきている、気がする。
でも、もっと時間を有効に活用して、効率的な回し方ができればなあ。
それと、もうちょっと割り切って、平然と気持ちの切り売りができる人間になりたい。
まだまだ一つの物事に自分をぶっこみすぎるし、ちょっとしたことでいっぱいになってしまう。
指摘を受けてしまった。
イカン。
2006/08/25
無駄な消耗
■12/20
あることを人に伝えたく、でもなかなか話しかける勇気が出ず。
ここ数日、ずっと言葉を抱えたまま、焦燥していた。
後姿を逃しては落ち込み。
いざバッタリ遭遇すると、高速で緊張が全身を駆けめぐり、お茶をにごしてダッシュで逃げたり。
そんなことをウダウダ繰り返していたら、気持ちがすっかり擦りきれて、疲弊してしまう。
自分の情けなさから来る、不毛な(よけいな)消耗。
自分は無理かけないとなかなか、人と話したりすることができない性質けれども、それはそれで認定したうえで、そこにのさばるのではなくて、すべての機会を鍛錬だと思って、やっていかなくちゃならない。
今日こそ己をなんとかしないと、と叩きあげるような気分で、ついに彼の人と対面した。
冬なのに汚らしく汗をかき、声もプルプル震えた。
でも、なんとか、つぎはぎだらけの言葉で、数日持ち越してきた(というか先延ばしてきた)思いを告げた。
生きている間、あと何回、こういう無駄な行為をくりかえすんだろう。
2006/08/24
ピース!
■12/15
・toddle@NHK505スタジオ
ラジオ公開収録。
応募が多く、抽選となった今回のライブも無事当たる。
今日のチャコちゃんは機材トラブルもあり、いつもの冴えが少し無いようにも感じられた。
けど、なんだかんだでやっぱり惚れぼれと見ていたワタクシ。
まんま着ぐるみで(スタッフに手を引かれて)登場したギターパンダ。
ラジオ収録なのに、オンエアカットが決まっている曲をやったり、身ぶり手ぶりでのコール・アンド・レスポンスを要求したりと、客の沸かせ方はこなれたもの。
逆にちょっとシリアスな曲だと、いっきに脆弱に感じられるきらいはあった。
でも初めて聴いてもなかなか楽しめる、エンターテインなライブだった。
トリの曽我部恵一バンドの時には、だいぶ時間が押していてた。
即行で岐阜に帰らないといけない、というファンの人を気遣ったり、歌詞に岐阜を織り込んだりと、人柄のしのばれた曽我部氏。
ただ「俺たちはみんな仲間、ピース!」みたいなノリが、自分にはあまり馴染めなかったが。
ギターと体をこすりつけあっての、獣ライクなパフォーマンスも、なんか……。
特にベースの大塚氏のとてつもない笑顔が、申し訳ないけれど恐かった。
恐いんだけど、やはりベースはめちゃくちゃ上手くて、つい見てしまう。
見るとやっぱり恐い……の自己内メビウスを、延々と繰り返していた。
あと、オータコージのドラムは、骨太でかっこよかった。
曽我部恵一バンドの「ワンマンでやってくれよ」と言いたくなるほどの、熱く長いライブが終わったのは23時過ぎ。
夜道を呆然と歩いて帰る。
2006/08/23
自分がとても恥ずかしくなる
■12/12
会社でS田さんにこっそり、週末のお礼のメールを出した。
彼女からの返事には、私が会社を辞めることのショックについて、書かれていた。
そして
「私は何も言わないから(S田さんと同じく、自分としゃべってくれるI泉さんやA見さ
ん)2人には、言いたいときに言ってあげて」
とも。
S田さんのように、他人に気配りが出来る人に、私はなりたい。
もっと思いやりを、内に湛えたい。
成熟したい。
こういう人と出会えた時、私は自分がとても恥ずかしくなる。
そして、とても恵まれている、と感じる。
2006/08/18
結晶
■12/10 年末鍋パーティ@我が家
集まってくれた人たちで、夕方から行う。
料理上手の同居人の作った、イタリア鍋は大好評。
メンバーは、会社の同僚S田さんはじめ、同居人や自分と仲良くしていただいている人たち。
初顔合わせの方々もいたけれど、自宅だからか、すごく和んでいただけたよう。
皆、音楽好きというのもあって、ビデオを見たり、同郷の方々の話も花咲いた。
今回、YたさんとMほさんが遅れてきて、ゆっくりしてもらえなかったのが、残念だったけれど。
(もちろん、今後また!)
パーティが始まる前、S田さんに同居人が
「コイツ、もうすぐ会社辞めるんですよ」
とバラしてしまう。
S田さんをかなり驚かせてしまった。
せめて始まってから、酒の勢いで告白……と思っていたので、すごく申し訳なかった。
でも、思った以上に残念がってくれて。
たぶん、自分が会社を辞める日、そういう反応をしてくれるのはS田さんだけだ。
「なんでお前なんかと……」
と同居人が言うくらい、S田さんは本当にいい人で(だから私などにも言葉をかけてくれるのだ)、彼女と知り合えたことは、今のつらいつらいつらい会社に入ってからの、本当に思わぬ大きな宝物だった。
「会社辞めても、仲良くしてやってよ」
と、同居人は代わりに言ってくれたけど、実際、そんな大きなことは望んでない。
今日この日、そして会社での残りの日々が、ちょこっとでも彼女のなかに残ってくれたら、それでいいと思う。
S田さんはこの日、私の部屋に泊まり(友だちを部屋に泊めたのも、人生初)、翌日、用事があるらしく、残念ながら早めに帰っていった。
朝日の強い光のなかを、駅まで送っていった。
本当に名残惜しくて、言葉にできない、まぶしい結晶みたいな時間だった。
家に戻ると、同居人が二日酔いでぶっ倒れていた。
昨日はすごく奮闘してくれたし、当然か。
一人で部屋を片付け、もとの巣に戻す。
2006/08/17
ノーレア
■12/5
会社で自分と口をきいてくれる、数少ない1人のS田さんと偶然居合わせる。
思いきって、件の「年末鍋パーティ」に誘ってみると、快く来てくれることになった。
初めて、自分から誘えた人ができた。
やったー、わーい。
誰知れず1日、浮かれる。
会社にいる時とも、家での時とも違う、時間。
絵を描いたり、反省したり、落ち込んだり、眠りこけたりして、過ごしている。
■12/9
同居人と新宿で待ち合わせる。
いよいよ明日にせまってきた「年末鍋パーティ」の準備のため。
とはいえ、待ち合わせを指定してきた同居人のほうが、仕事でずいぶん遅れてきた。
ので、新宿のマックで1人、年賀状用のイラストなどを描いて、時間をつぶす。
おかげで、ほぼ完成形に近いものが、この時間だけで描きあがった。
途中でS田さんから携帯電話に、明日の確認メールが入ってくる。
プライベートなメールを、他人から携帯直にもらったことがほとんどないので、それだけでなんだかうれしくなってしまう。
そもそも自分のアドレスを知っている人は、5本の指で余りある人数だけど。
もちろん、レアでもなんでもない。
2006/08/16
落日時のノイズ
子供のとき、なんでお母さんはあんなに怒ってばっかりいるんだろ、突然叫んだり、泣いたりするんだろうと思ってた。
現在、自分が彼女の年齢になって、他人と暮らしはじめて、だんだん彼女の感覚に近くなってきている、ような気がする。
■12/3
1日早いけど、同居人が誕生日祝いに、予約したイタリアン・レストランに連れて行ってくれた。
評判の良い店らしく、前菜からデザートまで、きっちり手を抜かずに作りこまれた料理。
どれもおいしくて、とても満足。
「これから先、友達になることは考えられない」
「年相応に見えない」
とか言われたことは、良いんだかどうだかわかんないけど。
記念の時を、大切な人と過ごすことができて、幸せだった。
とても。
メッセージをくれた人にも、心から感謝!
某所で座りこけ、流れていく雑踏を見つめながら、考えていた。
生活のこと。
絵を描くことについて。
はじき出される、己の課題について。
落日の時間が終わるころ、人の通りはとぎれがちになってくる。
入れ替わりにノイズが、そこらで反響し出す。
それを確認してから、家に帰る。
落日時のノイズ
子供のとき、なんでお母さんはあんなに怒ってばっかりいるんだろ、突然叫んだり、泣いたりするんだろうと思ってた。
現在、自分が彼女の年齢になって、他人と暮らしはじめて、だんだん彼女の感覚に近くなってきている、ような気がする。
■12/3
1日早いけど、同居人が誕生日祝いに、予約したイタリアン・レストランに連れて行ってくれた。
評判の良い店らしく、前菜からデザートまで、きっちり手を抜かずに作りこまれた料理。
どれもおいしくて、とても満足。
「これから先、友達になることは考えられない」
「年相応に見えない」
とか言われたことは、良いんだかどうだかわかんないけど。
記念の時を、大切な人と過ごすことができて、幸せだった。
とても。
メッセージをくれた人にも、心から感謝!
某所で座りこけ、流れていく雑踏を見つめながら、考えていた。
生活のこと。
絵を描くことについて。
はじき出される、己の課題について。
落日の時間が終わるころ、人の通りはとぎれがちになってくる。
入れ替わりにノイズが、そこらで反響し出す。
それを確認してから、家に帰る。
2006/08/14
いいんだ。
■12/2
年賀状どうしよう。
毎年描きおろしているものの、いつも年を越してしまう。
今年こそは、間に合わせたいな……。
・Joanna Newsom来日映像上映会@高円寺円盤
11月に来日したJoanna Newsomの上映会があるというので、退社後に寄る。
小さくせまい暗がりの店舗。
酒を飲みつつ、スクリーンを黙って見入る、互いに見知らぬ客が(おそらくスタッフも含め)10人前後。
不思議な空間だったけれど、あの日の感動をふたたび沸きたてられる、すばらしいパフォーマンスがしっかり収められた、貴重な映像を見ることができた。
来日中、スタッフの方が密着して撮影したドキュメントもあり。
新幹線の中を、ニコニコしながら走るJoannaの姿まで見れたし。
共演したSmogや二階堂和美らの裏話もきけた。
同時上映された、Howe Gelbのライブもとても良くって、手を叩きたくなるような楽しさにあふれていた。
激忙の仕事を、無理くり抜けて行ったかいがあった。
上映会参加特典のDVDは、ジャンケンに負けたので、もらえなかったけど。
いいんだ。
いいんだ。
2006/08/13
南から来た女性
もっと論理的な頭脳と整理・解析。
吸収、吸収、熟考、砲撃、そして祈り。
自分に足りなさすぎるもの。
あー、あとバランスとかね……。
■11/29 九州の友人と会う。
以前、会社を出たらばったり偶然、大学時代の友人のU田さんが目の前を歩いていて、お互い驚愕したことがある。
当時、彼女は私が東京に移り住んだことは知っていたけど、連絡先がわからず、会うことは断念していたらしい。
それが、1分でもどちらかがズレれば叶わなかったタイミングで、ガチった。
人の出会いって、つくづく恐ろしく、おもしろいと思う。
そんなU田さんが、出張でふたたび東京に来るというので、今度はきっちり待ちあわせた。
これも偶然、彼女が宿泊している、私の会社のすぐそばのホテルにて。
彼女は本屋に務めている。
今回も出版関係の会議と視察をかねて、やってきたらしい。
「東京の本屋を案内してほしい」
と事前に言われていて、あまり詳しくないけど、とりあえず有名どころの本屋をピックアップしておいた。
新宿に出て、大型書店を3店ほど回る。
田舎に住んでいるU田さんは、広い店舗というだけで多いに興奮し、楽しんでくれた模様。
新宿マイシティ内にある中華料理屋で、夕食。
先日の妹の結婚式のこと、来年の同窓旅行になどについてしゃべる。
苦手な、「女性」との外出。
自分が前に立って案内しなければという、慣れない責務。
多少、疲れたけれど、久々の友人との再会はやはりうれしかった。
また機会があるときは、と約束して、南から来た人を見送った。
2006/08/10
ちょっくらフクザツな鍋
■11/28
最近よく聴くアルバム……「Yann Tiersen & Shannon Wright」
聴きこむほどに美しく、感情の波涛が騒ぐ。
「東京で一緒に鍋パーティーができるような友だちがほしい」
今年の始め、そんなことを言っていた。
「目標」とか言うと、大げさだけど。
年始に言ったことを、実際に実行するかしないか、今年も残りわずかとなったこの頃、微妙に意味を帯びているような気がしてくる。
できるかどうかはわからないけど。
やるかやらないか、だ。
それで、「年末鍋パーティ」についての告知を、ひっそりと行っていた。
正直、参加者はそんなにいないだろうと思っていた。
すると、いつのまにか顔の広い同居人が、人の告知をネット上で流布しており。
その宣伝効果バツグン、結果わりとたくさんの人が「年末鍋パーティ」に参加してくれることになったのである。
あんまり誰と住んでるとかネットで書いてないし、晒すな……と思ったものの。
彼なりにこちらを気遣ってくれている上でのことだと思うので、今回も温情だと思い、ありがたく協力を仰ぐことにした。
それでも言葉にし、一歩でも動くことで、事態が変わることはいくらでもあるな。
それはそれで、ちょっぴりおもしろい事象だと思う。
……しかし結局、自分の直接の東京の友人は、参加者にいないのだが。
ちょっくらフクザツな気持ちが続く。
夕方、都内を観光しているはずの両親が心配で、電話をかけると「余計な心配するな」と逆に諭される。
2006/08/07
夢と魔法の結婚物語(パラライカ後編)
・11/27 式日
かなり早起き。
朝日がしみる時分から、ホテルを出て、式場に向かう。
控え室に着くと、家族は着替えのため、別室へ。
すでにホテルで済ませていた自分は、一人ですることもなく、ボーっとしていた。
すると突然、中年の見知らぬ夫婦が入ってきた。
お、こちらが新郎のご両親だなと思い、挨拶をする。
「まーっ、こちらがまーちゃん(妹のこと)のお姉さま!?このたびはご縁がありまして〜。末永くよろしくお願いいたしますね〜!!」
お義母さんにまくしたてられ、こちらはただ流されるまま、へぇ、へぇ、とうなずく。
噂できいていたが、ものすごく豪快でにぎやかなお義母さん(血圧200らしい……)。
その横には、もの静かにほほえんでいるお義父さん。
2人とも妹を「まーちゃん」と呼んで、かわいがってくれているらしい。
新しい家族との関係は、心配なさそうだ。
控え室の外で突っ立っていると、ウエディングドレスを着た妹と旦那がやって来た。
新郎と顔をあわせるのは初めてだったので、あ、ドモドモ、と初対面のごあいさつ。
永井○似、と聞いていたので期待していたのだが、実際は土○晃之……。
うそつき〜ッ、と心の叫びをあげる。
まあ、めでたい日にJAROに訴えるのもアレなので、許してやることにするが。
「美女と野獣」がコンセプトらしく、二人はディズニーアニメを再現した衣装をまとっていた。
式を終えた後も、5日間、ディズニーランドに滞在するらしい。
(ちなみにこれを書いている2006年現在、7月も日帰りでDLに繰り出していた。さらに2007年の正月も行くそうな……)
ディズニーオタはすごいね、と恐れ入る。
(方向性は違えど、人のことは決して言えない私だけど)
なんだかんだいっても、純白のドレスに身をつつんだ妹はまぶしく、美しかった。
もともと、容姿はアイドル並に可愛らしく、私のもっとも身近なコンプレックス増幅装置だった彼女。
ついでに弟も、彼女は切らしたことがない、というモテ男君。
(「見かけ倒し」という文言が、非常にぴったりな彼だが)
……どうして姉だけ、こんなことになってしまったんだろう。
ま、いいんだけど……。
ヒステリー傾向が強い我が血統の女性のなかでも、群を抜いてそれがあらわな妹。
それを旦那はちゃんと受け入れているのかな、という心配はあるけれど。
まあ、10年も付き合っているのだから、その辺はちゃんと解っているうえで一緒になるんだろうけどね。
私は生涯、ウエディングドレスとは無縁の者なので、彼女の幸いな姿に、自分を託す想いもあった。
何より花嫁の笑顔ほど、わかりやすく幸福を具現化したものはない。
式場の準備が整うまで、控え室で双方の家族で待機していた。
突然、妹が泣き出して、
「今まで育ててくれてありがとうございました」
と両親にあいさつし始めたので、花嫁の一大イベントついにキタ!と思って、場面を収めるべく、カメラを向けた。
その手が、妹に駆けよろうとした母の顔面にぶち当たり、ガツッとアッパー・カットを入れる形に……。
人生の大きな節目に感涙し、まわりの状況にまったく気づいていない妹。
痛みに身もだえする母。
あわあわとうろたえる私。
……人生の大事なときに、やってはならない大ヘマをやらかす自分のめぐり合わせは、たぶん生涯、直らないようだ……。
親族での写真撮影を終えて、本番のとき。
双方の家族のみの、ささやかな結婚式。
(大好きなディズニーの)白い教会。
父に手を引かれて歩くヴァージンロード。
外人神父の前で交わす誓い。
まさにオーソドックスな式だったけれど、静かに涙を拭いている母や、見守っている新郎の両親の姿など、普通に感慨深い、よい式であった。
ただ、外人神父の挙動や、賛美歌を歌いあげるコーラス隊の登場、周りの厳粛っぷりに、思わず大笑いしそうになり、こらえるのが多少、大変だったけれども。
当日は、記念ビデオの撮影のため、カメラマンもいた。
後日、出来上がった映像を見たら、私1人だけが、始終キョロキョロしまくっていて、明らかに不審人物となっていた。
式が終わると、庭に出てふたたび、記念の写真とビデオ撮影。
今日のためにわざわざ特別にやってきたというミッキー&ミニーマウスが登場。
もちろん、こちらは昨日の"選ばれし者"ではなくて、営業用だろう。
ディズニーって演出が徹底してるなあ、といろいろな意味で感心しつつ。
キャラに囲まれて幸せそうな2人や、ミッキーと抱き合って大はしゃぎしているお義母さんを、ほほえましく見ていた。
フラワーシャワーをまいた父が、デジカメも宙に放り投げたりと、家族ビデオに投稿できそうなファニーな出来事もあったり。
「残念ながら、今日のミッキーはここでお別れですー」
(営業終了の)アナウンスとともに、やたらハイテンションなミッキー&ミニーマウスは退場。
この日は他にも、数組の結婚式が行われていたらしい。
忙しいミッキーは、一組にそんな長時間を割いてはいられないのだろう。
式が終わると、新婚夫婦が泊まっているホテルで少し休憩した。
歓迎バスも建物も、エスカレーターのアナウンスさえ、いたるところがミッキーマウスであふれかえっていた。
オタクにはたまらない、一般の者には少々にぎやかなホテル。
自分はめずらしさに、相変わらずキョロキョロしまくっていたけど。
来年、同窓旅行はこのホテルに泊まろうかという話になっているので、幹事予定の自分がここに予約するのか……と少々、鬱屈したり。
荷物を整理したり、細々と動き回っている妹の顔は、もう人妻のそれだった。
成長した妹が感慨深かったり、少々さびしかったり。
家族での昼食会。
「やっとここまで終わったね」
「そうだねー」
緊張が解けた様子で、むつまじく会話している新婚カップル。
たぶんプロポーズもディズニーランドで、式をここで挙げることを約束したんだろうな、と邪推している姉。
実際この一年、2人は親の手もあまり借りずに、自分たちで式の準備を進めてきた。
晴れて今日、思い通りに事を成就して、おおいに満足できたんではないかと思う。
家族としても、大きなイベントが終わって、やれやれ。
ただし、来月は福岡で親戚、友人向けの披露宴が行われるので、また帰省せないかんのよね、と少々めんどくささも感じるのであった。
会食が終わると、妹夫婦、新郎の両親と別れた。
明日、早朝からふたたび勤労する弟は、今日中に福岡に戻らなければならない。
が、飛行機の時間にまだ余裕があるので、とりあえず父母が本日泊まる、品川のホテルに移動することになった。
「行ければ観光でも行きたいね」
「東京タワーってどこにあるの」
「んー、田無(当時タム、と呼んでいた)だった気がする……」
我がファミリーの知識では、かき集めてもさっぱりあがらない、東京マップ。
結局、ホテルに着いた頃には、皆かなり疲労がたまっていて、すっかり観光する気はなくなっていた。
全員、ベッドの上でごろごろ、無言で転がっていた。
人気のないホテルの展望レストランで、夕食を取る。
昼にフルコースを食べたのと疲れで、箸は進まず。
会話もなく。
全員黙りこくって、暮れていく東京の光景ばかりを見ていた。
