最近のつぶやき等はトップページにて。。。
2007/04/30
ハント スケッチ1

スケッチ練習で、最近は電車内の人をよく描いています。
対象となる人を見定めて、即行!
次々と乗り変わっていく人々。
モデルの前に新たな人が立って見えなくなったり、チラチラとのぞき見してくる奴。
その状況を乗り越えながら、早描きするのは大変だけど、かなり鍛えられる。
そして何より、楽しい!
こうやって続けていけばいつか上手く描けるようになる……のかな〜?
2007/04/29
ベソと優しさ
■2006/6/8
仕事で大ポカをやらかす。
5月末で終える予定だった作業がずれこんでおり、ただでさえピリピリしたムードの中、犯したミスは痛恨だった。
野際さんは、もはや怒りを通りこして、呆れているようだった。
「もういいです」
と言った彼女の声は、諦念の域に達していた。
自分の要領の悪さを再認識。
激しく落ちこんだ。
引きずってはいけない、前に進まなきゃ、と気持ちを起こそうとしたが、さすがに今日はこたえた。
そんな中、隣の席のグリーン氏がこっそりと
「大丈夫?」
と声をかけてくれたのは、大きな救いだった。
ベソりそうなのをギリ堪えられたのは、彼の何気ない一言のおかげだ。
自分の情けなさと人の優しさが、同時に強くしみた日。
2007/04/26
ヤバイライブに現れる人
■2006/5/28
小谷美紗子@新宿タワーレコード
インストアライブ。
予想していたが、ものすごい人だかり。
残念ながら自分の身長では、一片の姿すら見ることができず。
しかしライブはかなり本人の気合が伝わる、すばらしいものであった。
玉田豊夢、山口寛雄と組んだトリオは、抜群の相性の良さ。
最高のリズム隊を従えた彼女の歌は、翼を得て高低自在、自由にはばたいていた。
聴く者の胸を切なく、ぎゅっとわしづかみにして、高鳴らせる。
曲が終わるごとに、驚喜の混じった、ものすごい拍手と歓声。
アンコールで久々に聴いた「エリート通り」はリアルタイムなメッセージとして、強烈に胸に響いた。
タワレコライブが終わると、その足で東大の学祭ライブへ。
目当ては降神。
先に行っていた同居人と合流。
青空の下、彼らの織りなす白昼夢を体験。
この日の降神は、残念ながらあまり良い出来ではなかった。
学祭ならではの騒々しさ、機材のトラブルも原因のひとつではあったけど。
マイクなしの生声で、必死に叫ぶ場面には同情もした。
が、先日のライブでも感じた、展開の間延び、勢いの薄まりは、今回も強く影を落としていた。
正直、期待はずれ。
同居人ともども気分が盛り下がったので、その後のイルリメは見ずに東大を後にする。
ひとつ特記事項として、東京のライブでよく見かける某おじさんが、今回も来ていたのが妙にうれしかった。
あるときは女性SSW、あるときはヒップホップ、レゲエ、その他音楽イベントなど、ジャンルレスでやたらよく見かけるおじさん。
見た目インパクトが強いので、記憶にもよく残るのだが。
ウワサでは、東京近郊のヤバイライブによく現れることで、有名な人なのだという。
自分も早く”ヤバイライブに必ず現れるチビのおばさん”の称号を手にしたい。
新宿に寄り、ふたたびタワレコにて同居人の買い物に付き合ったり、スタバでコーヒー飲んだり、Book1stに行ったり。
あちこち歩きまわって、けっこう疲れた1日だった。
2007/04/25
成功の定義
■2006/5/19
引き続き、仕事に追い立てられる日々。
それでも前の仕事に比べたら、苦労と(野際さんへの)緊張を皆で共有し合えている分、ずっとマシだけど。
今は数稽古の時期。
そう思いながらやっている。
今日は豊田道倫のライブだったが、残業で行けなかった。
行った同居人と、終わったあと待ち合わせ。
立ち飲み屋で飲む。
七尾旅人が奥さんと客で来ていたらしい。
すぐ側に座っていたという同居人をうらやましがる。
同居人は豊田道倫を聴き始めて以来、
