2010年09月02日
郷里
■2009/6/6
ホテルのバイキングで朝食。
値段のせいか、あんましパッとしない感じだった。
同居人はフレンチトーストを気に入っていたけど、自分的にはイマイチだったな……。
朝からなんだか疲労感が強かったが、新幹線に乗って小倉へ。
駅前のCOLETに寄る。
無印やLOFT、若い人向けの店がけっこう入っていてビックリ。
自分が住んでいた頃とは、だいぶ様変わりしていた。
同居人の希望で、小倉の風俗街を歩く。
昔は住んでいてもモチロン寄り付かなかったが、今はその寂れた具合が面白くもあった。
風雨にさらされ日焼けしたポスターとか、ポツポツと点在する小料理屋、朽ちた建物、その横でぽっかりと広がった空き地に生い茂る草木等々……。
同居人が行きたがっていたカレーの龍も行く。
かなり柔らかめのご飯に、辛すぎない不思議なルー。
今まで食べたことのないタイプのカレーだったが、美味しかった。
カレー好きのカンパニー松尾氏が勧めていたのも解る気がした。
魚町をウロウロしていたら疲労が激しくなってきたので、ドトールで休憩。
壁にがっくりと体を預けながら、今自分が歩いてきた街の様子を思い出したりした。
帰ってくるたびに少しずつ、でも確実に寂れていってる風景……。
空き店舗が目立ち、行き交う人も少ない。
東京暮らしに慣れてしまったので、余計そう感じるところもあるのかもしれないけど。
それでも自分が十代の頃には、もう少し人がいたような。
小倉と言えば博多には及ばずとも、周辺の人からはちょっとした都会くらいには見られている所。
でもあの頃体感していた賑わいは、今この街にはもうないように思う。
(実際、百万都市を名乗っていたけど、百万人とうにきってるし…)
その廃れ具合が、逆に年取った自分には愛おしく感じる部分もあるのだけど。
モノレールで徳力公団まで行き、そこから散歩がてら、思春期の大部分を過ごしたスポットを歩いてみる。
団地群、かつての通学路、公園や古本屋、ゲームセンター、川沿いの道……いずれもいい思い出はあまりなく、常に「独りだった」こと以外、強烈に感じることはない。
そういう場所を同居人と二人で歩くというのは、とても不思議な心地がした。
歩いて実家まで帰る。
家がだんだん見えてくると、同居人に見せるの嫌だなあ、という思いに襲われる。
改めてみると、我が家のなんと古くて小さいことか……。
考えたら、彼の家とはずいぶん格差があるんだよな……大丈夫かな……。
でも引き返せないので、彼を案内して家に入れた。
小柄なうちの親と溢れかえる物、狭い部屋のなかにいると、同居人はますます窮屈そうに見えて、ちょっと申し訳なかった。
夕方、妹夫婦、弟もやって来て、一緒に近くの料亭で食事。
家族久々の集合である。
妹たちは変わらず仲良さそうで、旦那はこっちの家族にもだいぶ馴染んだ様子だった。
弟も相変わらず……というか、ますます痩せこけて老けていたので大丈夫か?という感じだったけど……。
まあ自分で選んだ今の生活と仕事だから、仕方ないが。
でも自分の帰省に合わせて家族に集まってもらえたのは、本当にありがたかった。
甥っ子もずいぶん大きくなっていて、人見知りもなく、妹のみならず父や母の大きな慰めにもなっているようだった。
とりあえず、実家の現状については一安心といったところである。
母親にいろいろとお土産をもらって、福岡のホテルへ戻った。
同居人はさすがにだいぶ気を使ったのか、かなり疲れているようだった。
今後はちょこちょこ一緒に遊びに来る機会を作って、九州に慣れてもらえればいいなあ、と思った。
投稿者 sakyo : 2010年09月02日 16:12
