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2006/05/28
基幹
私がHPを作りはじめたのは1999年。
1度だけ、閉鎖しようと思ったことがある。
けっこう最初の頃のこと。
当たり前だけど、たいして人が来るわけでもなく。
黙々と1人で文章をアゲ続けることに、面白味を感じなくなっていったから。
今でこそ、ちまちまとした更新作業に、ミニマムレベルの自己満足を見いだしているけれど。
(結局、地味な作業がいちばん、性にあってたりするのね……)
当時は、反応もないのに、わざわざ時間を割いて、苦手な文章を書く必要はない、としか思えなくなっていた。
それで、データを削除しようとした。
ちょうどその日に、はじめてBBSに書きこみをしてくれた人がいたのである。
本当にうれしかった。
やはりコメントをいただけるのは、大きな励みになるもの。
HPを作ったことのある人なら、経験ある人もいると思う。
まして、思いこみの激しい自分は、はじめてちゃんと個人単体を見てもらえたような気になって、調子にのった。
よくよく考えると、自分のサイトは音楽を扱っているので(オモテのほう。今書いているここは、ウラのつもり……)
「情報」を求めて来られるのは当たり前。
べつに、私自身にアクセスされているわけではないのだけれど。
今思うとかなりこっ恥ずかしいくらい、すっかり有頂天になってしまったのだった……。
ゲンキンな自分は、HP削除をソッコウ取り下げた。
もう少し、続けてみようと思った。
すぐメッセージを消すのも悪いしね〜、なんて言い訳をしながら。
以後、ドン亀ペースながら、ポツポツととにかく続けてきた。
あいかわらず、人の訪れが急激に増えることもなかったけれど。
時々、BBSの書き込みやメールをくださる人も現れた。
そういう時は、小踊りするくらい、うれしかった。
寄せていただいたひと言ひと言が、本当に力になった。
それは、継続してきたからもらえた、贈り物のようにも思える。
今でも、更新きついな〜、という時がないわけではない。
けれどいただいたメッセージ、そして何より、はじめて書き込みをしてもらったときのうれしさを思い出すと、またがんばろう、という前向きな気持ちになれる。
また、見てくれているかもしれない……という期待を(勝手に)モチベーションにして、今まで続けてきた部分もある。
もし6年前、あの書き込みがなかったら。
miss noiseなんて現在、存在しなかったかもしれない。
私にとって、その出来事は初心に戻れるというか……大事な原点になっていると言える。
大切な、思い出。
■11/21 ZAZEN BOYS@NHKホール
ZAZEN BOYSがNHKの「POP JAM」で、収録ライブをやるというので、観覧応募したら当たった。
当然、即行退社……のつもりが、いつものように世知辛いやりとりが発生。
そいつをやっつけてから、アワアワしながらビルを飛び出す。
電車の中、鏡で己を見て、ウッとなる。
……ただでさえ、アレな自分なのに。
どうしよう、せめて化粧くらい直すべきか?
いつもなら、髪の毛が降り乱れていようが、気にも留めないんだけど。
が、今日ばかりは……。
今回の収録は、ペアで観覧可能だった。
ZAZEN@NHKというレアなライブなので、せっかくだから、誰か一緒に来ないかなー、と思った。
ものの。
自分にはこういうとき、さっと気軽に誘える友人がいない。
ネットの掲示板やコミュニティに、同伴志願の人たちはいたけど。
小心者なので、知らない人と一緒というのもな……と逡巡。
ダメモトで、ひそっと自分のサイトに書いておいた。
すると、お付き合いくださるという人から、ご連絡が。
ヤッター、告知ったかいがあった!
……そんな感じで、この日は人と待ちあわせていたので、あまり遅れるわけにはいかなかった。
しかも今回、連絡くださったYさんは、私のサイトに一番最初に書き込みをしてくれた人。
以後も、ときどきサイトをのぞいてくださっていたらしい。
自分にとっては思い入れのある人だったのだ。
初めてお会いできるのを、楽しみにしていた、のに……。
連続外出の疲れで、心身ともにボロ雑巾。
こんなヨレた姿で会うのは、かなり恥ずかしい。
駅の化粧室に駆け込もうか、考えること0コンマ数秒。
……しかし、待ちあわせ自体、自分の都合で遅らせてもらっていたので、やはりこれ以上、待たせるわけにはイカンよなあ、と。
