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最近のつぶやき等はトップページにて。。。

2010/09/21

葛西

■2009/6/26
同居人と葛西へ行く。
葛西は自分が東京に出てきて、初めて住んだところ。
同居人と二人暮らしを始めた、思い出の街でもある。


久々に駅に降り立つと、ふわりと匂う潮の香り。
住んでいた当時はまったく感じたことなかったけど……。
空気も、今住んでいるところとはだいぶ違うなあと肌身で実感した。
東京での暮らしが長くなって、街ごとの違いを身体ごとで感じられるようになったのだろうか。


なくなってしまった飲食店がある一方、まったく覚えていない新規の店が出現していたり、三年ほど離れた間にもけっこうな変化があった。
よく通っていたボロいスーパーがしぶとく残っていたのは、ちょっとうれしかった。
(今思うと、仕入先はかなり怪しい……)
でも実際に来てみると、思ったより強い懐かしさはなくて、正直感傷は薄れつつあるのが実感だった。
ここで暮らした日々はどんどん遠くなっていて、目の前の生活を漕ぐ方がすっかり自分に浸透してしまっているのだろう。
数年後に訪れたとき、感じることはまた変わっているのかもしれない。


マックで休憩してから、西葛西。
焼き鳥屋・鳥繁へ。
人気の店らしく、しばらく並んでから奥の座敷に通された。
けっこう家族連れが多かった。
味はまあ、普通に美味しい、及第点くらい。


西葛西は葛西よりも賑やかな印象。
生活に必要な店は駅前にだいたいそろっているし、住んでいた頃も西葛西に来ることは多かった。
もしかすると当時こっちに住んでいたほうが、もうちょっと住みやすかったかもしれないな。
でも今住んでいる所が、やっぱり今まで住んだ町の中ではベスト。
引っ越すにしても、しばらくは周辺を回るだろう、許される限り。


あちこち歩き回って、けっこう疲れた。
家に帰ってから、グッタリと倒れこんだ。

投稿者 sakyo : 17:25 | コメント (0)

2010/09/15

熱帯ギョーザ

■2009/6/19
夕方、同居人とアメリカから来た客人S氏、E嬢と阿佐ヶ谷で合流。
S氏の希望でギョーザ屋・豚八戎を目指す。
かなり小さな店なので、18時の開店時以外は予約不可。
4人が集まった時間にやはり席は空いてなく、空いたらお店の人に電話してもらうことになって、しばらく時間を潰した。


Village Vanguard DINERでお茶しながら。
S氏は同居人のiPhoneに興味津々で、いじりまくっている姿が面白かった。
天才で知性の塊のような御仁なのに、全然気取ったところも気難しさもなく、自分のような平民にもフランクに接してくれる。
E嬢はあまりにも長い待ち時間に、さすがに途中から消耗した様子だったけれど。
ハーフの彼女は一見、アジア人的な顔立ちも持っているけれど、長い睫毛と碧色の瞳、細くて長すぎる手足は明らかに日本人離れしていて、美しすぎるので見とれてしまった。


1時間くらい待ってみたがサッパリ電話が来ないので、 1度店に行ってみるもヤッパリ空いてなく。
普段だったらとっとと諦めて他の店に行くところだが、今日は客人のたっての希望……。
とにかく22時までは待ってみようということになって、散歩がてら阿佐ヶ谷をぶらぶらと歩き回った。
ほとんどアメリカで生まれ育ったというE嬢。
留学して京都に滞在したことはあっても、阿佐ヶ谷のような飲み屋街の風景は珍しいようで、あちこちに興味津々。
しょっちゅう途中で止まっては、寄り道をしていた。
その様子がとても可愛らしい。
途中の本屋に入って以降も、何となく落ち着かない様子でウロウロしていた。


客人方はわりと楽しそうにのんびりしていたけれど、こちらは長時間待たせているような感じになってかなり焦った。
同居人は一生懸命次の店を探しているし、気が気でなかったけれども、ついに豚八戎から席が空いたとの連絡が入った!
急いで店に向かうと、お店の人がカウンター席を4人分とっておいてくれた。