自分が初めて東京を見たときは、巨大な電子回路に見えた。
その流れに組み込まれていく不安と高揚感が、同時にあった。
今、眼前に展開する巨大都市は、家族にどう映っているんだろう。
いきなり出て行ってしまった私が現在生きている、この縁もゆかりもない街は。
時が迫ってきて、自分と弟はホテルを出た。
明日1日、東京観光してから帰るという両親。
私は仕事で付き合ってやれないので、大丈夫かな、と思いつつ。
同じくらい心配顔で、子供たちも見送られたけど。
山手線に揺られながら、生まれて初めて1人で飛行機に乗る弟に、ダンドリをタドタドしく説明した。
そういえば、弟と2人きりで外を歩くのも、生まれた初めてだった。
「こんな人が多いとこ、住みたいと思わん」
ボソッとつぶやく弟。
彼の言葉の意図するところは軽くスルーして。
「お父さんもお母さんも心配しとるけん。着いたら電話せんね」
姉の配慮をふるまう我。
浜松町で、弟は降りていった。
小さい頃からいつまでも変わらず、アンバランスで頼りなげな背中のままの姿。
すぐに雑踏にまぎれて、見えなくなった。
いつまでも心配が心に残った。
夜遅く、福岡着の連絡があったと両親から聞くまで、ずっとそわそわとしていた。
家に戻ってから、同居人に無事、式を終えた報告。
大きなイベントをひとつ終えて、まずは一息をつく。
残す山はあと3つだなあ、と考えつつ、今日を終える。
@福岡での披露宴
A年末の沖縄旅行
B会社を辞める
2006/06/28
夢と魔法の結婚物語(前編)
■11/26〜27 妹が結婚した。
・11/26 式前日。
そろって福岡在住。
なのに東京ディズニーランドで行われる妹夫婦の結婚式に出席するため、昼前に荷物を抱えて、浦安へ向かう。
ディズニー大好き。
キャラクター、おもちゃ大好き。
私から見ると、ままごと夫婦のようでもある妹カップル。
10年来付き合ってのゴールインなので、まあ良縁なのだろう。
(精神年齢は、たぶん二人よりはるかに自分の方が下だが……)
前日から、DL近くのホテルに泊まって、翌日の式にそなえる。
妹たちはDL内のホテルに宿泊。
後日になって、家族の分までは予約しないから知らん、と通達が来たので、母親がブーブー文句を言いつつ、あわててとったホテル前……で、上京したての我が家族と合流した。
そばに細身の女の子が見えた。
誰?とよくよく見たら、弟であった。
ひさびさに見る彼の変貌ぶりに、軽く驚き。
あきらかに生活サイクルから吐き出された、やつれっぷり。
弟の場合、己がとっている行動の結果なので、仕方ないのだけど。
(この弟君が、またなかなかの痛ましさを持った人物なのだが、その話はまた、別の機会に……たぶんそのうち、ネタになるようなとんでもないことをやらかしてくれるので)
式前日、といっても、特にすることはないので、フツーにディズニーランドへ観光へ行く。
父・母・弟・私……いい年の面子で。
大丈夫なの?と一瞬、不安もよぎったが。
根がミーハーな私と母は、なんだかんだで初めてのDLに浮かれモード。
父はビールさえ飲めれば、時と場所に恐ろしく無頓着だし。
弟も思いのほか、楽しげな様子。
(昔、彼女と部屋でくまのプーさん観賞会をやっているのを目撃したことがある)
写真スポットの長蛇の列の先には、コミカルな動きに余念のない、ミッキーマウス。
本当かどうか不明だが、ミッキーを演れるのは、オーディションを勝ち抜き、米ディズニーから認定された人のみらしい。
すなわち、世界中でも正統なミッキーマウスは数少なく、相当な花形スター。
今、目の前で写真撮影している裏で、ミッキーがショーに出演していることはなく、つねに園内にミッキーは一人(一匹?)。
(調べたところ、東京で出演しているときは、アメリカやヨーロッパでもミッキーは出没しないことになっている、という話もあれば、ランドとシーでもかぶってる、という人もいる……)
ミッキー役の人物は、家族にもスケジュール、移動ルートを漏らすことは禁じられている。
楽屋でもミッキーとして、着ぐるみのまま他のキャラクターとじゃれあっているらしい。
(「着ぐるみ」「人形」「中身」という言葉を口にした従業員=キャストは、ホされる場合あり、という噂も……)
子供たちのため、そこらのミュージシャンよりもハードなスケジュールで、日夜働いているのである。
……ということである。
ちょうどそういう話を聞いたばかりだったので、目の前のミッキーマウスを見て「おー、あれが選ばれし者……」と、ちょっと感慨を覚えた。
週末で入場制限がかかるほど、人出は多く。
アトラクションも、飲食店もトイレも大行列。
米粒大のキャラクター・パレードを見るのも(しかも見えれば御の字)余裕の数時間待ち。
長い待ち時間にストレスを募らせ、喧嘩しているカップル。
大泣きしている赤ん坊の存在など、なかったことにしているのか、無表情でビデオを回している親。
座りこんでステージにまったく興味を示さず、ゲーム機をひたすらいじっている子供。
現代家族の縮図の前で展開される、ディズニーのドリーム・ショー。
11月末の夜は、かなりの冷え込み。
痩せぎすの弟はブルブル震えているので、
「先にホテルに戻ったら?」
と、うながしてみたが、
「ここまで残ったんだから、最後(花火の打ち上げ)までいる」
と、がんばりを見せる。
そのファイトは、己の生き様に活かせよ……と内心思うが。
かくいう自分も、エンディングは見なきゃ、という思いにとらわれていた。
こんな、にわか来園者をも思いとどまらせる、ディズニーパワー、恐るべし。
ホテルに戻ると、風呂に入って各自、明日の準備。
一度、母がTELしたものの。
この日、妹とは一度も顔を合わすことはなかった。
結婚の前日くらい、家族水入らずで過ごすものでは……と、軽く彼女の淡白ぷりを思う。
父から、
「お前は(結婚は)どうなってるんだ?」
と、問われる。
「さあ、いや、まぁ……」
と、あいまいな返事をする。
自分を心配してくれているのがよくわかるので、確実な答えをなに一つ返せないのは申し訳ない……と思いつつ。
話が拡大する前に、とっとと寝る。
2006/06/11
小人ください。
最近、とみに小人がほしい。
朝、目が覚めたら、仕事をすっかり終わらせておいてくれて、ついでに机まわりも片付けといてくれる。
適当に、過去の恥や罪も清算しといてくれるようなやつ。
■11/23 連続外出のツケがきっちり。
目が覚めても、寝床でぐったり伏したまま。
同居人が昼食を食べにいこう、と誘いに来た。
かなりしんどかったので、カンベンしてくれ、という思いで充満していたが。
つらさを訴えるのもつらいほど疲れていたのと、そんな気持ちを表に出すのもイヤだし(でもたいてい、相手に伝わっているのだが)、転換したい、という気持ちもあったので、心身を引きずるように、布団をはい出た。
悪い日に凶事は重なるもので、行きつけの居酒屋、ビフテキ屋、豚肉料理屋はことごとく休み。
悲鳴をあげる体力ゲージと、台風の目にすっぽりはまったような、変な思考の静寂(麻痺ともいう)が相まって、茫然と路上を踏む。
ようやくたどり着いたパスタ屋で、ボーっとしながらフォークをまわす。
(でも、そこの自家製パスタは美味しくて、量も女性向きなので、おすすめなのだ)
帰宅後はこたつへ直行。
プレステをやる同居人の横で、ひたすら眠る。
まあ、こんな日なんて、いくらでもあるさ。
……と、思わなきゃ……。
■11/24〜25 風邪の症状におびやかされる。
今の職場は休めないうえ、咳でもしようものなら病原菌扱いされる。
ピル、うがい、普段以上の精神防護策を尽くして、症状の食い止めをはかる。
今週末、妹が結婚する。
絶対、悪化させられん……。
2006/06/03
僕らは2人で手をつないで ずっとずっと
今の恋人と付き合いはじめて、今日でちょうど6年目。
当時は、出会ってから日が浅く、共有できる話題もあまりなかった。
なんとなく気まずく、でも限られた時間にあせりつつ。
夕暮れの大阪の雑踏を、黙りこくって、手をつないで歩いた。
「この状況って"ゆらめき IN THE AIR"みたい」
ふいに相手が切り出した。
私はそのときはじめて、フィッシュマンズを知った。
■11/23 FISHMANS presents "THE LONG SEASON REVUE" @渋谷AX
ライブ週間最終日。
疲労に思考を反古されながら、音を頼りに会場に向かう。
駅で同居人と合流。
道すがら、「チケット売ってください」というカードを持って、たたずんでいる人たちを、たびたび見かける。
会場に入ると、前方左寄りで待機。
客は大入り。
2F関係者には、スカパラのメンバーやMariMari、竹中直人らの姿も。
多くの人にとって、今日は特別な思いいれのある日なんだな、ということを思う。
自分はエゾの時同様、本日の出演者のセッションを楽しみたいという、チャラいノリだったけれども。
トップの原田郁子。
小ちゃな身体で大きく広がるように、客に語りかけるように歌う。
ステップを踏む姿が、とても可愛かった。
タイからのゲスト、pod。
よけいな装飾なく、歌もギターも非常にうまく聴かせてくれた。
pocopenの存在感は、鳥肌モノだった。
正直今回、私はあまりゲストボーカルの方を見ていなかったのだけど、彼女のステージには強烈にひきつけられた。
太い声を凛と響かせる。
強大な貫禄。
UAのパフォーマンスもさすがだった。
その変のアーティストとはもはや別格。
ハナレグミ、蔡忠浩はファンキーに、ピースフルに会場を盛り上げ、良くも悪くもソツない感じ。
2F席から郁子ちゃんが、ジーっと熱い視線を送っていた姿が、ほほえましかった。
わりと批判的な意見も多かった、山崎まさよし。
でも自分は、黙々と「LONG SEASON」を演った彼を、良いと思った。
歌唱力はある人だから、歌い上げで安易に客の感傷をあおることもできたはず。
しかしMCもはさまず、ただ演奏をまっとうしたまさよしを、かっこいいと思った。
位置的にダーツ関口前だったこともあり、ほとんど彼の演奏ばかり見ていた。
強く前にせり出してくることもなく、静かにバンドを支える姿に興奮した。
もちろん、欣ちゃんのドラムもノリノリで。
あの、作り固めた男前キャラは、何事かと思ったが。
柏原譲の「いかれたBaby」でのすさまじいベースプレイ、スキンヘッド化したHONZIの、シャープでソリッドなパフォーマンスにも存分にヤラれた。
総じて、今回は歌より演奏そのものと相対した。
「THE LONG SEASON REVUE」に、過去を偲ぶ感じはまったくなく。
スキも堕ちどころもない、イケイケムードに違和感を感じはしたけれど。
2005年度の一バンドとして、普通にかっこいい音楽を聴かせてくれた。
ASA-CHANG、こだま和文も登場し、プロフェッショナルな演奏陣に、大いに楽しませてもらった夜。
ライブ後、「キャロライン(仮)」でおなじみのYたさん、Oのりさん、Yたさんの友人Mほさん、そして同居人の友人、Nアさん、Pコさんと合流。
はじめまして&ひさしぶりのあいさつをかねて、吉祥寺の沖縄料理店に移動することに。
帰り道、チケットを求む旨の書かれたボートが、あちこちの木にくくりつけてあるのを見た。
後日、チケットを求める大量の人々が、会場周辺に行列を為していたことを知った。
Mほさんの、海外旅行時の写真などを見せてもらう。
私と同い年というMほさん(ちなみにこの日初めて、Yたさん、Oのりさんとも同い年だったと知る)だが、私の知らない世界をたくさん体験している彼女の履歴と頭脳、そして美しい発音に感服。
来年、ご結婚予定のNアさん、Pコさんカップルへの祝福や、場所柄、沖縄や離島の話で盛り上がる。
年末、同居人と沖縄へ行こうと話しているところだったので、興味深くきく。
終電近くまで話しこんで、解散。
2006/05/28
基幹
私がHPを作りはじめたのは1999年。
1度だけ、閉鎖しようと思ったことがある。
けっこう最初の頃のこと。
当たり前だけど、たいして人が来るわけでもなく。
黙々と1人で文章をアゲ続けることに、面白味を感じなくなっていったから。
今でこそ、ちまちまとした更新作業に、ミニマムレベルの自己満足を見いだしているけれど。
(結局、地味な作業がいちばん、性にあってたりするのね……)
当時は、反応もないのに、わざわざ時間を割いて、苦手な文章を書く必要はない、としか思えなくなっていた。
それで、データを削除しようとした。
ちょうどその日に、はじめてBBSに書きこみをしてくれた人がいたのである。
本当にうれしかった。
やはりコメントをいただけるのは、大きな励みになるもの。
HPを作ったことのある人なら、経験ある人もいると思う。
まして、思いこみの激しい自分は、はじめてちゃんと個人単体を見てもらえたような気になって、調子にのった。
よくよく考えると、自分のサイトは音楽を扱っているので(オモテのほう。今書いているここは、ウラのつもり……)
「情報」を求めて来られるのは当たり前。
べつに、私自身にアクセスされているわけではないのだけれど。
今思うとかなりこっ恥ずかしいくらい、すっかり有頂天になってしまったのだった……。
ゲンキンな自分は、HP削除をソッコウ取り下げた。
もう少し、続けてみようと思った。
すぐメッセージを消すのも悪いしね〜、なんて言い訳をしながら。
以後、ドン亀ペースながら、ポツポツととにかく続けてきた。
あいかわらず、人の訪れが急激に増えることもなかったけれど。
時々、BBSの書き込みやメールをくださる人も現れた。
そういう時は、小踊りするくらい、うれしかった。
寄せていただいたひと言ひと言が、本当に力になった。
それは、継続してきたからもらえた、贈り物のようにも思える。
今でも、更新きついな〜、という時がないわけではない。
けれどいただいたメッセージ、そして何より、はじめて書き込みをしてもらったときのうれしさを思い出すと、またがんばろう、という前向きな気持ちになれる。
また、見てくれているかもしれない……という期待を(勝手に)モチベーションにして、今まで続けてきた部分もある。
もし6年前、あの書き込みがなかったら。
miss noiseなんて現在、存在しなかったかもしれない。
私にとって、その出来事は初心に戻れるというか……大事な原点になっていると言える。
大切な、思い出。
■11/21 ZAZEN BOYS@NHKホール
ZAZEN BOYSがNHKの「POP JAM」で、収録ライブをやるというので、観覧応募したら当たった。
当然、即行退社……のつもりが、いつものように世知辛いやりとりが発生。
そいつをやっつけてから、アワアワしながらビルを飛び出す。
電車の中、鏡で己を見て、ウッとなる。
……ただでさえ、アレな自分なのに。
どうしよう、せめて化粧くらい直すべきか?
いつもなら、髪の毛が降り乱れていようが、気にも留めないんだけど。
が、今日ばかりは……。
今回の収録は、ペアで観覧可能だった。
ZAZEN@NHKというレアなライブなので、せっかくだから、誰か一緒に来ないかなー、と思った。
ものの。
自分にはこういうとき、さっと気軽に誘える友人がいない。
ネットの掲示板やコミュニティに、同伴志願の人たちはいたけど。
小心者なので、知らない人と一緒というのもな……と逡巡。
ダメモトで、ひそっと自分のサイトに書いておいた。
すると、お付き合いくださるという人から、ご連絡が。
ヤッター、告知ったかいがあった!
……そんな感じで、この日は人と待ちあわせていたので、あまり遅れるわけにはいかなかった。
しかも今回、連絡くださったYさんは、私のサイトに一番最初に書き込みをしてくれた人。
以後も、ときどきサイトをのぞいてくださっていたらしい。
自分にとっては思い入れのある人だったのだ。
初めてお会いできるのを、楽しみにしていた、のに……。
連続外出の疲れで、心身ともにボロ雑巾。
こんなヨレた姿で会うのは、かなり恥ずかしい。
駅の化粧室に駆け込もうか、考えること0コンマ数秒。
……しかし、待ちあわせ自体、自分の都合で遅らせてもらっていたので、やはりこれ以上、待たせるわけにはイカンよなあ、と。
いいや、少々みすぼらしくても、見逃してくれる優しい人に違いない。
そうだ、そうに違いない。
と、いつもの思い込みをフルに発揮することにした。
まあ、実際にお会いしたYさんは、こっちがリキむ必要などないくらい、とても話しやすくていい人だったのだけど。
ZAZENは「HIMITSU GIRL'S TOP SECRET」1曲だけ。
体育会系男子どもと闘いながら、音をつかみとる、という普段のイメージと違って、指定された席で行儀よく観覧、というスタイル。
なんだか変な感じだった。
とはいえ、私は同曲を生で体感するのは初めてだったので、それなりに感慨はあった。
やはりダイレクトに聴いてしまうと、ライブに行きたくなってしまう。
収録の前後、少しだけ、Yさんとお話できる機会があった。
平日の渋谷は思いのほか、人が多くて落ちつける場所がなく、苦労したけど。
(ここ何回か、ライブ帰りの行きつけの店を開拓しなければ……といつも反省しているのだが。自分の場合、下手に動くと迷子になるリスクが……)
お話して感じたのは、Yさんは今まで出会った人のなかで、一番自分と音楽の嗜好が近いかも、ということ。
(私は、けっこうミーハーだけど)
先週の無戒アコエレも行かれていたそうだし。
私の好きな女性ミュージシャンのライブや、フジロックにも毎年行かれているとのこと。
うらやましくもあり、すばらしいとも思い、お話をきいていて非常に楽しかった。
時間があれば、お好きな映画のことも、もっとききたかった。
浮かれ、調子にのって、こちらからペラペラとたたみかけてしまったので、今考えるとかなりご迷惑だったかもしれない……。
そう思うくらい、自分にとっては、至福の時間だった。
ただ、ひとつだけ残念だったこと。
こういう方とは、生音のライブに行きたかった。
多数の出演者が各1曲という、転換の激しい収録。
ただでさえ音に集中しにくい上、合間には(いらん)DJの爆音ユーロビート and TM Revolution(この日の司会だった)のリミックス攻撃。
ものすんごい、せからしいことこのうえなかった。
(SEのみで盛りあがるレボファンは、見ていておもしろかったけど)
ほとんどの出演者が口パク(orカラオケ?)なのにも驚いた。
これほど横行しているのは、手ヌキというより、なにかシステムや進行上の都合でもあるのだろうか?と思うほど。
(逆に、生でやってた向井のギターは、けっこう聴こえづらかったし……)
通常のライブとは別の、精神的疲弊。
さらにグダグダになってしまった。
でも、会いたかった人に会えた。
それだけで、今回の機会を与えられたことを、ありがたいと思う。
そして、こんなのに付き合ってくださったYさんに、本当に感謝。
「自力でがんばってくださいね」
言われた言葉が、心にズンと残る。
ああ、まさに文字どおり、これからがんばらなければ……。
自分にとっては、同窓旅行にひきつづいて、大きく強く励まされた大切な日となった。
次は、できればもうちょっと、身ぎれいで心に余裕のある時がいいけどね。
(ライブ時にそんな時は、あんまりないけど……)
生き延びてみるもんだ。
2006/05/13
青春山陰紀行文
手放せない、2005年の回想はつづく。
■11/17〜20 帰郷、および同窓旅行
・17日 退社後、新幹線に乗って実家に帰る。
昨日のライブは楽しかったけれど、帰省準備をしていたら、寝るのが午前3時過ぎになった。
フラフラしながら、仕事。
外に出ると、今年初めて、白い息を吐いている自分に気づく。
新幹線で小倉まで。
実家の最寄り駅に着くと、父が迎えに来た。
学生の頃は、どんなに遅くなっても、迎えに来ることなどなかったのに。
実家を出て以来、両親の対応が異様に優しくなったような気がする。
……のは気のせいで、一緒に暮らしてるときは、その心づかいがわかってなかったんだな、きっと。
(父は現在ニートなので、たんにヒマなのかもしれんが)
実家の玄関が、鉢植えまみれになっていた。
我が家族に、ガーデニングの趣味などまったくなかったのに……何事。
帰るたびに、どんどんモノが増えている実家。
生活ペースは変わっていないのだろうけど。
自分が閉じこもっていたときは気づかなかったけど、目に見えない時間の流れが、やはり実家にもあるんだなということを、思い知らされる。
まさか、娘が家を出た反動が、来ているわけではないことを願う。