いいや、少々みすぼらしくても、見逃してくれる優しい人に違いない。
そうだ、そうに違いない。
と、いつもの思い込みをフルに発揮することにした。
まあ、実際にお会いしたYさんは、こっちがリキむ必要などないくらい、とても話しやすくていい人だったのだけど。
ZAZENは「HIMITSU GIRL'S TOP SECRET」1曲だけ。
体育会系男子どもと闘いながら、音をつかみとる、という普段のイメージと違って、指定された席で行儀よく観覧、というスタイル。
なんだか変な感じだった。
とはいえ、私は同曲を生で体感するのは初めてだったので、それなりに感慨はあった。
やはりダイレクトに聴いてしまうと、ライブに行きたくなってしまう。
収録の前後、少しだけ、Yさんとお話できる機会があった。
平日の渋谷は思いのほか、人が多くて落ちつける場所がなく、苦労したけど。
(ここ何回か、ライブ帰りの行きつけの店を開拓しなければ……といつも反省しているのだが。自分の場合、下手に動くと迷子になるリスクが……)
お話して感じたのは、Yさんは今まで出会った人のなかで、一番自分と音楽の嗜好が近いかも、ということ。
(私は、けっこうミーハーだけど)
先週の無戒アコエレも行かれていたそうだし。
私の好きな女性ミュージシャンのライブや、フジロックにも毎年行かれているとのこと。
うらやましくもあり、すばらしいとも思い、お話をきいていて非常に楽しかった。
時間があれば、お好きな映画のことも、もっとききたかった。
浮かれ、調子にのって、こちらからペラペラとたたみかけてしまったので、今考えるとかなりご迷惑だったかもしれない……。
そう思うくらい、自分にとっては、至福の時間だった。
ただ、ひとつだけ残念だったこと。
こういう方とは、生音のライブに行きたかった。
多数の出演者が各1曲という、転換の激しい収録。
ただでさえ音に集中しにくい上、合間には(いらん)DJの爆音ユーロビート and TM Revolution(この日の司会だった)のリミックス攻撃。
ものすんごい、せからしいことこのうえなかった。
(SEのみで盛りあがるレボファンは、見ていておもしろかったけど)
ほとんどの出演者が口パク(orカラオケ?)なのにも驚いた。
これほど横行しているのは、手ヌキというより、なにかシステムや進行上の都合でもあるのだろうか?と思うほど。
(逆に、生でやってた向井のギターは、けっこう聴こえづらかったし……)
通常のライブとは別の、精神的疲弊。
さらにグダグダになってしまった。
でも、会いたかった人に会えた。
それだけで、今回の機会を与えられたことを、ありがたいと思う。
そして、こんなのに付き合ってくださったYさんに、本当に感謝。
「自力でがんばってくださいね」
言われた言葉が、心にズンと残る。
ああ、まさに文字どおり、これからがんばらなければ……。
自分にとっては、同窓旅行にひきつづいて、大きく強く励まされた大切な日となった。
次は、できればもうちょっと、身ぎれいで心に余裕のある時がいいけどね。
(ライブ時にそんな時は、あんまりないけど……)
生き延びてみるもんだ。
2006/05/13
青春山陰紀行文
手放せない、2005年の回想はつづく。
■11/17〜20 帰郷、および同窓旅行
・17日 退社後、新幹線に乗って実家に帰る。
昨日のライブは楽しかったけれど、帰省準備をしていたら、寝るのが午前3時過ぎになった。
フラフラしながら、仕事。
外に出ると、今年初めて、白い息を吐いている自分に気づく。
新幹線で小倉まで。
実家の最寄り駅に着くと、父が迎えに来た。
学生の頃は、どんなに遅くなっても、迎えに来ることなどなかったのに。
実家を出て以来、両親の対応が異様に優しくなったような気がする。
……のは気のせいで、一緒に暮らしてるときは、その心づかいがわかってなかったんだな、きっと。
(父は現在ニートなので、たんにヒマなのかもしれんが)
実家の玄関が、鉢植えまみれになっていた。
我が家族に、ガーデニングの趣味などまったくなかったのに……何事。
帰るたびに、どんどんモノが増えている実家。
生活ペースは変わっていないのだろうけど。
自分が閉じこもっていたときは気づかなかったけど、目に見えない時間の流れが、やはり実家にもあるんだなということを、思い知らされる。
まさか、娘が家を出た反動が、来ているわけではないことを願う。