さすが人気店だけあって、餃子は相当な美味さ。
香辛料の利いた焼き餃子、辛味が沁みる水餃子は、中国人の奥さんが作っているというまさに本場の味。
もちもちとしていて、普段は辛いものがあまり食べられない自分でも、何個でも食べれるくらいだった。
客人たちも大満足のようだったし、本当に良かった。
店内にはご主人のiPodからDry&HeaveyやKonono No.1が流れていて、場末の雰囲気と熱帯的なムードが織りあう、いい感じの空間になっていた。


23時過ぎに店を出る。
駅のホームで、それぞれの方向に分かれた。

投稿者 sakyo : 11:59 | コメント (0)

2010/09/09

不眠症のオレンジケーキ

■2009/6/18
平日は、やたら疲れているのに寝付けない状態が続いている。
ウトウトしかけると、急に体が火照り、一部が強く痒くなったりして苦しむ。
その後はすごいイライラと不安感……。
特に、具体的な要因があるわけじゃないのになあ……。
いや、起因は明らかに仕事なんだけど、最近は寝れないことへの不安感そのものが悪化してる気がする。
憂鬱だ……。


昼頃起床。
夕方はGraceへ。
オレンジケーキを頼む。
適度な苦味があり、しっとりしてて美味しかった。
紅茶を飲みながら、じっくりマンガを描く。
他の客は静かに雑誌を読んだり、イラストを描いたり、ポメラを打ってる人もいた。
買い物をして帰宅。


夜、同居人が鼻炎を発症。
自家製梅酒をがんばって造っていたが、その後は薬を飲んで、居間でグッタリ寝込んでしまった。

投稿者 sakyo : 13:14 | コメント (0)

2010/09/08

雨のはざ間

■2009/6/14
朝からイライラして、精神的に調子悪し。


Emi Meyer@日比谷野音
雨模様。
初めての日比谷野音。
わりと人は多くて、どこかフェスのような雰囲気を醸していた。
席も座りだったので、ここでのライブ鑑賞は楽そう……。
夕暮れ時、少し霧雨の頃にスタートした。


Emi嬢。
深みのある歌声に聴き惚れる。
歌い回しにやや未熟な部分も感じられるけど、そこは今後の場数次第だろう。
楽しそうに演っている姿が印象的だった。
同居人は90年代の音楽だと言ってたけど。
確かに影響を受けているのはその年代だろうけど、個人的にはやはり新しい世代の人だと思った。
Fiona Appleに通じるところがあるという意見もあるけど、曲や歌声といった表層的な要素だけで判断するのは間違ってる。
曲を生み出す理由が、まず根本的に違うし……いずれが良い、悪いなんてないけど。
表現とセールス、エモーションの狭間で、よりギラギラしていた以前の時代の人たちと、2000年以降に出てきたアーティストたちでは、モチベーションの方向や質も違う気がするし。
(時代・業界の背景や、単に自分の青春時代の年齢も重ねてそう判断しちゃってる部分もあるけど)


Emi Meyerが終わってから、雨がいっそう強くなる。
カッパを着込む人、多数。
準備いいなあ……。
自分らは後方に下がり、木を傘にしてステージを続けて鑑賞。
あれ藤井フミヤ、と言われても納得してしまうような人を見た。
(あまり知らない人)
彼が出てきた途端、会場はいっきに盛り上がる。
皆腕を振り、体を揺らしまくる。 
さすが売れてる人は、勢いすごいなあ。
歌は下手と言わないまでも上手くもない、くらいなんだけど。
ゆるい、無意味にピースフルな、どうでもいい感じの、いかにも学生が好みそうな音楽かなあと思ったけど、実際のファンはけっこういい年した、自分らと同じくらいの子連れのファミリー層が意外と多かった。
とりあえず自分と同居人だけが、会場の盛り上がりから取り残されたような格好になった……。 


雨はますます強さを増し、木のふもとへの避難もだいぶ限界に達してくる。
周りの愛と平和ムードと真逆の、ダークな心情も極み。
結局、途中で帰ることにした。
帰り道、雨に煙る屋台やずぶぬれで萎れたスタッフの様子が同居人の琴線に触れたらしく、写真を撮りまくっていた。
霞ヶ関から戻り。