まみれ。
最近は帰省しても、すぐに古巣に帰ってきた感覚はよみがえない。
逆に、20年以上居たはずの部屋に、借り物の服を着たような違和感を覚える。
不思議。
自分はどんどん、新しい土地に同化していってるんだろうか。
そんなことを思いつつも、TVで流れる西鉄バスのなごみCMを見て、初めて福岡に帰ってきたことを実感した。
・18日 来週行われる妹の結婚式の話以外は、ひたすら実家でごろごろしていた。
・19日 同窓旅行 in 門司〜下関
大学時代の同級生たちと、年に1回、旅行をする。
卒業以来、毎年続いている。
旅行といっても、ただ会って、日常のグチを言いあって、ということの延長みたいなもの。
数年前までは予算1万円(土産代コミ)という、ビンボー学生時代と変わらぬレベルのものだった。
でも、楽しいのだ。
門司港駅で待ちあわせ。
メンバーがそろうと、駅前でレンタサイクルを借りて、サイクリングに出かける。
東京の寒空とはうって変わった、ポカポカとした陽気。
電動なので、坂道もスイスイすべっていく。
門司の街を走り、関門トンネルに到着。
自転車押し歩きで、トンネル内を徒歩10分。
(乗るのは一応禁止)

一番近いとこだと、200mしか離れてないんですよ、九州と本州は。
下関に到着。
文学部出身者らしく、今回は「金子みすずの足跡をたどる」という安易なわかりやすいテーマで、街に点在する史跡をひとつひとつめぐっていく。
ウォークラリーのように、史跡ポイントを見つけては、解説をじーっと読んでいく……だけ。
わりと単純作業に近い感覚。
すべてをまわり終えると、かなり疲労する。