「他の男性SSWが陳腐に思えてしかたがない」
という。
そこまで特定のミュージシャンにのめりこむとは、彼にしてはめずらしい。
(しかも特に「歌が下手」なシンガーは、ほとんど受けつけなかったのに)
「20年後に20代の青年に共感をもって聴いてもらえたら、豊田道倫の音楽は成功と言えるんじゃないか」
「名声、芸術の極め、個人的満足……いろいろあるけれど、成功の定義はたくさんあった方が楽しいと思う」
今日の同居人はやけに饒舌で、帰り道も帰宅後も大胆かつ上機嫌だった。
よほど楽しかったらしい。
2007/04/21
営業成績
■2006/5/15
仕事が忙しい。
インプットもアウトプットもできていない。
要調整、だが。
”考える”時間を取れないでいる。
職場の壁には野際さん作成のグラフが貼りだされ、各自がどれだけ仕事を進めたか、明確化されるようになった。
営業成績を計られているようだ。
ぶっちぎりで進んで進んでいるのは、やはりさっちんと大泉さん。
当然、自分は落ちこぼれ組である。
毎日、野際さんに日々の出来高を報告しなければならない。
その際、次回のリミットを言い渡される。
しかし、彼女の要求は当然厳しく、必ずしも達成できない。
恐々と、予定がこぼれてしまう旨を伝えると、彼女は苛立ちを押し殺した表情で、
「じゃあ、目標はいつですか」
と、すかさず問うてくる。
自分のような、仕事ができない者には、ものすごいプレッシャーである。
久々に、テンパりまくりの日々が続く。
大丈夫、大丈夫と何度も己に唱え続けている。
2007/04/20
落日のない街で生きている
■2006/5/11
東京は東日本なので、夕暮れ時がさほど長くない。
仕事を終えたのち、夜がやってくる前、実家にいた時分に見ていた、あの燃え落ちるような落日を、この都市ではほとんど見ることがない。
東京で歩きながら、肌身で感じる違和感、リズムの狂いについて考えていたら、いつも浴びていた西日の欠落に思い当たった。
夕暮れはものを思い、自己への問いを繰り返していた時間だった。
怒り、情熱、狂気、喜び……朱く塗りたくられた空は、生きたあらゆる感情の塊のように思えた。
落日はすさまじい迫力で胸に迫り、否が応にも様々な考察をもたらした。
高い建物とうごめく地下街、せわしない時間にあふれた今の場所で、胸揺さぶられる自然に出会えることはあまりない。
ただ、お決まりの憂鬱、安易な感傷を繰り返し、お手軽な絶望を散らすくらいなら、それがない時期、空間を生きる時があってもよいか、とも思う。
2007/04/18
緑のイルカ
■2006/5/10
GWが明けると同時に、仕事が忙しくなった。
事前に通達があり、しばらく残業の日々が続きそう。
今までが恵まれていたので、それも仕方ないかと思う。
野際さんの態度が、日に日に強硬になってきているのを感じる。
あくまで納期絶対で、誰に対しても情はいっさい抜き、といった具合。
今まで栗さんチームにいた自分は突然、グリーン氏の下に付くよう、指示を受けた。
仕事の都合上での配置換えらしいが。
心なしか、野際さんの栗さんに対する当て付けも感じられたが、邪推か。
新しいリーダーのグリーン氏は、非常に気さくで、一緒に仕事するにはやりやすい人である。
ただ、本来は校正者で、PC操作は苦手らしい。
見た目はやり手の編集者っぽいのに、こちらの画面をのぞきこまれて、
「わあ、ウインドウって複数出せるんだ」
と言われたとき、ズッコケそうになった。
Ctrl+Fで、ExcelのOfficeアシスタントのイルカを一生懸命探すグリーン氏。
Excelの関数からWindowsの基本操作まで、教えているうちにだんだん、こちらの方が師匠のようになり、仲良くなった。
同居人の帰宅も、最近遅い。
5月は忙しいらしい。
お互い、眠るのは夜更けになっている。
2007/04/17
意気地なしのエージング
■2006/5/9