まみれ。
最近は帰省しても、すぐに古巣に帰ってきた感覚はよみがえない。
逆に、20年以上居たはずの部屋に、借り物の服を着たような違和感を覚える。
不思議。
自分はどんどん、新しい土地に同化していってるんだろうか。
そんなことを思いつつも、TVで流れる西鉄バスのなごみCMを見て、初めて福岡に帰ってきたことを実感した。
・18日 来週行われる妹の結婚式の話以外は、ひたすら実家でごろごろしていた。
・19日 同窓旅行 in 門司〜下関
大学時代の同級生たちと、年に1回、旅行をする。
卒業以来、毎年続いている。
旅行といっても、ただ会って、日常のグチを言いあって、ということの延長みたいなもの。
数年前までは予算1万円(土産代コミ)という、ビンボー学生時代と変わらぬレベルのものだった。
でも、楽しいのだ。
門司港駅で待ちあわせ。
メンバーがそろうと、駅前でレンタサイクルを借りて、サイクリングに出かける。
東京の寒空とはうって変わった、ポカポカとした陽気。
電動なので、坂道もスイスイすべっていく。
門司の街を走り、関門トンネルに到着。
自転車押し歩きで、トンネル内を徒歩10分。
(乗るのは一応禁止)

一番近いとこだと、200mしか離れてないんですよ、九州と本州は。
下関に到着。
文学部出身者らしく、今回は「金子みすずの足跡をたどる」という安易なわかりやすいテーマで、街に点在する史跡をひとつひとつめぐっていく。
ウォークラリーのように、史跡ポイントを見つけては、解説をじーっと読んでいく……だけ。
わりと単純作業に近い感覚。
すべてをまわり終えると、かなり疲労する。

みすず。
下関異人館にて休憩。
特別に披露していた、コーヒーマイスターさんの技を見れたのでよかった。


日本一の技。だそうです。
門司港と下関を結ぶ関門連絡船に、レンタサイクルごと乗りこんで、ふたたび門司港に戻る。
……予定だったのが、休日で人が多かったため、我々は乗れず。
次の船を待っていると、時間が遅くなるので、しかたなくふたたび自転車をこいで、関門トンネルルートを戻った。
帰りの足は急に重くなり、かなり腰に負担を感じはじめる。
やはり、これはいい年した女たちの旅の仕方ではないよなあ……。
私たちらしいけど。
門司港に戻ると、停めてあった車に乗りこんで、今度は下関の川棚温泉をめざす。
メンバーの知人がおかみさんをやっている旅館。
特別安くしてもらって、泊まることができた。
以前宿泊したのか、ジャンボ尾崎のサインがデカデカと飾られていた。

ジャンボ尾崎軍団。
川棚名物かわらそばを堪能したり、大浴場を利用したりして、楽しいときを過ごす。

名物かわらそば。昔は茶そば苦手だったけど、今は平気。
メンバーがおそらく雑誌の付録(?)でもらったのだろう、「ハチミツとクローバー」の絵柄カルタやトランプをとりだし、夜のカードゲーム大会が始まる。
ひさびさに会った旧友同士、一般的には近況を話し合ったり、日常の愚痴などを言い合ったりするのだろうが、私たちはなぜか毎回、トランプ大会をする。
同居人に話すといつも「いい年した社会人の女どもが……」と、あきれられるのだが。
いくつになろうが、学生時代のノリのままで、はしゃいでしまう。
(でも、今時の女子大生も、けっしてトランプ率は高くない気も……)
「君は、はぐに似てるね」
と言われる。
ここでもワタクシ=はぐ説が!
思いがけないシンクロに、酒を飲みつつ調子にのる。