みすず。
下関異人館にて休憩。
特別に披露していた、コーヒーマイスターさんの技を見れたのでよかった。


日本一の技。だそうです。
門司港と下関を結ぶ関門連絡船に、レンタサイクルごと乗りこんで、ふたたび門司港に戻る。
……予定だったのが、休日で人が多かったため、我々は乗れず。
次の船を待っていると、時間が遅くなるので、しかたなくふたたび自転車をこいで、関門トンネルルートを戻った。
帰りの足は急に重くなり、かなり腰に負担を感じはじめる。
やはり、これはいい年した女たちの旅の仕方ではないよなあ……。
私たちらしいけど。
門司港に戻ると、停めてあった車に乗りこんで、今度は下関の川棚温泉をめざす。
メンバーの知人がおかみさんをやっている旅館。
特別安くしてもらって、泊まることができた。
以前宿泊したのか、ジャンボ尾崎のサインがデカデカと飾られていた。

ジャンボ尾崎軍団。
川棚名物かわらそばを堪能したり、大浴場を利用したりして、楽しいときを過ごす。

名物かわらそば。昔は茶そば苦手だったけど、今は平気。
メンバーがおそらく雑誌の付録(?)でもらったのだろう、「ハチミツとクローバー」の絵柄カルタやトランプをとりだし、夜のカードゲーム大会が始まる。
ひさびさに会った旧友同士、一般的には近況を話し合ったり、日常の愚痴などを言い合ったりするのだろうが、私たちはなぜか毎回、トランプ大会をする。
同居人に話すといつも「いい年した社会人の女どもが……」と、あきれられるのだが。
いくつになろうが、学生時代のノリのままで、はしゃいでしまう。
(でも、今時の女子大生も、けっしてトランプ率は高くない気も……)
「君は、はぐに似てるね」
と言われる。
ここでもワタクシ=はぐ説が!
思いがけないシンクロに、酒を飲みつつ調子にのる。

ハチクロカルタ。
さすがに夜更かしはつらくなってきた、普段の生活が規則正しい人から、だんだん床に就きはじめる。
最終的には、私を含む3人くらいが、深夜2時過ぎまでトランプ三昧。
・20日
旅行2日目。
今回のもうひとつのテーマ「元大学の跡地見学」に行く。
大学はすでに移転しているので、現在は無人の校舎が残っている。
しかし、門の鍵は開いていて、たやすく侵入できる。
無防備だなァと思ったら、エレベーターも普通に動いており、どうやら何かに使われてはいるようだ。
今回は人の気配は感じれど、姿を見ることはなかった。
(いったい何に利用されているのか、ばり気になる)
私たちが卒業時の段階で、西日本最大の蔵書数を誇っていたという図書館。
現在は当然のごとく、ガランドウ。
学生時代に見ていた光景とまるで変わった様子に、しばし呆然とする。
月日の流れを、いやがおうでも突きつけられる。
「あの頃、なんでもっと勉強しなかったんだろうね……」
口々にもれる、感傷的なコメント。
まあ若いうち、自分の恵まれた環境に気づけず、不満ばっかりタレて努力を怠るのは、ままあるパターンやけど。
享楽にエネルギー発散できるのも、また若さであるし。
(でもやっぱり、勉強はちゃんとしとくべきだったよ……)


からっぽ。
図書館の上にある礼拝堂(ミッション・スクールだった)で、窓にはめられたステンドグラスを見ていると、とても厳かな気持ちになった。

静寂の彩光。
大学跡地を後にすると、車で山道を走る。
延々とつづく畑。
まばらな人家。
暖かい午後の日差しに照らされながら、流れていく風景を注視していた。
内心、だんだんと近づいてきている、楽しい旅行の終わりを、意識しはじめる。
これが終われば、みなはそれぞれの地元に帰り、自分はふたたび東京へ戻る。
各自が各自の日常へ。
こぼれて消えていく時間の流沙が、惜しくもあり、愛しくも感じられた。

午後の車内より。
菊川ターミナルでお土産ショッピングののち、昼食。
その後、東行庵へ行く。
今年は暖冬の影響で、全国的に紅葉が遅れている。
けれどもここでは、少ないながらも燃え上がるような、見事な紅葉を見ることができた。

帰路に着く。
本州組、九州組で車に分乗。
別れる前に、来年の幹事2名を選出した。
次回は東京と決まっているので、否応なく自分が指名される。
小倉駅まで送ってもらって、友人たちに別れを告げた。
のぞみに乗りこみ、ふたたび上京。
また増やすことができた、思い出にふけりつつ。
車内で、旅の記録をまとめる。
今しばらくの期間、自分は内疾患を抱えながら、日常をやりくりしていかなければならないのだけれども。
今回、友人たちに分けてもらった栄養はありがたく、本当に得がたいお守りとなった。
「みなに会うたびに刺激されるし、自分もがんばらなくちゃと思う。けれど結局、日常に流されて、何もできないまま過ぎてる」
某友人は、いつも同じ文言をくりかえす。
自分は「リミット」を叩きこまれ、日々の進捗をいちいち気にして生きるようになってから、動くことに関しては、10代の頃よりは20代、さらに今の己の方が、マシになったと言える。
去年より今年。
昨日より今日。
今、この瞬間を呼吸している自分のほうが。
でも、まだまだダラけた部分もたくさんたくさん、持っているし。
級友たちとの同窓旅行は、自分にとっても刺激となったし、己を律するいいきっかけとなった。
東京にモドリ。
ほんの数時間前とはうって変わったビルディングと人群れ。
おおいに呆けながら、帰宅する。
2006/03/22
ドブのなかのプレミア・ムーン