6年前に一度ぱらっと触れて、その圧倒的な世界に潰されそうになり、以来ずっと聴けなかった音楽を聴いた。
こわごわとスピーカーから鳴らした歌は、時間の経過とともにぐいぐいと自分を引っぱってくれて、最後までストップボタンを押すことなく、心身に響かせることができた。
確立された強さの印象は、少しも変わっていなかった。
けれども、シンガーの感情やインパクトばかりひろいあげていた自分の耳に、曲はもっと純粋に高潔で、凛と響いた。
単純に、ソングライティングが素晴らしく、評価すべき作品だった。
自分にとって、愛しい音楽であると再確認した。
2007/04/16
GW06メモより抜粋(後半)
■2006/5/5
昼、父母となじみの定食屋で昼食。
最近の母のお熱は、エミール・ガレというガラス工芸家。
ネットで調べてやると、7、8月頃に東京で展覧会をやるらしい。
それを聞き、ウキウキしている母を見て、これは夏、東京で彼女の相手をすることになりそうだと予感した。
■2006/5/6
母と門司港レトロ街へ行く。
あいにくの雨模様。
風もわりと強めだった。
それでも女2人、地ビールと黒焼きピザを堪能。
商船学校の航海練習帆船「海王丸」が、一般公開されていた。
すべる甲板に気を払いながら見学。
客を誘導している若き学生たちのエネルギーを、肌身で感じる。
遊覧船ボイジャーに乗る。
けっこう疲れたので、船内の座席ソファーにぐったりもたれかかる。
窓の外で流れていく景色を、ぼんやりと見ていた。
鉄くずが散乱したような色をした街並。
巨大要塞のように建ち並んだ造船所。
労働者のイメージを濃く立ち上らせる工場。
小さい頃からいつ見ても、印象は変わらない。
「裏門司」と呼ばれる場所で、退屈な日常を変えることも試みず、ダラケて生きていた……社会人になったばかりの頃の己を思い出す。
夜、妹夫婦と一緒に韓国系焼肉屋で夕食。
永井大似と聞いていたが、実際会ったら土田晃之だった……以来、心の中で「ツッチー」呼ばわりさせてもらっている妹のダンナとは、今回もあまり話せなかったが。
上機嫌に酔っ払っている父の顔色が、どう見ても不健康で、少し心配になった。
■2006/5/7
東京に戻り。
2007/04/14
GW06メモより抜粋(前半)
■2006/5/1
GW帰郷の準備を、午前3時まで。
夕食で飲酒すると、後がどうにもガックリしてしまい、結局本格的に寝るのは遅くなる。
もう少し控えるべきかとも思う。
去年のエゾロックで出会ったY明さんが、東京に来ていると連絡をくれた。
が、今回は自分の帰省と重なっているので会えず、残念。
次回に期待。
■2006/5/2
退社後、新幹線に乗り込む。
伊豆で地震があった影響で遅れ、到着したときには、実家までタクシーを利用するしかなかった。
見上げると、名所とは比べるべくもないけれど、夜空の星々が美しく瞬いていた。
福岡に帰ってきたと、実感した。
■2006/5/3
実家でひたすら、ダラダラと過ごす。
■2006/5/4
17時ごろ、起床。
近くのダイエーに買い物に行く。
長年馴染んだ、夕暮れの街並みを歩く。
やたらとセンチメンタルになる。
父の就寝後、深夜まで母の話を聞く。
父に関する愚痴がほとんど。
少々うっとうしさもあったけど、子供が皆外に出て、普段話せる人がいない彼女の環境を思うと、こういう時くらいしか、そばで聞いてやれないのだから、これも親孝行と思う。
(一応、家には残念な弟がいるが、まったく親の頼りにならないので)
自分は物事を深く考えない父に似たが、神経質な母の血も確実に継いだ。
激昂は、陥った状況よりも、状況がきっかけとなり、過去の記憶が一度に呼び起こされることに起因する場合が多い。
でも相手は
「またヒス起してる」
くらいの認識しかない。
母の歯ぎしりするような気持ちは、自身の経験と照らし合わせてもよく分かる。
相手との関係。
あきらめ、教育。