西荻の戎で一杯。
久々に来たが、雨のおかげで人も少なく、相変わらず美味しくてよかった。
(鰯コロッケはなかったけど……)
さらに二軒目の某チルアウト場所。
こちらは他にも客がおり、けっこう喋っていてちょっと騒がしかったけど……。
昨年の冬から通い始めた店だが、季節感さえも感じさせず、時のはざ間のスポットに紛れ込んだような、いい意味で全然変わらない場所だ。
いつものキャラメル・ラム・ホットミルクをいただいて和んだ。

投稿者 sakyo : 11:16 | コメント (0)

2010/09/02

郷里

■2009/6/6
ホテルのバイキングで朝食。
値段のせいか、あんましパッとしない感じだった。
同居人はフレンチトーストを気に入っていたけど、自分的にはイマイチだったな……。


朝からなんだか疲労感が強かったが、新幹線に乗って小倉へ。
駅前のCOLETに寄る。
無印やLOFT、若い人向けの店がけっこう入っていてビックリ。
自分が住んでいた頃とは、だいぶ様変わりしていた。


同居人の希望で、小倉の風俗街を歩く。
昔は住んでいてもモチロン寄り付かなかったが、今はその寂れた具合が面白くもあった。
風雨にさらされ日焼けしたポスターとか、ポツポツと点在する小料理屋、朽ちた建物、その横でぽっかりと広がった空き地に生い茂る草木等々……。
同居人が行きたがっていたカレーの龍も行く。
かなり柔らかめのご飯に、辛すぎない不思議なルー。
今まで食べたことのないタイプのカレーだったが、美味しかった。
カレー好きのカンパニー松尾氏が勧めていたのも解る気がした。


魚町をウロウロしていたら疲労が激しくなってきたので、ドトールで休憩。
壁にがっくりと体を預けながら、今自分が歩いてきた街の様子を思い出したりした。
帰ってくるたびに少しずつ、でも確実に寂れていってる風景……。
空き店舗が目立ち、行き交う人も少ない。
東京暮らしに慣れてしまったので、余計そう感じるところもあるのかもしれないけど。
それでも自分が十代の頃には、もう少し人がいたような。
小倉と言えば博多には及ばずとも、周辺の人からはちょっとした都会くらいには見られている所。
でもあの頃体感していた賑わいは、今この街にはもうないように思う。
(実際、百万都市を名乗っていたけど、百万人とうにきってるし…)
その廃れ具合が、逆に年取った自分には愛おしく感じる部分もあるのだけど。


モノレールで徳力公団まで行き、そこから散歩がてら、思春期の大部分を過ごしたスポットを歩いてみる。
団地群、かつての通学路、公園や古本屋、ゲームセンター、川沿いの道……いずれもいい思い出はあまりなく、常に「独りだった」こと以外、強烈に感じることはない。
そういう場所を同居人と二人で歩くというのは、とても不思議な心地がした。


歩いて実家まで帰る。
家がだんだん見えてくると、同居人に見せるの嫌だなあ、という思いに襲われる。
改めてみると、我が家のなんと古くて小さいことか……。
考えたら、彼の家とはずいぶん格差があるんだよな……大丈夫かな……。
でも引き返せないので、彼を案内して家に入れた。
小柄なうちの親と溢れかえる物、狭い部屋のなかにいると、同居人はますます窮屈そうに見えて、ちょっと申し訳なかった。


夕方、妹夫婦、弟もやって来て、一緒に近くの料亭で食事。
家族久々の集合である。
妹たちは変わらず仲良さそうで、旦那はこっちの家族にもだいぶ馴染んだ様子だった。
弟も相変わらず……というか、ますます痩せこけて老けていたので大丈夫か?という感じだったけど……。
まあ自分で選んだ今の生活と仕事だから、仕方ないが。
でも自分の帰省に合わせて家族に集まってもらえたのは、本当にありがたかった。
甥っ子もずいぶん大きくなっていて、人見知りもなく、妹のみならず父や母の大きな慰めにもなっているようだった。
とりあえず、実家の現状については一安心といったところである。


母親にいろいろとお土産をもらって、福岡のホテルへ戻った。
同居人はさすがにだいぶ気を使ったのか、かなり疲れているようだった。
今後はちょこちょこ一緒に遊びに来る機会を作って、九州に慣れてもらえればいいなあ、と思った。

投稿者 sakyo : 16:12 | コメント (0)