■11/16 二階堂和美/無戒秀徳アコースティック&エレクトリック@新宿red cloth
ドブのなかをはいずっているような、日々がつづく。
が、今日この日を支えに、俺は生き抜いてきたんだゼ。
大好きだけど、そうそうからまない、と思われる二人が対バン。
某オークションでも、ウン万円のプレミア・チケットとなっていた、この日のライブ。
数日前にちゃんと下見にも出かけ、ばっちり気合いを入れてのぞんだ。
さすがに若い女の子が多かった。
最初の二階堂和美は絶好調。
レトロなドレスに花飾りを頭に挿して、本当にかわいらしい、かつ最高のパフォーマンスを見せてくれた。
向井は、どこで買ってくるんだかナゾな、いつもの変な服装かと思いきや、茶系のジャケットにジーンズと、いたってシンプルな装い。
あらー向井、フツーにカッコイイよ、どうしたの!?と、逆にちょっと驚き。
眼鏡の上にサングラス重ねは、あいかわらずだったけど。
彼のパフォーマンスは、以前見たときよりも、グッとソリッド感が増したような気がした。
ラップも巧くなっていたけれど。
変則的に挿みこんでいく、リズムやピッチに、絶妙なキレが見られた。
この夏、ZAZEN BOYSとして数重ねたライブの成果が、ソロにも現れているのか。
ZAZENの次作は、この感覚が活かされているものなのかな……。
ただ鋭さだけでなく、おおらかさみたいなものも感じられた。
聴衆をつつみこむような。
そこは年齢とともに、自然に養われてきた部分かも。
彼の、昔に比べると少し丸くなった顔を見ながら、そう思った。
平日だったが、ムリクリ仕事を捨てて行ったかいがあった。
内容的にも、プレミアムなライブだった。
会場の外に出ると、すさまじい冷えこみ。
ダッシュで駅に逃げこむ。
寒さで空気が澄んでいるせいか、空には真っ白な月が、強い光で照り映えていた。
ZAZEN BOYSを聴きながら、家まで全力疾走して帰る。
2006/03/17
めざすべき生
ムックパーカーこわい……。
■11/8 自己計画を立てなおしてみる。
目の前の大きな課題……に見えてしまう雑事を、やっつけることにとらわれがちな、この頃。
つねに長期的な視点を忘れぬこと。
「自分」という存在が、めざすべき生。
2006年という時間に、与えなければならない役割。
半年、三ヶ月、一ヶ月……では今日、今この瞬間にすべきことは?
見えぬ先の時間を軸で書き表して、シャリシャリとメモリを割りふっていく。
日々すべきと思われる行動を、落としこんでいく。
それは正確なのか、価値があるのかも不明な、地味な作業。
ただ、焦りと不安から逃れたいだけなのかもしれない。
■11/10
会社の所属部署で、研修会の話が持ち上がる。
泊りがけで、名古屋で。
早々にお断りしておいたが、行かない奴も資料を作れ、と命じられる。
理不尽を大いに感じつつ、「強制」なのでいたしかたなく。
この時期は通常の業務もメチャ忙しいのに……。
ワケワカンナイ状態になりながら、誰もいないフロアで黙々とスパイラル残業。
2006/03/16
トランス・ボクジュウ・エクスプレス
ひさびさに墨汁を使ったら、ぶちまける。
服や家具にビシャッと飛散して付着。
腕は真っ黒けっけになってしまった。
しかし、なんか興奮……。
これだよ、これ。
汚れた服にザンバラ髪で、ガリガリと絵を彫りこんでいた、6年前の生活を思い出す。
楚々としてお勤めしていたら、すっかり忘れてしまっていた感覚。
地味で孤独な作業だが、トランス状態へブッ飛べる、得がたいマイ・ウェイ。
……でも、後が大変だ……。
"SI・GE・KIが欲しくてたまらんの"
■11/5 一日中、家で過ごす。
夜、同居人とふたりで、行きつけの居酒屋へ行く。
写真を主なアートワークとしている彼とは、逆。
ふだん部屋でひとり、絵やマンガ、音楽をたしなむことを好む自分。
(実生活には、なんら益をもたらさないが……)
家族でも恋人でも邪魔されたくないので、たいてい引きこもっている。
一緒に暮らしていようが、休日はそれぞれのスペースで、顔も見ずに過ごすことも多い。
なので、ふたりで向き合って話をするのは、意外にひさびさで、新鮮でもあった。
会社のこと、年末や来年に向けての互いの目標やら、生活のことについて、モソモソと話し合った。
2006/03/15
ロハス・ライブ
通帳残高を見たら、残り300円代になっていた。
東京に来て以来、今もっともビンボーかもしれない。
もしかすると、ライブなど行ってるバヤイではないのではないか。
まあ、ここからはい上がればよいのだけど。
背中に現れた、ナゾの突起物。
保険証ないから、病院にも行けんよ。
しかし、どうしたもんかねえ、これから……。
■11/3 UA @J-WAVE HOLIDAY SPECIAL GO LOHAS 2005
UA、BONNIE PINK、Cyndi Lauper。
3人の共通点は、なんでしょう。
……さっぱり分からないが、応募したら当たったので、上記3人が出演する、J-WAVE主催の招待ライブに、同居人と行く。
(ちなみにJ-WAVEで応募したライブは、これまですべて当たっている。けっこう当選率がいいのだろうか。「Ashのライブ、抽選で1名さまご招待」にも当たったことがある。が、個人的にAshは特に好きではなく。同居人のために応募してあげたのだが、「仕事で行けない」とのたまったので、ムダにしないために、結局自分で行った。Charlotte嬢ばっか観ていた……というか、これを書いている現在、つづりを調べようと思ってググったら、CharlotteはAsh脱退したの!? 今頃知った。ビックリ)
生Cyndi Lauperも観たかったけれど、彼女の出演は時間帯的にかなり早めだった。
あきらめて新宿に寄り道してから、会場の神宮外苑絵画館前グラウンドへ。
もともとここでは「Tokyo Designers Week」というイベントが開催されていた。
LOHASライブは、その企画の一環らしかった。
企業や海外のデザイナーたちがショーケースの展示を行っており、それを目当てに来た、いかにもオシャレ好きそうな若者たちが、大勢つめかけていた。
あちこちに行列が出来ていて、ライブはどこに並べばいいの?と軽く迷いつつ、なんとかステージ・エリアへ。
ボニピンが弾き語りライブを行っており、それを遠巻きに観る。
昔に比べたら、すっかりOL受けしそうな、ナチュラル・ウーマンになったねえ……と思いつつ。
ボニピン後、人がはけたので、UA観たさに最前列へ。
彼女の出演まで約1時間待ち。
小雨も降りだす悪条件だったが、待つことは苦にならない性格(その代わり、決断力と思いきりの良さには欠ける。これらは同居人とまったく正反対)の自分は、ねばって場所をキープ。
おかげで、ミニ・ライブにしてはたいへん贅沢な、とてもすばらしい彼女のパフォーマンスを堪能することができた。
ライブ終了後、物販ブースの展示を見て回る。
海外のデザイナーたちが、自ら手売りで、つたないながら日本人客とやりとり(売り込み)していた。
シンプルで機能的、かつデザイン性に優れた作品が並ぶ会場。
LOHASだあ? はぁ?といった、イベントの趣旨をまったく理解していない状態で、ただライブ目当てで来た私。
が、デザイナー心をくすぐられたのか、気づけば同居人の方は、びっくりするくらいノリノリに。
中国人の女性と盛んに、英語でやりとりをしていた。
キャン・ノット・スピーク・イングリッシュの私は、当然その中に入れず。
いい雰囲気となっている二人を、ジトーッと見つめていた。
会場を後にすると、ふたたび新宿に戻る。
同居人主体の買い物で、歩き回り。
ぐったりして帰宅。
2006/03/14
緑黄色な若さたち
■10/30
Shing02@武蔵野美術大学芸術祭
……と言っても、彼はライブを行ったわけではないが。
「緑黄色屋台」と称した出店で、学生たちにまじって、フツーに菜食餃子の売り子さんとして参加していた。
昨年は、同じく武蔵美でライブをやったShing02。
(私と同居人も駆けつけたが、チケ完売で観れず。学食でやけ食いして帰った記憶がある)。
おそらくその繋がりで、今回の企画が生まれたのだろう。
とてもいい人柄で、評判の方だし。
出会った縁は、大切にする人なのだろう。
さすがラッパーだけあって、呼び声もひときわ通っていた。
縁あって時折、シンゴさんと連絡をやりとりしている同居人。
彼がシンゴさんに挨拶している間、自分はいつもの人見知りっぷりを発揮して、学生さんが作ってくれた野菜スープを、黙ってすすっていた。
あっさりしたヘルシーな味で、とてもおいしかった。
その後は、あてもなく学内をウロウロ。
焼き鳥、ココナッツミルクなどを飲食。
総じて、安くておいしかった。
寒空の下でくりひろげられていた、学生プロレス・ショーを、しばし面白おかしく観賞したりした。
自分の行っていた大学は、1時間に約1本(一車両のみ)の電車(というかディーゼル車)しか通らず、一番近いコンビニが徒歩15分、買い物は電車で30分かけて街に戻らないと、というおそろしい山奥にあった。
(現在は移転したので、無人の建物だけが残っている)
規模も小さい女子大だったので、正直、熱気とは無縁の学生生活だった。
なので、たまに他の大学に行くと、これが本当の学生生活!と、勘違いもふくめて、ワクワクしてしまう。
武蔵美学祭も、わりと楽しく過ごすことができた。
若さの飛び交う空間は、少しヒリヒリとした部分もあるけれど。
やはり年とともに忘れてしまいがちな、エネルギーと熱がうずまいている。
かわいらしさも。
たまには、そういうところにも触れていかなければね。
寒くて、途中からは体調が悪くなってしまったが。
吉祥寺に寄り、同居人主体の買い物に付き合ってから帰る。
■10/31 toddle@下北沢CLUB Que
多くの人数がつめかけたけど、今回もわりと前の方で観賞できたのでよかった。
以前のライブに比べて、チャコちゃんがとても楽しそうに笑っていたのが、心に残った。
可愛かったー。
■11/1
ライブに行くのは、楽しいなあ。
けれど、自己のアウトプットをおろそかにしている分、焦りと落ち込みの反動がひどくなっている。
己をじっくり見直す必要性を、激しく感じている。
■11/2 口内炎をはじめとして、体調がよろしくない。
絵を描く時間がどんどん奪われていることに、続・焦燥。
しかし、ちゃんと睡眠をとり、早く体調を回復させないと……という管理意識もうわずっていて、はざ間で地味に、陰湿な自己会議(懐疑)を開催中。
「どーでもいい」存在と思われていることを、はっきりと確認。
それならば、こちらも相手にしなければいい。
その前に、すべきことはたんとある。
もっと自己の目標(夢想もふくめ)に集中すること。
自分のやりたいことを、どんどん洗い出し、できることから実践(行動)していくこと。
まわりの中傷や蔑みにとらわれるな。
くだらない苛めに悩む時間が、もったいなかろうが。
……でも落ち込む。
弱いなあ。
2006/03/10
すべてが反則で、飛び道具。
■10/27
仕事に求めること。
譲れない部分。
今年いっぱい、じっくり考えてみようと思う。
残り約2ヶ月。
意識しないと、あっという間に過ぎて行く時間。
Joanna Newsom@渋谷O-West
ちかっぱヤバすぎ。
文字どおり、すんごい新進気鋭の人が出てきたなと思った。
先日のライブビート観覧でも、えらい感動したのに。
あれでも、Joannaの魅力の一部を見られたにすぎなかったのだ、と実感。
容姿、歌声、パフォーマンス能力、ハープ弾き語りという肩書き(?)……すべてが反則で、飛び道具。
それでいて個人的には、彼女が普通にソングライターとして優れていることが、一番心憎いというか、感嘆してしまう。
興味のある人は絶対、一生のうちに見ておくべきだと思う。
共演したSmogも、あいかわらず愛すべきユニークな暗黒キャラでよかった。
54-71、テニスコーツも見られたし、全体的に良いライブだった。
ただ、これだけの面子の出演だったので、終わったのは23時過ぎ。
覚悟はしてたけど、やっぱ会社勤めしてるうちは、平日ライブはツライわー、と思いつつ、大急ぎで帰宅。
2006/03/09
銀杏ストイック
梅が来だしたね、ぶわっと。
でも、以下はまだ冬にも満たない、去年の秋の記述です。
小春の今日のことを書くとき、私は、どこにいるんだろう。
■10/24
ひきつづき、ダラダラと。
時をムダにすごすのも、自己の「選択」なのだから、言い訳はできない。
<決意>
@帰宅後、テレビジョンは見ないこと。
A帰宅後、酒は飲まぬこと。
B描くことにもっとストイックになる。
……B以外は守れないけど、たぶん。
output、output、output......
■10/26
1年近く悩みつづけてきた挙句、やっと「辞めたい」と、会社に申し出る。
思いのほか、話はすんなり通って、あっさり決まった。
ああ、よかった……。
ようやく最初の入り口をクリア。
しかし現場の上長に、話を通さなければならん。
そこが、はたしてすんなり了承してくれるかどうか。
考えこむと、また不安が増大していく。
それを打ち払うべく、銀杏BOYZを大音量で聴く。
帰宅後の同居人に
「わかりやすい奴だな」
と言われる。
会社のこともあるけれど、もっと自分のやりたいことを、見つめなおすべきかと思う。
取捨選択の判断基準を、もっときびしくして、生きねばならないと思う。
やりたいこと……しかしそれはハタシテ?
今は見えない。
出来ることもロクにない。
したくないことなら、山ほどあるけど。
困った……。
2006/03/07
かん違いの福音
ここ数日はNicoの「Chelsea Girl」がヘビロテ。
なんでまた……と思いつつ、今聴いてもやはり鮮やかで。
「Somewhere There's a Feather」とか、すばらしすぎるよ。
履歴書書きながらとか、自己キャリアをほじり出してもがきながらとか、数年間ソデも通してないスーツを引っぱり出してナフタリンのにおいをかぎながらとか、今この瞬間タイプしながら、とか。
聴いてます。
■10/23
刺激、反応。
その間の余白が欲しい。
そこに、選択の扉は開かれる。
(ハズ)
イメージは筋肉と同じく、鍛えたりメンテナンスを行わなければ、豊かにならない。
天から「ケサラン〜パサラン〜」と歌いながら舞い降りてくるものでもない。
ひらめきの福音を、かん違いしていやしないか。
偶然に頼りすぎた結果、己のセンスはあまりに凝り固まり、枯渇しきっているのではないか。
一日中、だらだらと過ごしていた。
「こんな日もたまにはいいか」
と思ったり。
何ひとつ生産しなかった自分の愚挙に焦り、後悔したり。
ふたつのこころが、バッティングをくりかえす。
それでもいつか、"磁石が指すように求める場所にたどり着ける"だろうか。
2006/03/06
キャロライン(仮)のつどい
■10/22
以前、東京でフィッシュマンズ・アフタヌーンをやっている方々と飲む機会があった。
誘われたのは同居人だったが、私もついていった。
東京在住の人たちとまとまった人数で飲み会をするのは、(仕事をのぞけば)二人とも、はじめてだった気がする。
初対面に関わらず、みな気さくで音楽が好きな方たちばかりだったので、すぐに打ち解けて楽しく飲むことができた。
その飲み会第二弾をやろう、というお誘いをいただき、ふたたび同居人と一緒に出かける。
新宿の韓国料理屋にて。
辛いものが苦手、および独断と偏見で韓国モノを憎んでいる私は、一瞬、不安がよぎったけれども、美味しくいただくことができた。
出際に、一生懸命入れていた自転車の空気を、一瞬にしてすべて私に抜かれてしまい、駅まで徒歩を強いられたせいで、ぶち切れていた同居人。
私以外の人としゃべることで、すっかりご機嫌はなおった様子。
ふだん、音楽やWeb業界、スポーツの話をできる友人があまりいない、というのもあるみたいなので、彼もこういった飲み会への参加はうれしいようだ。
話題の中心は、この会の発足のきっかけをつくってくれたY田さん(私のなかでは「働きマン」)の同僚・Mさんの、天然爆烈キャラクターについて。
すばらしいエピソードの数々に、会ったこともないのにすっかりファンになった。
女性陣からマンガ「はちみつとクローバー」のはぐに似ている、と言われる。
私はハチクロを読んだことがないので、何だそれは、という感じだったけれども、あとで調べてみたら、けっこう乙女チックなヒロインじゃないですか。
どこが似てるんだ……?と思いつつ、はぐ=ヒロイン=私、の脳内図式を打ち立てて、気を良くする。
しかし、同居人に
「どこが? お前ははぐ、というよりハブだろ」
と浴びせられ、ほろ酔いもすぐに醒めて、冷静に戻ってしまった、360度オルウェイズ四面楚歌人生記録更新中の自分なのであった。
2006/02/26
マゾだから、ニコニコしといてやろう。
最近の自分のテーマは「妥協」と「犠牲」。
いかに相手に合わせ、自己を削るか。
実際に自分を曲げることがメインではなく、怒りを感じた際、カッと感情を高ぶらせる……その前に、
「あえて状況に従属的なって、ニコニコしといてやろう」
というひと呼吸(選択)を挿しはさめるかどうか。
それが焦点になっている。
(説明がヘンか)
あと、抑制や隠蔽、欺きを駆使して、そういう状況をこなし続けた結果、なにが自分に起きるのか、という、マゾ的な実験と遊びでもある。
とうぜん、人には理解されないが。
■10/21
同居人が、
「夕食を作るのが面倒くさい」
と言い出す。
近所の居酒屋へ、ゴー。
ふたりで呑むのもつまらんので、同居人の幼なじみM君を急きょ誘う。
彼は背広姿のまま、駆けつけてくれた。
M君の会社は非常に忙しいらしい。
土日もつぶれがち。
電話工からSE、営業、配達まで、よろず屋のごとくこき使われているという。
若いし、機動力をアテにされている部分もあるのかもしれない。
彼はかなり疲弊しているようだった。
「軌道修正が必要なんだ」
何度も口癖のよう言っていた。
彼の姿は、かつての私や、同居人と重なる部分があった。
日々に忙殺され、自己の主体性を発揮できる場所もなく(のようにしか見えなくなる)、アイデンティティを失いそうになりながら、ただただ時間を消費するしかできない時期。
疲労と雑音が重く沈殿して、よろこびに心を動かすことすらおっくうで、無気力に果てるとき。
しかし、そういう期間を超えて、はじめて見えてくるものもある。
精神的に鍛えられるし、そこから得るものは必ずあるはず。
You live you learn.
M君がいつか振り返ったときに、今の日々を己の血肉とできた、いい経験だったと思えるように。
彼のこれからの日々が、実りのあるものになるように。
要パラダイムの転換。
人と向きあうことは、ものすごい恐怖。
それで極力、付き合いを避けつづけて生きるのもひとつ。
出会いと対面を、訓練ととらえて、食いしばるのもひとつ。
自分の選択いかんで、世界などいつでも転換するんだよ。
2006/02/24
ありえない竪琴
■10/19 昨日から風邪気味。
体調はよろしくないが、会社帰りに渋谷のNHKセンターに寄った。
明日、Joanna Newsomの公開収録ライブに行くので、下見のため。
以前迷子になり、結局会場にたどりつけなかったので、リベンジ。
やはり駅を降り間違えたり、危ういときもあったけれど、なんとか無事に到着。
これでNHKは制覇!と鼻をすすりながら、ひとり悦に入る。
折りしも祝いにふさわしい、満月の夜。
■10/20 Joanna Newsom@NHK渋谷放送センター505スタジオ
昨日にひきつづき、即行退社。