自分が変わる(妥協?)するか、関わり自体を絶つか。
年齢に関わらず、根強い課題である。
2007/04/13
いい目をした青年
■2006/4/30
同居人の友人、Sイキ君と初めて会う。
3人で上野で待ち合わせ、近くの焼肉屋で乾杯した。
建築家で今年、スペインから帰国したというSイキ君。
数年前にネットを通じて同居人の写真を知って感銘し、メッセージを交わしたのがきっかけらしい。
同居人もヨーロッパに行ったことがあり、その話で二人盛り上がっていた。
なかなかワイルドな見かけとは裏腹に、Sイキ君は非常に好青年であった。
途中、秋葉原のバーに移動してからも、Webや同居人がDJをしているフィッシュマンズナイト、Sイキ君が参加した映画イベントのこと等、話は尽きなかった。
とても親しみやすい雰囲気を持っている人だった。
また皆で一緒に飲みたいと思った。
Sイキ君は別れ際、
「2人ともいい目をしている!」
と熱く言ってくれた。
「また東京で、いい人と出会えたね」
同居人と良い気分で、電車に揺られて帰る。
2007/04/12
チキチキ春のパン祭り(後編)
■2006/4/27
夜明け前に目を覚ます。
意識が肉体に合致してからも、しばらく横たわったままでいた。
起きるのが怖い……。
しかし、いつまでも寝転がっているわけにもいかない。
思い切って起きると、まず目に入ったのは、野際さんが枕元に書き残したメモ。
・シャワーを浴びること
・近くのコンビニ、コインランドリーの地図
・○時過ぎたら、自分を起こしてほしい
以上のような指示が、達筆な文字で書かれてあった。
ビニール袋や水、タオルなども、用意されていた。
恐縮するばかりだったが、同時にやはり、彼女の処理能力のすごさを思わずにはいられなかった。
平日の、深夜過ぎの帰宅にも関わらず、これだけのことをきちんとやれる方なのだ。
(それとも、私がダメすぎるのですか?)
彼女を起さないよう、ビクビク注意を払いながら、浴室を借りた。
少し落ちついてから、そっとあたりをうかがう。
カッチリときれいに片付いた、ワンルームマンション。
玄関やトイレにびっしりと(でも整理して)置かれた、本の山。
部屋の脇にたたまれている、英語、中国語の新聞。
ベッド、テレビ、テーブル、収納棚……それ以外の余分な家具はほとんどない、シンプルな部屋。
職場での彼女の印象が、ママ住んでいる場所に表れていた。
スキがない感じ。
隅に置かれている観葉植物、サプリメントなどは唯一、彼女の女性らしい面を忍ばせていた。
音を立てるのを恐れて、外には行かず、部屋でじっと正座して、野際さんが起きるのを待った。
彼女が起きた瞬間の寝起きの顔は、おそらく当分、忘れられない。
服を借り、乱れた容姿をなんとか取りつくろった。
野際さんはパッパと支度を済ませると、いつものキャリア・ウーマンになった。
まだ余裕のある時間に、彼女の家を出た。
2人で駅前のファーストフード店へ行く。
ほとんど食欲はなかったが、これからいつもと違うことなく、仕事をちゃんとこなさなければ、と思いを走らせながら、紅茶とトーストを流しこむ。
向き合って食事しながら、昨夜の惨事をあらためて聞いた。
とにかくひたすら「すみません」「大丈夫です」をくり返していたらしい。
また、話すことによって、じわじわと己の記憶もよみがえってきた。
帰る道すがら、
「前の職場はつらかったんです」
「やっと楽しくお酒が飲めるようになって、つい……」
と泣きながら、あれやこれやと彼女に訴えてしまったことも、思い出した。
最悪である。
犯したことは取り消せない。
仕事をやり抜く、それ以外で返しようはない。
何度も己に言い聞かせながら(言いかえれば救いが欲しかったのだが)、彼女に頭を下げ続けた。
仕事の話も交わした。
6月末の納期が定められている今プロジェクトを完遂するには、膨大な作業が必要なこと。
こなす自分たちも大変だが、全チームをまわす彼女も、相当な手腕が要求されていること。