ハチクロカルタ。
さすがに夜更かしはつらくなってきた、普段の生活が規則正しい人から、だんだん床に就きはじめる。
最終的には、私を含む3人くらいが、深夜2時過ぎまでトランプ三昧。
・20日
旅行2日目。
今回のもうひとつのテーマ「元大学の跡地見学」に行く。
大学はすでに移転しているので、現在は無人の校舎が残っている。
しかし、門の鍵は開いていて、たやすく侵入できる。
無防備だなァと思ったら、エレベーターも普通に動いており、どうやら何かに使われてはいるようだ。
今回は人の気配は感じれど、姿を見ることはなかった。
(いったい何に利用されているのか、ばり気になる)
私たちが卒業時の段階で、西日本最大の蔵書数を誇っていたという図書館。
現在は当然のごとく、ガランドウ。
学生時代に見ていた光景とまるで変わった様子に、しばし呆然とする。
月日の流れを、いやがおうでも突きつけられる。
「あの頃、なんでもっと勉強しなかったんだろうね……」
口々にもれる、感傷的なコメント。
まあ若いうち、自分の恵まれた環境に気づけず、不満ばっかりタレて努力を怠るのは、ままあるパターンやけど。
享楽にエネルギー発散できるのも、また若さであるし。
(でもやっぱり、勉強はちゃんとしとくべきだったよ……)


からっぽ。
図書館の上にある礼拝堂(ミッション・スクールだった)で、窓にはめられたステンドグラスを見ていると、とても厳かな気持ちになった。

静寂の彩光。
大学跡地を後にすると、車で山道を走る。
延々とつづく畑。
まばらな人家。
暖かい午後の日差しに照らされながら、流れていく風景を注視していた。
内心、だんだんと近づいてきている、楽しい旅行の終わりを、意識しはじめる。
これが終われば、みなはそれぞれの地元に帰り、自分はふたたび東京へ戻る。
各自が各自の日常へ。
こぼれて消えていく時間の流沙が、惜しくもあり、愛しくも感じられた。

午後の車内より。
菊川ターミナルでお土産ショッピングののち、昼食。
その後、東行庵へ行く。
今年は暖冬の影響で、全国的に紅葉が遅れている。
けれどもここでは、少ないながらも燃え上がるような、見事な紅葉を見ることができた。

帰路に着く。
本州組、九州組で車に分乗。
別れる前に、来年の幹事2名を選出した。
次回は東京と決まっているので、否応なく自分が指名される。
小倉駅まで送ってもらって、友人たちに別れを告げた。
のぞみに乗りこみ、ふたたび上京。
また増やすことができた、思い出にふけりつつ。
車内で、旅の記録をまとめる。
今しばらくの期間、自分は内疾患を抱えながら、日常をやりくりしていかなければならないのだけれども。
今回、友人たちに分けてもらった栄養はありがたく、本当に得がたいお守りとなった。
「みなに会うたびに刺激されるし、自分もがんばらなくちゃと思う。けれど結局、日常に流されて、何もできないまま過ぎてる」
某友人は、いつも同じ文言をくりかえす。
自分は「リミット」を叩きこまれ、日々の進捗をいちいち気にして生きるようになってから、動くことに関しては、10代の頃よりは20代、さらに今の己の方が、マシになったと言える。
去年より今年。
昨日より今日。
今、この瞬間を呼吸している自分のほうが。
でも、まだまだダラけた部分もたくさんたくさん、持っているし。
級友たちとの同窓旅行は、自分にとっても刺激となったし、己を律するいいきっかけとなった。
東京にモドリ。
ほんの数時間前とはうって変わったビルディングと人群れ。
おおいに呆けながら、帰宅する。