下見の成果を発揮して、NHKのスタジオ505へ行く。
初めて見た会場の印象は、天井が高いなあ、ということ。
そして、ステージが近くて広いのが良かった。
TV収録と比べて、縛りもゆるいし。
観客はやはり外人も多かった。
ライブは終始座っての観覧となった。
多少楽か、と思いきや、硬い床の上に体操座りでひしめきあっていたので、後半は下半身にかなりつらいものがあった。
この日はJoanna以外にtico moon、Smogの出演。
目当てのJoanna Newsomのパフォーマンスは本当にすばらしく、今年見たライブのなかでもベスト3には入るだろうというくらいの、強烈なインパクトがあった。
同じくハープ使い(こちらはアイリッシュ・ハープ)使用のtico moonは、奔放なJoannaの後なので(Joannaのパフォーマンスが、まずありえないものなのだが)、やはりインパクトは弱く感じてしまう。
フォーマットにのっとった演奏、という感じ。
でもギターの影山さんのMCは楽しく、癒しのひとときだった。
Smogは、内省系ゴシック・フォークといった趣き。
一聴して地味な印象。
しかし、よくよく観察すると、聴衆の気づきにくい、ミニマム・レベルでのこだわりがうかがえた。
サンボマスターの山ちゃんか、ぴんから兄弟かというようなギターの構え方。
微妙にずらしてる(ずれてる?)リズムの取り方。
口のゆがませ方。
身体の揺らし方……すべてがとってもヘン。
小技を(ムダに)駆使しまくってるなあ、という感じ。
しかし音は派手ではないが、キャリアを積み重ねてきているだけの核を磨いている人だと思った。
メロディを丹念に追う、ツウな人たちに受けそう。
なんだかIan Curtisに似てるなあと思った……ら、あとで本当にIanと比較されている人なのだと知る。
とてもステキで、魅了された。
思ったより収録もはやく終わり、満足して帰宅。
2006/02/21
ローライフ島戦記2005
■10/15〜16 RAW LIFE 2005に行く。
気鋭のミュージシャンたちが集う、秋の音楽イベントRAW LIFE。
昨年は近くに住んでいながら行けなかったので、今年も開催されたら、絶対行こうと決めていた。
会場直通のシャトルバスに乗るため、朝8時起き。
それでもバスの集合場所に着いたのは、ギリギリだった。
かなりバタバタしたけれど、無事、乗りこむことに成功。
都市高速を通って、約1時間ほどで会場に到着する。
思いのほか、楽なルートだった。
バスを降りると、もう目の前は、会場となる千葉アクアマリンスタジオ。
しばし無言になって、建物を見上げた。
……。
……予想はしてたけど、えらく古い、そして狭い廃墟ビル。
果たしてここで、イベントに集う人数を収容できるのだろうか。
(後日知ったが、心霊スポットとしても有名らしい)
まわりには小さな工場らしき建物が、ぽつぽつと点在。
休日出勤らしき若者が(かろうじて)多少見える。
スナックや食堂などもあるが、明らかにエブリデイ・クローズド。
わかりやすく過疎化の進んだ郊外の町、という面持ちである。
久々のゆるい空間に、しばしポカーンとしていた。
開場までやることもないので、近辺を探索する。
ここのところ寒い日が続いていたのが、久々に少し汗ばむくらいの、陽光が映える日。
白い薄手のセーターをはおってきたが、もしかすると選択を誤ったかも……。
紫外線を気にしつつ、閑静な道を歩く。
会場から5分くらいいったところに、コンビニが1軒あった。
そこ以外、買い物できるところは皆無のようである。
……これから人が集まるのに、大丈夫だろうか?
開場。
小学生が作った七夕のかざりみたいなの、じゃなくてリストバンドを装着。
しかし昼のさなかから踊りに来ている者もほとんどおらず、スタート時はかなり閑散としたムード。
そもそも、スタッフ側もまだ、会場セッティングをしている状態だった。
飲食の出店もかなり少ない。
セキュリティチェックがきびしいと聞いていたが、実際は皆無に等しいゆるさ。
これでは皆、ボコボコ持ち込みまくりだろう。
今回はインディーミュージシャンばかりの出演とはいえ、かなりの手づくり感を感じる。
所作なく、建物の中を行ったり来たりする。
3Fに休憩用の畳スペースが設けられており、そこでしばらく休むことにする。
朝が早かったため、同居人はすぐに仮眠。
その横で、自分はあたりを観察していた。
塗装のはげた壁。
むき出しの配線。
もともとボーリング場だったのが、つぶれて今は撮影スタジオなどに再利用されているという、古い建物。
非日常的な雰囲気は、嫌いではないが。
昼下がりの倦怠的な空気を、四角いコンクリートが閉じ込めきっていた。
模造紙のタイムテーブルが貼りだされていた。
サイトのタイムテーブルにも、ユーザビリティの悪さを感じていたが、会場には各階1枚の貼りだししかなく、かなりの不便さを感じる。
小さい紙でもいいから、配って欲しいなあ。
案の定、あとで人数が増えるにつれ、群がり始めて混雑がひどくなる一因になっていたが。
イベント柄、そんな予算はないのかもしれない。
当日になってもTBAやキャンセルがあり、時間も大幅にずれていったので、あっても役立たなかった可能性も大いにあるが。
Kiiiiiiiの出番。
正直、特に見たかったわけではないが、他に目当ての人もかぶってないので、とりあえず見とくか、ぐらいで。
しかし思いのほかKiiiiiiiのライブは良くて、わりと楽しむことが出来た。
よけいな装飾がない分、ステージは広め。
段差はほとんどなく、客席とも近い。
前のほうで観ると、かなり臨場感があっていい感じだった。
(その分後方はきつかったけど)
Kiiiiiiiと一緒に、DJ大人+dj codomoことムーグ山本がステージに立っており、彼女らが暴れている間、ヘッドフォンに耳をあてがってなにやら作業していた。
はじめKiiiiiiiと共演しているのかと思ったが、やがて、今回のイベントは広いスペースを効率よく使うべく、ステージを左右に分けているのだということに気づく。
片方でライブをしている間、片方でセッティングをし、相手のライブが終わるとすぐにパフォーマンスを開始できるような回し方をしていたのだ。
で、Kiiiiiiiが終わるとすぐさまDJ大人+dj codomo。
ムーグ山本のおりなす、繊細かつ幽玄な音に酔う。
日暮愛葉はちょっと期待はずれだった。
思いのほか、あまり歌もギターも上手くないかも……。
途中で弾けなくなるし。
あまりオーラも感じられなかった。
今回はたまたま、調整ができなかったのかもしれないが。
にせんねんもんだいの骨太なパフォーマンスは、見た目のかわいらしさとかなりギャップがあり、そのぶん強烈な印象となって記憶に残った。
彼女らのライブにはまた行きたいと思った。
某バンドには大いに笑わせてもらう。
いったい、いつの時代のロックを鳴らしてんだよ、というような……。
彼らが暴れまわるほど、とり残され感が増し、せつなさがこみ上げてきた(苦笑とともに)。
でも、それで盛り上がっている客も(一部)いるのだから、そのオールドなたたずまいがカッコイイと思う人もいるのだろう。
メンバーの格好もバラバラ。
ただベクトルは違うが、一昔前のスタイルという点は、全員一致。
ベースのお姉さんは露出度高めの美人。
ビジュアル的にはカッコヨイと言えなくもなかったが。
同居人曰く、
「美貌と才能のいい無駄づかいっぷりを、ひさびさに見た」
イルリメ。
サンプラーひとつ抱えて、会場を沸かせる若き才人。
一聴すると軽いパーティソングっぽいが、不思議とどこか陰影を感じさせる、独特のサウンド。
ふだんは女性ミュージシャンをテーマとしている私だが、今回のRAW LIFE 2005のベストアクトは彼かもしれない。
向井秀徳も、その才能を高く評価していたな。
そんなことを思いつつ、華奢な身体の彼の、ゴッツイのどぼとけに見入っていた。
二階堂和美はこんな感じで、あまりいい環境で聴けなかったのが残念であった。
が、盟友イルリメとの共演もあり、また次作の片鱗も垣間見えて、これからの活躍も引き続き、大いに期待できるアーティストであることを再確認できた。
二階堂和美が終わった時点で、かなりの熱気が会場を覆っていた。
どうやら空調もあまり効いてない(というか、なかった?)模様。
いやな予感は的中し、セーターを着こんだ自分は、自家製蒸し風呂状態。
昼とはうって変わり、客の出入りもピークの時間帯。
まわりも汗だくなので、人がつめかけている客席最前列地帯は、ものすごい体臭の充満だった。
深夜0時過ぎ。
とりあえず目当ての人が一区切りしたところで、体内の空気の入れ替えを行うべく、同居人と外へ出る。
散歩がてら、昼間行ったコンビニへ向かう。
道すがらは、イベントに来た若者たちがヒッピーのようにたむろい、座り込んでいた。
コンビニ店内に入ると、ア然。
……ここ……強盗でも入ったのか?
ほとんどの食べ物と酒類の棚が、カラ。
まるで強奪でもあったかのように、店内の陳列物が消え失せていた。
それとは逆に、大量にレジに並ぶ、人間の列。
おそらく初めてであろう、息つくヒマもないほどの忙しさで回転している店員。
……どうやら昼間心配したのが、的中したらしい。
車でもない限り、他に買い物できるところはない。
イベントに来た人間の多くが、この小さな田舎のコンビニに押し寄せている状態だった。
後日わかったことだが、RAW LIFE側からコンビニに、事前の説明やあいさつなどはなかったらしい。
客がそこへ流れるのは、火を見るより明らかなのに。
よって、コンビニ側も準備などしておらず、消費されるがままだった。
しょうがないけれど、少ない選択肢から何とか食べ物を手にし、列に並ぶ。
状況にボウ然としつつ、狂乱の店内をながめていると、自分の後ろに並んでいる客のヒソヒソ声が聞こえてくる。
「今のヤツ、為さってったんだけど」
「つーか、さっき出てったヤツも為さってたけど」
為さってた=万引きしてた、である。
店員が混乱しているのをいいことに、公然と横行しまくる犯行。
もはやコンビニは無法地帯。
せっかくの音楽イベントでそういうことがあると、気分的にはかなり引く。
会場に戻り、ふたたびステージ前の陣取りを目指す。
入り口で、ニカ嬢とイルリメが二人座って、携帯電話を見ながら談笑していた。
あいかわらず仲が良いようだ。
横目に見つつ、ECD。
彼のパフォーマンスは、著書「失点イン・ザ・パーク」そのままだった。
日本のHIP HOPの草分け的存在……のわりには、リズム感のよさや技術的な巧さは正直感じない。
けれど彼の、誠実だけれど不器用で、でも必死で……という人柄が、強く表れていた。
縦ではなく、横揺れのサウンド。
胸を打たれるパフォーマンスだった。
炎のエレクトーン・プレイヤー、TUCKER。
あらゆる楽器をひとりで激弾きし、スクラッチし、客席にダイブし、エレクトーンの上で逆立ち。
ムチャクチャしているようで、実はかなりテンパりながらの必死な姿。
文字通り、十八番のエレクトーン炎上ショーのときは、なかなかライターの火がつかず、アワアワしていた。
客席から
「TUCKERがんばれー」
と応援が飛んでいたのも、ほほえましかった。
目当ての人をひととおり見終えたので、休憩することに。
そろそろ収容人数も限界に達し、空いているスペースを探すのもかなりの苦労。
酒、タバコ、食べ物、ゴミ……あらゆるものがまき散らかった状態。
それにかまわず、床に転がって死んでいる人々。
会場後方でぐったりしていると、突如、がなっていたダンス・ミュージックの音が止まる。
全フロアすべて。
同時に、何かが焼ける臭いがただよってくる。
いったい、何事?
「苦情がきたんじゃね?」
と、同居人。
しばらくすると復旧したので、イベントは再開したが。
たんに機材の故障だったのか。
いったい何だったのだろう。
(ポリスが来たといううわさも……)
場内はあきらかに酸素が不足しはじめ、かなり息苦しい状態になってくる。
空気は眼に見えて煙り。
窓に眼をやると、おぞましいほどの結露。
室内湿度が、ものすごいことになっているようだった。
会場では、スモークも焚かれはじめる。
おいおい、もう十分「ゆらめき IN THE AIR」だっつーの……。
過酷な環境下、自分も同居人も心身ともに疲労困憊となってきたので、3時過ぎまで眠る。
ふたたび目覚めたときには多少、体力も回復していた。
予感におののきつつ、またコンビニへ行く。
店は嵐の時を過ぎ、荒野と化していた。
食料は軒並み総ざらい状態。
魂が抜けた状態で、しばし店の外で座り込む。
真夜中、あたり一面、RAW LIFEにきた若者たちが騒いだり、横になったりしていた。
突然、知らない男性が声をかけてきて、酒を分けてくれた。
例のごとく人見知りな私は、同居人を蓑にして黙っていたが。
「今日はヨーグルトさんを見に来たんですよ〜」
と熱く語る男性。
不勉強にして、二人ともヨーグルトさんを知らないので、残念ながら会話はかみあわず。
しかし、いい人だった。
REBEL FAMILIAを観に、会場に戻る。
しかし時間が大幅に押していて、そのときプレイしていたのはRankin'Taxi。
「実の娘をナンパ〜♪」
と、どでかいレゲエ・ミュージックが響く中、運良くイスに座れたので、ぐったりと音に身を任せてヘタりこんでいた。
おりしも深夜から、小雨も降りだしていた。
ビル内は、汗と足の裏のにおいが充満しまくり。
次のSHIRO THE GOODMANの時には、かなりの眠気に襲われる。
予定より1時間以上遅れで、REBEL FAMILIAがはじまった。
秋本氏の極太レゲエベースが、疲弊した身体には最強に気持ちよく、ますます眠さ倍増。
同居人は完全に熟睡していた。
REBEL FAMILIAが終わると、もはや限界。
3Fの休憩用畳スペースは、もはやキャパシティ・オーバーだったが。
寝ている人の手足や荷物を無理やりそっとどけて、二人でイモ虫のようにちぢこまって眠った。
8時近くまで眠る。
同居人は途中で起きて、湯浅湾+HAIR STYLISTICSを見たらしい。
イベントは12時近くまで続く予定だったが、朝日も昇り、メインの出演者も終わったところで、ぞろぞろと帰る人が続出しだした。
8時に一度シャトルバスも出たが、12時出発分で券を買ってしまっていた自分たちは乗れず。
しょうがないので、ふたたび休憩しつつ、空腹がこみあげてきたところで、コンビニへ行った。
供給が再開されたらしく、店は商品とともにようやく通常の落ち着きを取り戻しはじめていた。
おにぎり、にくまん……が、手軽に買えることがこれほどありがたく、恵まれたことなのだと感じられた朝はなかった。
雨は昼になっても降りしきっていた。
疲弊した身体に、昨日とはうってかわってたたみかけてくる冷気。
震えながら、都内へ戻るシャトルバスに乗りこんだ。
車内ではぐっすりと眠りこける。
目覚めたときにはふたたび、喧騒の都会へと運ばれ終わっていた。
同居人が注文していたスーツを取りに、銀座へ寄りたいと言い出す。
ズタボロのぞうきん状態なのに、そんなオサレ街へ!?とあわてて顔をつくろいなおす自分であった。
RAW LIFE2005の総括。
音楽イベント=自然と共存するピースフルなフェス、という甘い幻想を、ことごとく破壊してくれた催しであった。
今回は室内だったということもあるけれど。
でかくて不健康なクラブイベント、という感じだった。
ゴミは散らかりまくり。
換気も悪く。
トイレで恥ずかしげもなく為さっていた男女もいたらしいし、葉っぱをやっているらしきバカどももいた。
一番感じたのは、きっちりと常識で配慮すべきところが、徹底されていないということだった。
スポンサーもなく、個人主催のイベントらしいので、セキュリティまで手が回らないのが現実なのかもしれないが……。
良くも悪くも、手づくり感にあふれていた。
インディーズの新進気鋭のツウなミュージシャンたちを、幅広いジャンルからこれだけおさえているのはすごい。
ほかにない、個性的な都市型音楽イベントでもあるし、長く続けていってもらいたいが。
しかし、イベントのみならず付近への配慮は、心がけたほうがいいのではないか、と一市民ながら思った。
去年も問題を起こしているし、やるならきっちりすべきところはシメ、周囲の理解を得ていかなければ、続かないだろう。
なんだかんだで、来年も開催されれば行きたいからね。
2006/02/11
求めているのはYour Congratulations
■10/10 雨の日。
一日中、家。
Alanis Morissetteの「Your Congratulations」という曲がなぜか急に聴きたくなり、手元の音源を探してまわる。
が、実家に置き忘れてきたらしく、見当たらない。
しかたがないので、ネット上から落として欲求を満たす。
Alanisの歌詞は、呪術的にフレーズをくりかえしたり、物語を迂遠的に展開していって、最後の一言で落とす、というパターンが多い。
その最後のキメがうまくて、やられる。
その一言に、曲のテーマが凝縮されている感じがする。
「Your Congratulations」も最後のラインで曲の命が最高潮に達していて、美しいと思う。
ふだん見落としがちだったり、表現しにくい複雑な思考。
それらを描くのが、彼女は本当にうまいと思う。
しかし実家に帰るごと、なるべく本とCDは整理して今の住まいに送るようにしているが、今だ終わりの見えない量に、自分の行為の結果ながら、少しうんざりする……。
■10/11
毎朝、辞めることを会社に告げようと思う。
しかし結局言い出せないまま、落日の時間になる。
動かなければ「やりとおす」こともありえない。
のに……。
■10/12
何度も言い訳をくりかえす……脳内にて。
シュミレーションを続ける。
人から見ればささいなことでも、本人は大まじめ。
少しでも緊張をほぐすべく。
恐怖とたたかうべく。
2006/02/10
トリップ・オブ・イージー・センチメンタリティ
■10/9 葛西へ行く。
初めて東京に出てきて住んだところが、葛西だった。
8ヶ月くらい住んで、今の住処に引っ越した。
それから約1年。
思い出の地めぐりで葛西に行ってみよう……と以前より同居人と話していたので、この日、決行となった。
久々に乗る東西線に揺られて。
上京当初は、やはり複雑な路線に適応できず、遠回りになっても東西線しか使わなかった。
一度、事故で不通となり、日本橋で乗り換えのアナウンスを受けて、軽くパニくったときも。
乗換えなんか全然わかんない……東京の駅名も、まだロクに覚えてない(今もだけど)。
下手に乗り換えて、迷子になったらいけないし。
(かつて葛西を目指して帰ったら、北千住に着いたことがあった)
家に帰れなかったら……と、日本橋駅の改札内でしゃがみこんで、今後の人生をいろいろと模索していたら、偶然バッタリ、仕事帰りの同居人と出会って、拾いあげてもらったことがある。
毎朝の通勤時の激混みも、
「おお、これが都会の満員電車!」
と、わりとおもしろく乗れていた。
そんな思い出のある路線。
葛西駅に着き、大通り沿いに歩き出す。
まずは、かつてお気に入りだったトンカツ屋で、昼食を取るスケジュール。
実際に歩きながら、よく通っていた業務用スーパーなどに視線をやる。
しかし思ったほど、なつかしさはわかない。
仕事が終われば一目散に帰り、基本的に道すがらにある店しか寄らない私。
(寄り道自体、あまり好きではない)
このあたりの買い物は、同居人のバイクに乗ってばかりで、あまり自力で歩いた記憶がないからか……。
トンカツ屋にて昼食。
なじみの定食を注文。
やわらかく甘みのある肉から、豊潤な肉汁があふれだす。