(でも、彼女はやりこなしちゃうんだろうけど)
「大変ですね……」
ありきたりなセリフしか吐けなかった。
「いいのよ。どうせ私、6月末で終わりだから」
さばさばした口調で出てきた言葉に驚く。
彼女は業務委託を受けている会社から、派遣されて来ている。
6月末で、その会社に戻るのだという。
ここの正社員以上に仕事をこなし、取り仕切っている彼女がいなくなったら、今のチームは大丈夫なんだろうか。
一方、あと数ヶ月でこの人と離れられる……という思いも、正直よぎった。
(その前に、自分が消える可能性もあるが)
会社に着くと、昨日関わった人々に謝罪して回った。
皆が体調を気づかってくれ、うれしい半面、申し訳なさで消え入りそうな心地だった。
野際さんは何事もなかったように、いつものごとくバリバリと指示を出していた。
やはり、彼女はすごい。
自分もとにかく、仕事だけはちゃんとやらなければ。
そう思いながら、必死に動揺を打ち消し、作業に没頭した。
「わあ、そのウサちゃん、可愛いですね〜」
いきなり話しかけられ、驚いて顔を上げると、目の前で宮様がニコニコしている。
いったい何のことを……と思ったら、自分が野際さんに借りた服に、ウサギの絵がプリントされていたのだった。
小さく水墨画風に描かれたもので、大人が女性が着ていてもおかしくない感じの、確かに可愛らしい柄。
しかし借りた服をじっくり見たわけではなかったので、自分のことを言われたのだと、すぐに分からなかったのだった。
他人のものなので「そうでしょ〜」とも言えず、答えにとっさにつまる。
すると野際さんが、
「それ、中国にいたとき見つけて、可愛いなと思って買ったのよ」
わけが分かっておらず、目をパチクリさせる宮様。
すると普段、もの静かな大泉さんが
「……野際さんの家に泊まったんですか……」
ズバリ指摘されて、皆の前で小さく
「ハイ……」
と答えるしかなかった。
なるべく伏せておきたかったのに……。
この日1日、関係者以外の好奇の視線も、いっせいに浴びる羽目になってしまった。
仕事が終わると、改めて野際さんに謝罪をしてから、帰路に着く。
いつもどおりの混雑した中央線に乗りこむ。
たった1日ぶり。
にも関わらず、妙になつかしさと、着慣れた服をまとったような安堵に包まれた。
家に帰ると、即行でクリーニング屋へ。
野際さんに借りた服と汚したジャケット、己の無残な衣を出した。
再び家に戻ると、湯を張った浴室でひたすら、心身の疲労をほぐしにかかった。
「またやらかしたな、お前」
帰宅後、開口一番そう言った同居人に、昨日の経過を報告。
同時に自分の電話口での酔狂ぶりも聞き、ふたたび打ちのめされる。
しばらく、この記憶に苛まれる日々は続くと思われる。
2007/04/08
チキチキ春のパン祭り(前編)
■2006/4/26
先日、いつも仕事で使用しているホワイトボードに、「チキチキ春のパン祭り参加者募集」と記載があった。
なんのことやら、と思ったら、会社の飲み会のお知らせだった。
宮様が
「参加します?」
とたずねてきたので、
「まだ決めてませんけど……」
と答えると、
「そうですか……で、どうします??」
重ねて、1日に何度も訊いてくる。
なぜに?と思いつつ(自分の話しやすい人が、一緒に行ってくれるかどうかを探っていたようだ)、あまりのしつこさに、軽くうっとうしくなってきたので、徹底的に答えをはぐらかす。
飲み会には参加することにした。
わりとなごやかな職場なので、文字通りいい親睦になるのでは、と思ったので。
宮様は結局、来なかった。
しかし思いのほか、他の参加者も少なかった。
女性は自分をのぞけば、さっちんと野際さんのみ。
その時点で、己の配分と制御を考えるべきだった。
連れて行かれた居酒屋は、上野の地下にある、こじんまりとした居酒屋。
地下にあり、平日のせいか他のお客はいなかった。
料理はわりとおいしく、のんびりとした雰囲気の店だった。