月1回、ここで昼食を取るのが、2人のささやかな楽しみかつ贅沢だった。
とは言っても、値段はそんなに高くないが。
それでいてかなりの量があるので、私はいつも食べきれないほどだった。
いつもAMのゆるいラジオ番組が流れる中、お店の雰囲気もゆったりとしていて、近所でも評判のよいところ。
トンカツ屋を出ると、元住んでいたところへ向かって歩き出す。

アーケードがあって、わりと便利だった商店街。

趣味の絵を描く用の紙もなかったので、いつもチラシをもらっていた本屋。

元住んでいたマンション。
1DKに2人つめこまれて住んでいた。
というか私が転がりこんだわけだが。
もちろん、いまは知らない人の住まい。

洗濯しながら一人思索にふけっていた、コインランドリー。
一度、下着を盗まれたこともあるが。
気持ち悪さやこわさより、上京してまだロクに自分の物がないのに、生活物資を盗られた!と憤慨する気持ちのほうが強かった。

近所の激安スーパー。
(「わけありスーパー」と呼んでいた)
レジ打ちの愛想のない女の子も、今となってはいい思い出……しかし、この日はいなかった。

夜、散歩がてらよく買出しに出かけていたスーパー。
今住んでいるところがいかに物価が高いか、この店を思い出すとよくわかる。
ひととおり、過去の生活空間を歩く。
しかし、やはりなつかしさはそれほどなかった。
はなれて1年では、そんなものなのか……。
上京当初から、すぐに引越すことを決めていたので、葛西はなにかにつけて(仮)マークが前提の場所だったせいかもしれない。
今住んでいる場所のほうが、長く住んでいる分、懐古の情がわくのかも。
ただ、たった1年でなくなっている店もあって、時の流れの諸行無常を感じた部分もあった。
葛西ツアー最終地のイトーヨーカドーへ行く。
徒歩ではきつい距離なので、駅からの送迎バスを利用する。

地元の福岡ではヨーカドーを見たことがないので(私だけ?)とてもめずらしく、デカくて華やかな印象が強かった。
これが都会のガハハ系店舗というものか、と独自の(勝手な)イメージを下していた。
この日も休日の人出がにぎわっていて、ますます感傷にはひたれなかったけれど。
冬風吹きすさぶ中、一人送迎バスを待ちながら、なぜか「夜の果ての旅」を読んでいた記憶がよみがえる。
結局、ワ〜、なつかしい!という感激は終始沸くことはなかった。
その点ではちょっと残念だった葛西ツアー。
しかし、そういう気持ちが芽生えるのは、まだ数年後のことなのかもしれない。
いつか年月が経ち、忘れたころにふと、記憶の隅っこから転がり出てくる。
そのときにまた、行ってみるといいのかもしれない。
帰り道、東西線の車中で同居人が突如、中野で降りてみよう、と言い出す。
駅を出て、アーケード街を通り、名高い(?)オタク・モールへ行く。
以前、やはり迷子になって、1度だけ迷い込んだことがある。
そのときは1人だったので、人さらいに会いやせんかと、ビクビクして歩いた。
今回は同居人と一緒なので、すばらしいカルチャーの陳列に、はしゃいでまわる。
なんか、葛西より楽しかった……。
なんだかんだで、ぐったり疲れて帰宅。
2006/01/27
怒りをどう転換していくか。
■10/8
同居人の友人Tさんが、フィッシュマンズのライブチケを、私の分まで取ってくださった。
入手困難らしいのに……非常に恐縮するとともに、うれしかった。
チケを渡してもらうついでに、同じくフィッシュマンズ好きのNさん、Pさんらと待ち合わせ。
近所の行きつけの居酒屋で昼食。
RSRの思い出や、Nさんらの行った朝霧Jamの話、なぜかニートについての話で盛り上がる。
店を出る際、ブーツ着用のTさんがジッパーに不具合があったらしく、お店の人に押しピンをかりて、一生懸命履こうとしていた。
そっかー、ブーツだと、こういう女の子特有のトラブルもあるんだ。
そのような女性アイテムなど履いたことがない私には、知る由もなかった……なんと可愛い!
しゃがんでブーツと格闘している彼女の姿が、とてもキュートに思えた。
よし、私もブーツ買おう。
数年前から抱いているブーツへの憧れを、ひとり勝手に新たにする。
三人と別れた後、同居人と新宿へ。
タワレコで、Fiona Appleが掲載されている雑誌を4冊購入。
同居人のポイントがたまり、ちょうど行われているタワーレコード新宿店オープン7周年記念イベントに行ける権利をもらっていた。
しかし平日のため、仕事の忙しい彼は行かないらしい。
だったら私にちょーだい、と言ったがくれなかった。
小島麻由美やtoddleも出演するらしいのに……チッ。
高円寺に寄る。
先日行った喫茶店に寄り、体調不良で食せなかった黒ゴマのブランマンジェを注文。
……しようとしたら、メニューから抹消されていた。
ナヌ。
仕方ないので、モンブランで代償行為。
リベンジが果たせず、非常にくやしい。
あまりデザートのレベルが高い店でもないので、今後のリピート率はかなり微妙になった。
注意しているつもりだが、感情のブレにすぐ左右されてしまう。
あとから考えなおせばささいなことに、ヒステリーを起こし、グダングダンになってしまう。
怒り……はもちろん、マイナス面ばかりの感情ではない。
「人に迷惑をかけるものでなければ、怒りはとても美しくありえる」
というAlanis Morissetteの言葉。
前向きなエネルギーの源にできれば、それで学ぶことも鍛えることもできる。
怒りをどう転換していくか。
これも自分には大きな課題である。
許すこと、解放すること……。
しかし許し=妥協と感じてしまう現在の自分は、まだまだ悟りの境地には、たどりつけそうにない……。
2006/01/24
The Noise in the Head Song
■10/4 Fiona Apple 3rdアルバム「Extraordinary Machine」リリースの日。
退社後、昨日にひきつづいて新宿のタワレコへ行く。
コーナーが設けられ、ポップに彩られた一面の「Extraordinary Machine」を確認。
安堵する。
6年間、待ちに待ったときがやっと……。
束で手に取り、しばし見入る。
しかし長い間、想い続けることに慣れてしまったせいか。
現物を前にしても、うれしいというより、実感がわかなかった。
DVDなしの通常輸入盤があれば買おうと思っていたが、この日はデュアルディスク盤(個人的には非常に扱いづらい)しか置いてなかった。
しかたないから、通販で購入しようと思う。
(とはいえ、その時点で同居人から連絡を受けており、家に帰ればAmazonから2枚の「Extraordinary Machine」が届いていることはすでにわかっていたのだが)
とりあえず、店においてある盤を全部手に取り、1枚1枚に念を送る作業を行う。
その後、新宿を迷子になりかけながらグルグルめぐり、レコ屋をのぞいて回る。
「Extraordinary Machine」が置いてあるかを確認していった。
(HMVにはなぜか1枚も置いてなかった)
ぐったりと疲れをひきずって帰宅したのは22時過ぎ。
「Extraordinary Machine」収録のDVD映像を即行で見たかったが、同居人がTVでダウンタウンの番組を見ていたため、わりこむことが出来ず。
仕方がないので、彼が笑い転げている横で、機能停止しつつある胃に、黙って食べ物を押し込んでいった。
よく考えると今日、意味のある行動はなにひとつ取っていないが……。
どうしても、じっとしていられなかった。
ネットをはじめて、大切な人たちと出会えて、自己の殻を突きはじめたり、絶望したり。
まったく考えてもいなかった、都会に住むことになったり。
今まで生きてきた年月のなかで、一番人生が激動してしまった、この6年間。
すべてのはじまりは、他ならぬ彼女の音楽を愛したことが、きっかけだったのだから。
その彼女の新しい音楽が、世界でふたたび響きはじめた日なのだから。
しかし、自己の勝手な思い込みにしばられて、実のある作業を怠る習癖は、いいかげんなおさなければ……。
妄想も自分レベルにとどまっていたのでは、なにも生み出せない。
わかっちゃいる。
わかっちゃいる、が……。
明日からはまた、やるべきワークをきちんとやろう。
明日からは……。
■10/5
Fiona Appleの「Extraordinary Machine」をくりかえし聴く。
先にリークされたデモ版は、ピアノとホーンセクションを主体とした、古い映画のサウンドトラックのようだった。
それが全体にわたって徹底していたので、かえってサイケデリックな個性となって、強烈に訴えかけてくるものがあった。
しかし、正式リリース版は、再構築され、いかにもサウンドツールで切り貼りしなおしたような感じ。
デモ版と比べると、かなりアクが抜かれたように思う。
……そのぶん、多くの人に聴きやすくはなったのかもしれないが。
元から残されたトラックもあるが、それと再プログラミングされたものが、どうもちぐはぐで、自分の中でうまく解けあわない。
たんにデモ版を聴きこみすぎて、慣れないせいか。
同居人も「フツーのロックアルバムに納まってしまった」という意見だった。
とはいえ、メロディラインはあいかわらず、Fiona節とでもいった、独特の展開と泥臭さ、そして美しさに満ちていると思う。
「Not About Love」、「Tymps (The Sick in the Head Song)」などは、やはり彼女オリジナルだなあと思う。
そして「Extraordinary Machine」のような歌詞には、彼女のこの数年間の成長を見てとれる。
「TIDAL」の頃には、絶対なかった表現だ……。
どうせ、これからまた何年もかけて、このアルバムとも付き合うことになる。
かつての過剰な自己投影も、ジリジリ焦燥しながらのみじめな依存も、潮の満ちひきとともに浄化していきながら、いい距離で彼女の音楽に耳を向けていこう。
(でも、まだまだ冷静にはなれない自分が、居座っているけど……)
会社は「健康管理の日」という名の、強制退社の日。
早く帰れたけど、スピーカーの前にうずくまってばかりで、今日も何もせず。
ダラダラと過ごしてしまった……。
2006/01/20
こころの一升瓶
■10/3 仕事過多日。
今春から入った新人の男性……業務処理が追いつかず、パニックとしんどさを噛みつぶしたような顔をしていた。
(締め切り時間があるので、月初の職場は時限爆弾を抱えたような緊迫感で殺伐とする)
彼に見る、去年の己の姿。
自分もまさに同じだったから、よくわかる……。
しかし、それを体験し、乗り越えなければ、ここの仕事をこなせるようにはならないだろう。
痛みを負いつづけながらの場数踏み。
それが、時間がかかっても、処理速度を速める確実な手段。
あるときふと、追われっぱなしだった仕事を自然にこなせている自分に気づく瞬間。
なかなか目に見えない、己の成長を実感できる瞬間でもある。
それはそれなりに満足感があるものだし、彼もそこまでたどり着いてくれたらいいな、と思う。
……その時点を過ぎても、私が今の仕事を辞めたいことには変わりないが。
新人君が自分と違うのは、あいさつすら無視されるこの身と逆に、すっかり同部署の女子たちにかわいがられ、仲良くなっているということ。
元営業で人当たりがよく、たしかにいい人。
ただ、容姿がチョコボール向井に似ていることから、
「じゃ、今度からムカイって呼ぼうよ。ムカイ〜」
女子たちははやしたて、
「やめてくださいよ〜」
と言いつつ、満更でもなさそうに返す新人君。
彼らのニヤけたやり取りが聴覚にねじこまれるたび、一升瓶(ないけど)を振り回して暴れたくなる衝動に駆られる。
……頼むから、その口から、その名はやめて……。
まあ最近は、彼の呼び名はすっかり「チョコ」で定着してくれたようなので、こちらが殺傷事件を起こすには、いたっていないが。
Fiona Appleの新作が置かれているかも、と会社帰りに新宿のタワレコに寄る。
が一枚も見受けられず、不安モードに塗られたまま、帰路。
帰宅後は酒(やけ)をあおって眠る。
己の内面、己の妄想。
イメージ、鳴り止まぬ狂奏。
絵を描くことのモチベーションについて考える。
2006/01/17
神が降りたか、降ろしたか。
走りきるんだ。
■10/1 masリリースパーティー@渋谷o-nest
昨日にひきつづき、o-nest。
思えば一昨日も、o-nestに来ていた。
先日の迷子になって会場に着けず、クラムボンのライブに行けなかったという悲劇以来、初めてだったり、道順が危うそうな会場に行く場合は、なるべく下見に行くようにしている。
で、三連チャンでo-nest。
この日の目当てはツジコノリコ。
フランス在住、京都弁の生ピーチ姫は、想像以上にぶっ飛んだキャラクターで、強烈なインパクトだった。
その他の出演者の中では、降神が出色の存在だった。
同居人が今年一番ハマッていたアーティスト。
アルバムやメンバーであるナノルナモナイのソロを、私も耳にしていた。
Shing02やBlue Herbにいち早く反応してきた同居人ならさもありなん。
ずば抜けたMC、詩的センスに音の構築は、HIP HOPにそれほど造詣の深くない私にも、わかりやすく訴えかけてくるものがある。
わかりやすく括れば、ジャンルを超えて支持されるタイプのアーティスト。
しかも前述の二者が2005年はある意味、雌伏の時期だったことも合わせて、この新進のユニットが、第三のJapanese Underground HIPHOPの先鋭に躍り出てきたということは、この日のライブで一目瞭然だった。
オペラやミュージカルのような、エンターテインメント性に富んだパフォーマンス。
リズム感、メリハリのつけ方のすばらしさは、メジャーのアーティストにもそういないだろう。
ジャズやファンク、様ざまな要素を内包した、ボーダレスなトラック。
しかもナノルナモナイと志人、やばい才能に恵まれた人間二人が、そろいもそろったこと自体もすごい。
ピエール瀧と石野卓球が出会ったのと同じくらいの、奇跡の結合。
(適切な例かはわかんないけど)
DJのパフォーマンスも良かった。
連続の外出は疲れたけれど、それぞれに聴き応えがあって、満足することのできたライブ日和であった。
2005/12/31
2005
ありきたりだが、自分の2005年をざっと総括。
・新しいパソコンを購入。
容量一気に20倍以上。
世の流れの早さを感じる。
あと、DVDが見れるようになったのも大きい。
・本格的に、携帯電話を持ち始める。
携帯からネット可。
その点のみに惹かれてPHSを購入。
が、速度は遅いし、片手で文字を打つのも思いのほかめんどくさく、目的だったHP更新推進にはちいともつながらなかった。
外出先でメールチェックできるのが、役立ったくらい。
(それじゃ、普通の携帯でよかった……)
来年は、モバイルかノートPCの購入も考えている。
・サイトのブログ化。
更新が楽になった。
ただ、それに見合う内容の充実をはかり、自分の思考・体感にもっと即したサイトにしていきたい。
年末、今後のサイトの方向性について、思うところあり。
年始休みを利用して、レイアウトにも少し手を入れるかもしれない。
・携帯mp3プレーヤーを購入。
20GBのやつ。
しかし、同じアルバムをひたすらくりかえし聴く習性の自分には、そんな容量いらんかったかも、と買った後で気づく。
・会社
昨年にまして、職場の環境悪化。
なんか、1年通して愚痴ってた……。
ただ、時々言葉を交わせる人ができたりして、そこに大きく救われた。
来年は……未知の領域。
・家災つづく
春、室内をネズミに跋扈される。
捕まえた時の感動は忘れられない。
その後、庭を猫に定番トイレ化され、すさまじい悪臭に苦しめられる。
鉄線、忌避剤の使用で長期抗争。
最近は湯沸かし器の不調に困っている。
寒いこの時期に、軽くジャブを食らっている気分。
また大家呼ぶか……。
・妹が結婚した
10年来の恋人と、大好きなディズニーの白い教会で、純白のウェディングドレスに身を包み、感動的な式を挙げる。
まさに女の子の夢の実現を果たした彼女。
女の幸せはすべてお前にまかせた、妹よ。
・身体鍛錬願望勃発
社会人になって以降デスクワーク中心で、ロクに運動せず生きてきた。
そのツケが年齢とともに牙をむき始める。
水泳、リストウエイトにエクササイズ。
遅まきながら、肉体改造に乗り出す。
少なくともオールのイベントで踊り倒せるくらいの体力がほしい。
・音楽
イベントに行く回数が増えた。
個人企画からフェス、レコ屋の隅っこからホールまで。
自分の主テーマである女性ミュージシャンについても、わりといい出会いが多かった。
それを自分のサイトに反映させられなかったのが、反省点。
同時に、来年のやりたいネタでもある。
最近好きになった人の多くは、ネオ・アシッドとかフリーフォークというジャンルに属するらしい。
なので、そういう方向に嗜好が行ってるのかもしれん。
ジャンルで聴く、というのを意識したことがないので、わかんないけど。
・Fiona Apple、3rdアルバムをリリース。
数々の問題を乗り越えて、6年ぶりにリリースされたアルバム。
旧友Jon Brionからチェンジした、新プロデューサーによるアレンジは、元のデモ版からかなりアクを抜いた感じで、個人の嗜好からは外れてしまった部分はある。
が、メロディ展開と歌詞の回しは、相変わらずすばらしいと思う。
Extraordinary Machineに私もなりたい。
・時間の活用。
昨年にひきつづき、日々あれこれ模索した。
目の前の繁忙にとらわれがちの、マニュアル化したスケジューリングを時々見直しては、長期的目標を達成するという視点で、また日々の作業に落としこんで……のくりかえし。
ただあればいいというだけでなく、作り出した時間が自分の体調、マインドと調和したものでなければ、けっこうキツイという発見。
11月ごろから、とある方法を試しはじめた。
それにより、今のところ精神的に安定しだしてきているので、これが2006年の結果につながっていけばいいと思う。
・文章の書き方が変わる。
元来、すらすら書くことができず、苦しんできた。
が、単語をざっと並べて、整頓してから書くというワザを発見。
来年の目標のひとつは、音楽ページの文章の充実化。
そして個人雑記(ここ)を、現実に追いつかせること。
毎年言ってるけど。
・つながり
昨年からはじめた都会暮らし。
知り合いもほとんどおらず、心細いこともあった。
今年は会社ではじめて話せる人ができたり、MIXIで知り合った人、連絡をくれた学生時代の同級生、初対面の人、さらにその友だちとのよき出会いがあったり。
長い間、会いたいと思っていた人に会えたりもした。
自分は一人、なんて勝手に思いあがっていても、時間は残酷にもやさしくも過ぎて、日々を重ねていく。
ほとんどなかったところから、つながりがちょっとずつ生まれはじめている。
アリが巣をめぐらして、部屋と部屋をつなぐ道をスポッと一個ずつ、開通していくような感覚。
逆にほぼないところからスタートしているから味わえる、おもしろい現象でもあった。
2006年はそのつながりを大事にしたい。
新しく広がるのも楽しいけれど。
たぶん自分は気づかないうちに、たくさんの人に支えられていると思う。
そのみんなに、私もなにか分けてあげられるようになりたい。
肩をバンバン強く叩いて応援する形じゃなくても、ちょっとの声でもいい。
こちらから手を振ってみるということを、意識的にしていきたい。
もちろん、それが邪魔になってしまう人もいるだろうし、そしたら適度な距離を守るけど。
私自身、人からかけられた、ちょっとした声に救われた経験がいくつもあった。
同じような人も、けっこういるんじゃないかと思えてきて。
私は自分から人に声をかけるのをかなりためらうほうだし、それで逆に相手に気を使わせてしまったことも多かった。
これからは少しずつ、自分からいく場数を増やしていきたい。
自身のためにも。
・同居人とのペース、少しずつ安定。
生来の面倒くさがり。
癇症(ヒステリーともいう)。
こんな自分が他人と共同生活をおくるのは、もちろんキツサがあるけれど。
小さな部分でのペースの違いに、発狂しそうになることもたびたびだけど。
妥協、許し、あきらめ、理解。
さまざまな経験を重ねながら、少しずつ互いのリズムを調和させてきた。
これからも精進をくりかえすのみ(衝突もしつつ)。
一緒に楽しむことも、忘れずにね。
・Hunger To OUTPUT
2005年は日々の雑事に叩きのめされて、内なる雑音の出力をおろそかにした。
自然に生活のなかにあった「絵を描くこと」を、実は自分は好きではないのでは……と思った時期があった。
描くのが好きなのではなくて、他にできることがないから、やってるだけなのではないか。
そして、絵に対するまじめな意識が、あまりになさすぎるんじゃないか。
描くのが好きじゃないのかも……という問いははじめて。
悩んだというより、恐ろしくなった。
描くこと以外、他にたいしてできることも、したいこともないし。
萎縮すると、風景の中で見えていたイメージも、パッタリ止んでしまう。
頭のなかの空音だけは、どんどん膨張していったが。
今さらモラトリアム。
自分は何をしたいのか。
何が可能なのか。
あらためて考えた時期だった。
突き上げてくる衝動と、吟味のバランスがとれずに焦燥したり。
想像力をきたえなきゃいかんと、小手先を駆使したり。
結局、今はふたたび絵を描きはじめている。
しばし止めていたが、気がつけばまた線を引きはじめていた。
ムズムズする本能のままに描きはじめた。
実際、自分の不出来を描くことで慰めて、チャラにしようとしているのだとしても。
それが誤っているとしても、醜い行為でも。
価値が、意味がなくても、真剣であろうがなかろうが。
絵を描くのは、自分にはやっぱり楽しい。
それも真実なのだから、いいではないか。
ないかー。
という、ありふれた自己満の答えに、ひとまずたどりついた、ので。
描かないことで気づけた、自分の足りない部分。
恵み。
今度は描くことで何が見えるのかを、確かめてみたい。
というより、しぼりつくしたチューブの底を知るには、これまでの出力はあまりに足りなさすぎた。
考えてばかりで動かなかったぶん、2006年はじゃこじゃこ出そう。
「またノイズば発しよる」
と言われるくらいに。
絵だけでなく、表の方ももうちっと更新速度&量をあげていきたい。
・2006年の目標
なにごとにおいても。
行動は先送りしない。
今できる範囲で何ができるのかをつかみとり、すぐやる。
(やってみて失敗したら他のテを行えばよい)
悩む時間をへらし、その分どうするかを考える。
「やる」か「やらないか」で判断をする。
以上を、2006年の自分をつかさどる大元とする。
まあ、雑音につぶされる日々は、またあるんだろうが。
モットーはつねに胸に刻みつけておきたい。
Live Through This.
2005/12/28
I dedicate HER chord
■9/30 toddleレコ発ライブ @渋谷o-nest
この数日間の会社での苦しみは、今日のライブを支えに耐えてきたと言ってもよい。
定時後、即行退社。
月末で忙しい日なので、かなりのヒンシュクを買うものの、そんなこつ知らんばい。
というか、今日だけはカンベンしてください……。
ふりきってビルを出る。
遅い到着だったが、開場も遅れていたのでセーフ。
最前列、ステージに向かってやや左寄り。
チャコちゃんの立ち位置ドンピシャに陣取れた。
せまいし、個人的には視聴覚室なイメージのo-nest。
ステージ近いし、座りも可だし、わりと好きなハコだ。
今回もtoddleまでは、ずっと座っていた。
おかげで、今回は腰を痛めずにすんだ。
ライブはこんな感じで、とても楽しむことができた。
間近で見たチャコちゃんは、本当にちいちゃくて可愛いくて。
ボーカルはまだ正直弱いけれど、初々しさがまたいいのよね……。
そんなすてきな女性に出会うたび、どうして世の中には、性別以外なにひとつ自分と共通項のない美しい人が、たくさんいるんだろうと懐疑にとらわれる。
あまり思いつめると、だんだんみじめになってくる時もあるが。
でもこの劣等感があるからこそ私は、すばらしい女性ミュージシャンたちに焦がれ、触れずにはいられない原動力を保ちつづけていられるんだろうな。
(ないに越したことはないが……)
帰り道は余韻で、ほよほよしながら歩いた。
轟音ギターを叩きこまれたために、聴覚はしばらく異次元へとぶっ飛んでいたけれども。
投稿者