この日の話題の中心は、宮様について。
彼女の、常人とちょっと変わった動向は、やはり他の人にとっても気になるらしい。
昼休み、いつも地下鉄の時刻表を読みふけっていること。
(てっちゃん疑惑あり)
他の人が休み時間に見ているサイトをのぞきこんで、興味があると「私も家で見ます!」と言って、URLを一字一句メモ。
そのノートをしっかり、職場の机に置いて帰ること。
あらゆる人の発言を日付入りで記録していて、何かの折にたずねると、人力検索エンジンとなって示してくれること。
しかし数分前に教えた仕事は、しょっちゅう忘れてしまうこと。
ミーティングの最中、普通にぐっすり寝ていること。
ひとり言が多い。
数時間前に終わった話題について、いきなり主語抜きで話し出し、他人を困惑させる、等々……。
上司は若い世代のサブカルに妙に詳しい人で、彼の話もかなり面白かった。
ただ自分の席は、苦手な野際さんの隣だったこともあり、ほとんど萎縮して黙っていた。
おとなしくしていよう。
そう思う一方、横の威圧はかなりのもので、それから逃れたい一心で、無言で酒をあおった。
日本酒○杯目を過ぎたとき、あ、ヤバイ、と感じてトイレへ。
少し飲みすぎたかな、と後悔しながら、洗面台に軽く寄りかかった。
……というのが、自分の記憶。
他の人いわく、トイレで大きな音がし、かけつけると私が床に倒れていたらしい。
その後のことは、記憶違いもだいぶあるかもしれない。
気がつくと、自分はさっちんにトイレで介抱されていた。
何度も彼女の前でおう吐。
恥ずかしさと申し訳なさと情けなさで、死にたさフルオープンになった。
次に気がついたとき、店の座敷に寝かされていた。
いろいろな人の顔が、心配そうに自分をのぞきこんでいる。
……ああ、また失敗を犯してしまった。
皆に申し訳なく、みじめさいっぱい。
なお自分は吐き散らし、挙句に野際さんのジャケットを汚した。
恐怖感に支配された。
「どうする?どうしたらいい?」
オロオロしながら、上司が野際さんに相談していた。
彼女は無表情で
「帰った方がいいんじゃないですか?」
と、さらりと指示していた。
しばらくして意識が戻ったとき、まわりはさっちんと野際さんのみになっていた。
自分はさっちんに膝枕されていた。
若い女の子にそんなことまでさせ、ますます小さくなる。
何度か起き上がろうと試みるが、まわりからとめられた。
「寝かせとけ」
そう言った店のおじさんは慣れたふうで、私の口にソルマックを突っこんだ。
終電近く、野際さんから家に泊まるよう、すすめられる。
店から近いのだという。
他人の、しかも野際さんのお世話になるとは、気を使うことこの上ない。
(人に迷惑かけておいて、ひどい書きぐさ……)
そう思ったが、もう体力的にやばいのと、まともな判断ができなくなっていたこともあり、結局うながされるまま従った。
とにかく同居人に連絡だけは入れようと思い、TEL。
「飲みすぎちゃって帰れそうにないから、会社の人のとこに泊めてもらうわー」
と伝えた。
の、はずなのだが、翌日、同居人に聞いた話では、
「すみません!!申し訳ございません!!」
となぜか敬語で謝りまくっていたらしい。
(まったく記憶にない)
同居人に言われ、野際さんと電話を代わる。
「飲ませちゃいました」
と、冷静に同居人と言葉を交わす彼女。
プライベートもバレバレである。
タクシーに乗り、野際さんの家へ。
途中、何度も吐き気をもよおし、車を停めてもらいながらの道程。
彼女宅に着くと、野際さんはテキパキと寝床を用意してくれた。
自分はボーっと突っ立っているのみだった。
こんな大迷惑をかけてしまって。
明日以降、ますます野際さんと接しづらくなる。
己の罪過の重さを痛感する。
それに潰されながらも、疲労困憊の脳と身体は、一国も早い現実逃避を欲していた。
慣れぬ床に倒れこみ、むさぼるように眠った。
2007/04/01
ブタブーム
